人身事故で加害者が怪我…被害者は治療費や慰謝料を負担する?

交通事故で、「ぶつかってきた加害者の方だけが怪我をした」「加害者の方も怪我をした」ような場合、加害者の治療費は加害者自身の保険で補償されることが多いです。
この記事では、人身事故で加害者が怪我をした場合における補償の仕組みについて、「事故被害者の方」「事故加害者の方」に向けて解説していきます。
交通事故の保険制度や過失割合との関係を踏まえながら、わかりやすく解説します。
目次


交通事故で加害者が怪我をしたら補償を受けられる?保険の仕組みを解説
加害者でも怪我の治療費や慰謝料を受け取れる
交通事故で怪我をしたのが「加害者側だけ」という場合でも、一定のケースでは加害者側にも治療費や慰謝料が支払われることがあります。
特に「被害者側にも一定の過失がある」とき、「加害者が自分の人身傷害補償保険などに加入している」ときには、その可能性が高いです。
怪我をした加害者の治療費を負担してくれる保険には具体的にどのようなものがあるか、見ていきましょう。
被害者の自賠責保険を使える!
自賠責保険は相手の怪我に対する基本の補償
交通事故で加害者側が怪我をした場合、被害者にも過失があるときは、被害者の自賠責保険を使うことができます。
なお、自賠責保険は、原則として、事故相手の怪我に対する基本の補償をするための保険です。
そのため、加害者は、自分の自賠責保険から治療費、慰謝料等の補償を受けることはできません。
怪我等の補償には上限額がある
通常の怪我の場合は、被害者の自賠責保険金から120万円まで支払われます。
後遺障害の場合は、等級に応じて限度額が変わります。死亡の場合は、最高3,000万円までです。
限度額
区分 | 限度額 | 補足 |
---|---|---|
傷害 | 120万円 | 被害者1名につき |
後遺障害(1級) | 4,000万円 | 介護を要する場合(最高額) |
後遺障害(上記以外) | 75万円~3,000万円 | 等級により異なる |
死亡 | 3,000万円 | 被害者1名につき |
※参考:国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト「限度額と補償内容」
ただし、加害者に過失割合が7割以上ある場合には、自賠責から支払われるべき金額が一定の割合で減額されます。
加害者側の重大な過失による減額
加害者の過失割合 | 後遺障害又は死亡による保険金 | 傷害による保険金 |
---|---|---|
7割未満 | 減額なし | 減額なし |
7割以上8割未満 | 2割減額 | 2割減額 |
8割以上9割未満 | 3割減額 | 2割減額 |
9割以上10割未満 | 5割減額 | 2割減額 |
10割 | 保険金なし | 保険金なし |
※参考:国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト「限度額と補償内容」自動車損害賠償責任保険の保険金及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準
なお、傷害の損害額については、20万円未満の場合はその額となります。また、減額により20万円以下になる場合は20万円となります。
事故の原因が100%加害者の責任であるときには、怪我を負った場合でも自賠責から保険金が支払われません。
加害者に支払われる自賠責保険金の例
加害者の過失割合が7割の場合、具体的に加害者が受け取る可能性のある額は、以下のようになります。
実際に加害者はいくらの支払いを受けるのか(過失が7割の場合)
加害者の損害額 | 加害者の受け取る自賠責保険金 |
---|---|
治療費、慰謝料などの総額が100万円 | 80万円 ∵2割減額で80万円。上限が120万円のため全額支払われる |
治療費、慰謝料などの総額が200万円 | 120万円 ∵2割減額で160万円。上限が120万円のため全額支払われる |
治療費、慰謝料などの総額が10万円 | 10万円 ∵20万円未満のため、全額が支払われる |
治療費、慰謝料などの総額が20万円 | 20万円 ∵2割減額で16万円。下限が20万円のため、20万円支払われる |
怪我をした加害者自身の保険も使える!
