マレット指の後遺症で慰謝料獲得!コインパーキング追突事故 #裁判例解説
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「あなたの指、完全に伸びないのですね。」
整形外科医が原告の右手環指を診察しながら、カルテに記載している。交通事故から約5か月が経過していたが、指の第一関節が自力では伸ばせない状態が続いていた。
「症状固定とします。マレット指という診断になります。」
ところが、自賠責の後遺障害等級認定では「該当しない」と判断され、原告は愕然とした。損害保険会社からは適切な賠償を受けられるのだろうか。
※東京地判平成24年9月12日(平成24年(ワ)第204号)をもとに、構成しています。
この裁判例から学べること
- 後遺障害認定基準に達しない「軽微な指の機能障害」でも、慰謝料を貰える可能性がある
- 裁判所は、自賠責の認定に縛られることなく、後遺障害の有無・損害を判断できる
- 事故の衝撃の大きさも、慰謝料算定の考慮要素となる可能性がある
交通事故で指に機能障害が残った場合、自賠責保険の後遺障害等級認定で、後遺障害に「非該当」とされても、裁判では損害として認められることがあります。
今回ご紹介する裁判例は、コインパーキングでの追突事故により後遺障害(右手環指の機能障害)が残った原告が、後遺障害等級認定では「非該当」とされたものの、裁判では慰謝料90万円の支払いが認められたケースです。
自賠責保険では後遺障害に該当しないと判断された指の機能障害についても、事故の状況や症状の実情を総合的に踏まえて、裁判所は後遺障害の存在を認め、一定の慰謝料を認定しました。
本記事では、この判断の背景や考慮要素を解説し、後遺障害等級の有無と裁判上の損害認定との関係について整理していきます。
目次

📋 事案の概要
今回は、東京地判平成24年9月12日(平成24年(ワ)第204号)を取り上げます。 この裁判は、コインパーキングで停車中、ノンブレーキで追突された事故により、指に機能障害が残った被害者が、損害賠償を求めた事案です。
- 原告:交通事故の被害者(追突された側の運転者)
- 被告:交通事故の加害者(追突した側の運転者)
- 事故状況:コインパーキング内で停車中の原告車に、被告車がノーブレーキで追突。その衝撃で原告車は押し出され、前方車両に追突してしまった
- 負傷内容:頚椎捻挫、右下腿打撲、右環指伸筋腱損傷(マレット指)
- 請求内容:253万5,250円の損害賠償(治療費、慰謝料、弁護士費用等)
- 結果:99万5,250円の支払いを命じる判決
🔍 裁判の経緯
「まさかあんな場所で事故に遭うなんて思いもしませんでした。」
原告は交通事故を振り返る。都内の側道にあるコインパーキングに停車していた時のことだった。
「突然、後ろから『ドン』という大きな衝撃が…。相手の車はブレーキをかけた形跡もありませんでした。」
被告車のノーブレーキでの追突により、原告車は前方に押し出され、直前に停止していた車両の後部にまで追突してしまった。
「首と足の痛みの他に、右手の指が変になってしまいました。」
原告は頚椎捻挫、右下腿打撲、右環指伸筋腱損の診断を受けて治療を開始。多忙な中、病院や整骨院で約5か月間治療を受けたが、右環指の第一関節が自力では完全に伸ばせない状態が続いた。
「お医者さんからは『マレット指』だと言われました。指の腱が切れているかもしれないと。」
しかし、自賠責保険の後遺障害等級認定では、『一手のおや指以外の手指の遠位指節間関節を屈伸することができなくなつたもの』(14級7号)の後遺障害には「該当しない」と判断され、異議申立てを2回行ったが結果は変わらなかった。
「指の機能に明らかに問題があるのに、なぜ後遺障害として認められないのか理解できませんでした。」
原告は、最終的に裁判での解決を決意した。
※東京地判平成24年9月12日(平成24年(ワ)第204号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、原告の右環指の機能障害について、事故の衝撃、治療経過、後遺症の内容を総合的に考慮・検討し、傷害慰謝料・後遺障害慰謝料あわせて90万円の支払いを認めました。
主な判断ポイント
1.事故の衝撃の考慮
裁判所は、「原告車は、その左右クオーターパネル及びリヤフロアパンが大破」し、「ルーフパネルや左フロントドアパネルまで損傷が波及」するような激しい事故状況だったことを重視しました。
2.治療経過の考慮
裁判所は、以下のような事情に着目しました。
- 原告が「頚椎捻挫,右下腿打撲,右環指伸筋腱損傷といった診断を受ける傷害を負い」、病院及び整骨院に約5か月間で45日通院したこと
- マレット指を裏付ける骨傷・脱臼・腱の断裂に関する検査所見がないこと
- 原告の訴えるDIP関節の「痛み」は、後遺障害診断書に記載されておらず、かつ特定の動作をしたときにのみ発現するに限られること 等
3.後遺症の内容(指の機能障害)の認定
裁判所は、原告の右環指のDIP関節(遠位指節間関節。末梢の関節)の可動域について、以下のように認定しました。
- 屈曲については、可動域制限がない
- 伸展については、他動では可動域制限がないものの、自動では約20ないし30度の可動域制限がある
- DIP関節の可動域約70ないし80度に対し、自動での可動域が約50度ある
4.結論:後遺障害等級非該当でも、損害は認定
上記のような事情を総合的に考慮して、裁判所は、原告のマレット指について、事故との因果関係がある後遺障害として認定しました。
