飲酒・居眠り運転後の逃走―悪質な加害行為が死亡慰謝料を押し上げる #裁判例解説
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「あの夜、息子は何も悪いことをしていなかった。ただ原付を止めて休んでいただけなのに…」
法廷で、父親は震える声で訴えた。スクリーンには、事故直後の現場写真が映し出されている。
停止していた原付バイクに、後方から激しく追突した乗用車。運転者は飲酒し、居眠りをしていた。そして追突後、飲酒運転の発覚を恐れて現場から逃走した。「息子は26歳、これからだったのに。加害者のあまりに無責任な行動を、どうか正当に評価してください」
裁判官の判断が、遺族の心の痛みにどう応えるのか―。
※京都地判令和4年7月11日(令和2年(ワ)2792号・2793号)をもとに、構成しています。
<この裁判例から学べること>
- 飲酒運転・居眠り運転という悪質な運転態様は慰謝料増額の重要な事由となる
- 事故後の逃走行為などの不誠実な対応も慰謝料増額の判断材料となる
- 雇用主が従業員に車を貸与し私的利用を容認していた場合、運行供用者責任を負う
交通事故の慰謝料の金額は被害者の年齢や家族構成だけでなく、加害者の行為態様によっても大きく変動します。
特に、飲酒運転や事故後の逃走といった悪質な行為は、被害者や遺族の精神的苦痛を一層深めるものとして、裁判所による慰謝料増額の判断材料となります。
今回ご紹介する京都地裁の判例は、停止中の原付バイクに後方から飲酒・居眠り運転の乗用車が追突し、26歳の男性が死亡した事故について、加害者の極めて悪質な運転態様と事故後の逃走行為を重視し、死亡慰謝料2800万円を認めた事例です。
この判例を通じて、加害行為の悪質性がどのように慰謝料額に反映されるのか、また運行供用者責任の範囲や遺族固有の慰謝料についても詳しく解説していきます。
目次
📋 事案の概要
今回は、京都地判令和4年7月11日(令和2年(ワ)2792号・2793号)を取り上げます。
この裁判は、停止中の原付バイクに後方から乗用車が追突して運転者が死亡した交通事故について、被害者の遺族が車両所有者である加害者の雇用主に対して損害賠償を請求した事案です。
- 原告:死亡した被害者(当時26歳男性・給与所得者)の両親および弟2名、ならびに人身傷害保険金を支払った保険会社
- 被告:加害車両の所有者(加害運転者の雇用主)
- 事故状況:午前2時頃、京都府内の道路において、被害者が原付バイクを道路の余地部に停止させていたところ、後方から進行してきた普通乗用自動車が車線を左方向に逸脱して追突
- 負傷内容:外傷性くも膜下出血、両側側頭部骨折、頭蓋底骨折、右下位肋骨骨折、腰椎横突起骨折、右恥坐骨骨折、外傷性気脳症、外傷性血胸により事故直後に死亡
- 請求内容:自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償として、逸失利益、死亡慰謝料、遺族固有の慰謝料、葬儀費用等を請求
- 結果:裁判所は死亡慰謝料2800万円を含む損害を認定し、保険会社に約5966万円、遺族に計約224万円の支払いを命じた
🔍 裁判の経緯
「息子は仕事を終えて、家に帰る途中だったんです。疲れていたのか、少し休もうと思って道路の端に原付を止めていました。」
父親は、事故当夜のことを思い返しながら語り始めた。
「息子が後ろから来た車に追突されたと警察から連絡を受けて現場に駆けつけましたが、信じられませんでした。」
事故の詳細が明らかになるにつれ、遺族の怒りと悲しみは深まっていった。
「加害者は飲酒していた上に、居眠り運転をしていたと聞きました。そして、追突した後、自分の飲酒運転がバレるのを恐れて、息子を放置して逃げたんです。」
加害者は事故当時、被告から借りた車を運転していた。被告は、この車を仕事用として従業員に貸していたが、実際には私的にも頻繁に使用していた。
「裁判で、車の所有者である被告は『仕事以外での使用は禁止していた』と主張しました。でも、実際には何度も私的に使わせていて、それを黙認していたじゃないですか。息子の命を奪った車の責任を、持ち主が取らないなんておかしい。」
母親も続けた。
「被告は加害者の刑事裁判で証人として出廷したとき、『全力でサポートする』と言っていたのに、私たちへの賠償になると責任を果たそうとしない。息子は26歳で、これから家族を持って、幸せな人生を歩むはずだったのに…」
遺族は、加害者の悪質な運転態様と事故後の不誠実な対応、そして被告の無責任な態度を訴え、適正な賠償を求めて裁判に臨んだ。
