「なんだよお!」事故直後に暴言を吐いた加害者に1800万円の慰謝料支払い命令 #裁判例解説
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「なんだよお!」
原動機付自転車と衝突し、路上に倒れた9歳の女児に向かって、その男は大声で怒鳴った。
母親は目の前で愛娘が撥ね飛ばされる瞬間を目撃していた。
男は救護にあたることもなく、その場でタバコを吸っている。「お願い、夏子……!」
母親の悲痛な叫びも虚しく、女児は搬送先の病院で息を引き取った。そして裁判所は、この事故後の加害者の態度も含め、慰謝料額を判断することになる…。
※横浜地判平成12年5月11日(平成11年(ワ)917号)をもとに、構成しています。
<この裁判例から学べること>
- 事故後の加害者の言動は慰謝料額に大きく影響する
- 被害者救護義務違反は慰謝料増額の重要な事由となる
- 子どもが関与する事故では、運転者により高度な安全配慮義務が課される
- 道路状況によっては過失相殺が否定されることがある
交通事故における慰謝料は、被害の程度だけでなく、事故後の加害者の態度によって大きく変動することがあります。
今回ご紹介する裁判例は、小学生の女児が原動機付自転車に撥ねられて死亡した事故において、加害者が倒れた女児に怒鳴り、救護せずタバコを吸っていたという事故後の態度が、慰謝料額の判断に影響を与えたケースです。
この事例を通じて、交通事故における慰謝料算定の実務と、加害者の事故後の対応の重要性を学んでいきましょう。
目次
📋 事案の概要
今回は、横浜地判平成12年5月11日(平成11年(ワ)917号)を取り上げます。
この裁判は、原動機付自転車が住宅街の狭い道路を歩行中の小学生女児に衝突し、女児が死亡した事故について、遺族が運転者と車両保有者に損害賠償を求めた事案です。
- 原告:被害女児の父母(自営業)、被害女児の姉(中学生)、妹(未就学児)
- 被告:原動機付自転車の運転者(新聞配達員)、車両保有者(使用者)
- 事故状況:午後5時頃、神奈川県の住宅街を通る狭い町道で発生。被害女児(小学4年生)が妹を保育園に迎えに行くため、母親や友人ら5人と横一列で歩行中、後方から時速約30キロメートルで進行してきた原動機付自転車に衝突された。
- 負傷内容:脳挫傷兼頭蓋内出血などの重篤な傷害を負い、病院に搬送されたが約2時間後に死亡。
- 請求内容:父母がそれぞれ約5320万円、姉妹がそれぞれ220万円の損害賠償を請求。
- 結果:父には約1519万円、母には約1632万円、姉妹には各165万円の支払いが認められた(自賠責保険からの既払金控除後)。
🔍 裁判の経緯
「今日は秋子を保育園に迎えに行く日ね。夏子、一緒に来てくれる?」
母親の言葉に、夏子は元気よく頷いた。いつもの通学路を、母親と夏子、そして友達3人の計5人が横一列になって歩いていた。
両側に家が建ち並ぶ住宅街の道は幅が3.6メートルしかなく、歩道もない狭い道だが、交通量が少なく比較的安全な道だった。
夏子は道路の一番左端を、母親は一番右端を歩いていた。午後5時頃、後方から原動機付自転車のエンジン音が聞こえてきた。
「バイクが来るわよ、気をつけて!」
母親が子どもたちに声をかけた。
5人は左右に分かれて道を空けた。夏子ら3人は道路の左端に、母親ともう1人の子どもは右端に避けた。
その様子を見た運転者は「クラクションも2回鳴らして減速もしたし、進路に出てくることはない」と軽信し加速したのだ。
しかし、夏子は加速してくるバイクの音を聞いて、さらに安全な場所へ移動しようと、道路を斜めに横断し始めた。
わずか4.6メートルの距離。徐行していれば十分避けられたはずだった。
「危ない!」
母親の叫びも間に合わず、バイクの前輪が夏子に激突し、夏子は路上に投げ出された。
「なんだよお!」
路上に倒れた夏子に向かって、運転者は大声で怒鳴った。
母親が慌てて駆け寄ると、運転者は救護にあたることもなく、その場でタバコを吸い始めた。
「夏子!夏子!しっかりして!」
夏子がわずか9歳でこの世を去ったのは、事故から約2時間後のことだった。
運転者は業務上過失致死罪で起訴され、罰金30万円の略式命令を受けた。
しかし、民事訴訟では「夏子が急に飛び出してきた」「40%の過失がある」と主張し、事故の責任を被害者側にも転嫁しようとした。
裁判での供述も、実況見分の結果と明らかに矛盾しており、事故直後の説明とも食い違う不合理な弁解が繰り返された。
「なぜこんな嘘をつくのですか…」
法廷で聞かされる矛盾だらけの供述に、遺族の悲しみと怒りは深まるばかりだった。
※横浜地判平成12年5月11日(平成11年(ワ)917号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、運転者の過失を全面的に認め、事故態様や事故後の加害者の対応も踏まえた上で、慰謝料を認定しました。
主な判断ポイント
1. 運転者の過失および過失相殺の否定
裁判所は、本件道路が幅員約3.6メートルしかない通学路であり、児童が歩行している状況では、運転者はいつでも停止できる態勢で進行すべき注意義務があると判断しました。
そのうえで、歩行者が一旦道路の左右に分かれたにもかかわらず、「進路に出てこない」と軽信して再加速した点を過失と認定しています。
また、夏子が道路を横断することは予測可能であり、横断開始時の距離も近接していたことから、徐行していれば事故を回避できた蓋然性が高いとして、過失相殺を完全に否定しました。
2. 慰謝料の算定
裁判所は被害者本人の慰謝料を1800万円と認定しました。
