顔面醜状痕に1220万円の慰謝料―「前髪で隠せる」では済まされない #裁判例解説

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顔面醜状痕

「手術室では前髪を全部帽子の中に入れなければならないんです…」

27歳の看護師である原告の女性は、弁護士に静かに語った。交通事故で負った額の傷痕。前髪で隠せば目立たない、化粧でカバーできる――被告側の弁護士はそう主張する。

「でも、患者さんと間近で接する仕事なんです。手術の立ち会い中、この傷を隠すことはできません。毎日、人の目が気になって…」

原告の声は震えていた。彼女が求めているのは、単なる金銭ではない。この傷が日々の仕事にもたらす心理的負担への正当な評価だった。

裁判所は、顔面醜状痕そのものでは逸失利益を認めなかったものの、看護師という職業特性を考慮し、通常を大きく上回る1220万円の後遺障害慰謝料を認定した…。

※東京地判平成14年6月20日(平成13年(ワ)14528号)をもとに、構成しています。

<この裁判例から学べること>

  • 顔面醜状痕は職業や日常生活への心理的影響が慰謝料の加算事由となり得る
  • 自賠責非該当の後遺障害であっても、個別具体的事情に応じて実質的な労働能力喪失が認められる場合がある
  • 加害者の重大な過失(速度超過・脇見運転)は入通院慰謝料の増額事由となるり得る

治療後も身体に残ってしまう目立つ傷跡のことを醜状痕(しゅうじょうこん)といいます。

交通事故の後遺障害の中でも、「見た目の問題」と受け取られやすく、顔に残った傷跡も「化粧で隠せる」「前髪で覆える」といった理由で、十分な補償が得られないケースが少なくありません。

しかし、醜状痕を抱えながら働く当事者にとって、それは決して「隠せば済む」問題ではありません。
特に対人業務が中心となる職業では、傷痕への不安が日々の業務に心理的な影を落とし続けます。

今回ご紹介する裁判例は、看護師として働く女性が、交通事故で負った顔面醜状痕と足関節の機能障害について、通常を大きく上回る1220万円の後遺障害慰謝料を獲得した事案です。
裁判所が、被害者の職業特性や心理的負担をどのように評価したのか、詳しく見ていきましょう。

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📋 事案の概要

今回は、東京地判平成14年6月20日(平成13年(ワ)14528号)を取り上げます。

この裁判は、歩道を歩行中の看護師が交通事故に遭い、顔面醜状痕や足関節の機能障害などの後遺障害が残ったことについて、損害賠償を求めた事案です。

  • 原告:事故当時27歳の女性看護師(看護専門学校に在学中)
  • 被告:加害車両を運転していた男性
  • 事故状況:被告が制限速度を20~30km超過した速度で走行中、タバコを探そうと脇見運転。前方の駐車車両を発見して慌ててハンドル操作を誤り、対向車線を越えて歩道に進入し、歩行中の原告に衝突
  • 負傷内容:左脛骨・腓骨骨幹部開放骨折、右橈骨遠位端骨折、右手関節脱臼、右血気胸、顔面多発擦過傷、頤部・頸部・左肩挫創など。入院71日、通院実日数32日
  • 請求内容:原告が被告に対し、約5214万円の損害賠償を請求
  • 結果:裁判所は約676万円の支払いを命じた(既払い分を除く実質的な認容額は約1672万円)

🔍 裁判の経緯

「あの日の朝、いつものように歩道を歩いていただけなんです…」

原告の女性は、事故当日のことを思い返しながら語り始めた。朝6時30分頃、東京都内の歩道を歩いていたところ、突然、対向車線から車が飛び込んできた。

「気がついたら病院のベッドでした。顔も足も、体中が痛くて…特に左足は骨が飛び出すほどの大けがで、長い手術を受けました」

左脛骨・腓骨の開放骨折は重傷だった。骨の中に金属の棒を通して足首まで固定する治療を受け、入院71日、その後も通院を続け、事故から約1年後に症状固定となった。

彼女の悩みは大きく2つあった。

「まず、顔の傷です。額に大きな線状の傷が残ってしまって…普段は前髪で隠していますが、看護師の仕事では手術の立ち会いもあるんです。そのときは手術帽で髪を全部覆わなければならないので、額の傷が丸見えになってしまいます」

