代行運転で事故が起きたら保険はどうなる?「保有者」と「他人」の判断基準 #判例解説
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「酒を飲んでいたから、責任を持って代行運転を頼んだんです。なのに、なぜ原告は『他人』として扱われず、自賠責の補償を受けられないのでしょう。」
原告の代理人弁護士は、声を荒らげて、裁判官に訴えた。スクリーンには、右眼を失明した診断書が映し出されている。
そして、原告・吉村としふみは、法廷で、ぽつりとつぶやく。
「代行運転者の運転で起きた事故なのに、私が車の『保有者』だから保険が適用されないなんてあんまりだ…。モモタ自動車保険は冷酷だ。」
裁判官席では、運転代行業界の責任範囲を巡る重要な判断が下されようとしていた。「運転代行で飲酒運転を避ける」という原告・吉村の良識的な判断が、皮肉にも法的責任を複雑化させてしまったー。
※最二小判平成9年10月31日(平成6年(オ)第1370号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。
この記事でわかること
- 代行運転業者は自動車損害賠償保障法上の「保有者」となる
- 飲酒により運転能力を欠いた依頼者は「他人」として扱われる場合がある
- 代行運転の責任関係は運行支配の実態により判断される
飲酒運転による事故を防ぐため、近年利用が拡大している運転代行サービス。しかし、代行運転中に発生した交通事故について、誰が法的責任を負うのかという問題は複雑です。
今回ご紹介する最高裁判例は、代行運転業者が運転する車両に同乗中、交通事故で右眼失明等の重傷を負った被害者が、自賠責保険の保険金支払いを求めた事案です。
自賠責保険では、交通事故で「他人」の生命や身体に損害が生じた場合のみが補償対象とされています。車の「保有者」――つまり車の所有者や実際に使っている人などが被害を受けた場合、その保有者は「他人」に該当しないため、原則として自賠責保険の補償対象外となります。
この裁判では、運転代行業者が自動車損害賠償保障法上の「保有者」に該当するか、また飲酒により運転能力を失った車両の使用権者が同法上の「他人」に当たるかという、代行運転業界における責任関係の根幹に関わる重要な法的判断が示されました。
目次

📋 事案の概要
今回は、最二小判平成9年10月31日(平成6年(オ)第1370号)を取り上げます。 この裁判は、運転代行業者の派遣した代行運転者が運転する車両に同乗中に交通事故に遭い、後遺障害を負った被害者が、自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の保険金支払いを求めた事案です。
- 原告:吉村としふみ(被害者。会社従業員。会社から車両を貸与され、業務・通勤・私用に使用していた)
- 被告:モモタ自動車保険(原告・吉村としふみが会社から貸与されている自動車の自賠責保険)
- 訴外:玉木ゆうじろう(代行運転サービスの運転手。コクミン運転代行サービス㈱に勤務。原告・吉村としふみを乗せて運転代行中、事故をおこしてしまった。)
- 事故状況:代行運転者(玉木ゆうじろう)が運転する車両と、対向車両が衝突
- 負傷内容:原告・吉村としふみは、右眼球破裂等の傷害により右眼失明等の後遺障害を負った
- 請求内容:自動車損害賠償保障法16条1項に基づく保険金支払い
- 結果:上告棄却。原告・吉村としふみの勝訴が確定
※登場人物はすべて仮名です。
🔍 裁判の経緯
「仕事を終えたのは午後6時半頃でした。同僚たちと市内のスナックに行き、翌日の午前0時過ぎまで水割りを8、9杯飲んだんです。完全に酔っていました。」
今回の事故の被害者、吉村としふみは、当時の状況を振り返る。
「でも、飲酒運転だけは絶対にダメだと思ったんです。スナックの従業員さんに頼んで、運転代行業者を呼んでもらいました。」
午前1時頃、代行運転者・玉木ゆうじろう他1名が到着し、吉村としふみは、自分の車の助手席に乗りこんだ。そして、玉木ゆうじろうの運転で、自宅に向かった。
だが、その道中、対向車両との衝突事故が発生してしまったのだ。
「気がついたら病院のベッドの上でした。右眼球が破裂していて、結局右眼は失明してしまいました。」
吉村としふみは、事故にあった車両の自賠責(モモタ自動車保険)に対して、自賠責保険金の支払いを求めた。だが、モモタ自動車保険は支払いを拒否。
「保険会社は『あなたは車の使用権者であり、「他人」に当たらないから保険金は支払えない』と言うのです。でも、私は酒に酔って運転できない状態で、実際に運転していたのは代行運転者でした。なぜ私が『他人』として扱われないのか、納得できません…。」
※最二小判平成9年10月31日(平成6年(オ)第1370号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