その理由として、事故の態様に加え、倒れた夏子に対して暴言を吐き、救護にあたらず喫煙していたという事故直後の不適切な対応を、慰謝料増額の重要な事情として挙げました。
さらに、目撃した母親には400万円、父親には300万円の固有慰謝料を認定し、母親については、事故を目撃し、救急搬送に付き添って苦しむ姿を見続けた点が重視されています。
3. 姉妹の固有慰謝料
裁判所は、被害者の姉(中学生)および妹(未就学児)についても、各150万円の固有慰謝料を認めました。
陳述書には、姉妹が日常生活や家庭環境の変化に強い喪失感を抱いていることが具体的に記されており、これらの内容から、家族全体が受けた精神的影響の大きさが認定されました。
👩⚖️ 弁護士コメント
事故後の加害者の態度が慰謝料に与える影響
本判決は、事故後の加害者の態度が慰謝料算定において重要な評価要素となることを明確に示した裁判例です。
事故の結果だけでなく、その後の対応が賠償額に直結し得ると示した点に、本判決の意義があります。
裁判での不誠実な対応も増額事由に
注目すべきは、裁判所が、証拠と矛盾する不合理な弁解に終始すること自体が、遺族に新たな精神的苦痛を与え得るとして慰謝料の増額事由になり得ると判断した点です。
本判決は、事故後の紛争対応そのものが生む二次的な苦痛も、慰謝料算定において考慮され得ることを示しています。
被害者側の過失相殺が否定された理由
本件では、住宅街の狭い通学路という道路状況や、被害者が小学生であった点が重視されました。
母親が適切に注意を促していたことに加え、加害者が一旦減速しながら再加速したこと、徐行していれば事故を回避できた蓋然性が高いことから、過失相殺は否定されています。
児童の行動は予測不可能であることを前提に、運転者に高度な注意義務が課される原則を再確認した判断といえます。
近親者の固有慰謝料について
本判決では、両親だけでなく姉妹にも固有慰謝料が認められました。
兄弟姉妹は民法711条に明記されていませんが、被害者との関係性や生活への影響が大きい場合には、請求が認められ得ることが示されています。
特に本件では、陳述書に記された具体的な心情が、慰謝料認定の重要な根拠となりました。
📚 関連する法律知識
交通事故における救護義務
道路交通法72条は、人身事故が発生した場合、運転者には直ちに運転を停止し、負傷者を救護する義務を定めています。
具体的には、事故現場の状況に応じて次のような対応が求められます。
- 応急処置の実施
- 二次事故を防ぐための安全確保
- 119番通報による救急要請
これらの対応を怠った場合、刑事責任の対象となるだけでなく、民事上も事故後の態度として不利に評価されることがあります。
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慰謝料算定における考慮要素
交通事故の慰謝料は、以下のような個別事情を考慮して総合的に判断されます。
- 被害の程度
- 被害者の年齢・家族構成
- 事故の態様
- 加害者の事故後の対応
- 事故後の被害者の経済状況
その中でも事故後の対応は、被害者や遺族の精神的苦痛の程度を左右する事情として評価されることがあります。
本件のように不適切な言動があった場合や、裁判で不誠実な対応をした場合は、慰謝料増額の事由となり得ます。
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過失相殺の判断基準
過失相殺は、被害者側にも事故発生や損害拡大について一定の落ち度がある場合に、損害賠償額を調整する制度です。
もっとも子どもが関与する事故では、その行動が予測困難であることを前提に判断されるため、運転者側により高度な注意義務が課されます。
このため、通学路や住宅街といった環境下で、適切に減速・徐行していれば事故を回避できたと評価される場合には、本件のように過失相殺が否定されることもあります。
🗨️ よくある質問
Q1: 事故後の加害者の態度は、本当に慰謝料額に影響するのですか?
A1: 大きく影響する可能性があります。
本判決が示すように、事故直後の救護義務違反、被害者への不適切な言動、誠意のない対応、裁判での不誠実な態度などは、いずれも慰謝料の増額事由となります。
Q2: 子どもの飛び出し事故でも、運転者の責任が100%になることがあるのですか?
A2: 状況によっては、子どもの飛び出し事故でも運転者の責任が100%と判断されることがあります。
本判決のように、通学路や住宅街という道路状況、徐行していれば事故を回避できた事情などが重なると、過失相殺が否定されます。
児童の行動は予測困難であることを前提に、運転者には高度な注意義務が課されます。
Q3: 兄弟姉妹も慰謝料を請求できるのですか?
A3: 民法711条には兄弟姉妹は明記されていませんが、被害者との関係が特に密接で、死亡により重大な精神的苦痛を受けたと認められる場合には、固有の慰謝料請求が認められることがあります。
本判決でも、姉妹について、陳述書により実際に受けた精神的苦痛が具体的に示され、その影響の大きさが考慮されました。
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事故後の言動や救護の有無、裁判での対応などは、慰謝料算定において重要な意味を持つことがあります。
事実関係の整理や証拠の集め方によって、賠償額の評価が変わることも少なくありません。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
