追突事故で肩の神経損傷、後遺障害12級認定を勝ち取った裁判 #裁判例解説
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「後ろから追突されただけなのに…なぜ右肩が腫れて、腕が上がらないんですか?」
救急外来で訴えても、医師は首しか診ない。「むちうちが治れば良くなりますよ」。そう言われ帰された。
しかし翌朝、右肩は熱を帯びパンパンに腫れ、起き上がることもできない。薬指と小指の痺れも残った。
「時速30キロの追突で、そんな重傷になるはずがない」。相手保険会社はそう主張し、自賠責の後遺障害は3度の申請でも非該当。「首以外は事故と無関係」と退けられ続けた。
それでも諦めなかった彼女は、専門医の検査で腕神経叢の損傷を証明。「追突=首だけ」という常識を覆し、裁判所が認めた後遺障害とは――。
※令和2年6月17日名古屋地方裁判所判決(平成29年(ワ)第2349号)をもとに、構成しています。
この裁判例から学べること
- 追突事故でも首以外の部位(肩・腕)に重大な神経損傷が起こり得る
- 時速30km程度の追突でも、姿勢や衝撃の方向により深刻な後遺障害が残ることがある
- 追突事故で「むちうち」と診断されても、実際には別の損傷が隠れている可能性がある
- 自賠責で非該当でも、専門的な神経検査で損傷を証明すれば裁判で認定される
「追突事故はむちうちだけ」「首の怪我だから軽い」。
そんな思い込みが、適切な治療と補償を妨げているかもしれません。
今回紹介する裁判例は、時速30km程度の追突で肩の神経を損傷し、プロボクサーとしての選手生命を絶たれた女性のケースです。
医師は当初「首のむちうち」と診断し右肩の異常を重視しませんでしたが、実際には腕神経叢という神経の束が損傷していました。
追突時の姿勢や衝撃のかかり方によっては、首以外にも重大な損傷が生じます。
特にハンドルを握った状態では肩や腕に大きな負荷がかかり、神経損傷につながることがあります。
本件では自賠責で3度「非該当」とされたものの、裁判で併合12級が認められ約750万円の賠償が認定されました。
追突事故の後遺症を見落とさないために、多くの示唆を与える事例です。
📋 事案の概要
今回は、令和2年6月17日名古屋地方裁判所判決(平成29年(ワ)第2349号)を取り上げます。
この裁判は、追突事故により腕神経叢損傷を負った被害者が、加害者に対して後遺障害に係る損害賠償を求めた事案です。
- 原告:当時24歳の女性プロボクサー。プロ登録して約1年半、試合出場4戦(2勝2敗)の経歴を持つ
- 被告:当時23歳の男性。追突事故を起こした加害者
- 事故状況:愛知県内の路上で発生。原告車の前方車両が店舗駐車場に入るため停止し、原告車も停止したところ、後続の被告車(時速約30km)が追突。原告は右手でハンドルを持ち、左前方をのぞき込む姿勢だった
- 負傷内容:頸部挫傷、背部挫傷、頭部打撲。事故翌日から右肩が腫れ上がり腕が上がらない状態に。右環指・小指の痺れも継続
- 請求内容:後遺障害に係る損害賠償金1278万7180円及び遅延損害金
- 結果:裁判所は後遺障害等級併合12級を認定し、750万8118円及び遅延損害金の支払いを命じた
🔍 裁判の経緯
「事故の翌朝、目が覚めたら右肩が熱を持ってパンパンに腫れていて…腕が全然上がらなかったんです」。
事故当日、私は夕方いつもの道を走っていました。前の車が駐車場に入ろうとして停まり、私も停車。右手だけでハンドルを持って前方をのぞき込んだ、その瞬間でした。
――ドン!
