素因減額とは?減額されるケースや判断基準がわかる【判例つき】

更新日:

素因減額とは?

交通事故の損害賠償金は、「素因減額」によって減らされることがあります。

素因減額とは、被害者が有していた既往症などの身体的要因、または心因的要因が損害の発生や拡大に寄与している場合に、損害賠償額を減額するというものです。

この記事では、具体的に素因減額とはなにか、どのような場合に素因減額が適用されるのかを解説します。

加害者側が素因減額を主張してきた時の対処法も解説しますので、ご参照ください。

交通事故の無料法律相談
相談料 無料
毎日50件以上のお問合せ!

素因減額の意味や種類・対象となる要因を解説

素因減額とは|割合はどう決まるのか

素因減額とは

被害者側が事故前から持っていた身体的、あるいは心因的な要素(素因)が交通事故の発生やケガの悪化に影響した場合に、その影響分だけ損害賠償金を減額すること

たとえば、損害賠償金が100万円と認定された事故で、そのうち被害者のヘルニアの既往症が20%影響していると考えられる場合、損害賠償金は100万円✕(100%-20%)=80万円となります。

何%影響しているか、という割合については共通の基準がなく、個々の事案によって個別に決定されます。

素因減額には、身体的素因減額と心因的素因減額があります。

(1)身体的素因減額

身体的素因減額とは、被害者が有していた疾患などの身体的要因が損害の発生・拡大に寄与したと認められる場合の素因減額をさします。

たとえば、被害者が交通事故で腰痛になったとしても、もともと腰痛持ちだったのであれば、その腰痛は100%交通事故が原因で発生したとは言えません。

腰痛に関する治療費の全額を加害者側に請求するのは公平ではないため、身体的素因減額によって賠償金が減額されるのです。

素因減額の対象となりうる疾患とは?

素因減額の対象によくなるものとしては、以下のような疾患が挙げられます。

  • 椎間板ヘルニア
  • 脊柱管狭窄症
  • 後縦靱帯骨化症
  • 別の事故での後遺障害
  • その他、事故前からの持病や既往症

一方で、肥満体形・首が人より長いといった、その特徴があるがゆえに普段から慎重な生活が求められるほどではない身体的特徴は疾患にはあたりません。

また、事故前から体の痛みや骨の変形があったとしても、それが通常の加齢による範囲なら、疾患にはあたりません。

(2)心因的素因減額

心因的素因減額とは、被害者の精神的要因が損害の発生・拡大に寄与したと認められる場合に、その精神的要因を考慮して損害賠償金を減額することをいいます。

たとえば、被害者が人一倍痛みに敏感で、一般的な人ならケガは完治したと判断するところ、自覚症状を訴え続けて治療が長くなったとしましょう。

この場合、長引いた分の治療費や慰謝料まで加害者側が負担するのは公平とは言えません。したがって、心因的素因減額が適用され、損害賠償金が減額されます。

心因的素因減額が適用されるケースとは?

心因的素因減額の対象によくなるものとしては、以下のような性質が挙げられます。

  • 被害者の性格:人一倍痛みに敏感であるがために、治療期間が長くなった、など
  • 自発的意識の欠如:被害者の治療に対する意欲が低いために治療に時間がかかった、など
  • 賠償神経症:より多くの賠償金を得たいという気持ちから、実際よりもケガの症状を重く感じている、など

一方で、心因的素因減額を適用しなければ不公平が生じるとは言えない場合や、性格などが被害者の個性の範囲として認められる程度である場合は、素因減額されません。

症状を裏付ける他覚所見がないにも関わらず、一般的な治療期間を大幅に超えて治療を継続している場合には、加害者側がそもそも因果関係を否定してくるか、心因的素因減額を主張してくる可能性があります。

素因減額された・されなかった実際の判例

素因減額が適用された判例(20%~80%減額)

