人身事故で加害者が怪我…被害者は治療費や慰謝料を負担する?

交通事故で、「ぶつかってきた加害者の方だけが怪我をした」「加害者の方も怪我をした」ような場合、加害者の治療費は加害者自身の保険で補償されることが多いです。
この記事では、人身事故で加害者が怪我をした場合における補償の仕組みについて、「事故被害者の方」「事故加害者の方」に向けて解説していきます。
交通事故の保険制度や過失割合との関係を踏まえながら、わかりやすく解説します。
目次


交通事故の加害者でも怪我の補償を受けられる?保険の仕組みを解説
加害者であっても怪我の治療費や慰謝料を受け取れる
交通事故で怪我をしたのが「加害者側だけ」という場合でも、一定のケースでは加害者側にも治療費や慰謝料が支払われることがあります。
特に「加害者が自分の人身傷害補償保険などに加入している」「被害者側にも一定の過失がある」には、その可能性が高いです。
加害者の治療費を負担してくれる保険には具体的にどのようなものがあるか、見ていきましょう。
(1)被害者の自賠責保険:事故相手のケガに対する基本の補償
加害者側が怪我を負ってしまって、人身傷害補償保険や搭乗者傷害保険などに加入していない場合は、最終的に被害者に対して治療費を請求することがあります。
通常の怪我の場合は、被害者の自賠責保険金から120万円まで支払われます。
ただし、加害者に過失割合が7割以上ある場合には、自賠責から支払われるべき金額が一定の割合で減額されます。
加害者側の過失
加害者の過失割合 | 後遺障害又は死亡による保険金 | 傷害による保険金 |
---|---|---|
7割未満 | 減額なし | 減額なし |
7割以上8割未満 | 2割減額 | 2割減額 |
8割以上9割未満 | 3割減額 | 2割減額 |
9割以上10割未満 | 5割減額 | 2割減額 |
10割 | 保険金なし | 保険金なし |
※ただし傷害の損害額については、20万円未満の場合は損害額、減額により20万円以下になる場合は20万円となる。
具体的に加害者が受け取る可能性のある額は、以下のようになります。
実際に加害者はいくらの支払いを受けるのか(過失が7割の場合)
加害者の損害額 | 加害者の受け取る自賠責保険金 |
---|---|
治療費、慰謝料などの総額が100万円 | 2割減額されて80万円支払われる |
治療費、慰謝料などの総額が200万円 | 2割減額されても160万円>上限の120万円のため 120万円支払われる |
治療費、慰謝料などの総額が10万円 | 20万円未満なので、10万円支払われる |
治療費、慰謝料などの総額が20万円 | 2割減額されて16万円<下限の20万円のため 20万円支払われる |
(2)加害者の保険:人身傷害補償保険や搭乗者傷害保険など
加害者への補償の多くは、被害者が支払うものではなく、加害者本人が契約している保険から支払われます。
加害者自身の怪我の治療費をカバーするのは、主に以下の保険です。
保険の種類 | 説明 |
---|---|
人身傷害補償保険 | 過失にかかわらず、ケガに対して治療費や慰謝料の支払いを受けることができる |
搭乗者傷害保険 | 車に乗っていた人に対し、過失に関係なく一定の保険金が出る |
労災保険 | 勤務中の事故について、治療費や休業損害の一部などの支払いを受けることができる |
人身傷害補償保険は、事故を起こした人に過失があるかどうかに関係なく、実際に生じた損害額を保険会社が定める基準に基づき算定し、補償する保険です。
過失割合にかかわらず実際に生じた損害を迅速に填補し、被保険者の救済を図るものです。
搭乗者傷害保険は、自動車に乗っている人が、運転中の事故などでケガをしたり亡くなったりした場合に、あらかじめ決められた金額が支払われる保険です。
労災保険は、加害者が通勤・業務中の事故に限り、治療費や休業損害の一部などについて補償する保険です。
被害者側にも過失割合がある場合の補償の仕組み
交通事故では、必ずしも一方的に「加害者」と「被害者」が決まるとは限らず、「過失割合」が認定されます。
過失割合とは
交通事故が起きた責任が、加害者と被害者にそれぞれ何割ずつあるか示した割合
たとえば、信号待ちをしている被害車両が後ろから加害車両から追突されたような場合の過失割合は、基本的に「加害者10:被害者0」(100:0と表記することもある)
被害者にも過失があるのであれば、たとえ加害者であっても、被害者に対して損害賠償請求を行うことが可能です。
たとえば、過失割合が「加害者9:被害者1」の事故では、加害者がその1割に相当する損害だけを被害者側に請求することができます。
過失割合による補償の違い
加害者の治療費を誰が払うかは、主に事故の過失割合で決まります。
(1)過失割合10:0(加害者に100%の過失がある場合)
加害者の過失が100%の場合は、治療費は加害者負担
被害者に過失がない事故の場合、被害者も被害者の保険会社も、加害者に治療費を支払うということはありません。
加害者の治療費等は、通常は加害者の自動車保険などによって支払われます。
加害者の治療費を支払う保険
- 加害者の人身傷害補償保険(人身傷害補償特約)
- 加害者の搭乗者傷害保険(搭乗者傷害特約)
- 勤務中の事故の場合は、加害者会社の労災保険
- これらの保険がない場合は、加害者の自己負担
被害者の過失が0%の場合は、治療費は加害者負担
