急カーブでの緊急車線変更!過失割合85対15の決め手となった「視界不良」【裁判例解説】

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「何だあれは!止まってる!」

右カーブの高速道路を走行中、Aは、前方に突然現れた停止車両に目を見開いた。
「うわぁ!」

Aは、咄嗟にハンドルを右に切り、第2車線へ車線変更。
だが、その直後—
「ドン!」
後方から迫ってきた大型トラックが、Aの車の後部に激突。

現場はたちまち、緊張した空気に包まれた。

「なぜブレーキを踏まなかった?見えていたはずだ!」と怒りをあらわにするA。

「こんな急カーブで、突然、車線変更するなよ!」と反論する大型トラックの運転手B。

そして、事故の責任をめぐる両者の食い違いは、平行線をたどり、いよいよ法廷へ。双方の主張が激しくぶつかり合う中、過失割合の判断が下されようとしていた…。

※東京地方裁判所平成12年1月14日判決(平成9年(ワ)第20126号・平成10年(ワ)第206号)をもとに、構成しています。

この裁判例から学べること

  • 高速道路の右カーブという視界不良の状況では、前方の安全確認義務がより強く課される
  • 急カーブ手前での十分な減速義務は、後続車にも前方車にも等しく課される
  • 緊急時の車線変更であっても、後方確認義務を怠ると高い過失割合が認定される
  • 物的損害の算定において、中古車市場価格が基本的な判断基準となる
  • 古い営業車両でも「無価値」と評価されるわけではなく、適切な損害額算定がなされる

高速道路での追突事故。一般的には後方車両の過失割合が高くなりがちですが、前方車両の突然の車線変更が原因の場合は、責任の分配が変わってきます。

今回ご紹介する裁判例は、高速道路の右カーブという視界不良の状況下で、前方に停止車両を発見した普通貨物自動車が緊急に車線変更し、後方から走行してきた大型貨物自動車に衝突された事案です。裁判所は前方車両に85%後方車両に15%という過失割合を認定しました。

また、この事例では車両の損傷による損害額の算定方法についても重要な判断が示されています。古い営業車両の価値をどのように評価するかという点で参考になる判断です。

📋 事案の概要

今回は、東京地方裁判所平成12年1月14日判決(平成9年(ワ)第20126号・平成10年(ワ)第206号)を取り上げます。

この裁判は、高速道路上で発生した車両同士の追突事故について、双方が相手方に対して損害賠償を求めた事案です。

2つの事件が審理されることになりました。

事件の当事者

  • 事件1
    原告(C):大型貨物自動車の所有者(兼ドライバーの使用者)が加入する保険会社
    被告(A):普通貨物自動車の所有者(兼ドライバーの使用者)である運送会社
  • 事件2
    原告(A):普通貨物自動車の所有者(兼ドライバーの使用者)である運送会社
    被告(B):大型貨物自動車の所有者(兼ドライバーの使用者)である物流会社

事故状況等

  • 事故状況:右急カーブの高速道路上で、前方に停止車両を発見した普通貨物自動車が第2車線に車線変更したところ、後方から走行してきた大型貨物自動車がその後部に衝突
  • 負傷内容:人身被害はなく、両車両の物的損害のみが争点
  • 請求内容:双方の車両所有者が、相手方車両運転者の使用者責任に基づく損害賠償を請求
  • 結果:普通貨物自動車側の過失割合85%、大型貨物自動車側の過失割合15%と認定

🔍 裁判の経緯

普通貨物自動車を運転していたAは、以下のように語った。

「あの日は夜間の高速道路を走行していました。私は第1車線をいつも通り運転していたんです。カーブに差し掛かる直前、突然前方に停止している保冷車が見えたんです。ぶつかるしかないと思った瞬間、一番安全な方法は第2車線に車線変更だと思いました。正直、生きるか死ぬかの瞬間でした。」

そして、Aは続けてこう語った。

「車線変更して一息ついたと思ったら、突然後ろから激突されたんです。あの大型トラックは一体どんなスピードで走っていたんでしょうか。私は既に車線変更を完了していたのに.、ぶつかってくるなんて、Bが悪いに決まっています。」

一方、大型トラックの運転手Bは、次のように主張した。

「私は第2車線をずっと走行していました。右カーブで視界が悪い中、突然前方に車が割り込んできたんです。ブレーキを踏みましたが、間に合いませんでした。あまりに突然の車線変更で避けようがなかったんです。」

両者の主張は、平行線をたどり、話し合いでの解決は難航した。

この事故では、普通貨物自動車に約251万円の修理費用と約66万円の代車料が発生し、大型貨物自動車にも約183万円の修理費用と応急処理費、レッカー代が発生した。

両者は互いに民事裁判で損害賠償を請求し合い、裁判官の判断を仰ぐこととなった。

※東京地方裁判所平成12年1月14日判決(平成9年(ワ)第20126号・平成10年(ワ)第206号)をもとに構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、普通貨物自動車運転手Aの過失割合を85%、大型貨物自動車運転手Bの過失割合を15%と認定し、それぞれの請求を過失相殺後の金額で認容した。また、中古車市場価格を参考に車両損害額を算定するのが相当であるとの判断を示した。

