高次脳機能障害の後遺障害―事故2年後のてんかん発症でも因果関係を認定 #裁判例解説

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2年後の発症

「年単位で抗てんかん薬の服用が必要です。車の運転はしないで下さい。」

医師の宣告に、36歳のドライバー・城田龍の顔が青ざめた。会議中に突然起きたてんかん発作。奇声を上げて倒れ、全身けいれんを起こした姿は、同僚たちに衝撃を与えた。

「タツさんはトラックの運転、一筋ですよね。他の部署への配置転換も難しいですよ。」

会社側の冷たい言葉。職を失った。2年前の交通事故が引き起こした脳の損傷。それが今、彼の人生を根底から覆そうとしていた。 

※大阪高等裁判所平成30年10月24日判決(平成29年(ネ)第1622号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。

この裁判例から学べること

  • 高次脳機能障害・てんかんは、事故から長期間経過後に症状が顕在化することがある
  • 脳損傷が証明され、事故以外の原因が考えられない場合、因果関係が認められ得る
  • 労働能力喪失率は後遺障害等級ごとに相場があるが、個別具体的な事情も重要
  • 職業運転手のてんかんの後遺障害は、労働能力喪失率が高くなる可能性がある
  • 示談後でも、当初予見できなかった後遺障害については、後日、賠償請求の余地がある

交通事故による脳外傷は、直後の検査では異常が認められなくても、長期間経過後に深刻な後遺障害として現れることがあります。本件は、事故から約2年後に突然てんかん発作を起こし、職を失った36歳の元トラックドライバーが、高次脳機能障害・てんかんの後遺障害の賠償を求めた事案です。

裁判所は、事故後の記憶障害、性格変化、そして症候性てんかんの発症により「軽易な労務以外の労務に服することができない」として後遺障害等級7級4号を認定し、労働能力喪失率を56%と判断しました。

特に注目すべきは、事故直後の検査では問題なしとされた認知機能が、てんかん発症後の検査で明確な障害を示した点です。この判例は、交通事故による脳外傷の後遺障害の評価において、長期的な経過観察の重要性を示す貴重な判断といえるでしょう。

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📋 事案の概要

今回は、大阪高等裁判所平成30年10月24日判決(平成29年(ネ)第1622号)を取り上げます。 この裁判は、交通事故により脳挫傷を負った被害者が、約2年後にてんかん発作を発症し、高次脳機能障害等の後遺障害認定と損害賠償を求めた事案です。

登場人物

  • 原告:城田龍(被害者。事故当時32歳、運送会社勤務のトラックドライバー)
  • 被告:黒川虎二郎(加害者。普通乗用車を運転)
  • 訴外:城田みく(原告・城田龍の母。息子のサポートをしている)

※登場人物はすべて仮名です。

事故状況等

  • 事故状況:被告(黒川虎二郎)が路外駐車場に左折進入する際、後方から走行してきた原告(城田龍)の運転する原動機付自転車と衝突
  • 負傷内容:原告(城田龍)は脳挫傷、頭蓋底骨折等の重傷を負い、意識障害が続いた。その後、嗅覚障害の後遺症が残るとともに、事故から約2年後に突然、てんかん発作を発症
  • 請求内容:原告が約8,300万円の損害賠償を請求
  • 結果:裁判所は、被告に約4,650万円の支払いを命じた

🔍 裁判の経緯

「先生、最近物忘れがひどくて…それに、朝決まった時間に起きられないんです。」

事故から1年が経過した頃、後にこの裁判の原告となる城田龍は、復職後の異変を医師に訴えていた。しかし当初の病院側の判断は「就労可能」というものだった。

「また遅刻か!いい加減にしろ!」

職場での叱責が日常となり、以前は真面目で几帳面だった城田龍の性格は一変していた。同僚との衝突も増え、些細なことで異常に腹を立てるようになっていた。

そして事故から約2年後、決定的な瞬間が訪れる。

「うわあああ!」

会議中、龍は突然奇声を上げて倒れた。全身が硬直し、激しいけいれんを起こす。救急搬送された病院で「症候性てんかん」と診断された。

「もうトラックは運転しないで下さい。他の部署への配置転換もきびしいよ。タツさんならわかってくれるよね?」

会社側の通告は冷酷だった。長年勤めた職場を失い、龍は途方に暮れた。

その後の検査で、事故直後には「問題なし」とされていた記憶力に重大な障害があることが判明。三宅式記銘検査では、無関係対語の成績が著しく低下していた。

さらに母親・城田みくの証言が決定的だった。「息子は以前は優しく忍耐強い性格でした。でも事故後は…まるで別人のように攻撃的になってしまって。黒川虎二郎さんとの事故がなければ…。」

