夜間の交差点事故で問われた「前方注視義務」~時速75キロの過失と3級後遺障害の行方~【裁判例解説】

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「被告は、制限速度を25キロもオーバーし、わずか9.7メートル手前まで被害者の姿を認識できなかった!これは明らかな前方注視義務違反です。」

原告代理人の弁護士が、法廷で、力強く訴える。

スクリーンには、事故現場となった夜間の交差点の写真が映し出され、フロントガラスなど、加害車両のひどい損傷が衝突の激しさを物語っている。

そして、今度は、被告側の弁護士が反論を始めた。

「しかし、被告は優先道路を走行中でした。一方、原告は当時、飲酒していました。」

裁判長が静かに目を閉じる。脊髄不全損傷という重篤な後遺障害と、過失割合の判断が今、彼の手に委ねられていた…。

※大阪地方裁判所平成19年(ワ)第687号 平成20年7月31日判決をもとに構成しています。

この裁判例から学べること

  • 過失割合の判断では、優先道路かどうか、夜間か、制限速度違反の有無などが考慮される
  • 脊髄不全損傷の後遺障害は、事故の衝撃、治療経過、臨床症状等が総合考慮で認定される
  • 後遺障害3級の場合、本人の他に、近親者の固有の慰謝料請求権が認められる場合がある
  • 自身の重病を抱えながら介護を余儀なくされた配偶者は、慰謝料請求できる可能性がある
  • 逸失利益の就労可能年数は、高齢の場合、平均余命の2分の1で計算される場合がある

交通事故の損害賠償の裁判では、どちらが優先道路を走行していたか、制限速度を守っていたか、前方注視義務を果たしていたかなど、様々な要素が過失割合の判断材料となります。

今回ご紹介する裁判例は、夜間に、優先道路を走行していた車両が制限速度をオーバーし、前方不注視の状態で交差点に進入した自転車と衝突した事案です。被害者は脊髄不全損傷という重篤な後遺障害を負い、後遺障害等級3級に認定されました。裁判所は、過失割合や後遺障害の因果関係、さらには被害者の妻に対する近親者固有の慰謝料についても判断しています。

この事例を通じて、交通事故における過失判断の考え方や、後遺障害の認定方法、損害額の算定方法について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、大阪地方裁判所平成19年(ワ)第687号 平成20年7月31日判決を取り上げます。 この裁判は、交差点で自転車と自動車が衝突し、自転車搭乗者が脊髄不全損傷等の重篤な傷害を負った事案です。

当事者

  • 原告1:被害者(A。事故当時59歳の男性会社員)
    原告2:被害者の妻(B)
  • 被告1:加害車両の運転者(C)
    被告2:加害車両の所有者(D)

事故状況等

  • 事故状況:夜間の信号機のない交差点で、西から東へ進行中の普通乗用自動車が、南から北へ横断中の足踏み式自転車と衝突
  • 負傷内容:左下腿骨骨折、頸椎・胸椎骨折、脊髄不全損傷等
  • 請求内容:原告本人が約3,713万円、妻が220万円の損害賠償を請求
  • 結果:原告本人に約2,026万円、妻に110万円の支払いを命じる判決

🔍 裁判の経緯

「あの日、私は自転車で帰宅途中だったんです。いつものように交差点を渡ろうとしたんですが…突然、猛スピードで車が来たんです。気づいた時にはもう避けられなくて…」

被害者は、今でも、あの夜の恐怖を鮮明に思い出す。

時速70キロから80キロほどで走行していた加害者の車に衝突され、ボンネットの上に跳ね上がり、そのまま約40メートル運ばれた後、地面に叩きつけられたのだ。

「最初の診断では骨折だけだと思っていたんです。でも事故から時間が経つにつれ、足の感覚がおかしくなり、歩けなくなってきました。排泄も自分でコントロールできなくなって…」

入院・通院を繰り返し、ようやく症状固定となったのは事故から約4年後、63歳のときだった。後遺障害等級3級という重い認定を受けることになった。

「妻も実は乳がんと診断されて手術を受け、闘病中なんです。そんな状態なのに、私の介護をしなくてはならない…」

一方、被告側は「脊髄損傷はない」「優先道路を走行中だった」「被害者にも過失がある」と主張。

過失割合と後遺障害をめぐり、両者は対立。話し合いでの解決は難航した。

※大阪地方裁判所平成19年(ワ)第687号 平成20年7月31日判決をもとに構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、被告運転者には前方注視義務違反の重過失があったと認め、被告らに原告本人に対して約2,026万円、原告の妻に対して110万円の支払いを命じました。

原告(被害者)の過失は35%、被告(加害者)の過失割合は65%と判断しました。

主な判断ポイント

1.過失割合について

裁判所は、事故の過失割合について、被害者35%、加害者65%という認定をしました。

過失割合の判断では、①被告が中央線が引かれた優先道路を走行していたいこと、②夜間の事故であること、③被告の重過失(被告車両が制限速度を25キロ前後オーバーするスピードで走行していたこと、および衝突地点が中央線よりも北側であったうえ、被害者を前方約9.7メートルの地点に至るまで発見できなかったこと)などが、重視されました。

上記①優先道路、②夜間の事故は、被告に有利な事情です。

上記③被告の重過失は、原告に有利な事情です。

なお、被告は「原告が飲酒していた」と主張しましたが、飲酒酩酊の度合いを裏付ける証拠がなく、原告の飲酒については考慮されませんでした。

2.脊髄不全損傷の因果関係

当初の画像診断では明確でなかった脊髄不全損傷について、裁判所は、①事故の衝撃の大きさ、②脊椎の多発骨折の状況、③両下肢の痙性麻痺や知覚障害、排尿・排便障害などの臨床症状から、脊髄不全損傷が生じたと認定しました。