自賠責保険では、顔面醜状痕について7級12号の後遺障害認定を受けた。

「そして、左足です。足首を上に曲げることががほとんどできなくなってしまって…立ち仕事が多い看護師として、これは本当につらいんです」

これに対し、被告側は主張した。「顔の傷は前髪や化粧で隠せる。足の可動域制限も、自賠責の基準では非該当で、現に収入減もないではないか」

裁判は、こうした後遺障害をめぐる評価を中心に、逸失利益と慰謝料の金額を争点として進められることになった。

※東京地判平成14年6月20日(平成13年(ワ)14528号)をもとに、構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、原告の主張を一部認め、被告に対し、既払い分を除いて約676万円の支払いを命じました。

特に、顔面醜状痕については逸失利益を否定しつつも、看護師という職業特性を踏まえ、心理的影響を慰謝料の加算事由として考慮し、後遺障害慰謝料として1220万円を認定しました。

また、自賠責の基準では非該当とされた左足関節の可動域制限についても、職業や稼働状況を考慮して実質的な労働能力喪失を認め、逸失利益の算定に反映させました。

主な判断ポイント

1. 顔面醜状痕の評価

裁判所は、顔面醜状痕について逸失利益は認めなかったものの、慰謝料の加算事由として重視しました。

具体的には、次の事情が考慮されています。

  • 原告が看護師として手術の立ち会い中に手術帽で髪を全て覆わなければならず、線状痕のある前額部を出さざるを得ないこと
  • 患者と間近で接しながら仕事をすることが多いこと

傷痕を直接の原因とする減収や失職のおそれはないとしつつも、外見上の傷が心理面に影響し、間接的に労働の能率や意欲に影響する可能性があると判断しています。

2. 足関節可動域制限の評価

左足関節の可動域制限については、自賠責保険では非該当とされていましたが、裁判所は実質的な労働能力喪失を認めました。

原告の背屈可動域は、健側と比べて著しく制限されており、通常の歩行を想定した場合でも相当の支障が生じると評価されています。

さらに、原告が看護師という立ち仕事が中心で足に負担のかかる職業に就いている点を重視し、症状固定後10年間について段階的な労働能力喪失を認定し、約208万円逸失利益を認めました。

3. 加害者の重過失による慰謝料増額

裁判所は入通院慰謝料を算定するにあたり、加害者の重大な過失を重視しました。

  • 時速30km制限の道路を時速50~60kmで走行
  • タバコを探そうとして脇見運転
  • 前方の駐車車両を発見して慌ててハンドル操作を誤り、対向車線を越えて歩道に進入

過失態様の悪質性を考慮し、裁判所は入院71日・通院実日数32日という入通院経過を前提に、入通院慰謝料として230万円を認定しました。

4. 後遺障害慰謝料1220万円の認定

裁判所は以下の事情を総合考慮して、後遺障害慰謝料として1220万円を認定しました。

  • 顔面醜状痕について、慰謝料の加算事由が認められること  
  • 左足関節の可動域制限について、慰謝料の加算事由が認められること  
  • 左足の醜状痕についても、顔面醜状痕とは別個に斟酌すべき精神的苦痛があること  

一般に、7級相当の後遺障害慰謝料は1000万円前後とされることが多い中、本件ではそれを上回る金額が認められました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

顔面醜状痕の評価について

本判決は、顔面醜状痕について逸失利益は否定しつつも、慰謝料の加算という形で実質的な補償を認めた点に特徴があります。

裁判所は、看護師として患者と間近で接し、手術時には傷痕を隠せないという職業特性を踏まえ、外見上の傷が心理面に影響を及ぼし、間接的に労働の能率や意欲に影響する可能性を正面から評価しました。

