急に怒る、暴言を吐く。画像に映らない高次脳機能障害の隠れた傷と賠償 #裁判例解説
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「事故直後、娘は意識もあって普通に会話ができていたんです。まさかあの日を境に暴力を振るい、暴言を吐き、友達もいなくなってしまうなんて……」
母親の声が震える。弁護士の机には、事故から8か月後にようやく高次脳機能障害を疑われた診察記録が積まれていた。
「MRIには異常所見なし」「初診時の意識障害なし。よって事故との因果関係は認められない」
相手方保険会社の主張は冷徹だった。しかし、かつて社交的だった15歳の少女は、確かに別人へと変わってしまっていた。
「目に見える画像がすべてではありません。8か月の空白、その裏にある真実を法廷で証明しましょう」 弁護士は、日常生活の断片が記された母の手記を手に取った…。
※名古屋地判平成30年3月20日(平成25年(ワ)第3167号)をもとに、構成しています。
<この裁判例から学べること>
- MRIやCTで明確な異常がなくても、PET検査や生活実態などの証拠を総合すれば、高次脳機能障害が認められる可能性がある
- IQが正常範囲であっても、社会的行動障害が就労や日常生活に影響していれば、労働能力喪失が評価され得る
- 事故後しばらく経ってから症状が顕在化した場合でも、合理的な説明があれば因果関係が否定されないことがある
交通事故による高次脳機能障害の認定において、「MRIで異常がない」「知能検査が正常範囲」という理由で、障害の存在自体を否定されてしまうケースは少なくありません。
特に軽度外傷性脳損傷(mTBI)では、現在の画像技術では脳の器質的損傷を捉えきれないことが医学的にも指摘されています。
今回ご紹介する名古屋地裁の判決は、MRI正常、全検査IQ104という一見「異常なし」の状況でありながら、PET検査や日常生活での行動障害を総合的に評価し、労働能力喪失率20%を認めたケースです。
この事例を通じて、画像検査だけに頼らない高次脳機能障害の立証方法を詳しく解説していきます。
目次
📋 事案の概要
今回は、名古屋地判平成30年3月20日(平成25年(ワ)第3167号)を取り上げます。
この裁判は、自転車で通学中の高校1年生(当時15歳)の女子生徒が交通事故に遭い、頭部外傷を負った後、高次脳機能障害が残存したとして損害賠償を求めた事案です。
・原告:事故当時15歳の女子高校生。事故後、性格変化や行動障害が出現
・被告:普通乗用車を運転していた加害者
・事故状況:平成16年7月、愛知県内の丁字路交差点で発生。時速30~35kmで進入した被告車両が、右折しようとした原告の自転車に衝突
・負傷内容:頭部挫創(右側頭部2cm)、両膝・左肘擦過創、全身打撲。頭部がフロントガラスに衝突し、ガラスに凹みと蜘蛛の巣状のひびが発生
・請求内容:高次脳機能障害を主張し、総額約9,452万円を請求
・結果:高次脳機能障害の存在を認め、労働能力喪失率20%として約1,730万円の支払いを命じた(過失相殺後)
🔍 裁判の経緯
「あの日から、娘は別人になってしまったんです…」
原告の母親は、法廷で涙ながらに事故後の日々を振り返った。事故当日、現場で目にした娘は、意識はあるものの、頭から血を流し、前歯が3本折れていた。
娘は事故前、社交的で友達も多く、明るい性格だった。それが事故後、些細なことで激昂するようになり、母親への暴言や暴力が日常的になった。
「『死ね』『うざい』と言って部屋に引きこもる。かと思うと、何もなかったように『一緒にお風呂入ろう』と甘えてくる。感情の起伏についていけませんでした」
学校でも、授業中に携帯電話をいじり、友人は次々と離れていった。頭痛もひどく、「頭頂部がガンガンする」と訴え続け、低髄液圧症候群を疑われて何度も入院治療を受けた。
「医師からは『MRIに異常はありません』と言われ続け、娘の異変を誰も認めてくれない。私の気のせいなのかと、自分を責めました」
それでも母親は諦めなかった。日常生活での娘の変化を詳細に記録し続けた。
「PET検査を受けたとき、やっと説明できる所見が見つかりました。脳全体の酸素消費量が異常に低かったんです」
専門医は「社会的行動障害は通常の神経心理学検査では評価できません。日常生活の中でしか現れない症状なんです」と説明した。しかし、被告側は徹底的に反論した。「画像に異常がない。意識障害もなかった。IQも正常。これらはすべて、脳損傷がないことを示しています」
自賠責保険の事前認定でも「後遺障害に該当しない」と判断されていた。母親の問いかけに、裁判所がどう答えるのか。すべては判決の日に明らかになる。
※名古屋地判平成30年3月20日(平成25年(ワ)第3167号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、原告に外傷性高次脳機能障害が残存していると認定しました。
頭部外傷に関する画像所見の有無だけでなく、事故後の意識障害の有無、認知障害や人格変化といった臨床症状、その程度や経過などを総合的に考慮すべきであるとの判断枠組みを示したのです。
主な判断ポイント
1. 画像所見がなくても脳損傷は否定されない
裁判所は、画像所見が乏しいことのみを理由に、脳損傷の存在を否定することはできないと判断しました。
本件では、次の事情を踏まえて評価が行われました。
- 頭部CT画像において、小出血痕の存在が疑われたこと
- PET検査により、脳全般で酸素消費量の低下が認められたこと
また裁判所は、PET検査の評価については医学的に見解が分かれているとしつつも、脳全体の代謝低下は高次脳機能障害の発症機序と矛盾しないとしました。