最高裁は、運転代行業者が自動車損害賠償保障法上の「保有者」に該当し、飲酒により運転能力を失った車両使用権者は特段の事情の無い限り、同法上の「他人」に当たるとして、被害者の請求を認めました。
主な判断ポイント
運転代行業者の「保有者」該当性
運転代行業者は、車両使用権者の依頼を受けて運転業務を有償で引き受け、代行運転者を派遣して業務を行わせていることから、事故当時、車両を「自己のために運行の用に供していた」として、自動車損害賠償保障法2条3項の「保有者」に該当すると判断しました。
「他人」該当性の判断基準
車両所有者や正当な権原に基づく常時使用者は、「事故防止につき中心的な責任を負う者」として、「運転の交代を命じ、あるいは運転につき具体的に指示することができる立場にある」から、運転を代行する第三者との関係では、原則として「他人」には当たらない。しかし、「特段の事情」がある場合は、例外が認められると判示しました。
そして、本件では、被害者が飲酒により運転能力を欠き、事故防止のために代行運転を依頼し、代行業者が安全運行義務を負ったという関係性から、本件事故当時においては、事故発生防止の「中心的責任」は「代行が負い」、被害者の運行支配は「間接的、補助的なものにとどまっていた」として「特段の事情」を認定し、被害者を「他人」としました。
👩⚖️ 弁護士コメント
代行運転業界への影響
この判決は、代行運転業界における責任関係を明確化した重要な先例です。代行運転業者が法的に「保有者」として位置づけられることで、事故時の責任主体が明確になり、被害者保護が図られています。
一方で、代行運転業者にとっては重い責任を負うことになるため、適切な保険加入や運転者教育の重要性が高まります。業界全体として、安全管理体制の整備が不可欠となっています。
飲酒者の法的地位
飲酒により運転能力を失った状態での代行運転利用について、「他人」性を認めました。これは、飲酒運転防止という社会的要請と被害者保護の観点から適切な判断といえます。
ただし、この判断は、飲酒時の代行運転という特殊な状況での例外的扱いであり、通常の同乗者関係では適用されない点に注意が必要です。
実務上の留意点
代行運転を利用する際は、適切な保険に加入している信頼できる業者を選択することが重要です。
本判例の留意点
本判例では、車の使用権者である原告は「間接的、補助的」な運行支配にとどまると認定され、代行業者側に中心的な運行支配があることから、原告の「他人」性が肯定されました。
もっとも、状況によっては、代行運転中も、車の所有者や正当な使用権者に、一定の注意義務が残存する余地があります。
裁判所は、「運転の交代を命じ」たり、「運転につき具体的に指示」したりできる立場にあるかどうかに着目して、運行支配の程度から「他人」性を判断しています。
そのため、たとえば、酩酊状態から回復し、代行運転者の運転が著しく危険であると認識しながらこれを看過したような場合には、運行支配の再評価がなされ、法的責任の判断に影響を及ぼす可能性があるということに留意すべきでしょう。
📚 関連する法律知識
自動車損害賠償保障法(自賠法)の基本構造
自動車損害賠償保障法(自賠法)は、自動車事故による被害者救済を目的とした強制保険制度です。「保有者」(所有者や使用権者等)が「他人」に損害を与えた場合に、無過失責任を負う仕組みとなっています。
「保有者」とは
自賠責法2条3項の「保有者」とは、「自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供するもの」をいいます。
所有者だけでなく、借用者や管理者も「保有者」に含まれます。運行支配と運行利益の両面から判断されます。
「他人」とは
自賠責法3条の「他人」とは、「己のために自動車を運行の用に供する者」(運行供用者)及び「当該自動車の運転者」を除く、それ以外の者をいいます(最判昭和42.9.29民集88-629)。
「保有者以外の第三者」は、「他人」に含まれます。
しかし、保有者と密接な関係にある者(家族や従業員等)は「他人」に当たらない場合があります。運行支配の実態が重要な判断要素となります。
🗨️ よくある質問
Q1:代行運転中の事故で同乗者が怪我をした場合、必ず保険金が支払われるのですか?
A1:本判例の判断基準に従い、代行運転業者が「保有者」として、飲酒等により運転能力を失った依頼者が「他人」として認定される場合は保険金が支払われます。ただし、個別の事情により判断が分かれる可能性はあります。
Q2:代行運転業者を選ぶ際の注意点はありますか?
A2:適切な保険に加入している業者を選ぶことが重要です。また、運転者の教育体制や安全管理の状況も確認しましょう。料金だけでなく、信頼性を重視した選択が必要です。
Q3:代行運転中に依頼者が運転に口出しした場合はどうなりますか?
A3:具体的な運転指示や交代命令ができる状況では、依頼者の運行支配が強まり、「他人」性が否定される余地はあるでしょう。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了