加害者への補償の多くは、被害者が支払うものではなく、加害者本人が契約している任意保険から支払われます。
事故の責任がある加害者でも、契約していれば、その過失部分も含めて保険金を受け取ることができます。
加害者自身の怪我の治療費をカバーするのは、主に以下の保険です。
保険の種類 | 説明 |
---|---|
人身傷害補償保険 | 過失にかかわらず、怪我に対して治療費や慰謝料の支払いを受けることができる |
搭乗者傷害保険 | 車に乗っていた人に対し、過失に関係なく一定の保険金が出る |
労災保険 | 勤務中の事故について、治療費や休業損害の一部などの支払いを受けることができる |
健康保険 | 怪我の治療費・休業補償等を得られる社会保険 ※第三者行為による傷病届を提出 ※労災の場合は使えない |
加害者の怪我と人身傷害補償保険
人身傷害補償保険は、事故を起こした人に過失があるかどうかに関係なく、実際に生じた損害額を保険会社が定める基準に基づき算定し、補償する保険です。
人身傷害補償保険は、過失割合にかかわらず実際に生じた損害を迅速に填補し、被保険者の救済を図るものです。
相手との示談成立前に支払いを受けられるメリットもあります。
加害者の怪我と搭乗者傷害保険
搭乗者傷害保険は、自動車に乗っている人が、運転中の事故などで怪我をしたり亡くなったりした場合に、あらかじめ決められた金額が支払われる保険です。
加害者の怪我と労災保険
労災保険は、加害者が通勤・業務中の事故に限り、治療費や休業損害の一部などについて補償する保険です。
加害者の怪我と健康保険
健康保険は、社会保険制度の一環として、怪我や病気の治療費の一部を国が負担する制度です。治療費の自己負担を軽減し、休業補償も一定期間受けることができる重要な社会保障制度です。
交通事故などの第三者行為による傷病の場合は、「第三者行為による傷病届」を提出することで利用できます。
ただし、労災保険が適用される通勤・業務中の事故では使用することができません。
交通事故の加害者の治療費は誰が払う?過失割合による補償の違い
被害者にも過失割合がある場合の補償の仕組み
加害者の治療費を誰が払うかは、主に事故の過失割合で決まります。
交通事故では、怪我をした方を「被害者」と呼ぶことも多いですが、両当事者が怪我をすることもあります。
そのため、基本的には、過失割合の大きい方を「加害者」と呼びます。
過失割合とは
交通事故が起きた責任が、加害者と被害者にそれぞれ何割ずつあるか示した割合
たとえば、信号待ちをしている被害車両が後ろから加害車両から追突されたような場合の過失割合は、基本的に「加害者10:被害者0」(100:0と表記することもある)
被害者にも過失があるのであれば、たとえ加害者であっても、被害者に対して損害賠償請求を行うことが可能です。
たとえば、過失割合が「加害者9:被害者1」の事故では、加害者がその1割に相当する損害だけを被害者側に請求することができます。
【コラム】加害者が怪我をした場合の補償内容
交通事故で怪我をした場合、以下のような損害の補償を受けられる可能性があります。

法的にみて適切な賠償額については、損害の合計額を求めた後、過失相殺をおこない、自賠責保険・人身傷害補償保険等の給付額を差し引いて、最終的な金額が決まります。
過失割合が小さい場合は、自賠責保険等の金額を差し引いても、賠償すべき金額が残るため、任意の自動車保険等を使って賠償金を払う必要があります。
しかし、大きな過失がある加害者がもらえる賠償金については、被害者が自腹で負担したり、任意保険を使ったりするケースは少ないでしょう。
通常は、被害者の自賠責保険や、加害者の人身傷害補償保険などで大部分がまかなわれるためです。
加害者が怪我をした場合の賠償例
治療費 | 100万円 |
休業損害 | 15万円 |
入通院慰謝料 | 89万円 |
逸失利益 | 82万円 |
後遺障害慰謝料 | 110万円 |
小計(損害額合計) | 396万円 |
過失相殺後(過失60%) | 158万円 ※小計の40%分 |
損害のてん補・既払金の控除 | ・自賠責 傷害:120万円 後遺障害:75万円 ・人身傷害補償保険:~万円 ・労災保険:~万円 など |
最終的な賠償額 | 0円 |
過失割合10対0(加害者に100%の過失がある場合)
まず、こちらでは、過失割合が加害者10割、被害者なしの場合の治療費等の負担について説明します。
加害者の治療費等|加害者が払う
被害者に過失がない事故の場合、被害者も被害者の保険会社も、加害者に治療費を支払うということはありません。
過失割合
加害者の治療費等は、通常は加害者の自動車保険などによって支払われます。
加害者の治療費を支払う保険
- 加害者の人身傷害補償保険(人身傷害補償特約)
- 加害者の搭乗者傷害保険(搭乗者傷害特約)
- 勤務中の事故の場合は、加害者会社の労災保険
- これらの保険がない場合は、加害者の自己負担
被害者の治療費等|加害者が払う
被害者に過失がない事故の場合、被害者の怪我の治療費は、加害者の自賠責保険や対人賠償保険によって支払われます。
このような対人賠償保険については、保険金額が無制限となっていることが多いです。
その場合、保障される金額に上限はありません。
過失割合9対1などの場合(被害者にも過失がある場合)
次に、こちらでは、被害者にも過失がある場合の治療費等の負担について説明します。
加害者の治療費等|加害者が大部分を払う
被害者にも過失がある事故の場合は、加害者は「被害者の保険会社」から治療費の支払いを受けることがあります。
これが、被害者の目からは「加害者なのに治療費を請求してくる」「被害者なのに加害者の治療費を払うことになっているように見える」と感じられる理由です。
しかし、基本的には、加害者自身の保険や特約を使って通院することが多くなっています。
加害者の治療費を支払う保険
- 加害者の人身傷害補償保険(人身傷害補償特約)
- 加害者の搭乗者傷害保険(搭乗者傷害特約)
- 勤務中の事故の場合は、加害者の会社の労災保険
- 被害者の自賠責保険
- 被害者の対人賠償保険
- これらの保険がない場合は、加害者の自己負担
加害者が自身の保険を利用して治療費の支払いを受ける場合は、別途相手にも損害賠償を請求して、「二重取り」することは認められていません。
被害者の「対人賠償保険」が利用されると、被害者の保険の等級が下がるため、注意が必要です。
被害者の治療費等|加害者が大部分を払う
被害者に過失がある事故の場合も、被害者の怪我の治療費は通常加害者の保険会社によって支払われます。
ただし、被害者側の過失がある程度大きい場合や、過失割合が確定していない場合は、相手方が治療費の支払いを拒否してくることがあります。
なぜ過失があると治療費が支払われない?
