「減収証拠なし」でも認められた!自営業者の休業損害120万円 #裁判例解説

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減収証拠なし?

「私の収入が減ったという証拠はありません。でも、事故後は頭痛や首の痛みで現場に立てなかったんです!」

防水業者である男性が、代理人弁護士を通じて訴える。相手方の代理人は、減収を示す証拠がないことを強く主張していた。

「自営業者なら、確定申告書や帳簿で減収を証明すべきでしょう。それがないのに休業損害を認めるなんて…」

裁判所は、スクリーンに映し出された事故前後の診療記録と、男性の仕事内容についての詳細な資料に目を落とした。

肉体労働を伴う防水工事。そして事故後に残った頭痛、頸部痛、手のしびれ…。

果たして、減収の明確な証拠がない自営業者の休業損害は認められるのか—。

※千葉地判平成26年6月19日(平成23年(ワ)2560号)をもとに、構成しています。

この裁判例から学べること

  • 自営業者で減収の明確な証拠がなくても休業損害が認められる場合がある
  • 肉体労働を伴う仕事は、症状の内容から休業の必要性が推認される
  • 事故前年の申告書の信用性が低くても、他の資料から基礎収入を認定できる
  • 症状固定までの期間、一定割合での休業損害が認められることがある

交通事故に遭った個人事業主にとって、休業損害の立証は大きな壁となります。
給与所得者と異なり、給与明細や勤務記録がないため、減収を証明することが難しいのです。

今回取り上げるのは、防水工事業を営む男性が追突事故により頸椎捻挫を負い、明確な減収の証拠がないにもかかわらず、裁判所が休業損害を認めた事例です。

自営業者の方が交通事故に遭われた場合どのように休業損害を主張していけばよいのか、この事例を通じて詳しく解説していきます。

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📋 事案の概要

今回は、千葉地判平成26年6月19日(平成23年(ワ)第2560号)を取り上げます。
この裁判は、追突事故により頸椎捻挫を負った防水業自営業者が、休業損害や後遺障害による逸失利益などの賠償を求めた事案です。

  • 原告: 防水業を営む男性(事故当時43歳)。自ら現場で防水工事に従事していた
  • 被告: 普通乗用自動車を運転していた女性。前方注視義務を怠り、停車中の原告車両に追突
  • 事故状況: 千葉県内の路上で被告車が原告車に追突。原告車のリアバンパー等に凹損(軽度)
  • 負傷内容: 頸椎捻挫により頭痛・頸部痛・右手のしびれ等の症状が継続。約6か月間通院の後、症状固定
  • 請求内容: 治療費・休業損害・逸失利益など計約5,900万円のうち2,500万円を請求
  • 結果 裁判所は低髄液圧症候群・胸郭出口症候群の発症は否定したものの、頸椎捻挫による後遺障害(14級9号)を認定。
  • 減収の明確な証拠がない中でも休業損害120万円余、逸失利益123万円余を認めた(既払金により請求棄却)。

🔍 裁判の経緯

「事故の前は、毎日現場に出て防水工事をしていたんです。屋根に上ったり、重い資材を運んだり…体が資本の仕事でした」

男性は事故前の生活を振り返る。

朝、いつものように仕事に向かう途中だった。信号待ちで停車していると、後ろから「ドン!」という衝撃。首に激しい痛みが走った。

「最初は大したことないと思ったんです。でも、翌日から首が痛くて、頭も重くて…現場仕事どころじゃなくなってしまって」

事故から4日後、男性は病院を受診した。医師に「首の痛みがひどい。事故直後にあった頭痛が、最近は起床時に少し出る」と訴えた。レントゲン検査では第5第6椎間板の狭窄が認められた。