主な判断ポイント

1.普通貨物自動車運転手の過失

裁判所は、普通貨物自動車運転手には「右急カーブゆえの右前方の視界不良の状況を念頭に置き、的確な運転操作をとることができるように急カーブ手前で十分に減速し、慎重に運転進行すべきであった」義務があったのに、これを怠ったことが「急激で危険な車線変更を余儀なくさせ、本件事故を引き起こした重大かつ直接的な原因であった」とし、過失割合を85%と認定した。

2.大型貨物自動車運転手の過失  

一方で大型貨物自動車運転手にも、「同じ右急カーブ道路を走行し、かつ、前方を走行する普通貨物自動車に視界を妨げられている状況である以上、普通貨物自動車の動向にも注意を払いながら同様の運転を尽くすべき注意義務があった」のに、これを尽くさなかった過失があるとし、過失割合を15%と認定した。

3.車両損害の算定方法

車両損害の算定方法

  1. 修理費
    又は
  2. 修理が困難、又は修理費が同種同型車両を再調達する費用を上回る場合
    再調達価格
      ↓
    (1)中古車市場価格
    (2)中古車市場価格以外の算定方法
    (3)裁判所が判断

裁判所は、「事故によって車両が損傷した場合の直接的な損害」については、「修理費」をもって、あるいは「修理が困難又は「修理費が同種同型車両を再調達する費用を上回る場合にはその再調達価格」をもって、損害額として認定するのが一般的であるとの原則を示した。

そして、再調達価格については、「中古車市場価格を参考とするのが相当とはいえないような特段の合理的な事情がある場合には、別の算定方法(例えば、当該車両の今後の実動可能期間と実動に伴う収支等から算定する方法等)を検討し、それでもなおその金額を算定する合理的な方法を見出し難い場合には、民事訴訟法二四八条に基づき、裁判所は、相当な損害額を認定する」という方針を示した。

本件では、Bの車両が年式が古く、走行距離も多かったが、運送業者の営業用資産として活用されており、中古車市場価格によるべきでないという特段の事情は認められないとして、中古車市場価格を参考として損害を算定した。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

過失割合の判断について

本件は、高速道路の右カーブという視界不良の状況下での事故であり、特殊な過失割合の判断がなされています。通常、追突事故では後続車両に高い過失割合が認められることが多いのですが、本件では前方車両の突然の車線変更という行為を重視し、前方車両に85%という高い過失割合になりました。

この判断のポイントは、前方車両運転手が「急カーブ手前で十分に減速し慎重に運転すべき義務」を怠ったことが事故の直接的な原因と認められた点です。

前方障害物への衝突を回避するためであっても、右後方の安全確認を十分にすることなく、後方車に対してウインカーの点灯など警鐘を促すことのないまま、減速しながら車線変更をおこなった場合、事故の責任は大きくなります。

高速道路において、前方障害物への対応は十分な車間距離と速度調整で行うべきであり、緊急の車線変更は最終手段と考えるべきでしょう。

車両損害の算定について

本件では、年式が古く走行距離が多い車両の価値算定についても重要な判断が示されています。裁判所は、中古車市場で価値評価が困難な場合でも、営業車として機能している車両を「無価値」と評価することはできないとしています。

営業資産又は生活資産として見ることができる車両を、中古車市場で金銭評価することができないとの理由のみで、当該車両を全くの無価値なものと評価することはできない

一般的に、車両損害の算定は修理費と再調達価格の低い方を基準とします。しかし、営業用車両については、その収益性も考慮すべきとの考え方が示されており、実務上参考になる判断といえるでしょう。

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過失相殺の考え方

民法722条2項では、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と規定されています。交通事故の場合、双方の過失割合に応じて損害賠償額が調整されます。

過失割合の判断要素

  • 各当事者の注意義務違反の程度
  • 事故発生への寄与度
  • 予見可能性と回避可能性
  • 交通法規違反の有無と程度

実務では、「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」を参照して過失割合を検討することも多いでしょう。これは、裁判所で判断された交通事故事案について、事故態様に即して、過失割合を類型的にまとめた書籍です。

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車両損害の算定基準

物的損害の算定方法には、以下のような基準があります。

車両損害の算定方法

  • 修理可能な場合
    修理費用が損害額
  • 修理不能または修理費が「時価」を超える場合
    代替車両の取得費用が損害額

時価の算定には、車種、年式、走行距離、整備状況などが考慮されます。

場合によっては、代車使用料を請求できるケースもあります。
代車使用料とは、修理や買換えの期間中に、代車を使用した場合の費用です。代車使用が必要かつ相当な場合、事故車両と同様のグレードの代車にかかる料金の賠償を請求できる可能性があります。

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🗨️ よくある質問

Q1:高速道路での緊急に車線変更を余儀なくされた場合、後方確認はどの程度必要ですか?

A1:緊急状況であっても、可能な限りの後方確認が必要です。本判例では、緊急性を考慮しても、カーブ手前での減速不足と後方確認不足が高い過失割合につながりました。事前の十分な減速と安全な車間距離の確保が重要です。

Q2:事業用車両の損害額算定において、走行距離が多い古い車両でも価値はあると認められますか?

A2:本判例では、「営業資産として機能している車両を無価値と評価することはできない」との判断が示されました。通常は中古車市場価格が基準となりますが、特段の事情がある場合は別の算定方法も検討されます。実務上は、鑑定評価や同種車両の市場調査などが重要になります。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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