後遺障害7級4号|17歳女性の原付3人乗り事故による脳損傷・胎児死亡事例 #裁判例解説
更新日:
「もういい!もう仕事なんてできないって言ってるでしょ!」
法廷で、原告・桶川りょうこが涙声で訴えた。原告弁護士は静かに立ち上がる。
「裁判長、原告は交通事故後、塗装工として働くことができなくなりました。段取りを理解できず、指示をされても最初の作業だけ行うと、その後何もせずボーッとしてしまう。塗るべきでない箇所を勝手に塗ってしまい、雇用主から『申し訳ないけどこれでは使えません。』と言われ、復職からわずか1か月で解雇されたのです。」
一方、被告側の弁護士は、こう反論する。
「しかし原告は事故後に運転免許を一発で取得している。知能検査の結果も、教育水準の低さによるものと検査者が明記している。自賠責の認定を見直すべきです。」
17歳の少女の人生を変えた交通事故。自賠責は7級4号を認定したが、本当の後遺障害の程度は―。
※横浜地判平21・12・17(平成19年(ワ)第92号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。
この裁判例から学べること
- 自賠責認定結果と裁判所の認定では、労働能力喪失率に乖離が生じることがある
- 後遺障害の立証には、客観的医学的根拠が重要である
- 事故後の行動(免許取得等)も後遺障害の程度判断に影響する
- 胎児死亡の慰謝料は、妊娠週数や出産意思の有無等を総合考慮される
- 過失相殺では、同乗態様や安全配慮義務違反も考慮される
後遺障害等級認定は、被害者の将来の生活に大きな影響を与える重要な判断です。しかし、自賠責保険で認定された等級が、必ずしも裁判所でそのまま認められるとは限りません。
今回ご紹介する裁判例は、原付の3人乗り事故で脳挫傷を負い、自賠責で7級4号と認定された17歳女性について、裁判所が「労働能力喪失率を56%から45%に引き下げた事案」です。医学的証拠、事故後の行動、家族の証言の信用性など、後遺障害認定の複雑な判断過程が明らかになります。
また、妊娠19週での中絶による胎児死亡に対する慰謝料が、250万円の請求に対し、100万円と認定された点も注目です。
さらに、3人乗りという危険な乗車態様や、ヘルメット未着用などの事情がどのように過失相殺に影響したかも検討します。
この事例を通じて、後遺障害認定、胎児死亡の慰謝料について、実際の判断基準と適切な立証方法について理解を深めていきましょう。
目次

📋 事案の概要
今回は、横浜地判平21・12・17(平成19年(ワ)第92号)を取り上げます。 この裁判は、原動機付自転車の3人乗り事故により脳挫傷等を負った17歳女性が、運転者に損害賠償を求めた事案です。
登場人物
- 原告:桶川りょうこ(17歳女性。塗装工。事故当時、妊娠していた)
- 被告:荻野目よの(原動機付自転車の運転者。事故当時、原告・桶川りょうこ、訴外・深谷まりえと共に3人乗りしていた)
- 訴外1:深谷まりえ(被告・荻野目よのの友人。原告・桶川りょうこの同僚。事故当時、荻野目に、原付でむかえにくるよう頼んだ)
- 訴外2:春日部シロー(普通貨物自動車の運転手。被告・荻野目よのが運転する原付と、交差点で出会い頭に衝突した)
※登場人物はすべて仮名です。
事故状況等
- 事故状況:信号機が設置された交差点で、被告が赤信号を無視し、青信号で進入した貨物車と衝突
- 原告の負傷内容:脳挫傷、びまん性脳損傷、左末梢性顔面神経麻痺、左聴力低下、左大腿骨骨折、左兎眼性角膜炎、左外傷性視神経症、歯牙損傷、高次脳機能障害(知能低下等)。治療のため、妊娠19週で人工妊娠中絶
- 後遺障害:頭部外傷後の知能低下、記銘力低下等の症状について、自賠責で7級4号認定
- 請求額:約4,595万円(労働能力喪失率56%、胎児死亡の慰謝料250万円を含む)
- 結果:約2,808万円認容(労働能力喪失率45%、過失相殺25%)
🔍 裁判の経緯
「お金がないから迎えに来て。」
友人がかけた一本の電話が、すべての始まりだった。
仕事先でトラブルになり、帰りの電車賃すらない深谷まりえ。彼女を迎えに行くため、荻野目よのは原付を走らせた。
着いたとき、まりえの横にはもう一人いた。F塗装で働く同僚、桶川りょうこ、この裁判の原告となる人物である。
「みんなで帰ろうよ。」
誰が言い出したのかもわからない。17歳の少女たちは、何気なくそう決めた。
原付のステップ部分にしゃがみ込む桶川りょうこ、シート後部に座る深谷まりえ、そして運転する荻野目よの。法律で禁止された3人乗りでの帰路が始まった。
