ドライブレコーダーが証拠!タクシー急停車で転倒したバイク事故の過失割合 #裁判例解説
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「被告側の主張では、あなたが無理に追い越そうとして自損事故を起こしたとのことですが…」
原告代理人の弁護士が証拠書類を手にしながら続けた。
「しかし、ドライブレコーダーの映像を見ていただければ分かります。被告車両は交差点進入直後に急ブレーキをかけながら左にハンドルを切っています。車体が大きく沈み込む様子がはっきりと記録されているんです」
法廷のモニターに映し出されたのは、タクシーに搭載されたドライブレコーダーの映像。その映像が、当事者双方の主張を覆し、事故の真相を明らかにする決定的な証拠となった…。
※横浜地方裁判所平成25年4月18日判決(平成24年(ワ)75号)をもとに、構成しています。
この裁判から学べること
- ドライブレコーダーの映像は、当事者の供述よりも客観的な証拠として重視される
- 非接触事故でも、先行車両の運転行為と転倒との因果関係が認められる場合がある
- 過失割合は双方の義務違反の程度を総合的に考慮して判断される
交通事故の過失割合を決める上で、当事者の主張が真っ向から対立することは珍しくありません。「自分は悪くない」「相手が悪い」という水掛け論になりがちな状況で、客観的な証拠の有無が裁判の行方を大きく左右します。
今回ご紹介する裁判例は、タクシーに搭載されていたドライブレコーダーの映像が決定的な証拠となり、運転者の供述を覆して過失割合が認定されたケースです。タクシー運転手は「十分に後方確認をして合図も出した」と主張しましたが、映像にはその様子が全く記録されていませんでした。
この事例を通じて、ドライブレコーダーが交通事故訴訟においてどれほど重要な役割を果たすか、また非接触事故における過失認定の考え方について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要
今回は、横浜地方裁判所平成25年4月18日判決(平成24年(ワ)75号)を取り上げます。
この裁判は、タクシーが交差点で客を拾うために急停車したことにより、後方を走行していた自動二輪車が衝突を避けるために急ブレーキをかけて転倒した非接触事故について、損害賠償が争われた事案です。
- 原告:自動二輪車を運転していた男性
- 被告:タクシー会社(タクシー運転手の使用者)
- 事故状況:片側3車線の道路で、タクシーが第1車線と第2車線をまたぐように走行中、前方交差点に手を挙げている客を発見し、急ブレーキをかけながら左にハンドルを切って交差点内の横断歩道上に停車。後方を走行していた自動二輪車が衝突を回避するため急ブレーキをかけて転倒
- 負傷内容:頸椎捻挫、左肩打撲、左第5肋骨骨折、左膝打撲(通院期間約4ヶ月、実通院日数41日)
- 請求内容:人的損害および物的損害として合計145万7,011円の支払い
- 結果:原告の請求を一部認容し、62万1,891円の支払いを命じた(過失割合:原告30%、被告70%)
🔍 裁判の経緯
「あの日のことは、今でもはっきり覚えています」
原告は弁護士に当時の状況を語った。
「私は朝9時頃、いつものように自動二輪車で通勤していました。片側3車線の道路を走行中、前方にタクシーが見えたんです。そのタクシー、第1車線と第2車線の区分線をまたぐような変な位置で走っていて…」
原告は当初第2車線を走行していたが、その後第1車線に車線変更し、タクシーの左後方を走行していた。
「交差点が近づいてきた時、突然タクシーが急ブレーキをかけて左にハンドルを切ったんです。ウインカーなんて出していませんでした。私は咄嗟に急ブレーキをかけて、なんとかタクシーにはぶつからなかったんですが、バイクごと左側に転倒してしまって…」
原告は転倒により頸椎捻挫や肋骨骨折などの怪我を負い、約4ヶ月間の通院を余儀なくされた。また、愛用していた外国製高級腕時計やバイクも損傷した。
一方、タクシー運転手は全く異なる主張をした。
「私は交差点のかなり手前で客を見つけ、ルームミラーで後方確認をしてからウインカーとハザードランプを点灯させました。交差点を過ぎた場所で停車したんです。あのバイクは、私の左側から無理に追い越そうとして自分で転倒したんですよ」
当事者の主張は完全に食い違っていた。しかし、タクシーには一つの重要な装置が搭載されていた。ドライブレコーダーである。
※横浜地方裁判所平成25年4月18日判決(平成24年(ワ)75号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、ドライブレコーダーの映像を中心とした客観的証拠を詳細に分析し、タクシー運転手の供述の多くを「採用し難い」として退けました。
その上で、タクシー運転手には急ブレーキの禁止違反、後方安全確認義務違反、合図義務違反、交差点内停車禁止違反の各過失があると認定。一方で、原告にも車間距離保持義務違反が認められるとして、過失割合を原告30%、被告70%と判断しました。
主な判断ポイント
1. ドライブレコーダー映像による事実認定
裁判所は、ドライブレコーダーの映像を詳細に分析し、タクシーが「本件交差点に進入した直後の地点で、大きく沈みながら比較的急角度で左に寄っている状況が写っていること」を認定しました。
この客観的な映像証拠と、事故直後の実況見分でタクシー運転手自身が「停止するために強くブレーキを踏み込んだ」と説明していた事実から、タクシー運転手が急ブレーキをかけながら左にハンドルを切ったと認定し、これに反する運転手の法廷での供述は採用しませんでした。
2. 後方安全確認義務および合図義務の違反
タクシー運転手は「ルームミラーで後方確認した」と供述しましたが、裁判所は「顔や目の動きに現れるはずであるところ、ドライブレコーダーの映像等にはそのような様子は全く窺われ」ないと指摘。また、事故直後の実況見分でも後方確認の指示説明がなかったこと、十分に後方確認していれば急ブレーキをかけながら左にハンドルを切るとは考え難いことから、後方安全確認が不十分だったと認定しました。
合図についても、映像上急ブレーキ前に合図する余裕があったとは認め難く、原告も「ウインカー等の合図をしていない」と明確に供述していることから、合図をしていないか、仮にしていても遅れたものと判断しました。
