素因減額とは?減額されるケースや判断基準がわかる【判例つき】

この記事でわかること
交通事故の損害賠償金は、「素因減額」によって減らされることがあります。
素因減額とは、被害者が有していた持病や既往症などの身体的要因、または、ケガの症状に人一倍敏感であったといった心因的要因が損害の発生や拡大に寄与している場合に、被害者の素因を考慮して損害賠償額を減額するというものです。
ただし、素因減額については判断が難しく、加害者側ともめることが多いでしょう。
この記事では、素因減額とはなにか、どのような場合に素因減額が適用されるのかを解説します。
加害者側が素因減額を主張してきた時の対処法も解説しているので、参考にしてみてください。
目次

素因減額の意味や種類・対象となる要因を解説
素因減額とは?
素因減額とは、被害者側が事故前から持っていた身体的、あるいは心因的な要素(素因)が交通事故の発生やケガの悪化に影響した場合に、その影響分だけ損害賠償金を減額することです。
素因減額による減額の程度に明確な決まりはなく、それぞれのケースに合わせて示談交渉などで減額割合が決まります。
素因減額が適用された場合の損害賠償金は、以下のようになります。
素因減額の計算方法
損害賠償額×(100%-素因減額の割合)=素因減額後の損害賠償額
素因減額には、身体的素因減額と心因的素因減額があります。それぞれについて見ていきましょう。
(1)身体的素因減額
身体的素因減額とは、被害者が有していた疾患や身体的特徴といった身体的要因が損害の発生・拡大に寄与したと認められる場合に、損害賠償金を減額することをいいます。
例えば、被害者が交通事故で腰痛を発症したとしても、もともと腰痛持ちという事情があればその腰痛は100%交通事故が原因とは言えません。
腰痛に関する治療費などを全額加害者に請求するのは公平ではないため、身体的素因減額によって賠償金が減額されるのです。
素因減額の対象となりうる疾患とは?
素因減額の対象となりうる疾患の例としては、以下が挙げられます。
- 椎間板ヘルニア
- 脊柱管狭窄症
- 後縦靱帯骨化症
- その他、事故前からの持病や既往症
その他、肥満、首が長いなどの身体的特徴も素因減額の対象となることがあります。
素因減額の対象にはならない身体的特徴・疾患とは?
たとえ交通事故の被害拡大に影響するような身体的特徴や疾患でも、以下の場合は身体的素因減額の対象にはなりません。
- 「その特徴があるがゆえに普段から慎重な生活が求められる」というほどではない身体的特徴
- 老化による疾患
例えば首が長かったり肥満だったりしても、日常生活に特段支障のない程度であれば、身体的素因減額の対象となる可能性は低いでしょう。
また、例えばヘルニアや脊柱菅狭窄症などがあっても、それが老化によって発症したものなら、身体的素因減額の対象外です。
(2)心因的素因減額
心因的素因減額とは、被害者の精神的要因が損害の発生・拡大に寄与したと認められる場合に、その精神的要因を考慮して損害賠償金を減額することをいいます。
例えば被害者が人一倍痛みに敏感で、一般的な人ならケガは完治したと判断するところ、自覚症状を訴え続けて治療が長くなったとしましょう。
この場合、長引いた分の治療費や慰謝料まで加害者が負担するのは公平とは言えません。したがって、心因的素因減額が適用され、損害賠償金が減額されるのです。
心因的素因減額が適用されるケースとは?
心因的素因減額の対象となりうるケースとしては、「被害者の性格」「自発的意識の欠如」「賠償神経症」などが挙げられます。
- 被害者の性格:人一倍痛みに敏感であるがために、治療期間が長くなった、など
- 自発的意識の欠如:被害者の治療に対する意欲が低いために治療に時間がかかった、など
- 賠償神経症:より多くの賠償金を得たいという気持ちから、実際よりもケガの症状を重く感じている、など
症状を裏付ける他覚所見がないにも関わらず、一般的な治療期間を大幅に超えて治療を継続している場合には、加害者側が心因的素因減額を主張してくる可能性があります。
心因的素因減額が適用されないケースとは?
