物損事故では自賠責保険が使えない!修理費を補償してもらうには?

物損事故で生じた損害については、自賠責保険を利用することができません。自賠責保険は、他人の人身損害(例:ケガ、死亡)を対象とする保険だからです。
物損事故により生じた修理費などの損害は、加害者が加入している任意保険会社や、加害者自身に賠償請求する必要があります。
この記事では、以下の疑問に、法律的な視点と実務的な対応を交えてわかりやすく解説します。
- 自賠責保険が物損事故で使えない理由は?
- 加害者が自賠責保険しか加入していない場合、修理費などの「物損」の賠償請求はどうなる?
- 加害者が「物損」の賠償をしてくれない場合、どう対応すればいい?
物損事故の場合の補償方法や、加害者が任意保険未加入の場合の対応策など詳しく知りたい方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
自賠責保険とは?物損事故の補償はされる?
自賠責保険では、原則として、物損事故の補償はされません。
ここでは、自賠責保険とは何か、自賠責保険の補償対象は何かについて解説します。
自賠責保険の補償対象は「人身事故」のみ
自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)は、物損事故には使えません。自賠責保険の補償対象は、人身事故のみです。
自賠責保険で補償される内容と、限度額は以下のとおりです。
人身損害の種類 | 自賠責の限度額 |
---|---|
死亡 | 3,000万円まで |
ケガ | 120万円まで |
後遺障害 | 後遺障害の程度(1級~14級)に応じて、75万円~4,000万円まで |
参考:自賠責保険・共済ポータルサイト「限度額と補償内容」
物損事故が自賠責保険の補償されない理由は?
自賠責保険が、自動車(原付を含む。)による交通事故の被害者救済を目的とし、「最低限の人身被害に対する補償」をおこなう保険だからです。
そのため、自賠責保険の補償範囲は、あくまで他人の人身損害に限られます。物件損害(例:車両の修理費、携行品の修理費、代車費用など)や営業損失等は、自賠責保険の補償の範囲に含まれません。
たとえ事故で車が大破しても、加害者が自賠責保険しか加入していない場合、加害者の自賠責保険から補償を受けることはできないのです。
「物損事故扱い」か「人身事故扱い」かの違いにも注意
物損事故と人身事故の対応の違い
事故の届け出が「物損事故扱い」とされるか「人身事故扱い」とされるかで、警察の対応や保険の適用の有無などに違いが生じます。
警察に人身事故の届出を出したかどうかで、どちらの扱いになるかが決まります。
物損事故扱い | 人身事故扱い | |
---|---|---|
警察に事故の連絡 | 〇 | 〇 |
人身事故の届出 | ✕ | 〇 |
ケガをしても、軽症(例:むちうち)の場合、人身事故扱いにしないで済ませるケースは少なくありません。
ただし、「物損事故扱い」か、「人身事故扱い」かで、その後の対応に差が出ます。
物損事故と人身事故の対応の違い
項目 | 物損事故扱い | 人身事故扱い |
---|---|---|
警察の捜査対応 | 形式的な現場確認のみ | 詳細な事情聴取、入念な証拠収集、実況見分調書の作成など |
自賠責保険の適用 | 不可(補償対象外)※ | 可能(ケガ・死亡等の人身に限る) |
※ 物損事故扱いの場合、原則、自賠責保険の補償対象外
物損事故扱いのままでも、「人身事故証明書入手不能理由書」の提出により、人身損害について自賠責保険金の審査を受けられるケースは、たしかにあります。
しかし、「軽微な事故だから、人身扱いにしてない」と考えられてしまい、保険金請求で不利になる可能性は否めません。
また、人身扱いになっていなければ、詳しい捜査書類(例:実況見分調書)が作成されず、事故の過失割合が争点になった場合、過失割合を証明する証拠を入手できないリスクもあります。
そのため、十分な補償を受けるためには、むちうちなどの軽微なケガであっても、きちんと診断を受けて「人身事故」として警察に届け出ることが重要です。
人身事故と物損事故の違いや、どのようにして決められるのかという点については『人身か物損か誰が決める?違いは?警察が物損にしたがる理由やデメリット』の記事でより詳しく知ることが可能です。
後から痛みが出たら?物損事故から人身事故扱いへの変更はできる
「事故当初は大したことがないと思って物損事故として処理したけど、その後体が痛み出した…」というのはよくあるケースです。
このようなケースでは、警察に「人身事故として扱ってください」と申告し直せば、人身事故扱いへ変更することができます。
そのための手順は以下の通りです。
人身事故への切り替え手続き
- 医療機関を受診し、「診断書」を作成してもらう
- 最寄りの警察署に出向き、診断書を提出
- 警察が事故内容を再確認し、「人身事故として再処理」
実際に人身事故と認められれば、加害者の自賠責保険に対して治療費や通院交通費、一部の慰謝料などを請求することが可能になります。
自賠責保険利用のためにも、加害者側の保険会社に人身事故へ切り替えた旨の請求を行いましょう。
ただし、事故から一定期間が経っていたり、医師の診断書が交通事故との因果関係を否定している場合、切り替えが難しいこともあります。
人身事故への切り替えの方法についてより詳しく知りたい方は『物損から人身への切り替え方法と手続き期限!切り替えるべき理由もわかる』の記事をご覧ください。
加害者が自賠責保険しか入っていない場合、修理費はどうなる?
