交通事故の念書と示談書の違い|念書で済ませる危険性を弁護士が解説
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交通事故の賠償問題を解決する際には、念書や示談書などの書類を作成するのが一般的です。念書と示談書は似ていますが、実は異なる種類の書面であり、認められる効果にも違いがあります。
念書と示談書にはそれぞれどういった特徴があるのか正しく知り、加害者から適切な賠償金の支払いを受けましょう。
今回は交通事故の念書と示談書の違い、示談書の書き方や作成の際の注意点を解説します。これから保険会社と示談を進める方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次

念書と示談書の基礎知識|意味と使い方を解説
まずは、念書とはどのようなものか、どのようなときに使われるのか基礎的な部分を確認していきましょう。
示談書の意味も簡単にまとめています。
念書は一方がもう一方の人に差し入れるもの
念書は、一方の当事者が他方の当事者へ約束事の内容を明らかにするために差し入れる書面です。
たとえば、不法行為の加害者が被害者に対し「損害賠償金を払います」などと書いて念書を差し入れるケースがよくあります。念書も示談書と同様、約束した内容を明らかにして証拠として残すための書面といえるでしょう。
念書が使われる典型例(交通事故・借金トラブルなど)
念書は、「当事者のうち一方が、相手方に一方的に差し入れる文書」という性質上、法的な拘束力が弱く、使われ方にも一定の傾向があります。念書がよく用いられる典型的な場面は以下の通りです。
- 交通事故における念書の例
交通事故の場面では、加害者側が「損害賠償を支払う意思がある」と示すために念書を差し入れるケースがあり、たとえば「治療費や修理費を支払うことを約束します」といった内容が記載されることもある。ただし、被害者側が署名していないため、後になってトラブルとなるリスクが生じやすい。 - 借金・金銭トラブルにおける念書の例
友人間の貸し借りや口約束に基づく借金トラブルでも、借主が返済の意思を示すために念書を差し入れるケースが多く見られる。「◯月◯日までに○万円を返済します」などと記載されるが、こちらも一方的な文書にとどまるため、法的な強制力は弱いとされる。 - 社内トラブルや私的な約束の場面
職場内の不祥事や問題行動に関して、再発防止を誓う内容の念書を従業員に提出させるケースもある。このような念書は会社側の安心材料にはなるが、法的拘束力があるかどうかは内容次第。
このように、念書は日常的なトラブルや個人間の約束ごとで使われることが多く、法律文書というよりも「意思表示の記録」に近い性格を持っているといえるでしょう。
特に、交通事故のような法的トラブルを伴う場面では、念書に依存することなく、法的効力のある示談書を作成することが重要です。
示談書は示談での合意内容を記したもの
示談書とは、交通事故で「示談」が成立したときに作成される書面です。
示談書に記載すべき主な内容は以下の通りです。
- 事故の詳細
- 事故の当事者
- 示談条件
- 示談金額
- 過失割合
- 支払い方法
- 支払い期日
- 署名押印(捺印)
- その他
- 違約条項
- 留保条項
- 清算条項
- 連帯保証条項
交通事故も不法行為の一種なので、事故が発生したら被害者と加害者が話し合って「どのような損害が発生したか」「損害の評価額はいくらになるか」などを取り決め、示談金の金額を取り決めます。
合意ができたら「示談が成立」し、保険会社が被害者へと示談金を振り込む、という流れです。
ただ、示談が成立しても書面を作成しなければ、示談内容が明らかになりません。後日の争いの種になるおそれがあるので「示談書」という書類を作成して示談内容を明確に残します。
このようなことから、示談書とは「示談で互いに合意した内容を明確にするための証拠」「示談したことを証明する書面」といえるでしょう。
示談書を作成するときには、示談内容を細かく書き込んだ上で被害者と加害者が双方署名押印します。被害者も加害者も示談の当事者として、示談書の内容に拘束されるのが示談書の効果です。
用語解説|示談
示談とは、不法行為が行われたときに被害者と加害者が、損害賠償金の金額や支払方法を決めるための話し合い。
示談とは何か、示談交渉の進め方などについて:交通事故の示談とは?進め方やうまく進めるための注意点
念書と示談書の違い4つ
念書も示談書も「約束した内容を明らかにするための書面」ですが、両者にはさまざまな違いがあります。