一見すると心因的素因減額が適用されるように思えるケースでも、以下の場合は減額対象外となることがあります。
- 事故状況や被害状況などから見て、心因的素因減額を適用しなければ不公平が生じるとは言えない場合
- 被害者の個性の範囲として認められる程度である場合
例えば過去には、被害者のケガが今後の職業生活に影響しうるものであり、心因的素因減額をしなかったからといって不公平になるとは言えないとして、素因減額を否定した判例があります。
素因減額が適用された判例とされなかった判例
続いて、実際に身体的素因減額が適用された判例と、適用されなかった判例を紹介します。
(1)素因減額が適用された判例
(略)原告B1に脊髄の圧迫による神経症状が発生したこと(略)重篤なものとなったことについては、原告B1に本件事故前から広範囲にわたる脊柱管狭窄(略)等の既往があったことが大きく影響しているものと認められるから(略)40%の素因減額をするのが相当である。
東京地方裁判所 平成26年(ワ)第30124号
上記の判例では、脊柱管狭窄の既往症が素因減額の対象とされました。
ただし、脊柱管狭窄は老化による現象であることも多いため、必ずしも素因減額の対象となるとは限りません。
(2)素因減額が適用されなかった判例
(略)原告の性格・器質などがうつ病の発症及び増悪に影響したことは否定できない。しかし,(略)本件事故との相当因果関係を認めた損害額について,原告の性格・器質等の寄与を理由に減額をせず,被告に損害額全部を賠償させるのが公平を失するということはできない。
東京地方裁判所 平成23年(ワ)第37519号 損害賠償請求事件 平成27年2月26日
上記判例では、裁判所は以下の点から、被害者の心因的素因を認めています。
- 事故やケガの程度が軽微であること
- 被害者は事故前、抗不安薬の処方を継続的に受けていた時期があること
しかし、以下の点を考慮すると、心因的素因減額を適用しなかったからといって、不公平が生じるとは言えないとして、心因的素因減額の適用が否定されました。
- 脳神経外科医である被害者にとって、交通事故による症状は職業生活を左右しかねないものであった
- 交通事故後の治療の内容、症状の推移、症状固定までの期間、後遺症の程度
加害者が素因減額を主張する可能性が高いケース
素因減額については、どのようなケースでどの程度適用されるか明確なルールは定められていません。
しかし、加害者が素因減額を主張してくることが多いケースはあります。ここでは、3つのケースに分けて詳しく解説します。
既往症や何かしらの身体的特徴がある
交通事故の被害拡大に影響した既往症や身体的特徴がある場合、加害者側はそれを理由に素因減額を主張してくる可能性があります。
しかし、たとえ既往症や身体的特徴が交通事故の被害拡大に影響していたとしても、それがただちに素因減額の適用理由になるとは限りません。
たとえば軽度な身体的特徴なら、素因減額の対象にならない可能性は十分にあるのです。
加害者が主張する素因が実際に被害拡大に寄与している自覚があったとしても、本当にそれによって損害賠償金が減額されるべきなのかは、慎重に判断しましょう。
事故の規模や被害に対して治療期間が長い
事故の規模や被害内容の割に治療期間が長い場合、加害者側は以下の点から心因的素因減額を主張してくることがあります。
- 被害者が症状に敏感すぎるだけなのではないか
- きちんと通院や服薬などをしなかったために治療期間が延びているのではないか
ただし、こうした主張は、治療期間の妥当性を示す検査結果や診断書などがあれば覆せる可能性があります。
被害者が高齢者である
被害者が高齢である場合も、加害者側が素因減額を主張してくる可能性があります。
老化による症状を、素因減額に該当するものだと言ってくることがあるのです。
しかし、老化による症状は素因減額の対象にはならないので、加害者側の主張を鵜呑みにしないようにしましょう。
素因減額はどう決まる?立証責任は?
