【弁護士解説】車の時価額の調べ方|納得できない提示額の増額事例も紹介
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この記事でわかること
- そもそも車の「時価額」とは何か?
- 保険会社が使う「レッドブック」の価格がなぜおかしいと感じるのか?
- 納得できる時価額を自分で調べる具体的な方法
- 低い提示額に対して、根拠をもって増額交渉するための対処法
「どうしてこんなに安いの?」「中古車市場ではもっと高く売られているのに…」
保険会社から提示された車の時価額(賠償額)があまりに低く、悔しい思いを抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
提示された金額を鵜呑みにする必要はありません。
正しい知識を身につけ、ご自身の正当な権利を主張するための第一歩を踏み出しましょう。
目次
【車の時価額とは?】保険会社の提示額が低い理由
まず、保険会社との交渉の土台となる「時価額」という言葉の意味を正確に理解しておくことが重要です。
時価額・買取価格・販売価格の違いとは?
交通事故における車両の時価額とは、簡単に言うと事故が起きたその時点での、その車の客観的な市場価値のことです。
これに対し中古車販売サイトの価格には、販売店の利益・消費税・整備費用などが含まれています。
この上乗せ分がないため、時価額は販売価格よりも低くなります。
(1)中古車販売価格
お店がユーザーに車を売る値段です。
車両本体価格+販売店の利益、消費税、整備費用、保証費用などが上乗せされています。
(2)買取価格
買取業者がユーザーから車を仕入れる値段で、販売価格よりも低くなるのが一般的です。
(3)時価額
事故時点での客観的な車両価値になります。
業者間の取引価格(オークションの相場など)に近い金額で、利益や諸経費は含みません。
一般的に目にする中古車の価格が(1)中古車販売価格なのに対し、賠償の基準となるのは利益や諸経費を引いた(3)時価額になります。
そのため思っていたよりも低い金額の賠償額を示されるケースが多くなります。
経済的全損と物理的全損の違い
車が物理的に修理不可能な状態を「物理的全損」といいます。
一方、修理は可能でも「修理費が車両の時価額を上回る」場合があり、これを「経済的全損」と呼びます。
物理的全損
車が炎上したり、フレームが修復不可能なほど歪むなど物理的に修理が不可能な状態です。
この場合は車の価値(時価額)が賠償額となります。
経済的全損
技術的には修理が可能でも、修理費が車の価値(時価額)を上回ってしまう状態を指します。
経済的物損の場合、賠償額の上限は修理費ではなく、より低い時価額となります。
だからこそ時価額がいくらになるのかは非常に重要なポイントになります。
時価額が「受け取れる総額の上限」を決める
時価額がなぜこれほど重要かというと、それが最終的に受け取れるお金の「総額の上限」を決めるからです。
注意点として、たとえ「相手からの賠償金」と「ご自身の車両保険」の両方を使っても、時価額を超えた金額を受け取ることはできません。
そのため新車への買い替えには自己資金が必要です。
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事故で全損に…相手の保険や車両保険からいくらもらえる?補償と買い替えの流れ
レッドブックとは?時価額が低くなる3つの理由
保険会社が時価額を提示する際、大きな根拠としているのが「レッドブック」です。
保険会社が使うレッドブックとは
レッドブック(正式名称:オートガイド自動車価格月報)とは、中古車の標準的な価格が車種・年式・グレードごとに掲載されている月刊誌です。
レッドブックは公平な価格算定の基準として広く使われており、そこでの価格をもとに保険会社は時価額を主張してくることがほとんどです。
レッドブックは一般の人は見られない
レッドブックは自動車業界関係者向けの専門誌であり、一般の人が購入したり、内容を自由に閲覧したりすることは原則としてできません。
そのため被害者側は「本当にその金額が妥当なのか?」を客観的に判断するのが難しい状況に置かれてしまいます。
レッドブックでの価格が低い3つの理由
レッドブックの価格は客観的な基準の一つではありますが、必ずしも愛車の本当の価値を正確に反映しているとは限りません。
その理由は以下の通りです。
(1)標準状態の時価額が基準
レッドブックの価格は、あくまで「標準的な走行距離で、目立つ傷や凹みがない」という標準状態の車両を前提とした、時価額に近いものです。
