当て逃げ被害の対処法|捜査はどこまで?示談や慰謝料も解説
当て逃げとは、接触してきた車や自転車がそのまま逃走していく事故のことです。
当て逃げ犯である加害者が逃げてしまっているので、当て逃げされた場合はまず被害者1人で警察への連絡をはじめとする対応をし、加害者が見つかったのであれば示談交渉による損害賠償請求を行いましょう。
本記事では、当て逃げされた場合の対処法の他、加害者特定後に行う示談交渉の方法などについて解説しているのでご確認ください。
目次
当て逃げとの意味と生じる責任
当て逃げとは?事例も紹介
当て逃げとは、自分の運転する車、バイク、自転車などが他の車両や人、物に衝突したにもかかわらず、道路交通法第72条に定められた次の義務を果たさずにその場を去る行為を言います。
- すぐに運転をやめ、止まる義務
- 巻き込み事故防止のため現場の安全を確保する義務
- 警察に報告する義務
- 警察が到着するまでその場に留まる義務
具体的な事故事例を挙げると、次のようなものが当て逃げに該当します。
- 道路で隣をすり抜けたバイクがサイドミラーをこすっていった
- 駐車場で隣に駐車していた車がドアをぶつけてきて、そのまま行ってしまった
- スーパーで買物をして駐車場に戻ってきたら、さっきまではなかった傷がついていた
なお、当て逃げは車や積載物、持ち物などに関する物損被害のみが生じる物損事故です。
物損被害のみならず人の死傷が生じている場合には、救護義務違反も含めたひき逃げとして扱われます。
当て逃げ事故の加害者に生じる責任
当て逃げ事故を起こした加害者には、民事上、刑事上、行政上の責任がそれぞれ生じることとなります。
具体的には、以下の通りです。
民事上の責任
当て逃げを起こした加害者には、民事責任として、当て逃げにより生じた物的損害について損害賠償金を支払う義務が生じます。
被害者に対して支払う損害賠償金の金額は、基本的には加害者・被害者間の示談交渉で決められるでしょう。
刑事上の責任
当て逃げの事故について起訴されれば、以下のような道路交通法の義務に違反したことについて、懲役刑や罰金刑を科されることとなるでしょう。
- 危険防止措置義務違反:1年以下の懲役または10万円以下の罰金
- 警察への報告義務違反:3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金
事故発生後に逃走していることから、逮捕される可能性もあります。
器物損壊罪は故意によるケースが対象となるので、基本的に適用外となるでしょう。
行政上の責任
行政上の責任については、事故発生後に行うべきことをせずに逃走した点について、以下の違反点数や行政処分が科されます。
- 物損事故における危険防止等措置義務違反:5点
- 安全運転義務違反:2点
- 合計7点の違反点数加算による30日間の免許停止処分
当て逃げを起こした原因が、飲酒運転や居眠り運転によるものであったというようなケースでは、さらなる点数の加算が行われ、より重い処分内容となるでしょう。
事故を起こしたことではなく、事故当事者が取るべき義務に違反した点が問題となっているので、事故発生後に逃走せずに適切な対応を行えば、基本的に刑事上や行政上の責任は生じないといえます。
当て逃げされたら(1)警察に被害届を出す
警察への連絡は必ず行う
当て逃げは犯罪行為なので、まずは警察に連絡して被害届を提出しましょう。
加害者特定の望みが薄いなら通報しても意味がないと思うかもしれませんが、それは間違いです。
当て逃げを警察に連絡することは、次の点でも重要なのです。
- 事故を警察に連絡しなければ、交通事故証明書が発行されず、自身の保険への保険金請求にも支障が出る
- 事故を警察に連絡することは、道路交通法第72条で義務付けられている
- 後日、加害者の方から警察に出頭し当て逃げ犯が発覚する可能性もある
交通事故証明書は、加害者に損害賠償請求するときだけでなく、自身の保険を利用するときにも必要です。
警察に届け出をせず交通事故証明書を発行できなければ、自身の保険もスムーズに使えません。
また、そもそも交通事故を警察に通報することは義務であり、怠ると3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金に処せられる可能性があります。
月極駐車場や個人の駐車場など、私有地の駐車場は道路交通法の適用対象外ですが、それでも交通事故証明書は必要となりますし、加害者が出頭する可能性も考えて警察には届け出をしておくべきでしょう。