なお、「脊髄不全損傷により、遅発的に麻痺が進行」することは「臨床医がしばしば経験するところ」として、症状が時間の経過とともに脊髄損傷が悪化した点も、矛盾しないと判断しました。

3.近親者固有の慰謝料

裁判所は、重度の後遺障害を負った被害者を介護しなければならない妻について、「自身も重篤な疾患を抱えながら介護を続けなければならない状況」を考慮し、「原告太郎の死にも比肩し得べき精神的苦痛を受けている」と評価しました。

その結果、妻に対して100万円の近親者固有慰謝料(弁護士費用10万円を含めて110万円)を認めました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

過失割合の判断基準について

被告の過失(自動車:65%)

本件では、被告運転者が優先道路を走行していたにもかかわらず、65%という高い過失割合が認定されました。これは、制限速度を大幅に超過していたことと、前方不注視が明らかだったことが決め手となっています。

優先道路だからといって、制限速度や前方注視義務が問われなくなるわけではありません。制限速度の遵守と前方注視は、優先・非優先を問わず基本的な義務です。

原告の過失(自転車・35%)

一方、自転車で道路を横断する場合も注意義務があります。

本件では被害者側にも35%の過失が認められていますが、これは夜間の横断であったことが大きく影響しているといえるでしょう。

特に夜間は、明るいヘッドライトがある自動車とは異なり、自転車は周囲から気づかれにくくなるため、自転車側の過失割合が高くなるリスクがあります。

夜間に自転車で道路を横断する場合は、明るい場所を通行するなど自身の視認性を高める工夫や、左右の安全確認をより慎重に行う必要があります。

後遺障害の立証について

脊髄損傷の立証は非常に難しいケースがあります。

本件では画像所見だけでは明確に損傷が確認できなかったものの、実際の症状や事故の態様から総合的に判断されました。

後遺障害の立証においては、①事故直後からの症状経過、②医師の所見、③事故の態様(衝撃の程度)などを丁寧に積み上げることが重要です。特に遅発性の症状については、医学的な文献や専門医の意見書を活用することが有効でしょう。

📚 関連する法律知識

過失相殺の基本的な考え方

交通事故における過失相殺とは、被害者側にも事故の発生や拡大に対する落ち度(過失)があった場合に、その程度に応じて損害賠償額を減額する制度です(民法722条2項)。

過失割合の具体的な判断要素としては、以下のようなものがあります。

過失割合の判断要素の例

  • 優先道路かどうか
  • 制限速度の遵守状況
  • 前方注視や安全確認の状況
  • 夜間や天候などの環境要因
  • 酒気帯びの有無

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後遺障害等級3級について

後遺障害等級3級は14段階ある等級のうち上から3番目に重い障害で、労働能力喪失率は100%とされています。

後遺障害等級3級のおもな後遺障害には、以下のようなものがあります。

後遺障害等級3級の後遺障害

  1. 1眼が失明し、他眼の視力が0.06以下になったもの
  2. 咀嚼又は言語の機能を配したもの
  3. 神経系統の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
  4. 胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの
  5. 両手の手指の全部を失ったもの

本件では「神経系統の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」として3級3号に認定されました。

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後遺障害3級の認定基準と症状は?

近親者固有慰謝料の考え方

交通事故における近親者慰謝料は、被害者が死亡した場合だけでなく、重度の後遺障害を負った場合にも認められることがあります。

この近親者慰謝料は、民法711条に基づく権利で、被害者の配偶者、子、親などの近親者が請求できます。

近親者慰謝料の請求が認められる条件については、以下のようにまとめられます。

近親者慰謝料の条件

  • 被害者の後遺障害が重度であること
  • 近親者(親、配偶者、子およびそれに準じる者)が精神的苦痛を被っていること
  • 死亡に匹敵するような精神的苦痛であること

本件では、妻自身も乳がんの疾患を抱えたうえで、後遺障害等級3級に該当する重篤な後遺障害が残る被害者の介護をしなければならないという特殊事情が考慮されました。

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交通事故の被害者家族が近親者慰謝料をもらえるケースと相場

🗨️ よくある質問

Q1:優先道路を走行していても過失が認められることがあるのですか?

A1:

はい、優先道路を走行していても、制限速度違反や前方不注視などの事情があれば過失が認められることはあります。

Q2:画像診断で確認できない後遺障害でも認められることはありますか?

A2:

はい、脊髄不全損傷のような一部の損傷は、画像診断では明確に捉えられないことがあります。そのような場合でも、実際の症状(痙性麻痺、知覚障害、排尿・排便障害など)や事故の態様(衝撃の大きさなど)から総合的に判断されることがあります。立証には専門医の意見書が重要になります。

Q3:高齢者の逸失利益はどのように算定されるのですか?

A3:

逸失利益は、「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」という計算式で算出します。

このうち、労働能力喪失期間(就労可能年数)については、年齢に応じた基準があります。

就労可能年数は、基本的には、症状固定時から67歳までの年数になります。しかし、高齢者の場合は、以下のような算出方法になります。

高齢者の就労可能年数の算出方法

  • 症状固定の年齢が67歳をこえる場合
    「平均余命の2分の1」とする
  • 症状固定の年齢が67歳以下の場合
    「平均余命の2分の1」と「67歳までの年数」を比べて、長いほうとする

本件では、被害者は症状固定時に63歳であったため、67歳までの年数は4年となります。

しかし、平均余命の2分の1にあたる「9年」のほうが長いため、本件ではこの「9年」を就労可能年数として、逸失利益を算定しています。

なお、将来の昇給可能性がない場合、基礎収入額は、事故当時の収入や賃金センサスを基準とするケースも少なくありません。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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