翌日も受診し、「首の付け根が痛い。手足がしびれる。右手全体がじんじんする」と症状を訴えた。

「仕事は続けていますが、休めないんです」

事故から約1ヶ月後の診察では、そう医師に伝えた。しかし、痛みは続いていた。翌月には接骨院にも通い始めた。

「天気が悪くなると症状がひどくなる」「仕事はほとんど行けていない」

診察のたびに、男性は辛い症状を訴え続けた。頭痛、首の痛み、右手から前腕にかけてのしびれ。1、2週間に1回の通院を続けながら、何とか仕事を続けようとしていたが…。

翌年に入っても症状は改善せず、医師から低髄液圧症候群の可能性を指摘され、大学病院での精密検査を勧められた。その後、複数の病院でブラッドパッチ療法などの治療を受けたが、症状は十分に改善しなかった。

そして男性は、損害賠償を求めて提訴することを決意した。しかし、相手方の保険会社の代理人は厳しい反論を展開してきた。

「あなたは事故後も仕事をして収入を得ていたのに、その事実を隠していましたね。急性期に働けたのに、その後休業が必要だったなんて不自然です」

「それに、あなたの収入が887万円あったという申告書は、事故後に作られたもの。信用できません。自営業者なのに、収入や経費について具体的な証拠が何もない。減収の証拠もない。休業損害なんて認められるはずがありません」

男性は反論した。

「確かに事故後も何とか仕事を続けようとしました。でも、以前のようには働けなかった。防水工事は肉体労働です。屋根に上って作業するんです。頭痛やめまいがあったら、とても危険で…」

裁判所は、双方の主張を慎重に検討し始めた。

※千葉地判平成26年6月19日(平成23年(ワ)2560号)をもとに、構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、原告が主張した低髄液圧症候群および胸郭出口症候群の発症を否定しましたが、頸椎捻挫による後遺障害(14級9号相当)と、それに伴う休業損害を一部認めました。

特に注目されるのは、減収の明確な証拠がなくても休業損害を認定した点です。

裁判所は、「原告の労務が肉体労働を含むものである以上、収入減少の証拠がなくても休業の必要性は否定できない」と判断しました。

実際の減収にとらわれず、業務内容と症状の実態から判断した点が特徴です。

主な判断のポイント

一部休業の評価

原告が完全には仕事を休まず、一部の業務を継続していた実情を踏まえ、労働能力を平均40%喪失したものとして休業損害を算定しました。完全休業を前提としない、現実的で柔軟な損害評価が行われた事例といえます。

休業の必要性

原告は防水工事を行う自営業者で、事故後に頭痛や頸部痛、手のしびれなどが継続。診療記録には「痛みで休業中」「作業が困難」などの記載があり、裁判所は、症状固定日まで一定期間(約6ヶ月間)の休業が必要だったと認定しました。肉体労働を伴う職種では、症状があれば安全上の理由からも労務制限が必要と判断されています。

基礎収入の認定

原告は、事故前年の確定申告書に基づき「年収887万円・日額2万4,315円」と主張しましたが、この申告書が事故後に作成されたもので裏付けがないとして、裁判所はそのまま採用しませんでした。

一方で、原告が事故後に年1,000万円を超える売上を上げていたことや、同年代男性の平均年収(約570万円)との比較から、事故前年の所得額568万2,000円(日額1万5,567円)を基礎収入として採用しました。

形式的な帳簿の有無にとらわれず、事業実績・年齢・業種などを総合して合理的に収入を推認した点が特徴です。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

自営業者の休業損害立証における柔軟な判断

この判決は、自営業者の休業損害の立証方法について、実務上参考となる事例です。

従来、自営業者の休業損害については、確定申告書や帳簿などによる減収の立証が必須とされる傾向がありました。

しかし本判決は確定申告書や帳簿による明確な減収の証拠がなくても、業務内容や症状の性質から休業の必要性を推認できると判断しました。

特に、屋根工事、建設業、運送業など、肉体労働を伴う自営業の場合、頭痛、めまい、痛みなどの症状があれば、安全上の理由からも就労が困難になることは容易に理解できます。裁判所はこうした実態を踏まえた判断をしたといえるでしょう。

基礎収入認定の柔軟なアプローチ

本判決のもう一つの重要なポイントは、基礎収入の認定方法です。

事故後に作成された申告書の信用性には疑問を呈しながらも、事故後の売上実績(平成22~24年に年額1,000万円超)、年齢、賃金センサスとの比較などを総合して、申告書記載の所得額を採用しました。