駐車場での当て逃げについては『駐車場での当て逃げの対処法|警察への届け出義務や過失割合がわかる』の記事でも詳しく解説しているのでご覧ください。
警察に報告する内容
警察には、以下の点を報告してください。
警察への報告事項
- 交通事故発生の日時と場所
- 死者・負傷者がいる場合は人数と負傷の程度
- 壊れた物の破損個所、損壊の程度
- 事故車両の積載物
- 交通事故について講じた措置
- 加害車両を目撃しているなら、車種やナンバーなど
この他に、加害者が蛇行運転や猛スピードで運転していた場合は、その旨を伝えましょう。
飲酒運転や危険運転が疑われ、悪質性や事故再発の危険性が高いと判断されれば、捜査に力を入れてもらえるかもしれません。
当て逃げから時間が経っている場合でも警察に届け出はすべき
当て逃げの場合、当て逃げにしばらく気が付かなかったり、被害が小さく当て逃げ犯の特定も難しそうという理由で警察には連絡していないというケースもあるでしょう。
しかし、当て逃げから時間が経っている場合でも、警察に届け出はするべきです。
いつ当て逃げされたかわからない場合や当て逃げ犯の手がかりがないような場合でも、警察へ行けば傷ついた部分に付着している加害車両の塗料などを調べてもらえ、当て逃げ犯の特定につながることがあります。
また、同じような地域で当て逃げの被害届が多く出ている場合には、同一犯も視野に入れた捜査が行われ、他の被害者の証言などから当て逃げ犯のが見つかることもあるでしょう。
自分の保険を使うために必要な交通事故証明書も警察に届け出なければ発行されないことからも、当て逃げから時間が経っている場合でも警察には届け出ましょう。
当て逃げ犯の特定のための証拠・情報を提出
警察に次のような証拠・情報を提供すると、捜査の助けとなることがあります。
- 被害車両や関係車両のドライブレコーダー映像
- 周辺の防犯カメラ映像
- 損傷部の写真
- 駐車していて当て逃げされた場合は、駐車の状態がわかる写真
- 目撃者の有無
中でもドライブレコーダーの映像は、当て逃げ犯の特定のために非常に重要な証拠となります。記録を確認したのち、上書き録画がされないよう設定したり、記録の保存期間を確認したりしてください。
当て逃げされた部分や駐車の状態の写真は、示談交渉対策としても重要です。
加害者から「それは当て逃げでついた傷ではない」「被害者の駐車方法も悪かった」と言われた場合に反論する根拠となります。
当て逃げされたら(2)車両保険で損害補填を検討
当て逃げの場合、逃走した加害者が見つかるまでは損害賠償請求できません。
しかし、いつ見つかるかわからない当て逃げ犯を待っている間にも、車の修理費や修理している間の代車費用などは必要になってきます。
そのため、当て逃げ犯が見つからない間は、自身の自動車保険に保険金請求をして対応しましょう。
当て逃げの被害を受けた場合は、「車両保険」が使えます。
ただし、車両保険については以下の点に注意し、利用する場合は契約内容・約款をよく確認してください。
- エコノミー型などプランによっては、当て逃げが補償対象外となっていることがある
- 車両保険を利用すると保険の等級が下がり、翌年度からの保険料が上がる
※上がる保険料と車の修理費などを照らし合わせ、あえて保険を使わない方が良いこともある
なお、通勤中・業務中の事故については労災保険、加害者不明の事故については政府の保障事業が使える場合がありますが、当て逃げ事故では使えません。
当て逃げは物損事故であり、労災保険や政府の保障事業では物損の補償は対象外となっているためです。
当て逃げの際に実は怪我をしており、ひき逃げとなった場合は人身事故に当たり、労災や政府の保障事業の対象となります。
また、自動車保険の人身傷害補償特約も使えるため必要に応じて利用しましょう。
当て逃げされたら(3)当て逃げ犯が見つかったら示談で賠償請求
当て逃げの加害者が特定されたら、加害者に対して損害賠償請求を行いましょう。
加害者が支払うこととなる賠償金額は、示談交渉により決まることが多いので、ここでは示談交渉ついて解説します。
当て逃げの損害賠償金の内訳と相場|慰謝料請求は原則不可
当て逃げは物損事故なので、車の修理費など物損に関する費目は損害賠償金として請求できます。
しかし、慰謝料は請求できません。
慰謝料は原則として、「人身被害により生じた精神的苦痛」に対する補償だからです。
例外的に慰謝料が認められたケースもありますが、基本的には裁判が必要ですし、裁判を起こしても慰謝料が認められない可能性は十分にあります。