こうして、龍は、自賠責保険の認定を受けた後、残された人生と失われた未来のために、虎二郎と法廷で最終決着をつけることにした。 

※大阪高等裁判所平成30年10月24日判決(平成29年(ネ)第1622号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、原告に脳外傷に起因する神経系統の機能又は精神の障害が残存し、「軽易な労務以外の労務に服することができない」として後遺障害等級7級4号に該当すると認定。

嗅覚障害(12級相当)と併合して併合6級と判断した上で、労働能力喪失率を56%と認定し、原告に対する約4,650万円の賠償を、被告に命じました。

主な判断ポイント(4つ)

事故との因果関係の認定

裁判所は、事故から約2年後に発症したてんかんについて、「本件事故による両側前頭葉の外傷性器質的変化」が原因であり、事故との相当因果関係を認めました。

事故直後の検査で異常がないことは、長期間経過後の症候性てんかんの発症を否定する理由にはならないと判断しました。

高次脳機能障害の存在

記憶障害、性格変化、日常生活の支障などから高次脳機能障害の存在を認定。特に、事故前はまじめで几帳面だった原告が、遅刻を繰り返し、同僚と衝突するようになった変化を重視しました。

労働能力喪失率56%の判断

てんかんの患者が自動車を運転する職業につくことは、医学的・社会的観点からの制約がある。いまだ、原告は、抗てんかん薬の服用を続けている以上、運送会社のドライバー(職業運転手)に復帰することは、現実的には極めて難しいというべきで、他職種への転換も困難であることから、労働能力喪失の程度は大きいと述べました。

また、原告の後遺障害は、嗅覚脱臭(12級)、および高次脳機能障害・てんかん(7級)でしたが、嗅覚脱臭については裁判の時点ですでに解決済みとなっていました。

このようなことから、裁判所は、労働能力喪失率を56%と認定しました。

【表】後遺障害等級と労働能力喪失率(一部抜粋)

等級労働能力喪失率
667%
756%
935%
1027%
1120%
1214%

過失相殺15%の認定

原告車の進路を妨害した被告の過失の程度は大きいが、原告が前方の被告車両の動きを予測し、事故を回避できた可能性があるとして、15%の過失相殺を認定しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

◆高次脳機能障害の立証における留意点 

交通事故による高次脳機能障害は、事故直後には顕在化せず、時間経過とともに症状が明らかになることがあります。本件でも、事故から約2年後のてんかん発作を契機に、それまで見過ごされていた記憶障害や性格変化が医学的に確認されました。

重要なのは、事故前後の変化を具体的に立証することです。本件では、母親による詳細な日常生活状況報告が決定的な証拠となりました。「以前は優しく忍耐強い性格だったのに、攻撃的になった」「規則正しい生活ができなくなった」といった家族の観察記録は、医学的検査だけでは把握しきれない障害の実態を示す貴重な証拠です。

また、職場での具体的なエピソード(遅刻の繰り返し、同僚との衝突)も重要な立証材料となります。被害者側は、このような日常生活や職場での変化を詳細に記録し、証拠化しておくことが賠償請求の成否を左右します。

◆労働能力喪失率の個別的判断

本件では、後遺障害逸失利益(後遺障害による生涯年収の減少)に関する「労働能力喪失率」について、後遺障害等級7級の相場どおり、56%と認定されました。

後遺障害逸失利益の計算方法

本裁判例で考慮された事情

てんかんの発症は、道路交通法上の制限等により、運転業務への事実上の就労不能を意味します。また、控訴審では、抗てんかん薬服用中の原告について、再発リスクが高く、トラック運転手への復帰は極めて困難と判断されました。