続いて、実際に身体的素因減額が適用された判例を、減額の割合別に紹介します。

糖尿病による素因減額80%

Aが重篤な糖尿病に罹患しており、視神経内血管に糖尿病による障害が存在していたために、最終的に左眼失明にまで至ったものであり、既往症が左眼失明に寄与した割合は5割とするのが相当である。(略)右足膝下切断は、糖尿病の合併症である閉塞性動脈硬化症の増悪を原因とする上、本件事故によって(略)糖尿病が増悪し、右足の人差し指に壊疽を発症したものであり、既往症が右足膝下切断に寄与した割合は8割とするのが相当である。

東京高裁 平成30年(ネ)第1374号/平成30年(ネ)第1527号 平成30年7月17日判決

この判決は、交通事故によって高齢の被害者が左眼失明および右足の膝下切断に至った事案です。

裁判所は両後遺障害について事故との因果関係を認めつつも、被害者に重度の糖尿病という既往症があったことから、損害の一部に素因減額(左眼失明に50%、右足膝下切断に80%)を適用しました。

脊柱管狭窄症による素因減額40%

原告B1に脊髄の圧迫による神経症状が発生したこと(略)重篤なものとなったことについては、原告B1に本件事故前から広範囲にわたる脊柱管狭窄(略)等の既往があったことが大きく影響しているものと認められるから(略)40%の素因減額をするのが相当である。

東京地方裁判所 平成26年(ワ)第30124号

この判決では、脊柱管狭窄の既往症があったことから、40%の素因減額がされました。

動揺性肩関節による素因減額20%

原告が動揺性肩関節であったことが後遺障害の発生等の損害拡大に寄与していることは明らかである(略)本件事故に巻き込まれたために、現在の原告の後遺障害が発生するに至ったものであること、前記認定の事故態様からすれば事故自体が原告の左肩関節に与えた衝撃も相当強度のものであること、(略)によれば、(略)事故によって原告に生じた損害の八割を被告に負担させるのが公平というべきである。

大阪地裁 平成12年(ワ)第1287号 平成14年2月22日

この判決では、もともと被害者が動揺性肩関節という脱臼しやすい体質だったことについて、20%の素因減額がされました。

素因減額が適用されなかった判例(減額なし)

さらに、素因減額が適用されなかった判例を紹介します。

椎間孔狭窄症・骨棘について素因減額されなかった例

原告のC四/五椎間板が狭小化していたことや、C四/五、五/六に骨棘が形成されていた(略)。しかしながら、原告に、本件事故前にこれらに起因する神経症状が出ていたと窺われる事情はなく、原告の年齢を考慮すると加齢性の変性としてこれらの所見は往々にして見られることであり、原告の上記所見が原告の年齢相応の通常人の程度を大きく逸脱すると認めるべき事情はなく、素因減額は相当でない。

京都地裁 平成24年(ワ)第1059号 平成24年11月28日判決

この判決では、事故前から被害者の頸椎・腰椎に異常が生じていたものの、年齢上通常ありうる範囲だとして素因減額を認めませんでした。

精神科の通院歴が素因減額されなかった例

原告の精神症状は本件事故前には相当程度改善していたといえることや(略)本件事故によって非器質性精神障害並びに頸部痛及び腰部痛を負い(略)後遺障害が残存したとしても、これによる原告の損害が本件事故によって通常発生する程度ないし範囲を超えているとはいえない(略)原告に素因減額されるべきほどの心因的要因があることを認めるに足りる証拠もない。

東京地裁 平成27年(ワ)第20215号 平成29年7月18日判決

この判決では、事故被害者は精神科への通院歴があったものの事故当時には安定していたと判断し、事故をきっかけに非器質性精神障害を新たに発症したと認定し、素因減額を認めませんでした。

素因減額をせずとも不公平ではないとされた例

(略)原告の性格・器質などがうつ病の発症及び増悪に影響したことは否定できない。しかし,(略)本件事故との相当因果関係を認めた損害額について,原告の性格・器質等の寄与を理由に減額をせず,被告に損害額全部を賠償させるのが公平を失するということはできない。