続いて、素因減額はどう決まるのか、素因減額の立証責任は誰にあるのかを解説します。
素因減額の有無を判断する3ポイント
素因減額の有無は、次のような点から判断されます。
- 事故車両の損壊状態などの事故様態
- 既往歴・既往症の有無
- 交通事故によって負ったケガの平均治療期間
例えば事故様態から考えるとそれほど重大なケガではないはずなのに、ケガの治療期間が平均を大幅に超えている場合、心因的素因減額が適用される可能性があります。
また、既往症については事故前に自覚症状がなくても、身体的素因減額の対象となりえます。
例えば交通事故でケガをしてレントゲンを撮った結果、患部に事故前からあったと思われるヘルニアが見つかったとします。この場合、ご自身に自覚症状がなかったとしても身体的素因減額が適用されることがあるのです。
素因減額の有無はまず示談交渉で話し合われる
素因減額が適用されるかどうかは、まず、示談交渉において話し合われます。
素因減額について示談交渉では話がまとまらない場合は、裁判に移行するのも1つの手です。
ただし、裁判となると解決までに時間や手間がかかります。加害者側の主張が認められれば素因減額が適用されるうえ、裁判費用を負担するおそれもあるのです。
裁判に移る前に一度、示談交渉を弁護士に任せることも考えてみてください。示談交渉の途中から弁護士を立てることも可能です。

素因減額の立証責任は加害者側にある
交通事故において、被害者側に素因減額の対象となる疾患などがあるかどうかは、加害者側が立証しなければなりません。
加害者側は素因減額について、以下ような内容の主張をしてくると考えられます。
- 被害者が有していた疾患により、本来よりも事故により生じたケガが悪化した
- 被害者の精神的特性により、ケガの完治まで通常よりも期間がかかった
- 疾患や精神的特性による影響を考慮すると、公平性の観点から損害賠償金を減額するべき
被害者側は上記のような主張に対する反論をしていくことになります。
加害者側が素因減額を主張してきた時の対処法は、本記事内で次に解説します。
加害者側が素因減額を主張してきた時の対処法
加害者側が素因減額を主張してきた場合、「素因減額自体を否定する」「素因減額の割合が減るよう交渉する」のいずれかの対処を取りましょう。
詳しく解説します。
(1)素因減額を否定する
加害者側が主張する素因減額が不当なものであれば、素因減額自体を否定しましょう。否定の方向性としては、以下の2パターンがあります。
- 加害者側が主張する疾患や精神的特性などは素因減額の対象にはならないと主張する
- その疾患や精神的特性などが事故発生やケガの悪化に影響しているとは言えないと主張する
例えば実際にヘルニアや脊柱管狭窄がケガの悪化に影響していたとしても、老化による現象と認められれば身体的素因減額の対象にはならない可能性があります。
「被害者は首が長くむちうちになりやすい」という理由で身体的素因減額を主張された場合も、首が長いのは疾患ではなくただの身体的特徴であるとして反論できるでしょう。
また、そもそもその疾患がケガの悪化と無関係なのであれば、素因減額は適用されません。
主張の根拠として、医師による診断や治療経過、過去の判例などを挙げることがポイントです。
(2)素因減額の割合が減るよう交渉する
被害者側に素因減額の対象となる要因がある場合は、素因減額の割合が少なくなるよう交渉しましょう。
素因減額によってどれくらいの金額が減額されるのか、明確な決まりはありません。このことを利用して、加害者側は必要以上に大幅な減額を主張してくる可能性があります。
過去の判例や専門書の記載、その素因がどのくらい交通事故被害の拡大に影響したかを考え、減額幅の縮小を求めることが重要です。
ただし、過去の判例や専門書の記載については、基本的に被害者よりも加害者側の任意保険会社のほうが詳しいでしょう。
被害者側の主張を通すには、専門知識を持つ弁護士を立てることが望ましいです。
素因減額と過失相殺を行う場合の減額の流れ
素因減額と過失相殺による減額について、どちらも行う必要がある場合の計算方法について紹介します。
過失相殺とは、自身についた過失割合分、受け取れる損害賠償金が減額されること。
関連記事:過失相殺とは?計算方法の具体例や判例でわかりやすく解説
素因減額と過失相殺が両方適用される場合は、先に素因減額が適用され、素因減額後の金額に対して過失相殺が適用されます。
損害賠償金が500万円、素因減額30%、過失割合10%の場合を想定した計算例は、次のとおりです。
- 素因減額後の金額に対して、過失相殺10%が適用される。
350万円✕(100-10)%=315万円 - 損害賠償金500万円に対して、素因減額30%が適用される。
500万円✕(100-30)%=350万円
素因減額でお困りなら弁護士にご相談・依頼を
素因減額についてお困りなら、一度弁護士までご相談や依頼をおすすめします。
素因減額は示談交渉でもめやすいポイントである一方、過去の判例や専門知識に基づいて判断しなければならない難しい項目です。
加害者側の任意保険会社は被害者の知識不足を利用し、本来なら素因減額に当たらない要素について素因減額を主張してきたり、不当に大幅な減額を主張してきたりする可能性があります。
被害者は示談交渉経験や知識量の差から不利だと言わざるを得ないので、早めに弁護士に相談・依頼することが重要です。
また、素因減額以外に関する主張についても、弁護士であれば適切な主張が可能でしょう。
弁護士への依頼によるメリットについては『交通事故を弁護士に依頼するメリット10選と必要な理由|弁護士は何をしてくれる?』の記事でより詳しく知ることができます。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了