事故の相手(加害者)が任意保険に未加入で、自賠責保険しか加入していない場合、被害者は、車両修理費などの物損について補償を受けるには、以下のような方法が考えられます。
- 加害者に直接請求(示談交渉)
- 加害者が応じない場合は訴訟なども検討
- 自分の車両保険の利用
それぞれ詳しく見ていきましょう。
加害者に直接請求(示談交渉)
まずは加害者に対して、修理費の支払いを求める交渉を行うことになります。ただし、加害者が支払いに応じる義務があるとしても、実際にお金を支払ってもらえるかは別問題です。
加害者が応じない場合は訴訟なども検討
加害者から支払ってもらえない場合、訴訟提起といった法的手続きを検討する必要があります。
請求額が比較的少額(60万円以下)であれば、簡易な手続きで行える「少額訴訟」での請求も可能です。
実際に裁判を起こす場合の手続きに関して知りたい方は『交通事故裁判の起こし方や流れ|費用・期間や裁判になるケースは?出廷は必要?』の記事をご覧ください。
【コラム】弁護士費用特約が使えるなら弁護士への依頼がおすすめ
ご自身の任意保険に「弁護士費用特約」が付いていれば、弁護士に依頼して交渉・回収を進めることができます。
この特約を使えば、通常の弁護士費用を保険でカバーできるため、自己負担を軽減しつつ弁護士への依頼を行い、スムーズな解決を目指すことが可能です。
弁護士費用特約に関して詳しく知りたい方は『自動車保険に弁護士費用特約は必要?特約を使うと等級は下る?』の記事をご覧ください。
自分の車両保険の利用
加害者から支払いを受けることが難しい場合には、自身が加入している車両保険を利用することも検討しましょう。
交通事故により生じた車両の修理費用は、基本的に車両保険の補償対象となります。
ただし、車両保険を利用した場合は、原則として保険の等級が下がり、3年間は保険料が増加するというリスクを考慮する必要があるでしょう。
保険会社と連絡をとり、利用する場合のリスクを確認したうえで、利用すべきかどうかを判断することをおすすめします。
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物損事故のチェックポイント
物損事故にあったときの初期対応
事故の初期対応については、以下のとおりです。
警察への届出
保険会社への連絡
修理業者による車両等の見積・修理
示談交渉(損害額や過失割合を決定)
示談成立による賠償金の支払い
負傷者がいなくても、事故車を安全な場所に寄せて停車したり、警察への通報は必要です。
その後、事故相手の保険の情報等を確認して、補償を受けるための準備を進めていきます。
もっと詳しく知りたい方は『物損事故の流れと被害者がまずやるべき対応|解決までの期間は?』も合わせてご覧ください。
物損事故で補償を受けるための対応
物損事故で、加害者に修理費などの物的損害を補償してもらうためには、以下のような対応が有効です。
- 加害者が任意保険に入っていないか確認
- 被害状況や修理見積もりの写真・書類を確保
- 加害者に対し、文書または口頭で請求意思を伝える
- 支払いを拒否されたら少額訴訟や調停を検討
- 弁護士費用特約の活用も検討する
具体的にどのような行動をとるべきか確認したい場合は、専門家である弁護士に相談することをおすすめします。
物損事故でよくある質問
Q.物損事故の修理費用はいつまでに請求すべき?
修理費用などの損害賠償は、事故の翌日から3年以内に請求する必要があります(民法724条)。保険会社とのやり取りで時効が中断・延長する場合もありますが、なるべく早めに請求・示談を進めましょう。
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Q.物損事故の示談書の書き方は?
示談書には以下のような項目を明記します。
- 当事者の氏名・住所
- 事故の発生日時と場所
- 損害の内容(修理費など)
- 支払金額と支払期日
- 今後の請求をしない旨(清算条項)
書面で残すことでトラブルを防げます。保険会社のフォーマットを使うか、ネットで信頼できるテンプレートを参考にして作成すると安心です。
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交通事故の示談書の書き方と記載事項!テンプレート付きで注意点も解説
Q.物損事故の場合、警察は必ず呼ぶべき?
必ず警察を呼びましょう。警察の事故証明書がないと、保険請求ができないケースがあります。
また、あとから「実はケガがあった」と人身扱いになることもあるため、軽微な事故でも警察への届け出は必須です。
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Q.物損事故では刑罰や行政処分はありますか?
基本的にありません。人身事故では「刑事罰」「行政処分」「損害賠償」の3つの責任が発生しますが、物損事故の場合、基本的には、民事上の損害賠償のみ問題になります。
ただし、当て逃げや飲酒運転など、悪質なケースでは、刑事罰や行政処分の対象にもなる可能性が高いです。
まとめ|物損事故に自賠責保険は使えないが、他の対応策はある
自賠責保険は、自動車やバイク(原付を含む。)の所有者に加入が義務付けられています。しかし、自賠責保険は人身損害(ケガ、後遺障害、死亡の損害)のみを補償する保険です。
基本的に、自賠責保険は、物損事故は対象外です。
そのため、物損事故の損害(例:車両の修理費など)の補償は、加害者の対物賠償責任保険で対応してもらうことになります。
加害者が自賠責保険しか加入していない場合に、物損事故の損害の補償を受けるには、加害者に対する直接請求や、裁判・調停、自身の保険の利用などの方法が考えられます。
お困りの場合は、交通事故に詳しい弁護士への相談も視野に入れて、スムーズな解決を目指しましょう。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了