時速30キロほどで追突され、首がガクッと落ち、右腕にはジーンと痺れが走りました。
救急外来では頸椎損傷の疑いとされ、肩の異変は「動くから大丈夫」と見過ごされました。
しかし翌朝、悪夢が始まりました。
右肩は見たことがないほど腫れ上がり、熱を帯び、痛みで起き上がることすらできません。
それでも病院では「むちうちならいずれ治る」と言われ、肩の腫れや痛みは診断書に記載すらされませんでした。
「私はプロボクサーです。身体の変化には敏感ですし、右腕が垂れ、左腕より長く感じる異常は明らかでした。」
事故から2週間後、保険会社の担当者が腕を見て驚き、専門医を紹介してくれました。
D病院では神経学的検査がすべて陽性。
「頸部神経叢が伸びて損傷している可能性が高い」と診断されました。
その後も症状は改善せず、練習はおろかロードワーク20分でも首が張り、肩がすくんでしまう。
1年後に受けた針筋電図で「腕神経叢の損傷」「手術はできない」「痺れは残る」と告げられ、選手生命を絶たれたことを悟りました。
後遺障害を申請しても自賠責は3度非該当。
「事故直後に肩の診断名がない」と退けられ続けました。
絶望の中、弁護士が言いました。
「裁判で争いましょう。専門医の所見があれば必ず認められます。」
私はその言葉を支えに、裁判へ進みました。
※令和2年6月17日名古屋地方裁判所判決(平成29年(ワ)第2349号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、原告の右肩の痛みを外傷性右腕神経叢障害(後神経束の損傷)による後遺障害12級13号、右環指・小指の痺れを後遺障害14級9号と認定し、併合12級と判断しました。
その上で、逸失利益382万6118円、慰謝料300万円、弁護士費用などを含め、合計750万円超の賠償を認めました。
主な判断ポイント
1. 右肩の痛みの後遺障害該当性(12級13号)
裁判所は、針筋電図による電気生理検査に基づき、右肩の痛みが腕神経叢後神経束の損傷によるものと認定しました。
事故直後の診断書に肩症状がない点については、
- 原告が翌日から一貫して腫れと痛みを訴えている
- プロボクサーとして身体管理に厳しく供述の信用性が高い
- 整骨院やC病院の記録に早期から肩痛が記載されている
- 医師が頸部症状ばかりを重視し肩を記載しなかった可能性
上記を重視し、右腕神経叢損傷の存在と因果関係を肯定しました。
2. 受傷機転と衝撃の大きさの評価
原告は事故時、右手だけでハンドルを持ち上体を左前に出すという不自然な姿勢で、裁判所は「衝撃は右腕から右肩に集中した」と認定。
また、被告車の速度は約30kmで、原告車の損傷も軽微でなかったことから、相当程度大きな外力が加わったと判断しました。
高エネルギー外傷が典型とされる腕神経叢損傷でも、本件態様と矛盾しないとしました。
3. 指の痺れと併合等級の判断(14級9号 → 併合12級)
右環指・小指の痺れは、肩の神経とは別経路の尺骨神経によるものですが、事故直後からの一貫した訴えや頸部挫傷、神経学的所見を踏まえ、裁判所は「局部に神経症状を残すもの」として14級9号と認定しました。
右肩の12級13号と併せて、後遺障害等級は併合12級とされています。
5. 逸失利益・慰謝料の判断
裁判所は、原告の事故後の収入が高いことだけで「損失なし」とは評価せず、実際の労働能力の低下と職業人生への影響を重視しました。
特に、プロボクサーとしての選手生命を失った点は「極めて大きな損害」とされ、精神的・職業的喪失が強く評価されています。
また、現在の職場でも次のような明確な業務制限が認められています。
- タイヤとホイールの装着作業ができない
- 重いタイヤの積み込みが困難
- 事務作業でも右指の痺れで細かい操作がしづらい
収入が維持されているのは、原告の努力と家族経営特有の配慮によるもので、将来も同じ条件で働ける保証はないとし、労働能力喪失率14%、期間10年として逸失利益382万6118円が認められました。
慰謝料については、併合12級の相場に加え、「人生の中心だったボクシングを断念せざるを得なくなった精神的苦痛」が特に重く評価され、300万円と判断されています。
👩⚖️ 弁護士コメント
追突事故でも首以外に重大な損傷が生じる理由
追突事故というと「むちうち=首のケガ」というイメージが強く、医師も首中心に診察しがちです。しかし、衝撃が肩や腕など特定の部位に集中するケースは珍しくありません。
本件の被害者は、右手だけでハンドル右下を持ち、左前へ上体を出す不自然な姿勢でした。このため衝撃が右腕〜右肩に集中的に伝わり、腕神経叢の損傷につながりました。裁判所もこの点を明確に認定しています。
追突事故では、ハンドルを握る力・身体の向き・荷物の保持などで受傷部位が変わるため、事故直後は首以外の違和感も漏れなく伝えることが非常に重要です。
「軽微な追突」では重い後遺障害は生じない、という誤解
保険会社がよく主張する「時速30kmなら重傷にはならない」は誤解です。停車中の車に衝突すれば、速度が低くても相当な外力がかかります。
本件でもリアバンパーは大きく凹み(修理費約38万円)、車は押し出されるほどでした。裁判所も「外力は相当大きかった」と評価しています。
追突事故の損傷は速度だけでは判断できず、姿勢・衝撃方向・シートベルトの固定位置などが大きく影響します。
自賠責が非該当でも、裁判で認められる可能性がある
このケースでは自賠責で3回非該当でしたが、裁判では併合12級が認められました。
自賠責は書面審査で、初期診断書に肩の所見が書かれなかったことが大きな不利になっていましたが、