念書と示談書の違い
念書 | 示談書 | |
---|---|---|
署名押印する人 | 一方の当事者のみ | 当事者双方 |
内容に拘束される人 | 差し入れた当事者のみ | 当事者双方 |
法的な効果 | 弱い | 強い |
作成するタイミング | 比較的早期の段階 | 示談が成立したとき(最終局面) |
以下でそれぞれについて、詳しくみていきましょう。
(1)署名押印する人
念書は一方の当事者のみが署名押印し、相手に差し入れる書面です。交通事故の場合、加害者が念書を作成して被害者へ差し入れます。
示談書には「当事者双方」が署名押印します。交通事故の場合は被害者と加害者の両方が署名押印しなければ、示談書はできあがりません。
このように、念書と示談書では「署名押印する人」が異なります。
(2)内容に拘束される人
念書の場合、署名押印するのは当事者の一方のみなので、内容に拘束されるのも署名押印した人だけです。
交通事故で加害者が被害者に対し、損賠賠償をする旨を記した念書を差し入れたとき、加害者は約束どおり支払いをしなければなりません。一方で被害者は念書の内容に従う必要がないので、加害者に対して念書に書かれている以上の金額を請求することも可能となります。
示談書の場合、当事者双方が署名押印するので、当事者双方が内容に拘束されます。
加害者は被害者へ約束した損害賠償金を払わねばなりません。被害者は、示談書で約束した以上の損害賠償金を請求できなくなります。
このように、当事者双方を拘束することにより、将来の紛争再発を効果的に防ぎます。
補足
談成立後に新たな損害が発覚した場合など、例外的なケースでは、示談書を作成した後でも追加の損害賠償請求ができる可能性があります。
詳しくは、関連記事『交通事故の示談後、撤回や追加請求は可能?後遺障害があとから発覚したら?』をご覧ください。
このように、念書と示談書では内容に拘束される人の範囲も異なります。
(3)法的な効果
念書も示談書も、約束事の内容を明らかにして後日の紛争を防ぐ効果がありますが、その強さは異なります。
念書の場合、賠償金額が決まっていない段階で「とりあえず」作成されるケースも多く、明確な示談金額が記入されていない場合も少なくありません。裁判で証拠提出しても、それだけでは証拠にならない可能性も高くなります。
一方で示談書には、通常示談金の金額がはっきり書かれていて最終的な示談内容が示されているものです。当事者双方が署名押印して2人を拘束するので、原則としてお互いに蒸し返しはできなくなるでしょう。
示談書には強い法的効果が認められ、裁判で証拠として提出しても「内容不備」などで無効になる可能性は低いといえます。
このように、念書と示談書では法的な効果の強さにも違いがあると考えましょう。
(4)作成するタイミング
念書と示談書には、作成するタイミングにも違いがあります。
念書が作成されるのは、交通事故が発生した当初の段階であるケースが多数です。事故現場で加害者が被害者へ「とりあえず後で賠償金を支払います」などと約束して念書を差し入れるケースもよくあります。
示談書は、加害者の保険会社と被害者が示談交渉をして、示談が成立した最終局面で作成されます。示談成立後、示談書が完成したらすぐに保険会社から被害者へと示談金が払われる、という流れです。
念書と示談書にはさまざまな違いがありますが、より正式な書面は示談書です。被害者にとっては念書よりも示談の最終局面で作成される「示談書」の中身が重要といえるでしょう。
念書を選ぶべきでない理由|被害者側が注意すべきこと
加害者から念書を求められると、「とりあえず書いておけば安心かも」と思ってしまうかもしれません。しかし、念書はあくまでも一方的な意思表示であり、内容によっては被害者にとって不利益となるリスクがあります。
ここからは、念書を選ぶべきでない具体的な理由を解説します。
一方的な内容にされやすい
念書は当事者の一方がもう一方に差し入れる形式の文書なので、原則として相手方の同意や署名を前提としません。そのため、加害者が自分に都合のよい内容を記載し、被害者にそのまま受け取らせるケースも考えられます。
たとえば、「今後一切請求しないことを確認する」など、被害者にとって不利な文言が盛り込まれていることもあるため、慎重に扱う必要があるのです。
念書では慰謝料請求などが不十分になるリスク
法的に、念書は「合意文書」ではなく「一方的な意思表示」にすぎません。そのため、内容が曖昧であったり、損害賠償の範囲や金額が具体的に記載されていない場合、後々に「言った・言わない」のトラブルが再燃する可能性があります。