つまり、中古車販売店が店頭で販売する際の利益や諸経費を乗せる前の、いわば「仕入れ値」にあたる価格にあたる価格になります。
(2)個別のプラス要素が反映されにくい
レッドブックの価格には、個別のプラス要素が十分に反映されないことがあります。
具体的には、次のような市場価値を上げるための重要なポイントが見過ごされがちです。
- 走行距離が極端に少ない
- 人気の限定グレードや特別仕様車
- 高価なメーカーオプション(サンルーフ、本革シートなど)
- 定期的なメンテナンスが行き届いたコンディション
- 人気のボディカラー
(3)市場の急な価格変動に対応しきれない
近年、特定の旧車やスポーツカーの価格が高騰していますが、レッドブックの価格改定がそうした急激な市場の需要に追いついていないケースがあります。
これらの理由から「レッドブックの価格は自分の車の実際の価値よりも低い」のが実情です。
自分でできる車両時価額の4つの調べ方
保険会社の提示額に納得できない場合、まずはご自身で客観的な証拠を集めることが重要です。
ここでは時価額を調べるための具体的な方法を4つご紹介します。
(1)中古車情報サイトで調べる
まずはカーセンサーやグーネットといった大手中古車情報サイトで、ご自身の車と同じ車種・年式・グレード・走行距離・ボディカラーの車が現在いくらで販売されているかを調べてみましょう。
ポイント
複数の類似車両をリストアップし、価格帯を把握します。スクリーンショットやページの印刷をして、証拠として残しておきましょう。
注意点
これはあくまで「販売価格」であり、時価額そのものではありません。しかし「市場ではこれくらいの価格で取引されている」という有力な参考資料になります。
(2)買取業者のオンライン査定を利用する
複数の買取業者のサイトで、車種や年式などを入力して査定額を調べることができます。
一括査定サイトを利用すると、一度の入力で複数の業者の概算価格が分かるので便利です。
ポイント
大まかな買取相場を把握するのに役立ちます。
注意点
オンライン査定はあくまで概算です。正確な金額ではないため、これ単体で交渉材料とするのは少し弱いかもしれません。
(3)買取業者に「事故前の車両価値」の査定を依頼する
最も有効な対抗策の一つが、プロの買取業者に「事故がなかったと仮定した場合の、本来の車両価値」を査定してもらうことです。
ポイント
買取業者に依頼すれば「もし事故がなく、中古車として市場で売買されていたらいくらだったか」を査定してくれます。
この査定書は「本当の価値」を客観的に示す証拠となり、保険会社との強力な交渉材料になります。
できれば3社以上から査定書を取得し、時価額の根拠を固めましょう。
注意点
業者によって査定額に幅が出たり、事故前の価値査定(意見書作成)が有料、または対応不可の場合もあります。
依頼する際は、必ず「交通事故の賠償交渉で使う事故前の時価額の査定書が欲しい」と明確に伝え、対応可能か事前に確認しましょう。
(4)日本自動車査定協会(JAAI)の査定を受ける
より公平で中立的な価格証明が必要な場合は、一般財団法人日本自動車査定協会(JAAI)に査定を依頼する方法があります。
ポイント
JAAIは中立的な第三者機関であり、その査定結果は裁判でも証拠として認められるほど信頼性が高いものです。
保険会社もこの査定結果を無視することは難しくなります。
注意点
査定には数千円~1万円程度の費用がかかります。
時価額に納得できない場合の対処法
証拠が集まったら、それらを基に保険会社と交渉します。
(1)客観的な証拠を提示する
ご自身で集めた中古車サイトのデータや買取業者の査定書を提示し、「市場で同等の車両を購入するには、貴社の提示額では不足している」と具体的に主張します。
証拠となるページのURLやスクリーンショットも忘れずに添付します。
(2)相手の計算根拠を明確にさせる
「今回の時価額は何を根拠に、どのように算出したのか」を保険会社に書面で回答するよう求めます。
もし相手がレッドブックの一部だけを提示してきたら、その価格が走行距離や人気のオプションを考慮しているかどうか、集めた証拠を基に具体的な反論をしましょう。
(3)安易に示談書にサインしない
一度示談書にサインしてしまうと、原則として後から覆すことはできません。
納得できない場合は、決してその場で同意しないでください。
たとえ後日、より高額な賠償が妥当だと分かっても、追加の請求は極めて困難になります。焦らず、じっくりと検討することが重要です。