また、本件では、原告は、事故の後遺症による性格変化や業務態度の異常等から、配置転換もなされないまま、会社を退職するに至っています。このようなことから、多職種への再就職も難しい状況でした。

このような状況を加味して、本件(控訴審)では、労働能力喪失率を7級の相場どおりの56%と認定しています。

本裁判例(控訴審)と原審の違い

高次脳機能障害(てんかん含む。)の後遺障害について、本裁判例(控訴審)と原審の違いをまとめると、以下のようになります。

高次脳機能障害・てんかん発作の後遺障害

控訴審
(第二審)
原審
(第一審)
等級7級4号7級4号
喪失率56%35%
理由・職業ドライバー退職
・現在も無職
・抗てんかん薬の投薬中
・原告には、てんかんの再発危険因子・服薬中止後の難治化要因あり
・記銘力低下、人格変化等による多大な支障
・服薬で発作をはおさえられている
・てんかんが自然治癒する可能性あり

後遺障害等級7級の場合、労働能力喪失率の相場は56%です。

しかし、本件の原審では、7級の後遺障害と認定されながらも、労働能力喪失率は6級相当の35%とされていました。

このことからもわかるように、機械的に「何級になれば必ず喪失率が何%になる」と決まるわけではありません。

重要なのは、後遺障害の実態や被害者の職業への影響を具体的に主張することです。なります。

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◆症候性てんかんと後遺障害等級

症候性てんかんは、脳の器質的損傷を原因とするてんかんで、外傷性脳損傷の重要な後遺障害の一つです。自賠責保険の後遺障害認定基準では、てんかん発作の頻度や薬物による制御状況により等級が決定されます。

内容
5・転倒する発作が1か月に1回以上
(または)
・意識障害を呈し、状況にそぐわない行為を示す発作が1か月に1回以上
7・転倒する発作等が数か月に1回以上
(または)
・転倒する発作等以外の発作が1か月に1回以上
9・転倒する発作等以外の発作が数か月に1回以上
(または)
・服薬継続によりてんかん発作がほぼ完全に抑制されているもの
12 発作はないが、脳波上に明らかにてんかん性棘波を認めるもの

◆高次脳機能障害の認定要件

高次脳機能障害の認定には以下のような要素が必要です。

  1. 頭部外傷後の意識障害の存在(本件では事故直後に〔JCS〕100、GCSによる意識レベルはE1V1M3)
  2. 画像所見による脳の器質的損傷の証明(本件ではCT・MRIで両側前頭葉に挫傷痕)
  3. 認知障害、行動障害、人格変化などの症状
  4. 社会生活・日常生活への支障

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◆労働能力喪失率の判断基準

後遺障害等級ごとに定められた喪失率は以下の通りですが、個別事情により修正されることがあります。

特に考慮される要素として、①被害者の職業と障害の関係、②年齢と就労可能期間、③症状の改善可能性、④代替的職業への転換可能性などがあります。

等級労働能力喪失率
1100%
2100%
3100%
492%
579%
667%
756%
845%
935%
1027%
1120%
1214%
139%
145%

🗨️ よくある質問

Q1:交通事故から時間が経ってから症状が出た場合でも、因果関係は認められますか?

 A1:はい、認められる可能性があります。本件では、事故から約2年後に発症したてんかんでも因果関係が認定されています。重要なのは、事故による脳の器質的損傷が医学的に証明でき、かつ他に原因が考えられないことです。ただし、時間の経過とともに立証は困難になるため、継続的な医療記録の保存が重要です。

Q2:一度示談をした後でも、新たな後遺障害について請求できますか?

 A2:示談の範囲によります。本件では、嗅覚障害について示談済みでしたが、その後発症したてんかんと高次脳機能障害については別途請求が認められました。示談書に「一切の請求を放棄する」と記載されていても、示談時に予測できなかった後遺障害については、別途請求できる場合があります。

Q3:家族の陳述は後遺障害認定にどの程度影響しますか? 

A3:非常に重要な証拠となります。特に高次脳機能障害では、医学的検査だけでは把握しきれない日常生活の変化を立証する必要があり、家族による具体的な観察記録が決定的な証拠となることがあります。本件でも、母親の詳細な報告書が障害認定の重要な根拠となりました。

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岡野武志弁護士

監修者


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代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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