「一旦停止するとなかなか動き出すのに力がないので、停止しないように時速約30キロメートルで走っていくことだけを考えていた。」
後に、被告・荻野目よのは、裁判でこう証言している。
現場は見通しの悪い十字路交差点だった。荻野目よのは、そこを丁字路交差点だと見誤った。
このまま進んでも問題ないーーそう思い込んだのだろう。
3人の重量で不安定になったバイクは、交差点の赤信号を無視し、そのまま突っ込んでいく。そして次の瞬間、左から、春日部シローの運転する貨物車が現れた。激突は、避けられなかった。
桶川りょうこは意識不明の重体で救急搬送された。頭部CTでは外傷性くも膜下出血、脳挫傷、頭蓋骨骨折、びまん性軸索損傷が認められ、医師は家族に「死亡する可能性がある」と告げた。しかし奇跡的に意識を回復し、2か月の入院生活を経て退院を果たす。
だが、退院後、思いもよらない事実が判明する。桶川りょうこは、妊娠していたのである。
「事故後の治療で使った薬剤が胎児に影響する可能性があります。妊娠を継続するのは…。」
医師の顔は曇っていた。妊娠19週での人工妊娠中絶手術。
そして、事故前の生活にも戻れなかった。復職した塗装業では「段取りが理解できない」「指示されても最初の作業をやると、その後何もせずボーッとしてしまう」状態が続き、わずか1か月で解雇されてしまった。
胎児死亡の慰謝料250万円、後遺障害逸失利益の賠償などを求めて、桶川りょうこは、荻野目よのを訴えた。
※横浜地判平21・12・17(平成19年(ワ)92号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
労働能力喪失率(自賠責56%→裁判45%)
裁判所は、自賠責で認定された7級4号の後遺障害(労働能力喪失率:56%)について、原告が「『軽易な労務以外の労務に服することができない』状態にあることは認められるが、それがすべて本件事故による脳外傷の後遺障害によるものなのかについては、必ずしも明らかではない部分がある」と述べ、労働能力喪失率を56%から45%へと引き下げて認定しました。
そして、裁判所は、後遺障害逸失利益の賠償額を以下のように算定しました。
3,502,200円×45%×18.1687=28,633,689円(1円未満切り捨て)
胎児死亡に関する慰謝料(100万円)
胎児死亡に関する慰謝料については、「原告は、当時17歳であり、婚姻していたわけでもなく、本件事故がなかったならば、出産する可能性がどの程度あったのかについては、本件証拠からは明らかではい」と述べつつも、「事故の影響により人工妊娠中絶を受けることを余儀なくされ、出産という選択ができなくなった」ことによる精神的苦痛は認められるとして、慰謝料の額を「100万円」と判旨しました。
過失相殺(原告20%:被告80%)
過失相殺については、原告が3人乗りを許容し、ステップ部分に乗車し、ヘルメットを未着用だったという極めて危険な同乗態様を重視し、「原告の損害の25%を減額するのが相当」と判示しました。
主な判断ポイント
上記のような裁判所の判断を導く上でポイントになった要素は、以下のようなものです。
1.医学的証拠の評価
裁判所は、「診療録には、後遺障害としての記銘力低下、その他高次脳機能障害に関する記載はない」ことや、脳神経外科主治医が早期に治療を終了していることを重視し、医学的根拠の不十分性を指摘しました。
2.知能検査結果の解釈
WAIS-Rで「知的障害」に該当する数値が出たものの、検査者が「教育水準の低さによるもの」と評価していることから、事故との因果関係に疑問を呈しました。
3.事故後の行動による反証
原告が事故から約2年後に運転免許を一発合格で取得していること(原告の点数96点、受験者の平均点93.2点、合格者の平均点94.7点)を、重度の記銘力障害の存在を否定する重要な証拠として評価しました。
4.胎児死亡慰謝料の判断
17歳で未婚の原告が妊娠19週で中絶したことについて、事故がなければ出産していた可能性は不明であるとして、請求額250万円を大幅に下回る100万円を認定しました。
5.家族証言の信用性
父母の証言には疑問な点も多く、損害賠償に不利な事実について「ありのままの事実を証言していないのではないかとの疑いを払拭できない」と述べ、父作成の日常生活状況報告表の全面的採用を避けました。
6.過失相殺の判断
原動機付自転車への3人乗り、ステップ部分への乗車、ヘルメット未着用という複数の危険要因を総合評価し、25%の過失相殺を認定しました。特にヘルメット未着用は脳損傷の発生そのものに関わる重要な要素と判断されました。
👩⚖️ 弁護士コメント
後遺障害認定における立証の重要性