東京地方裁判所 平成23年(ワ)第37519号 損害賠償請求事件 平成27年2月26日

この判決では、ケガの程度は軽微だったものの、抗不安薬の処方を継続的に受けていたという被害者の心因的素因により損害が拡大したことを否定していません。

しかし被害者が脳神経外科医で、事故のケガが職業生活を左右しかねないものだったことなどを考慮し、心因的素因減額を適用しなかったからといって、不公平が生じるとは言えないとして、心因的素因減額の適用が否定されました。

加害者側が素因減額を主張してくるケース3つ

素因減額については、どのようなケースでどの程度適用されるか明確なルールは定められていません。

しかし、加害者側が素因減額を主張してくることが多いケースはあります。ここでは、3つのケースに分けて詳しく解説します。

(1)既往症が診断書に書かれている

交通事故にあって通院した病院の診断書に「腰痛の既往症あり」「通院歴あり」などと書かれていると、加害者側が素因減額を主張してくることがあります。

もともと既往症で病院に通院していて、同じ病院で事故の治療もすると、このような事態がよくあります。

診断書に既往症を書かないように、と患者や弁護士から依頼することは基本的にできません。

(2)事故の規模や被害に対して治療期間が長い

治療期間が長引いている場合、被害者が症状に敏感すぎるだけなのではないか、きちんと通院や服薬などをしなかったために治療期間が延びているのではないか、などと疑い素因減額を主張してくることがあります。

こうした主張は、治療期間の妥当性を示す検査結果や診断書などがあれば覆せる可能性があります。

(3)被害者が高齢者である

被害者が高齢である場合、腰痛などの症状が元からあることが多く、自己相手が素因減額を主張しやすいと言えます。

しかし、老化による通常の範囲の症状は素因減額の対象にはならないので、加害者側の主張を鵜呑みにしないようにしましょう。

素因減額は誰がどう決める?立証責任は加害者にある

続いて、素因減額はどう決まるのか、素因減額の立証責任は誰にあるのかを解説します。

素因減額の有無を判断する3ポイント

実際に素因減額をするかどうかは、次のような点から判断されます。

  1. 事故車両の損壊状態などの事故態様
  2. 交通事故によって負ったケガの平均治療期間
  3. 疾患等が記録として確認できるか

たとえば、事故態様から考えるとそれほど重大なケガではないはずなのに、ケガの治療期間が平均を大幅に超えている場合、素因減額をされるおそれが出てきます。

また事故前に自覚症状がなくても、CTなどで既往症が客観的に確認できるのであれば、素因減額が主張されやすくなります。

素因減額をするかは交渉で決定する

素因減額が適用されるかどうかは、まず、示談交渉において話し合われます。

素因減額について示談交渉では話がまとまらない場合は、裁判に移行することになります。

ただし、裁判となると解決までに時間や手間がかかります。加害者側の主張が認められれば素因減額が適用されるうえ、裁判費用を負担するおそれもあるのです。

裁判に移る前に一度、示談交渉を弁護士に任せることも考えてみてください。示談交渉の途中から弁護士を立てることも可能です。

交通事故の無料法律相談
相談料 無料
毎日50件以上のお問合せ!

素因減額の立証責任は加害者側にある

交通事故において、被害者側に素因減額の対象となる疾患などがあるかどうかは、加害者側が立証しなければなりません。

加害者側は素因減額について、以下ような内容の主張をしてくると考えられます。

  • 被害者が有していた疾患により、本来よりも事故により生じたケガが悪化した
  • 被害者の精神的特性により、ケガの完治まで通常よりも期間がかかった
  • 疾患や精神的特性による影響を考慮すると、公平性の観点から損害賠償金を減額するべき