特に、入通院慰謝料や後遺障害慰謝料など損害の全体像が見えにくい段階で念書を交わすと、正当な賠償を受けられないおそれがあるでしょう。
加害者側から念書を求められたときの対処法
加害者から「とりあえず念書だけ交わしましょう」と持ちかけられた場合は、絶対にその場でサインしないでください。
まずは念書の内容を十分に確認することが重要になります。特に「今後一切請求しません」などの文言があれば、それは示談と同じ効果を持つ可能性があるからです。
少しでも不安があれば、念書を渡された時点で弁護士に相談し、示談書の形にしておくべきかどうか判断を仰ぐのが賢明でしょう。
示談書を選ぶべき理由|念書より安全な法的裏付け
念書ではなく「示談書」を作成することは、被害者にとって大きなメリットがあります。示談書には法的効力を持たせるための要素が盛り込まれており、紛争の早期解決やトラブル防止にもつながります。
ここからは、示談書が念書より優れている点を解説します。
合意内容を正しく残せる
示談書は当事者双方が合意のうえで署名押印する文書なので、慰謝料や治療費などの損害賠償の範囲・金額・支払方法などを明確に記載できます。
「どの損害にいくら支払うか」「今後どのような請求をしないか」など、紛争を終わらせるうえで重要な内容を明文化できる点で、念書よりはるかに信頼性があるのです。
清算条項でトラブルの再燃を防げる
示談書には「本件に関する一切の債権債務は存在しないことを確認する」といった清算条項(免責条項)を盛り込むのが一般的です。
清算条項により、「あとから追加で請求された」「言ったはずだ」などの蒸し返しを防ぐことができるため、トラブルの再発リスクが格段に減ります。このような点からも、示談書のほうが事故処理の終局を安全・確実に締結できるでしょう。
示談書作成における弁護士の役割とメリット
示談書を作成する際には、単に合意事項を書き残すだけでは不十分です。文言の選び方や記載内容の正確さによって、将来的な効力やトラブル防止の度合いが大きく変わってきます。
そこで心強い味方になるのが弁護士です。ここからは、示談書を作成する場面で弁護士に依頼する具体的なメリットを解説します。
示談書を不備なく作成してもらえる
示談書には、当事者の氏名・住所、事故の状況、賠償金額、支払期日や振込先、清算条項など、多くの要素を正確に盛り込む必要があります。内容に不備があれば、示談の効力が争われる可能性もあるでしょう。
弁護士に相談すれば、法的に有効な示談書を漏れなく作成してもらえるため、後のトラブル防止に大きな安心感があります。
示談金や過失割合が正しいか確認してもらえる
示談書にサインする前に「賠償金額(示談金額)」や「過失割合」が適切かどうか、弁護士に確認してもらうことをお勧めします。保険会社が提示する内容は、被害者にとって不利であることが多いからです。
弁護士は、過失割合・慰謝料の相場・将来的な損害なども含めて、金額が妥当かどうかを法的観点からチェックします。
保険会社の提示額を信用してはいけない?
被害者が保険会社と示談交渉するとき、保険会社の基準(任意保険基準)で賠償金が計算されるのが通常です。すると被害者が本来受け取れる法的基準より大幅に減額され、そのまま示談書に署名押印すると損をしてしまう可能性が高くなります。
適切な賠償金額を算定するには、法的な「弁護士基準」を適用しなければなりません。弁護士基準を適用すると、保険会社基準と比べて賠償金が2倍、3倍になるケースも少なくないのです。

弁護士基準だと慰謝料がどれくらいになるのか、慰謝料計算機を使うと簡単にわかります。慰謝料計算機とは、交通事故の慰謝料の相場を自動計算する便利ツールです。誰でも無料で使えて、保険会社の提示額との比較もスムーズにできます。
示談書が送られてきたら、まずは一度弁護士に示談書を見せて内容が適切かどうか判定してもらいましょう。
まとめ|念書よりも示談書の作成が通例
交通事故で示談が成立したら「示談書」や「念書」を作成します。念書よりも示談書の効力の方が強く、保険会社と示談するときには示談書を作成するのが通例です。
被害者が自分で示談交渉をすると、示談金を減額されてしまう可能性が高くなるので、できれば弁護士に依頼する方が良いでしょう。
当事務所では交通事故被害者への支援に積極的に取り組んでいるので、保険会社から示談書への署名押印を求められたら、一度ご相談いただけますと幸いです。

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了