「化粧で隠せる」といった形式的な見方にとどまらず、実際の業務環境を考慮した判断といえます。

自賠責非該当でも労働能力喪失が認められるケース

本判決は、自賠責保険で非該当とされた足関節の可動域制限について、民事裁判では実質的な労働能力喪失を認めた点でも重要です。

裁判所は、自賠責の画一的な基準にとらわれず、後遺障害の内容や職業、実際の稼働状況を総合的に考慮すべきとしました。

特に、立ち仕事が中心で足に負担のかかる看護師という職業特性を踏まえ、わずかな可動域制限でも業務に支障が生じ得ることを評価しています。

加害者の過失態様と慰謝料

本件では、制限速度超過や脇見運転など、複数の重大な過失が重なった事故態様が入通院慰謝料の算定に影響しました。

裁判所は、こうした過失の悪質性を考慮し、入院・通院期間に照らして比較的高額な入通院慰謝料を認定しています。

事故の態様や加害者の過失の程度が、慰謝料額に反映され得ることを示した事例といえます。

📚 関連する法律知識

顔面醜状痕とは

顔面醜状痕とは、交通事故などによって顔に残った傷痕や変形など、外見上の変化を伴う後遺障害を指します。
一定の部位や大きさに該当する場合には、後遺障害等級の認定対象となります。

もっとも、顔面醜状痕は、関節の可動域制限などと異なり、身体機能の低下を直接伴わないことが多く、収入への影響が直ちに数値として表れにくい障害です。
そのため、後遺障害が認められたとしても、逸失利益が常に問題となるわけではありません。

このような場合には、外見上の変化が日常生活や対人関係に与える心理的影響を中心に、精神的苦痛として慰謝料で評価されることがあります。

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後遺障害認定とは

後遺障害認定とは、交通事故によるけがが治療を続けても改善せず、症状固定後に障害が残った場合に、その有無や程度を評価する手続きです。

 後遺障害等級は1級から14級まで区分されており、損害賠償額を算定する際の重要な基礎となります。

ただし、等級はあくまで目安であり、医学的所見や日常生活や就労への影響などの事情を踏まえて個別に評価されます。

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慰謝料の算定基準

慰謝料には、入通院慰謝料と後遺障害慰謝料があります。

  • 入通院慰謝料
    治療のために入院や通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する賠償
  • 後遺障害慰謝料
    後遺障害が残ったことによる、将来にわたる精神的苦痛に対する賠償

慰謝料額には一定の目安がありますが、事故態様や後遺障害の内容、被害者の生活や仕事への影響などの個別事情によって増減されることがあります。

本判決では、7級の後遺障害慰謝料について一般的な目安とされる1000万円前後を約220万円上回る1220万円が認められており、個別事情が考慮された事例といえます。

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🗨️ よくある質問

顔の傷痕があっても、現在収入が減っていない場合、逸失利益は認められませんか?

本判決のように、顔面醜状痕については直接的な逸失利益が認められないケースもあります。

しかし、その場合でも、慰謝料の増額という形で実質的な補償が得られる可能性があります。今回のように、対人業務が中心で外見上の傷が心理面に影響を及ぼし得る場合や、将来的に転職や昇進に支障が出る可能性がある場合は、その点も考慮されることがあります。

自賠責保険で非該当とされた後遺障害でも、民事裁判で認められることはありますか?

認められる可能性は十分にあります。

裁判では、自賠責の基準にとらわれず、症状の内容や業務への支障などを総合的に判断します。医療記録や実際の生活・就労状況を示す資料が重要になります。

交通事故の慰謝料は、どのような場合に増額されますか?

後遺障害の内容や複数の障害がある場合のほか、事故の態様や加害者の過失の程度、被害者の職業や生活への影響などが考慮されます。個別事情によって判断が分かれます。

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📞 お問い合わせ

交通事故による後遺障害について、「見た目の問題だから」「自賠責で非該当だったから」と十分な補償を諦めてしまう方は少なくありません。
後遺障害が日常生活や仕事、心理面に及ぼす影響によっては、適切な主張・立証により、慰謝料の評価が変わることもあります。

「後遺障害の評価に納得がいかない」「この症状がどこまで補償の対象になるのか分からない」と感じている方は、一度専門家に相談してみることをおすすめします。
アトム法律事務所では、交通事故の後遺障害や慰謝料に関するご相談を幅広く取り扱っています。 

初回相談は無料ですので、お気軽にお問い合わせください。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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