この判決は、後遺障害の立証がいかに困難であるかを物語っています。自賠責で7級4号という重い等級が認定されても、裁判所では更に厳格な審査が行われます。特に高次脳機能障害のような見た目には分からない障害については、客観的な医学的証拠の積み重ねが不可欠です。
診療録への詳細な記載、定期的な神経心理学検査、専門医による継続的な観察など、治療段階から将来の立証を見据えた対応が求められます。また、日常生活での困難は具体的に記録し、第三者の証言も得ておくことが重要です。
胎児死亡慰謝料における複合的判断
本件では、事故時妊娠3~4週の胎児が、事故後の治療により19週で中絶されました。裁判所は100万円の慰謝料を認めましたが、これは請求額250万円を大幅に下回る額です。
裁判所は、判断に際して、①17歳で未婚であること、②事故がなかった場合の出産可能性が不明であること、③ただし事故により出産という選択肢を奪われたことは事実であること等を考慮しました。胎児死亡慰謝料は、妊娠週数、母体の年齢・婚姻状況、出産意思の有無等を総合的に評価して、裁判所が認定します。
過失相殺における同乗者の責任
本件では、原告に25%の過失が認められ、過失相殺がされました。これは同乗態様の危険性を考慮すると妥当な判断といえるでしょう。3人乗り、ステップ乗車、ヘルメット未着用という複数の危険要因が重なった結果です。
特にヘルメット未着用については「脳挫傷、びまん性脳損傷などの傷害や重い後遺障害に結びついたもの」として、損害の拡大ではなく、発生そのものに関わる重要な要素と位置づけられています。
📚 関連する法律知識
後遺障害等級認定の基本構造
後遺障害等級は、後遺症の内容、労働能力の喪失の程度に応じて1級から14級まで設定されています。7級4号は「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」と定義され、労働能力喪失率は56%が相場とされています。
しかし、実際の裁判では個別事情を総合考慮して喪失率を調整することがあります。医学的証拠、事故前後の生活状況、社会復帰の可能性などを踏まえた具体的判断が行われるのです。
関連記事
後遺障害7級の症状と認定基準|7級の慰謝料はいくら?逸失利益の計算方法は?
胎児死亡の慰謝料の認定基準
交通事故により胎児が死亡した場合、民法上の損害として慰謝料が認められることがあります。ただし、胎児には法的人格(権利能力)が認められていないため、通常は、父母が慰謝料請求の主体になります。
認定額は、妊娠週数、母体の年齢・職業、婚姻の有無、家族構成、出産への意思・期待の程度、中絶の理由などを総合考慮して決定されます。
妊娠後期になるほど、新生児に近づくため、慰謝料は高額となる傾向があります。
関連記事
妊娠後期の胎児死亡事故における損害賠償の法的判断 #裁判例解説
🗨️ よくある質問
Q1:自賠責の等級認定に納得できない場合はどうすればよいですか?
A1:異議申立制度を利用して、再度、後遺障害等級の認定を申請することが考えられます。
ただし、結果を覆すには、新たな医学的証拠や詳細な意見書の提出が不可欠です。弁護士と連携し、専門医による再評価を受けることをお勧めします。
Q2:家族の証言では、後遺障害の立証は困難ですか?
A2:家族の証言は、後遺障害を立証する上で重要ですが、それだけでは不十分です。
医師の診療録、継続的な検査結果、職場での困難を示す客観的証拠など、多角的な立証が必要です。日頃から症状を詳細に記録しておくことが大切です。
Q3:交通事故により中絶することになった場合、慰謝料は認められますか?
A3:事故と中絶の因果関係があれば胎児死亡について、慰謝料請求が認められる可能性があります。
ただし、金額は妊娠週数、年齢、婚姻状況、出産意思等を総合考慮して決定されます。本件では、17歳未婚で100万円でしたが、既婚で妊娠後期なら数百万円となることもあります。
🔗 関連記事
- 高次脳機能障害で後遺障害等級認定される後遺症とは?記憶障害や性格の変化は?
- 妊婦の交通事故慰謝料は?胎児の流産や障害も慰謝料の対象になる?
- 交通事故の過失相殺とは?計算方法や判例でわかりやすく解説
- 後遺障害の異議申し立てを成功させる方法と流れ!失敗や納得できない結果への対策
📞 お問い合わせ
この記事を読んで、ご自身の状況に心当たりがある方、または法的アドバイスが必要な方は、お気軽にアトム当法律事務所にご相談ください。初回相談は無料です。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了