被害者に過失がない事故の場合、被害者の怪我の治療費は加害者の対人賠償保険によって支払われます。
このような対人賠償保険については、保険金額が無制限となっていることが多いです。
その場合、保障される金額に上限はありません。
(2)過失割合9:1などの場合(被害者にも過失がある場合)
加害者の過失が大きい場合は、治療費は加害者負担が多い
被害者にも過失がある事故の場合は、加害者は「被害者の保険会社」から治療費の支払いを受けることがあります。
これが、被害者の目からは「加害者なのに治療費を請求してくる」「被害者なのに加害者の治療費を払うことになっているように見える」と感じられる理由です。
しかし、基本的には、加害者自身の保険や特約を使って通院することが多くなっています。
加害者の治療費を支払う保険
- 加害者の人身傷害補償保険(人身傷害補償特約)
- 加害者の搭乗者傷害保険(搭乗者傷害特約)
- 勤務中の事故の場合は、加害者の会社の労災保険
- 被害者の自賠責保険
- 被害者の対人賠償保険
- これらの保険がない場合は、加害者の自己負担
加害者が自身の保険を利用して治療費の支払いを受ける場合は、別途相手にも損害賠償を請求して、「二重取り」することは認められていません。
被害者の「対人賠償保険」が利用されると、被害者の保険の等級が下がるため、注意が必要です。
被害者の過失が小さい場合も、治療費は加害者負担が多い
被害者に過失がある事故の場合も、被害者の怪我の治療費は通常加害者の保険会社によって支払われます。
ただし、被害者側の過失がある程度大きい場合や、過失割合が確定していない場合は、相手方が治療費の支払いを拒否してくることがあります。
なぜ過失があると治療費が支払われない?
最終的に過失割合が加害者6:被害者4となった場合
- 加害者側が被害者の治療費100万円を先に支払う
- 治療費を含めた最終的な総損害額が150万円と確定したが、被害者の過失4割分が差し引かれるため、被害者が請求できるのは90万円となる
- 加害者側はすでに100万円支払ってしまっているため、被害者側に10万円を返すよう請求しなければならなくなる
このように被害者側の過失が思ったよりも大きくなると、加害者側が「治療費を支払いすぎていた」ということになってしまいます。
そのため、加害者側が治療費の支払いを拒否してくることがあるのです。
事故加害者が被害者の治療費を支払ってくれない場合は?
事故加害者が被害者の治療費を支払ってくれないような場合は、被害者は以下のような保険を利用することで、治療費の支払いを受けられます。
被害者の治療費を支払ってくれる保険
- 加害者側の自賠責保険
- 被害者の人身傷害保険(人身傷害補償特約)(※)
- これらの保険が利用できない場合は、被害者の自己負担
※被害者が自動車を運転していない場合には、対象とならない可能性がある
ただし、加害者の自賠責保険に請求する場合は、いったん治療費を自己負担しなければなりません。
もしも自己負担で通院する場合は、実費負担を抑えるためにも、健康保険を利用して通院するのがよいでしょう。
怪我をした加害者が医療機関で治療費を支払う方法
交通事故で加害者自身が怪我をした場合、加害者自身が以下のいずれかの方法で治療費を支払うことになります。
すぐさま被害者が治療費を支払うよう求められる、ということは基本的にはありません。
(1)加害者自身の人身傷害補償保険を使って、医療機関に直接支払ってもらう
加害者が自分で加入している人身傷害補償保険には、治療費を保険会社が医療機関へ直接支払う仕組みがあります。
(2)いったん加害者が自分で立て替えて支払う
いったん加害者が自己負担で治療費を支払い、その後に各種保険会社へ請求するというやり方です。
加害者のみ怪我をした事故についてよくある質問(FAQ)
Q1. 信号無視をしてぶつかってきた相手だけが怪我をしたのですが、私が加害者になるのですか?
あなたに過失がない場合は、加害者とはなりません。
一方であなたに一定の過失がある場合は、事故相手との関係では加害者となる可能性があります。
※この記事では便宜上、過失割合が多い方を加害者と呼んでいます。
Q2. 加害者のみが怪我をして、私は怪我を負っていないのですが、事故相手に何か請求できますか?
もしもお事故で怪我をしていなくても、お車や自転車が破損したような場合は、以下のような費用を請求できます。
- 車や自転車の修理費用
- レンタカー代
- 着ていた服や持ち物が破損した場合は、元値から減価償却した費用
Q3. 加害者のみが怪我をしたのですが、人身事故扱いにする必要はありますか?
過失割合で争いが生じそうなのであれば、人身事故扱いにしてもらうメリットはありますが、必須とまでは言えません。
また加害者のみが怪我をしたような事故については、怪我をしていない被害者側から人身事故扱いに切り替えることはできません。
なぜなら、人身事故の扱いにしてもらうためには、怪我をした方の診断書が必要になるためです。
加害者だけが怪我をした交通事故でもトラブルになる可能性はある
交通事故で幸いにも怪我を負わなかったとしても、保険会社や事故相手とやりとりをするのは精神的にも大きな負担となります。
もしも事故の今後の流れについて疑問や不安がある場合は、一度交通事故に詳しい弁護士など専門家に相談ください。






高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了