「独りで歩けても、一人にはできない」 高次脳機能障害の見守りに介護費702万円を認定 #裁判例解説
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「娘には、これから先もずっと見守りが必要なんです」
母親の声が、法廷に静かに響いた。スクリーンには、事故前は明るく活発だった高校生の娘の写真と、現在の診断書が映し出されている。
「複数のことを聞かれるとパニックになって、簡単な漢字も思い出せなくなる。感情が爆発して怒り出すこともある。一人で外出はできても、いつ何が起きるか…親として、目を離せないんです」
弁護士が続ける。「日常生活は自立しているように見えても、高次脳機能障害による認知・情緒・行動障害は中等度。声かけや見守りという、目に見えにくい介護が必要なのです」
裁判官の判断が、この家族の将来を左右する…。
※名古屋地判平成26年6月27日(平成24年(ワ)第5342号)をもとに、構成しています。
<この裁判例から学べること>
- 日常生活動作の自立性が認められても、声かけ・見守りを要する状態として将来介護費が認められることがある
- 高次脳機能障害では、認知・情緒・行動面の支障に着目して、見守り等の必要性が判断されることがある
- 後遺障害が複数ある場合でも、併合等級として一括で扱わず、実際の労働能力への影響を個別に判断する
交通事故等により高次脳機能障害が残った場合、身体的には自立していても、認知機能の低下や感情のコントロール困難により、日常的な「見守り」や「声かけ」が必要となることがあります。
こうした介護の必要性は外見から分かりにくく、十分に評価されないまま賠償が争われるケースも少なくありません。
今回ご紹介する裁判例は、16歳の高校生が重症頭部外傷により5級2号相当の高次脳機能障害を負い、将来にわたる見守り介護の必要性が争われた事案です。
原告側が介護の必要性を主張したのに対し、被告側は大学進学やアルバイトの事実を挙げてこれを否定しましたが、裁判所は声かけや見守りの必要性を認め、日額1,000円、平均余命までの将来介護費702万円余を認容しました。
この事例を通じて、高次脳機能障害における介護の必要性がどのように評価されるか、将来介護費の算定方法、後遺障害逸失利益の算定における実務上の重要ポイントを解説していきます。
目次
📋 事案の概要
今回は、名古屋地判平成26年6月27日(平成24年(ワ)第5342号、平成25年(ワ)第985号)を取り上げます。
この裁判は、信号機のない見通しの悪い交差点で、自転車通学中の高校1年生の女子生徒が普通乗用車と出会い頭に衝突し、重症頭部外傷により高次脳機能障害等の重篤な後遺障害を負った事案です。
- 原告:事故当時16歳の女子高校生
- 被告:普通乗用車を運転していた男性
- 事故状況:信号機のない交差点で発生。原告の自転車が西進中、被告車が南進中に出会い頭に衝突し、原告は石垣に頭をぶつけた
- 負傷内容:重症頭部外傷(脳幹損傷、び慢性軸索損傷、脳挫傷、外傷性くも膜下出血)。約2ヶ月間の入院治療後、リハビリセンターに転院し、約2年10ヶ月の通院治療を経て症状固定
- 後遺障害:高次脳機能障害(5級2号相当)、外貌醜状(7級相当)、複視(10級2号相当)で併合3級と認定
- 請求内容:総額約1億211万円を請求
- 結果:裁判所は過失相殺30%の上、約5,177万円及び遅延損害金の支払いを命じ、将来介護費として日額1,000円、平均余命までの702万円余を認容。
🔍 裁判の経緯
「あの日から、娘の人生は一変してしまいました」母親は弁護士に、涙ながらに事故後の日々を語った。
娘は自転車で学校に向かう途中、交差点で車と衝突。石垣に頭を強く打ち付け、重症頭部外傷と診断された。
ICUでの集中治療を経て、2ヶ月後にようやく一般病棟に移ることができた。
事故から約4ヶ月後、娘は何とか高校に復学した。しかし、そこからが本当の苦労の始まりだった。
「授業の内容が理解できない、友達の会話についていけない。複数のことを聞かれるとパニックになって、簡単な漢字も思い出せなくなる」
医師から家庭教師をつけることを勧められ、週に何度も来てもらった。高校3年の夏までで約178万円。それでも進学に向けた不安は拭えず、その後は予備校にも通った。
大学進学後、アルバイトも始めたが、物を頻繁に失くす、感情の起伏が激しいなど、日常生活上の困難は続いていた。
「一人で外出はできても、いつ何が起きるか分からず、目を離せない状態なんです」と母親は訴えた。
医師の診断書には、「認知・情緒・行動障害は中等度。代償手段の工夫や家族等の援助で対処できている」と書かれていた。
「娘にはこれから先も、ずっと見守りが必要です。それなのに、保険会社は『大学に行ってアルバイトしているから介護は必要ない』と言うんです」
母親は、大学進学やアルバイトができている状況にあっても、日常生活上の見守りが必要であるとして、将来介護費の請求を求め裁判を起こした。
※名古屋地判平成26年6月27日(平成24年(ワ)第5342号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、原告について将来にわたり声かけや見守りを要する状態にあるとして、将来介護費は日額1,000円が相当であると判断し、平均余命までの介護費702万2,271円を認めました。
もっとも、原告は日常生活動作が自立しており、独りで外出することも可能である点は併せて認定されています。
主な判断ポイント
1. 将来介護費の必要性―「見守り」も介護として評価
本件において、裁判所は次の2点を区別して評価しました。
- 独りでの行動可能性
原告が自らの意思で外出できる程度の自立性を有している - 一人にすると危険が生じ得る状態
注意障害や感情の激しい起伏により、行動上の逸脱や対人関係上の問題が生じ得る
これを前提に、裁判所は、原告が大学進学やアルバイトをしている事実を認めつつも、高次脳機能障害による認知・情緒・行動障害が残存しているとして、日常生活においては声かけや見守りを要する状態にあると判断しました。