最終的に過失割合が加害者6:被害者4となった場合
- 加害者側が被害者の治療費100万円を先に支払う
- 治療費を含めた最終的な総損害額が150万円と確定したが、被害者の過失4割分が差し引かれるため、被害者が請求できるのは90万円となる
- 加害者側はすでに100万円支払ってしまっているため、被害者側に10万円を返すよう請求しなければならなくなる
このように被害者側の過失が思ったよりも大きくなると、加害者側が「治療費を支払いすぎていた」ということになってしまいます。
そのため、加害者側が治療費の支払いを拒否してくることがあるのです。
事故加害者が被害者の治療費を支払ってくれない場合は?
事故加害者が被害者の治療費を支払ってくれないような場合は、被害者は以下のような保険を利用することで、治療費の支払いを受けられます。
被害者の治療費を支払ってくれる保険
- 加害者側の自賠責保険
- 被害者の人身傷害保険(人身傷害補償特約)(※)
- これらの保険が利用できない場合は、被害者の自己負担
※被害者が自動車を運転していない場合には、対象とならない可能性がある
ただし、加害者の自賠責保険に請求する場合は、いったん治療費を自己負担しなければなりません。
もしも自己負担で通院する場合は、実費負担を抑えるためにも、健康保険を利用して通院するのがよいでしょう。
怪我をした加害者が医療機関で治療費を支払う方法
交通事故で加害者自身が怪我をした場合、加害者自身が以下のいずれかの方法で治療費を支払うことになります。
すぐさま被害者が治療費を支払うよう求められる、ということは基本的にはありません。
(1)加害者自身の人身傷害補償保険を使って、医療機関に直接支払ってもらう
加害者が自分で加入している人身傷害補償保険には、治療費を保険会社が医療機関へ直接支払う仕組みがあります。
(2)いったん加害者が自分で立て替えて支払う
いったん加害者が自己負担で治療費を支払い、その後に各種保険会社へ請求するというやり方です。
加害者のみ怪我をした事故についてよくある質問(FAQ)
Q1. 信号無視をしてぶつかってきた相手だけが怪我をしたのですが、私が加害者になるのですか?
あなたに過失がない場合は、加害者とはなりません。
一方であなたに一定の過失がある場合は、事故相手との関係では加害者となる可能性があります。
※この記事では便宜上、過失割合が多い方を加害者と呼んでいます。
Q2. 加害者のみが怪我をして、私は怪我を負っていないのですが、事故相手に何か請求できますか?
もしもお事故で怪我をしていなくても、お車や自転車が破損したような場合は、以下のような費用を請求できます。
怪我なし・物件損害の請求項目
- 車や自転車の修理費用・買い替え費用
- レンタカー代
- 着ていた服や持ち物が破損した場合は、元値から減価償却した費用
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Q3. 加害者のみが怪我をしたのですが、人身事故扱いにする必要はありますか?
過失割合で争いが生じそうなのであれば、人身事故扱いにしてもらうメリットはありますが、必須とまでは言えません。
また加害者のみが怪我をしたような事故については、怪我をしていない被害者側から人身事故扱いに切り替えることはできません。
なぜなら、人身事故の扱いにしてもらうためには、怪我をした方の診断書が必要になるためです。
交通事故で加害者が怪我をした場合のまとめ
加害者だけが怪我をした交通事故でもトラブルになる可能性はある
加害者だけが怪我をした交通事故でもトラブルになる可能性はあります。
交通事故で幸いにも怪我を負わなかったとしても、保険会社や事故相手とやりとりをするのは精神的にも大きな負担となります。
もしも事故の今後の流れについて疑問や不安がある場合は、一度交通事故に詳しい弁護士など専門家に相談ください。






高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了