当て逃げでも慰謝料を請求したい場合は、まず関連記事『物損事故で慰謝料がもらえた事例』をご覧ください。
当て逃げの場合に請求できる主な費目と相場は次の通りです。
- 車の修理費用
事故当時の車の価格を上限として、原則全額請求できる。
修理費が事故当時の車の価格を超える場合や、物理的に修理が不可能な場合などは、買い替え費用を請求できる。 - 修理中の代車費用
代車の必要性、借りる期間、代車の種類などによっては全額請求できないこともある。 - 休車費用
営業車の損壊により営業できない期間が生じた場合に請求できる。
金額は、基本的に「(1日当たりの平均売上額-経費)×休業日数」で計算される。 - 評価損
車に事故歴・修理歴が残り価値が落ちてしまったことに対する補償。
修理費の10~30%が相場だが、必ずしも請求できるとは限らない。 - その他(積載物の修理費・弁償代、ペット)
積載物に関しては、積載物の価格を上限とした修理代・弁償代に加え、搬送が遅れることにより生じる経済的損失について請求できる可能性がある。
ペットの場合、治療費は購入価格を考慮しつつ、治療に必要といえる金額については購入価格を超えて請求できる可能性がある。
ペットが死亡した場合の請求額は、ペットの購入価格、事故当時の年齢、平均寿命などを考慮したものとなる。
当て逃げの示談ならではの注意点と対策
当て逃げ事故の示談交渉では、加害者側が次のような主張をしてくる可能性があります。
- 事故よりあと、もしくは事故より前からある傷であって当て逃げとは関係ない
- 被害者側の駐車方法・運転にも問題があった(過失割合の主張)
上記のような主張が通ると、車の修理費を十分に回収できなかったり、被害者側の過失割合が不当に大きくなったりしてしまいます。
過失割合とは
交通事故が起きた責任が、加害者側と被害者側それぞれにどれくらいあるかを割合で示したもの。
事故時の状況をもとに決められ、自身についた過失割合分、受け取れる損害賠償金が減額される。
加害者側が提示してくる賠償金額や過失割合は、加害者側に有利な主張を反映させたものになっている可能性があるため、鵜呑みにしないようにしましょう。
このような場合は、以下のような証拠を提示して反論することがポイントです。
- 事故直後の写真や動画
- 事故前最後に撮った車の写真や動画
- 事故の瞬間を映したドライブレコーダーや防犯カメラの映像
参考になる記事
- 過失割合の交渉対策:交通事故の過失割合でもめる4ケース&対処法
- 過失割合の決め方や事例:交通事故の過失割合とは?決め方の具体的な手順
示談交渉では当て逃げ犯の刑事処分の状況を考慮すべき
当て逃げにおける示談交渉をうまく進めるコツの1つが、「加害者である当て逃げ犯の刑事処分の状況を考慮する」ということです。
加害者の刑事処分を左右するのは、検察による起訴・不起訴の判断や刑事裁判の結果になります。
しかし、事前に被害者との示談が成立していれば、「被害者側から一定のゆるしは得られている」として不起訴になったり、裁判における刑罰が軽くなったりすることがあるのです。
よって、起訴・不起訴、刑事罰が決まる前なら、早く示談を成立させたい加害者側が譲歩の姿勢をとり、交渉を有利に進められる可能性があります。
ただし、このようなテクニックを用いても、示談交渉経験・専門知識が豊富な保険会社が相手だと被害者側は不利になりがちです。
よって、示談交渉の際には弁護士を立てることも検討してみましょう。
当て逃げに関する疑問集
Q1.当て逃げはいつまで損害賠償請求できる?
当て逃げの場合、事故翌日から20年以内に加害者が見つかれば損害賠償請求できます。
ただし、加害者が見つかったら、その翌日から3年以内に損害賠償請求しなければなりません。
交通事故の被害者が加害者に損害賠償請求する権利には、次のような時効があるのです。
- 加害者不明の場合の時効:事故翌日から20年
- 途中で加害者が見つかった場合
- 人身に関する費目(ひき逃げ):見つかった翌日から5年
- 物損に関する費目(当て逃げ):見つかった翌日から3年
加害者が見つかったら、その後は時効までに示談が成立することが多いです。
しかし、示談交渉で揉めると時効に間に合わない可能性があるため、時効の成立を延長させるなどの対応が必要になるでしょう。
示談交渉が長引きやすいケースや時効成立を延長させる方法については、関連記事『交通事故の示談は時効期限に注意!期限の長さや時効の延長方法を解説』をご覧ください。
Q2.当て逃げでも警察はちゃんと捜査してくれる?