その内容は、必要に応じて行動や注意を促す程度の介護と評価され、将来介護費として日額1,000円が相当とされました。
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2. 後遺障害逸失利益における個別的評価
原告側は併合3級を前提に労働能力喪失率100%を主張しましたが、裁判所は後遺障害の内容を個別に検討した結果、全体として90%が相当であると判断しました。
この点について裁判所は、外貌醜状は比較的軽度であり、接客を含むアルバイトに実際に従事していることから、労働能力への影響は限定的であると評価しました。
一方、高次脳機能障害については、相当程度の労働能力喪失が認められるとして、これを踏まえた上で後遺障害逸失利益として6,507万5,932円を認容しています。
3. 教育費(家庭教師代)の相当因果関係
家庭教師代について裁判所は、高校2年生から高校3年生の夏休みまでの補習に要した費用については、本件事故との相当因果関係が認められるとして、178万8,510円を認容しました。
その理由として、事故により重症頭部外傷を負い、5級2号相当の高次脳機能障害が残存した結果、復学後も授業内容や進度についていけない状況が生じていた点を挙げています。
一方、予備校代については、大学受験のため本件事故がなくとも支出を要したといえるとして、事故との相当因果関係を認めず、請求を退けました。
👩⚖️ 弁護士コメント
高次脳機能障害における「見守り介護」の重要性
この判決で最も注目すべきは、日常生活動作が自立していても、高次脳機能障害による認知・情緒・行動障害がある場合、「見守り」や「声かけ」という間接的な介護の必要性を認めた点です。
高次脳機能障害は外見上分かりにくく、身体的な介助を要しない場合でも、記憶障害や注意障害、感情コントロールの困難さから、日常生活において継続的な見守りを要することがあります。
実務上、将来介護費を適切に評価してもらうためには、医師の診断書に加え、日常生活上の具体的な支障や支援の内容を丁寧に立証していくことが重要となります。
労働能力喪失率の個別的評価
本件では併合3級という重い後遺障害等級が認定されていますが、裁判所は等級のみを基準に労働能力喪失率を判断せず、後遺障害の内容や程度を個別に検討しました。
- 外貌醜状
傷痕の程度や実際の社会生活への影響を踏まえて評価 - 高次脳機能障害
残存する症状の内容を重視
後遺障害等級は賠償額算定の重要な基礎となりますが、等級が全てではありません。
個々の症状が実際の労働や日常生活に与える影響を具体的な証拠に基づいて立証することが、適正な賠償を獲得するために不可欠です。
📚 関連する法律知識
将来介護費の基本的な考え方
後遺障害により将来にわたって継続的に介護が必要となる場合、その費用は将来介護費として一括賠償の対象となります。
計算式は「日額×365日×就労可能年数に対応するライプニッツ係数」となります。
日額については、近親者が介護する場合は1日あたり8,000円程度が基準となりますが、介護の内容や程度によって増減されます。
本件のように見守りや声かけが中心の場合は、日額1,000円から3,000円程度が認められることが多いようです。
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見守り介護とは
将来介護費の算定における介護には、食事や排せつ、移動などの身体的介助に限らず、日常生活を安全に送るための見守りや注意喚起が含まれる場合があります。
このような介護は、一般に見守り介護などと呼ばれ、身体機能が一定程度保たれている場合でも問題となることがあります。
特に、以下のような障害が残る場合には、事故防止や生活の安定のため、家族等による継続的な関与が必要となることがあります。
- 認知機能
- 判断力
- 感情調整機能
将来介護費が認められるかどうかは、介護の有無を形式的に判断するのではなく、こうした障害によって日常生活上どの程度の支援が必要かという実態や、その内容・頻度を踏まえて検討されます。
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🗨️ よくある質問
Q1:高次脳機能障害があっても、将来介護費が認められないのはどのような場合ですか?
A1:症状が軽度で、見守りが限定的・一時的にとどまる場合や、日常生活上の支援がなくても安定した生活が送れている場合には、将来介護費が否定されることがあります。
家族の主観的な不安だけでなく、生活実態や医学的評価との整合性が重視されます。
Q2:大学進学やアルバイトができていると、介護費は認められないのでしょうか?
A2:いいえ、本件が示すように、大学進学やアルバイトをしていても介護の必要性は認められ得ます。
高次脳機能障害では、一見普通の生活を送っているように見えても、認知機能の低下や情緒の不安定さにより、日常生活において継続的な見守りや声かけが必要となります。
裁判所は、表面的な社会適応だけでなく、具体的にどのような困難がありどのような支援が必要かを実質的に判断します。
Q3:高次脳機能障害で併合3級なのに、なぜ労働能力喪失率100%ではなく90%なのですか?
A3:労働能力喪失率は等級だけで機械的に決まるわけではありません。
裁判所は、個々の後遺障害の内容、程度、被害者の年齢、職業、事故前後の稼働状況等を総合的に考慮して判断します。
本件では、外貌醜状については実際の影響が限定的であること、高次脳機能障害についても「なお就労の可能性が皆無とまではいい難い」ことなどを考慮し、90%と認定されました。
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高次脳機能障害は外見からは分かりにくい障害ですが、適切な立証により正当な賠償を受けることができます。
初回相談は無料です。

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