「息子の苦しみ、そして私たちの悲しみを、きちんと認めてほしい。慰謝料の金額だけの問題じゃない。でも、それでしか加害者の悪質さを示せないなら、それを正当に評価してほしいんです。」
※京都地判令和4年7月11日(令和2年(ワ)2792号・2793号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告が運行供用者としての責任を負うことを認めた上で、加害者の極めて悪質な運転態様と事故後の行動を重視し、死亡慰謝料を通常よりも高額の2800万円と認定しました。
裁判所は判決の中で、「加害者は、飲酒運転かつ居眠り運転をした上、追突後、飲酒運転の発覚を免れるために現場から逃走したという運転態様や事故後の行動の悪質性は死亡慰謝料の増額事由とみるべきであり、被害者の年齢(26歳)、家族構成等を併せ考慮すると、死亡慰謝料は、2800万円とするのが相当である」と明確に述べています。
主な判断ポイント
1. 運行供用者責任の認定
裁判所は、被告が加害車両の所有者として運行供用者責任を負うと判断しました。その理由として、被告は従業員である加害者に対し、仕事で使用させるだけでなく、私的にも繰り返し使用させることを容認していた事実を重視しました。
「被告は、本件事故当時、加害者が目的を問わず被告車を使用することを容認していたと認めるのが相当であり、被告車の使用につき運行支配を有していたといえる」として、単なる形式的な貸与ではなく、実質的な使用の容認があったことを認定しています。
2. 加害行為の悪質性による慰謝料増額
本判決の最も重要なポイントは、加害者の悪質な行為態様を死亡慰謝料の増額事由として明確に認めた点です。
裁判所は、以下の3つの悪質な要素を指摘しました。
- 飲酒運転
- 居眠り運転
- 事故後の逃走
特に、追突後に飲酒運転の発覚を免れるために現場から逃走したという行為は、被害者の救護義務を放棄した極めて悪質なものとして、慰謝料増額の重要な判断材料となりました。
この結果、死亡慰謝料は2800万円と認定され、一家の支柱に匹敵する高額な金額となりました。
3. 逸失利益の算定
被害者は26歳の若年者であったため、裁判所は67歳までの41年間を就労可能期間として認定しました。
基礎収入は平成29年男性大学卒全年齢平均賃金660万6600円を採用し、生活費控除率50%で計算した結果、逸失利益は約5713万円と認定されました。
4. 遺族固有の慰謝料
被害者の両親にはそれぞれ150万円、弟2名にはそれぞれ100万円の固有の慰謝料が認められました。
これは、家族関係における精神的苦痛を個別に評価したものです。
👩⚖️ 弁護士コメント
加害行為の悪質性と慰謝料額の関係
交通事故における慰謝料の算定では、赤い本(日弁連交通事故相談センター東京支部発行の基準)などの基準が参考とされますが、加害者の行為態様が特に悪質な場合には、これらの基準を上回る慰謝料が認められることがあります。
本判例は、飲酒運転・居眠り運転という二重の過失に加え、事故後の逃走という被害者の救護義務を放棄した行為を、慰謝料増額の事由として明確に認定しました。
これは、単なる過失による事故と、故意に近い悪質な行為による事故とでは、遺族の精神的苦痛の程度が大きく異なることを裁判所が認めたものといえます。
運行供用者責任の範囲
本判例では、雇用主が従業員に車両を貸与し、私的使用を黙認していた場合に運行供用者責任を負うことが明確にされました。
「仕事以外は使用禁止」という形式的な約束があっても、実際に私的使用が繰り返され、それを使用者が黙認していた場合には、運行支配があると認定されます。
企業が従業員に車両を貸与する際には、使用状況を適切に管理し、私的使用を実質的に制限する措置を講じることが重要です。
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遺族が知っておくべきこと
死亡事故の損害賠償請求において、加害者の行為態様の悪質性を具体的に立証することは、適正な賠償を受けるために非常に重要です。
本件のように、飲酒運転、居眠り運転、ひき逃げなどの事実は、刑事記録や警察の捜査資料から明らかになることが多いため、これらの資料を適切に収集し、民事訴訟においても証拠として提出することが必要です。
また、加害者や保険会社との示談交渉の段階では、このような悪質性が十分に評価されないことも多いため、裁判による解決を検討することも一つの選択肢となります。
📚 関連する法律知識
自動車損害賠償保障法(自賠法)3条
自賠法3条は、自動車の運行によって他人の生命または身体を害したときは、運行供用者が損害賠償責任を負うことを定めています。