被害者側は上記のような主張に対する反論をしていくことになります。

加害者側が素因減額を主張してきた時の対処法は、本記事内で次に解説します。

加害者側が素因減額を主張してきた時の対処法

加害者側が素因減額を主張してきた場合、「素因減額自体を否定する」「素因減額の割合が減るよう交渉する」のいずれかの対処を取ることになります。

(1)素因減額を否定する

加害者側が主張する素因減額が不当なものであれば、素因減額自体を否定しましょう。否定の方向性としては、以下の2パターンがあります。

  • 加害者側が主張する疾患や精神的特性などは素因減額の対象にはならないと主張する
  • その疾患や精神的特性などが事故発生やケガの悪化に影響しているとは言えないと主張する

たとえば、実際にヘルニアや脊柱管狭窄がケガの悪化に影響していたとしても、老化による現象と認められれば身体的素因減額の対象にはならない可能性があります。

また、そもそもその疾患がケガの悪化と無関係なのであれば、素因減額は適用されません。

反論の根拠としては、医師による意見書、通院歴に関する資料、CTやMRIの画像所見、過去の判例などが考えられます。

(2)素因減額の割合が減るよう交渉する

素因減額を認めざるをえないような場合も、素因減額の割合が少なくなるよう交渉できます。

素因減額によってどれくらいの金額が減額されるのか、明確な決まりはありません。このことを利用して、加害者側は必要以上に大幅な減額を主張してくる可能性があります。

反論の根拠としては、医師による意見書、CTやMRIの画像所見、過去の判例、被害者の陳述書などが考えられます。

被害者側の主張を通すには、専門知識を持つ弁護士を立てることが望ましいです。

素因減額と過失相殺を行う場合の減額の流れ

素因減額と過失相殺による減額について、どちらも行う必要がある場合の計算方法について紹介します。

過失相殺とは、自身についた過失割合分、受け取れる損害賠償金が減額されること。
関連記事:過失相殺とは?計算方法の具体例や判例でわかりやすく解説

素因減額と過失相殺が両方適用される場合は、先に素因減額が適用され、素因減額後の金額に対して過失相殺が適用されます。

損害額が500万円、素因減額30%、過失割合10%の場合を想定した計算例は、次のとおりです。

  1. 損害額について、素因減額が適用される
    500万円✕(100%-30%)=350万円
  2. 素因減額された損害額350万円に対して、過失相殺が適用される。
    350万円✕(100%-10%)=315万円

なお、素因減額がなされなかったとしたら、被害者は500万円✕(100%-10%)=450万円を受け取れていたはずです。

素因減額がなされるかどうかは、最終的な示談金の額に大きく影響してきます。

素因減額でお困りなら弁護士にご相談・依頼を

素因減額についてお困りなら、一度弁護士までご相談や依頼をおすすめします。

素因減額は示談交渉でもめやすいポイントである一方、過去の判例や専門知識に基づいて判断しなければならない難しい項目です。

加害者側の任意保険会社は被害者の知識不足を利用し、本来なら素因減額に当たらない要素について素因減額を主張してきたり、不当に大幅な減額を主張してきたりする可能性があります。

被害者は示談交渉経験や知識量の差から不利だと言わざるを得ないので、早めに弁護士に相談・依頼することが重要です。

また、素因減額以外に関する主張についても、弁護士であれば適切な主張が可能でしょう。
弁護士への依頼によるメリットについては『交通事故を弁護士に依頼するメリット9選と必要な理由|弁護士は何をしてくれる?』の記事でより詳しく知ることができます。

アトム法律事務所では、電話・LINE似て無料相談を実施しています。

交通事故の案件に詳しい弁護士に無料で相談することが可能です。

また、依頼まで進んだ場合でも、依頼の際に生じる着手金は原則無料となっております。

無料相談の受付は24時間対応となっているので、いつでもお気軽にご連絡ください。

交通事故の無料法律相談
相談料 無料
毎日50件以上のお問合せ!

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

突然生じる事故や事件に、
地元の弁護士が即座に対応することで
ご相談者と社会に安心と希望を提供したい。