そして、「本件事故と相当因果関係のある慰謝料としては、90万円とするのが相当である」と述べました。
なお、この90万円は、傷害慰謝料、後遺障害慰謝料の合計額として認定されています。
項目 | 原告の請求 | 裁判所の認定 |
---|---|---|
治療費 | 337,001円 | 337,001円 |
通院交通費 | 800円 | 800円 |
傷害慰謝料 | 1,200,000円 | 900,000円 |
後遺障害慰謝料 | 1,100,000円 | |
診断書料 | 5,250円 | 5,250円 |
損害額 | 2,643,051円 | 1,243,051円 |
既払金 | ▲337,801円 | ▲337,801円 |
小計 | 2,305,250円 | 905,250円 |
弁護士費用 | 230,000円 | 90,000円 |
合計(賠償金額) | 2,535,250円 | 995,250円 |
5.本裁判例についてのコメント
本件の原告の通院期間(事故日~症状固定日)は148日です(4.9か月)。
そして、本件の原告の症状には、検査等の他覚所見がありません。
この場合、裁判基準の傷害慰謝料(入通院慰謝料)の相場は、約79万円(≒78万2,000円)となります。

本裁判例では、後遺症の内容も考慮した上で、本来なら約79万円とされる慰謝料を、90万円と認定しています。被害者保護に資する判決といえます。
傷害の部位、程度、被害者側の事情等を踏まえた増額事例は他にもありますが、本件もその一例として評価できるでしょう。
👩⚖️ 弁護士コメント
自賠責認定と裁判での損害認定の違い
この事例は、自賠責保険の後遺障害等級認定で「非該当」とされても、裁判では損害として認められる可能性があることを示しています。
自賠責の基準は比較的厳格で、一定の条件を満たさない限り等級認定されませんが、裁判では個別の事情を総合的に判断して損害を認定します。
軽微な機能障害でも適切な評価を
指の機能障害は日常生活への影響が見えにくいものの、細かい作業や職業によっては重大な支障となる場合があります。
裁判所は、可動域制限の程度が認定基準に照らして比較的軽微であっても、事故の状況や治療経過を踏まえて、相場以上の慰謝料を認定しました。
事故の衝撃度も重要な考慮要素
本件では、車両の損傷状況から事故の衝撃度が大きかったことが、慰謝料算定の重要な要素として考慮されています。車両損傷の程度は、損害認定に影響を与える可能性があります。
📚 関連する法律知識
後遺障害等級認定制度
自賠責保険の後遺障害等級認定は、交通事故による後遺症を14の等級に分類し、各等級に応じた保険金を支払う制度です。
等級認定には厳格な基準があり、症状固定時に一定の自覚症状(例:可動域制限)が残存していることや、その自覚症状裏付ける医学的な他覚所見(例:レントゲン写真、CT・MRI画像)が必要とされます。
マレット指(槌指・つちゆび)について
マレット指は、指先の関節(DIP関節)に急激な屈曲力が働き、伸筋腱が断裂するか、末節骨に骨折を生じてDIP関節の伸展不全を起こす症状です。つき指などで発症することが多く、指先が木づちのように曲がり、下がったような形になります。
裁判における損害認定
裁判では、自賠責保険の等級認定基準に必ずしも拘束されず、個別の事情を総合的に判断して、独自に損害を認定することができます。裁判所は、事故の状況、治療経過、症状の程度、日常生活への影響などを考慮して、適切な慰謝料を算定できるのです。
🗨️ よくある質問
Q1:自賠責で後遺障害非該当でも、裁判なら認めてもらえますか?
A1:自賠責で非該当でも、裁判で後遺障害を認定してもらえる可能性はあります。
ただし、ケースバイケースですから、裁判に訴えれば、必ず後遺障害が認定され、高額の賠償を受けられるというわけではありません。事故との因果関係や症状の程度など、具体的な事情によります。
Q2:指の機能障害はどの程度の慰謝料が期待できますか?
A2:症状の程度や事故の状況によって大きく異なります。
手指の機能障害で認定されうる後遺障害等級は、以下の通りです。
手指の機能障害
- 指が曲がらない機能障害の後遺障害等級
4級、7級、8級、9級、10級、12級、13級、14級 - 上記等級の後遺障害慰謝料
1,670万円〜110万円(裁判基準)
後遺障害等級の認定基準に該当せず、後遺障害には「非該当」という結論が出た場合、裁判でどのくらいの慰謝料が認められるかは、ケースによります。
本裁判例では、90万円の後遺障害慰謝料が認められましたが、より重篤な機能障害があれば、それに応じて金額が増える可能性もあります。
自賠責保険の等級認定のような画一的な基準が設けられているわけではなく、具体的な事情をもとに、裁判官が後遺障害の有無・損害の金額を、個別に判断します。後遺障害慰謝料の額を適正に評価してもらうためには、残存する障害の内容や日常生活・就労への影響などを、具体的かつ丁寧に主張・立証していくことが重要です。
Q3:後遺障害認定の異議申立てはした方がよいですか?
A3:症状に見合わない認定結果の場合は、異議申立てを検討する価値があります。
新たな医学的証拠や意見書の提出により、認定結果が変わる可能性があります。ただし、同じ資料での再申請では結果が変わらない可能性が高いため、戦略的な検討が必要です。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了