さらに、軽度外傷性脳損傷では、びまん性軸索損傷が存在していても、通常の画像検査では病変が捉えられない場合があるとの医学的知見を前提に判断しました。
2. IQ正常でも社会的行動障害は評価される
裁判所は、全検査IQが104と正常範囲であっても、社会的行動障害の存在を否定する理由にはならないと判断しました。
その上で、神経心理学検査では行動障害が明らかにならない場合があるとの医学的知見を踏まえ、暴力・暴言等の社会的行動障害が認められるとしました。
3. 症状出現の時期が遅れても因果関係は否定されない
裁判所は、事故後、原告が強い頭痛などの症状を訴え、低髄液圧症候群を疑って治療が行われていた経緯を踏まえ、高次脳機能障害の症状が外部に認識されるまでに時間を要したとしても不自然ではないと判断しました。
また裁判所は、脳損傷による症状のすべてが受傷直後に明確に現れるとは限らないとの医学的知見を採用しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
画像検査に頼らない立証戦略の重要性
本判決は、MRIに明確な異常所見が認められない場合であっても、高次脳機能障害の立証が直ちに困難になるわけではないことを示した事例といえます。
軽度外傷性脳損傷(mTBI)では画像上異常が確認されない例も一定数存在するとされ、実務上も、画像以外の資料を含めた総合的な立証が重要になります。
本件では、PET所見に加え、日常生活上の具体的な行動変化や専門医の意見が積み重ねて提出された点が、認定につながったものと考えられます。
IQ正常でも労働能力喪失は認められる
裁判所は、認知機能が正常範囲にあっても、就労への影響が認められる場合には、労働能力喪失が評価され得るとの立場を示しました。
高次脳機能障害では、知能低下よりも、対人関係や感情コントロールといった社会的行動面の障害が、就労に影響する場合が少なくありません。
本件では、就労を継続しているという事実のみに依拠せず、職場でのコミュニケーション上の困難や、将来的な職業選択の制約を踏まえた評価がなされました。
「現在就労できているから労働能力に問題はない」とする単純な見方を採らなかった点に、本判決の特徴があるといえます。
日常生活状況報告の重要性
本件では、家族による詳細な日常生活状況報告が、裁判所の判断において重要な役割を果たしました。
母親は、娘の暴言・暴力、感情の急激な変化、買い物での衝動性、職場でのトラブルなど、日常生活での具体的な困難を詳細に記録していました。
こうした記録が、神経心理学検査では表れない社会的行動障害の存在を裏付ける重要な証拠となりました。
画像に異常がなく、知能検査も正常という状況で高次脳機能障害を立証するには、このような地道な記録の積み重ねが不可欠です。
📚 関連する法律知識
高次脳機能障害の認定基準
高次脳機能障害の認定においては、自賠責保険上、次のような要素が総合的に考慮されます。
- 頭部外傷の有無
- 意識障害の有無や程度
- 画像所見または神経心理学的検査結果
本件では、事故態様から認められた頭部外傷の存在、意識障害の経過、PET検査により確認された脳代謝低下といった所見を踏まえて判断が行われました。
軽度外傷性脳損傷(mTBI)の特徴
軽度外傷性脳損傷とは、頭部外傷の程度は比較的軽くても、脳機能に障害が残るケースを指します。
びまん性軸索損傷のような微細な神経線維の損傷は、現在の画像技術では検出が困難なことが多く、MRI上は正常と判断される場合も少なくありません。
社会的行動障害と神経心理学検査の限界
高次脳機能障害には、認知機能の障害だけでなく、社会的行動面の障害も含まれます。
具体的には、次のような症状がみられます。
- 記憶障害
- 注意障害
- 感情コントロールの困難
- 対人関係の問題
- 衝動性の増加
しかし、一般的な神経心理学検査は、主に認知機能を評価するものであり、社会的行動障害を十分に捉えることができません。
そのため、家族による日常生活での観察記録や、就労場面での具体的な困難の報告が、認知機能検査を補完する重要な証拠となります。
🗨️ よくある質問
Q1:自賠責で非該当と判断されても、裁判で覆る可能性はありますか?
A1:はい、可能性は十分にあります。
自賠責で後遺障害非該当と判断されても、裁判では画像所見に限らず、医師の意見書や日常生活上の具体的な支障などを含めて総合的に評価されます。
本件でも、これらの証拠が考慮され、高次脳機能障害の存在が認められました。
Q2:就労を継続できていても、逸失利益は認められますか?
A2:認められる可能性があります。
本件では、原告は公務員として就労を継続し、年次ごとに昇給もしていましたが、労働能力喪失率20%が認定されました。
現在の就労状況のみで判断せず、将来的な就労への影響も考慮された点が特徴です。
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Q3:事故からしばらく経ってから症状が出た場合、因果関係は認められにくいですか?
A3:必ずしもそうとは限りません。
本件では、事故から一定期間経過後に症状が明確になりましたが、他の症状で治療を受けていた経緯や、行動障害は日常生活に戻ってから顕在化しやすいとの医学的知見を踏まえ、因果関係が認められました。
重要なのは、症状の遅発性について合理的な説明ができるかどうかです。
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軽度外傷性脳損傷のケースでは、適切な医学的検査と詳細な日常生活の記録によって、認定される可能性が十分にあります。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