3. 原告の車間距離保持義務違反
裁判所は、原告バイクの進路とタクシーの進路が一部重なっていた以上、原告には「直前車両が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を保持すべき義務」があると判断しました。
タクシー運転手が左にハンドルを切る直前の車間距離は約8.2メートルでしたが、制限速度の時速50キロメートルで走行していたとしても、この距離では追突回避に必要な距離として不十分であるとして、原告の義務違反を認めました。
4. 停車位置の違法性
タクシー運転手は「交差点を過ぎた場所で停車した」と供述しましたが、裁判所は、客が手を挙げていた位置と事故直後に運転手自身が指示説明した停車位置から、実際には交差点内あるいは横断歩道上に停車したと認定し、道路交通法44条違反を認めました。
👩⚖️ 弁護士コメント
ドライブレコーダーの証拠価値
本判決は、ドライブレコーダーの映像が交通事故訴訟において極めて重要な証拠となることを示した好例です。
タクシー運転手は「後方確認をした」「合図を出した」「交差点を過ぎた場所で停車した」と供述しましたが、裁判所はドライブレコーダーの映像や事故直後の実況見分結果との矛盾を指摘し、これらの供述をことごとく退けました。客観的な映像証拠は、当事者の記憶や主観に左右されないため、裁判所も高い証拠価値を認める傾向にあります。
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非接触事故における因果関係
本件は、バイクがタクシーに接触していない「非接触事故」でしたが、裁判所はタクシー運転手の過失と原告の転倒との間に因果関係を認めました。ただし、裁判所は「本件事故を追突事故と全く同視するのは相当でない」とも述べており、通常の追突事故とは異なる評価がなされています。
非接触事故では、先行車両の行為と後続車両の事故との因果関係の立証がより重要になりますが、本件ではドライブレコーダーの映像と転倒時のタイヤ痕がその立証に役立ちました。
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実務上の教訓
本判決から得られる実務上の教訓として、第一にドライブレコーダーの装着が挙げられます。被害者の立場では事故状況を客観的に証明する手段として、加害者の立場では不当な請求から身を守る手段として、いずれの場合も有効です。
第二に、事故直後の実況見分における指示説明の重要性です。本件では、タクシー運転手が法廷で実況見分時と異なる供述をしたことが、その信用性を損なう結果となりました。事故直後は記憶が鮮明なため、実況見分での説明は後の裁判で重要な意味を持ちます。
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📚 関連する法律知識
急ブレーキの禁止(道路交通法24条)
車両の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、急ブレーキをかけてはなりません。
本件では、タクシー運転手が客を拾うために急ブレーキをかけたことがこの規定に違反すると認定されました。営業目的であっても、後続車両の安全を無視した急停車は許されません。
進路変更時の安全確認義務と合図義務(道路交通法26条の2、53条)
進路を変更するときには、次の2つの義務があります。
- 後方の安全を確認する義務
進路変更後、後ろの車に急ブレーキや急な方向変更をさせないようにすること。 - ウインカーなどで合図する義務
同じ方向に走りながら進路を変えるときは、方向指示器で周囲に知らせること。
本件では、裁判所は形式的な「進路変更違反」そのものは認めませんでしたが、急ブレーキをかけつつ左に寄る行為については、後方安全確認と合図の義務を尽くしていなかったと判断しました。
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車間距離保持義務(道路交通法26条)
車両は、同一の進路を進行している他の車両の直後を進行するときは、その直前の車両が急に停止したときにおいても追突を避けることができる必要な距離を保持しなければなりません。
本件では、原告バイクとタクシーの進路が完全に同一ではありませんでしたが、一部重なっていたことから、裁判所はこの義務の適用を認めました。
交差点内等における停車禁止(道路交通法44条)
交差点や横断歩道上での停車は原則として禁止されています。本件では、タクシーが客を拾うために交差点内の横断歩道上に停車したことがこの規定に違反すると認定されました。
🗨️ よくある質問
Q1:ドライブレコーダーの映像は、どのような場合に証拠として認められますか?
A1:ドライブレコーダーの映像は、事故状況を客観的に記録したものとして、裁判所に証拠として認められます。ただし、映像の鮮明さや記録内容によっては、証拠価値が限定される場合もあります。
本件では、速度の正確な算定には不十分とされた一方、運転者の動作や車両の挙動の認定には有効とされました。改ざんの疑いがないことも重要です。
Q2:接触していない事故でも、相手に損害賠償を請求できますか?
A2:はい、可能です。非接触事故であっても、相手方の過失行為と自分の損害との間に因果関係が認められれば、損害賠償を請求できます。本件のように、先行車両の急停車を避けるために後続車両が転倒した場合などが典型例です。
ただし、因果関係の立証が接触事故より困難になることが多いため、ドライブレコーダーの映像や目撃者の証言などの客観的証拠が重要になります。
Q3:タクシーが営業のために停車した場合、過失が認められにくいのでしょうか?
A3:いいえ、営業目的であることは過失の有無に影響しません。タクシー運転手であっても、一般の運転者と同様に道路交通法を遵守する義務があります。むしろ、職業運転手としてより高い注意義務が求められるとする考え方もあります。
本件でも、客を拾うという営業目的は考慮されず、急ブレーキや後方安全確認の不備、交差点内停車などの違反行為が厳しく認定されました。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