これは、自営業者の収入認定において、単一の証拠に依存するのではなく、複数の間接事実から合理的な収入額を推認するという、柔軟で実務的なアプローチといえます。

事故後に事業が回復していれば、その実績も事故前の収入を推認する資料となり得ることを示した点は、実務上参考になるでしょう。

一部休業(労働能力一部喪失)の考え方

本判決では、194日間にわたり40%の労働能力喪失として休業損害を算定しています。

これは、完全に休業したわけではないが、症状のために十分に働けなかった状況を適切に評価したものです。

自営業者は収入を完全に断つことが難しいため、部分的な休業を適切に評価する考え方は、
今後の損害算定実務においても重要な示唆を与えます。

実務上のアドバイス

自営業者の休業損害は立証が難しい分野ですが、適切な主張と証拠収集により、本判決のように認められる可能性は十分にあります。以下の点に注意して証拠を収集・保全することをおすすめします。

  • 事故前の収入について
    確定申告書・帳簿・通帳記録・契約書などを確保する
  • 休業の必要性について
    診療記録に症状を詳しく残し、仕事内容との関連を説明できるようにする
  • 減収の記録
    事故前後の売上・収入変化を記録する

📚 関連する法律知識

休業損害とは

休業損害とはケガによって収入が減少した損害

交通事故などでけがを負い、仕事を休まざるを得なくなったことで本来得られるはずだった収入が失われたことによる損害です。症状固定前の損害として、治療費などとともに請求することができます。

基礎収入の認定方法

被害者の基礎収入は、職業や雇用形態によって立証方法が異なります。

  • 給与所得者
    給与明細・源泉徴収票・勤務先証明書などで明確に算定可能。ボーナスや残業手当など、事故がなければ得られた収入も評価対象となります。
  • 自営業者・個人事業主
    原則として事故前年の確定申告書に記載された所得を基礎とします。申告内容が実態と乖離している場合には、通帳や帳簿、賃金センサスなどを補足資料とすることが可能です。事故後の売上実績が、事故前の収入を推認する資料とされる場合もあります。

このように、職業や働き方によって基礎収入の算定方法や立証に必要な資料は異なり、詳しくは『交通事故の休業損害|計算方法や休業日の数え方・いつもらえるか弁護士解説』で解説しています。

後遺障害による逸失利益

逸失利益とは

逸失利益とは、交通事故などによるけがが治療後も完全には回復せず、将来にわたって発生する収入減少の損害のことです

算定は、後遺障害等級に応じた労働能力喪失率と、就労可能年数に対応するライプニッツ係数を用いて行われます。

後遺障害の程度や仕事への影響は人によって大きく異なるため、医学的所見だけでなく、仕事内容や実際の業務制限の程度を丁寧に主張・立証することが重要です。

🗨️ よくある質問

Q1:確定申告書の所得が実際より少ないのですが、実収入で休業損害を請求できますか?

A1:可能ですが、立証が難しいのが実情です。確定申告額を超える収入を主張する場合には、帳簿、通帳記録、取引先との契約書など客観的な証拠が必要になります。賃金センサスや事故後の売上などを参考に合理的な額が認定される場合もあります。

Q2:事故後も仕事を続けていましたが、痛みで十分に働けませんでした。休業損害は認められますか?

A2:はい。完全に休業していなくても、「労働能力の一部喪失」として休業損害が認められることがあります。特に肉体労働を伴う仕事では、症状が作業能力に影響していることを診療記録などで示すことが重要です。

Q3:後遺障害14級の場合、どの程度の期間で逸失利益を請求できますか?

A3:一般的には5年程度の労働能力喪失期間が目安とされますが、症状の重さや職業によって変わります。仕事に支障が大きい場合は、より長い期間が認められることもあります。

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📞 お問い合わせ

交通事故による休業損害でお困りの個人事業主・自営業者の方、減収の証明や損害の立証に不安を感じている方は、ぜひ一度専門家にご相談ください。
適切な証拠収集と法的主張を行うことで、状況に応じた損害賠償が認められる可能性があります。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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