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【判例】増額が認められた3つのケース
「レッドブックが全て」という保険会社の主張は、絶対的なものではありません。
裁判所はより実態に即した公平な判断によって、保険会社の提示額を覆すケースも存在します。
(1)買換諸費用が時価額に加算されたケース
買換諸費用が時価額に加算された裁判例
大阪地判平25・6・25(平成24年(ワ)3514・8908号)
信号機のない交差点で原付と衝突し、平成9年登録の普通乗用車(走行距離約6.8万km)が経済的全損になった。修理費72万円超に対し、被告は定率減価償却法による時価額10万5千円のみが損害と主張。原告は、車両買換には消費税・登録費用・車庫証明・車検整備費用等が必要不可欠として、これらを時価額に加算すべきと主張した。
裁判所の判断
「…単純な車両時価額だけではなく、買換において必要となる諸費用も算入するのが相当である」
大阪地判平25・6・25(平成24年(ワ)3514・8908号)
- 消費税や登録費用、車検整備費用等の21万1250円も加算を認める。
総額
10万5千円→31万6250円(時価額の約3倍)
(2)オプション装備が時価額に加算されたケース
オプション装備が時価額に加算された裁判例
京都地判平26・8・26(平成24年(ワ)1087・2182号)
ハーレーダビッドソン購入約半年後に交差点事故で全損。修理見積198万円に対し、被告は時価額133万5千円の経済的全損と主張。原告は購入時に19インチフロントホイール(20万5千円)、18インチリアホイール(24万円)等、総額54万円超のタイヤ回り純正オプション装備を付けており、モデルチェンジで希少な2008年モデルの付加価値を主張した。
裁判所の判断
「…タイヤ回りの装備品…を付加価値として加算した金額である160万円を原告二輪車の時価額と評価するのが相当である」
京都地判平26・8・26(平成24年(ワ)1087・2182号)
- タイヤ回りの純正装備品を付加価値として認定。
- 修理費、購入時期、モデルの希少性を考慮。
時価額の増額
133万5千円→160万円
(3)レッドブックの4倍超の時価額が認められたケース
レッドブック評価の4倍超の時価額が認められた裁判例
東京地判平30・12・20(平成28年(ワ)22120・36775号)
首都高速で1996年式ポルシェ911ターボ(新車価格1680万円、走行距離約3.8万km)が事故で全損。加害者側はレッドブック記載の480万円を時価額と主張したが、被害者は日米の中古車市場での実勢価格や希少性を根拠に高額評価を主張。修理用パーツは生産中止で修理不可能、仮に可能でも新車価格の4~5倍の費用がかかる状況だった。
裁判所の判断
「…本件事故当時の被告車の時価は2000万円を下らないと認められる。」
東京地判平30・12・20(平成28年(ワ)22120・36775号)
- 日米の中古車市場での実勢価格を重視。
- 「実取引での価格水準を反映してない」としてレッドブックの評価を否定。
時価額の増額
480万円→2000万円(レッドブック評価額の約4.2倍)
時価額交渉は弁護士に依頼しよう
保険会社は、一般的にレッドブックなど独自の基準をもとに時価額を算定しています。
しかし裁判例を見ると、実際の市場価格や車の使用状況などを考慮して、レッドブックの数値より高い金額が認められるケースも少なくありません。
そのため、弁護士がこれらの根拠をもとに保険会社と交渉することで、当初の提示額を見直し、より適正な金額での解決を目指せる可能性があります。
時価額交渉を弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼することで、以下のようなメリットがあります。
- 保険会社と対等な立場で交渉できる
- 裁判例や法的根拠に基づき適正な時価額を主張できる
- 精神的・時間的な負担を軽減できる
以下では、実際に当初の提示額から大幅に増額した解決事例をご紹介します。
時価額15万円→70万円に増額
- 車両の時価額は4.5倍以上の70万円に増額。
- レッカー費用や代車費用などを加え、最終賠償金は総額約95万円。
時価額10万円→総額55万円超に増額
- 交渉中に示談を迫る相手方の不適切な主張を法的に退けた。
- 車両時価額と登録費用を合わせ、当初の5.5倍の金額で示談成立。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了