当て逃げの場合、聞き取り調査や周辺の防犯カメラの確認などはしてもらえる可能性がありますが、基本的には本格的な捜査は行われないことが多いです。
ひき逃げなど死傷者が出ている人身事故に比べ、物損事故である当て逃げ事故の捜査は優先度が低くなりがちなのです。
ひき逃げの場合は人体に損害が出ているため、実況見分捜査も行われます。
聞き取り捜査や実況見分捜査の詳しい内容は『交通事故後は警察への報告義務がある|伝える内容や連絡後の流れも解説』の記事で確認可能です。
当て逃げ犯が見つかる確率は?
当て逃げの検挙率は公にされていません。
しかし、車のナンバーがわかっていないと特定が難しいこと、本格的な捜査があまり行われないことなどから、当て逃げ犯が見つかる可能性は低いと言えます。
参考として、当て逃げよりも捜査が行われやすいひき逃げの検挙率を見てみましょう。
- 被害者死亡のひき逃げ検挙率:100.8%
※100%を超えているのは前年に起こったひき逃げ事故を検挙したため - 被害者重傷のひき逃げ検挙率:84.2%
- 全体のひき逃げ検挙率:64.4%
ひき逃げ全体の検挙率が約64%なので、当て逃げの検挙率はもっと低いでしょう。
自転車に当て逃げされた場合については『自転車の当て逃げ犯を特定できる確率は?』の記事で詳しく解説しているので、ご覧ください。
Q3.当て逃げ犯に刑罰を与えるには?
当て逃げの被害にあうと、当て逃げ犯に刑罰を与えたいと考えてしまうのも当然でしょう。
しかし、いくら被害者が当て逃げ犯に強い刑罰を望んでも、必ず刑罰が科せられるとは限りません。
被害者としてできることは、警察や検察に対して当て逃げ犯に対する処罰感情が大きいことをしっかり伝えることだけでしょう。
当て逃げ犯を刑事裁判で裁くべきだと起訴できるのは原則的に検察官だけですし、刑罰を与えるべきかどうかの判断を下せるのは裁判官だけなのです。
もっとも、当て逃げ犯に刑罰が下されたからといって、当て逃げの損害賠償金が受け取れるわけではありません。刑罰と損害賠償金は分けて考える必要があります。
Q4.当て逃げ発生後、怪我が発覚したらすべきことは?
当て逃げの場合、警察では物損事故として処理されます。
しかし、事故を警察に届け出てしばらくしてから怪我が発覚した場合は、警察にひき逃げとして扱ってもらうよう変更手続きをしましょう。
当て逃げからひき逃げに変更されることで、以下のような違いが生じます。
- 捜査が本格化し、犯人が見つけられやすくなる
- 怪我に関する損害について加害者に請求しやすくなる
- 怪我に関する保険について利用しやすくなる
事故が当て逃げなのかひき逃げなのかによって、利用できる自身の保険や当て逃げ犯に請求できる費目などが変わってきます。
怪我をしているのに当て逃げとして届け出たままだと、利用できる保険が利用できなかったり、得られるはずのお金が得られない可能性があります。
そのため、病院で出してもらった診断書などを持って管轄の警察署で手続きをしてください。
詳しい切り替え手続きの方法は、関連記事『物損から人身への切り替え方法と手続き期限』で解説しています。
ひき逃げなど人身事故で請求できる損害賠償金については『交通事故|人身事故の賠償金相場と計算方法』の記事で解説しているのでご確認ください。
当て逃げ犯が見つかったら弁護士にアドバイスを聞こう
せっかく当て逃げ犯が見つかっても、示談交渉次第では十分な賠償金が受け取れない可能性があります。
車をぶつけられたうえに謝罪もなく逃げた加害者から、被害者側にも落ち度があったようなことを言われ、腹立たしさを感じることもあるでしょう。
しかし、示談交渉で弁護士を立てれば、直接加害者側とやり取りすることなく十分な損害賠償金が受け取れる可能性が高まります。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了