運行供用者とは、以下の2つの要素を有する者を指します。
- 運行支配
自動車の運行を事実上支配・管理している - 運行利益
自動車の運行により利益を得ている
本判例では、車両所有者である雇用主が、従業員による私的使用を容認していたことから、運行支配を有すると認定されました。
死亡慰謝料の基準
交通事故による死亡慰謝料は、被害者の家庭内での立場によって一応の基準が設けられています。
| 一家の支柱 | 2800万円 |
| 母親・配偶者 | 2500万円 |
| その他 | 2000万円~2500万円 |
しかし、これはあくまで裁判実務上での目安であり、加害者の行為態様の悪質性、被害者の年齢、家族構成、事故後の加害者の対応などを総合的に考慮して増減されます。
本判例は、若年の被害者について、加害行為の悪質性を理由に一家の支柱と同水準の2800万円を認めました。
遺族固有の慰謝料(民法711条)
民法711条は、生命を侵害された者の父母、配偶者および子は、固有の慰謝料を請求できると定めています。
実務上は、兄弟姉妹についても同条の類推適用により慰謝料請求が認められることがあります。
本判例では、両親にそれぞれ150万円、弟2名にそれぞれ100万円の固有の慰謝料が認められており、被害者との関係の近さによって金額に差が設けられています。
なお、本判例は裁判による解決事例であり、示談交渉の場面では、裁判所が認める金額よりも低い水準が提示されるのが一般的です。
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ひき逃げ(救護義務違反)
道路交通法72条1項は、交通事故を起こした運転者に対し、直ちに運転を停止して負傷者を救護し、道路における危険を防止する等の措置を講じることを義務付けています。
これに違反した場合、いわゆる「ひき逃げ」として、10年以下の懲役または100万円以下の罰金という重い刑事罰が科されます。
本判例では、この救護義務違反の事実も、民事上の慰謝料増額事由として評価されました。
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ひき逃げされた時の対処法は?加害者不明時の保険・救護義務違反の過失割合
🗨️ よくある質問
Q1:加害者が飲酒運転だった場合、慰謝料は必ず増額されますか?
A1: 飲酒運転は重大な交通違反であり、多くの場合、慰謝料増額の事由として考慮されます。
ただし、「必ず」増額されるわけではなく、事故の態様、被害の程度、その他の事情を総合的に判断して決定されます。
本判例のように、飲酒運転に加えて居眠り運転やひき逃げなど、複数の悪質な要素が重なる場合には、より大きな増額が認められる傾向にあります。
Q2:ひき逃げの場合、刑事事件と民事の損害賠償はどう関係しますか?
A2: 刑事事件と民事の損害賠償請求は別個の手続きですが、刑事記録は民事訴訟において重要な証拠となります。
ひき逃げの事実は、刑事裁判の判決書や警察の捜査資料によって立証され、民事訴訟においても慰謝料増額の根拠として活用できます。
弁護士に依頼すれば、刑事記録の取得や活用について適切なサポートを受けることができます。
Q3:会社の車で従業員が事故を起こした場合、会社はどこまで責任を負いますか?
A3: 会社が従業員に車両を貸与している場合、その使用実態によって運行供用者責任を負う可能性があります。
本判例のように、形式的には「仕事専用」とされていても、実際には私的使用が容認されていた場合には、会社が賠償責任を負います。
会社としては、車両の使用状況を適切に管理し、私的使用を実質的に制限する必要があります。
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📞 お問い合わせ
死亡事故の損害賠償請求では、加害者の行為態様や事故後の対応といった事情が慰謝料額に大きく影響することがあります。
特に飲酒運転やひき逃げなどの悪質性については、刑事記録を含む客観的な証拠をどのように整理・主張するかが重要になります。
ご自身のケースでどのような評価がなされるのか不安を感じている方は、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
アトム法律事務所では、交通事故案件に精通した弁護士が状況を丁寧にお伺いし、適切な対応についてアドバイスしています。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