- 被害者の一貫した訴え
- 整骨院の早期記録
- 専門医の所見
裁判所はこれらを総合的に評価し、プロボクサーとして身体管理に厳しい点から供述の信用性を高く認めました。
書面で落ちても、医学的証拠を積み重ねれば結論が変わる典型例です。
神経症状の立証で電気生理検査が重要な理由
神経損傷はレントゲンやMRIで写らないことも多く、針筋電図など電気生理検査が決定的な証拠になる場合があります。
本件も、事故から1年以上後の検査で腕神経叢後神経束の損傷が明確に示され、裁判所はこれを「他覚的所見」として採用しました。
神経症状の後遺障害を争う場合、電気生理検査の有無は結果を大きく左右します。
事故直後の症状申告と記録の重要性
被告側が強調した「診断書に肩の記載がない」という点について、裁判所は「医師が首中心に診察し、肩の訴えが記録されなかった可能性」を認めました。
追突事故では記録漏れが起こりやすいため、事故直後には以下を必ず伝える必要があります。
- 首以外の痛み・痺れ・違和感
- 手指の感覚異常・力が入りにくい感覚
- 事故時の姿勢・身体の向き
- 衝撃の方向・強さ
また、整骨院の記録も重要な裏付けとなります。本件でも、早期の肩症状の記録が裁判で大きく役に立ちました。
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1. 追突事故の過失割合の基本
追突事故は、交通事故の中でも過失がはっきりしています。
原則として、後ろから追突した側が100%の過失とされ、被害者側に落ち度が認められることはほとんどありません。
「急ブレーキをかけた」など特殊な事情がある場合を除き、過失割合でトラブルになることは少ないのが特徴です。
また、追突された側は「ぶつけられた事実」を示せば足り、もし加害者側が「被害者にも過失がある」と主張するなら、その証明責任は加害者側にあります。
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2. 後遺障害申請(事前認定)の基本ステップ
後遺障害の申請には複数の方法がありますが、ここでは最も利用される「事前認定」の流れを簡潔に説明します。

交通事故の症状が長引く場合、「後遺障害」の申請によって治療費だけでは補えない損害が賠償される可能性があります。
事前認定の手続きは複雑に見えますが、被害者が自分で行う作業は次の3つだけです。
- 医師が「症状固定」と判断する
- 後遺障害診断書を医師に作成してもらう
- 加害者側の任意保険会社へ書類を提出する
その後の書類収集や審査手続きは保険会社が代行するため、手続き自体は比較的シンプルです。
ただし、初期診断書の記載漏れなどがそのまま提出されてしまうこともあり、認定に不利に働く可能性があります。
もし非該当となっても、追加の医学的資料や経過説明を整えることで後から認定されるケースもあります。
症状に違和感が残る、記載不足が心配だと感じた場合は、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。
なお、詳しい手続きや保管申請方法を知りたい場合は、『交通事故で後遺障害を申請する|認定までの手続きの流れ、必要書類を解説』をご覧ください。
3. 整骨院の記録が証拠になる理由【通う順番がポイント】
交通事故のケガで整骨院に通うことは可能ですが、必ず先に病院を受診し、医師の許可を得てから整骨院に行くことが大切です。
この順番を守らないと、あとで保険会社から「適切な治療といえない」と評価され、不利益になることがあります。
正しい手順で通っている場合には、整骨院の施術記録は大きな意味を持ちます。
病院で記載されなかった肩・腕・背中の痛みなどが、整骨院で早期から継続して記録されていれば、「事故直後から症状が続いていた」ことの裏付けとして有効な証拠になるためです。
🗨️ よくある質問
Q1:追突事故で首以外が痛む場合、因果関係は認められますか?
A1:認められる可能性は十分あります。事故直後から一貫して症状を伝えること、首以外の痛みや痺れも医師に正確に説明すること、必要に応じて針筋電図などの検査を受けることが重要です。医師が「追突=首」と決めつける場合もあるため、患者側の積極的な申告が欠かせません。
Q2:時速30km程度でも重い後遺障害は認められますか?
A2:はい。速度だけでは損傷の重さは判断できません。停車中に衝突されれば大きな外力が加わります。事故時の姿勢や衝撃方向なども影響するため、車両の損傷や状況を記録しておくことが大切です。
Q3:むちうちと診断されたのに肩や腕が痛い場合は?
A3:症状を具体的に伝え直し、「腕が上がらない」「指が痺れる」など詳細を診断書に記載してもらってください。診察が十分でないと感じる場合は別の医療機関や専門医の受診も検討を。整骨院の記録も後の証拠として有効です。
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追突事故で肩や腕に痛み・痺れが残っている方、初期診断書の記載漏れや自賠責の非該当に不安を感じている方は、ぜひ一度専門家へご相談ください。
受傷姿勢や神経学的検査、通院記録の整理など、適切な証拠を揃えることで、後遺障害等級が認められる可能性は大きく変わります。
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初回相談は無料です。

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
