自転車同士の進路変更事故|イヤホン運転でも「重大な過失」と認められなかった理由#裁判例解説

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自転車同士

「左に曲がる時、後ろを見なかったんですか?」

弁護士の鋭い質問に、被告の女性は顔を曇らせた。法廷のスクリーンには、事故現場の詳細な道路図が映し出されている。

「道路で作業している女性を避けるのに必死でした…まさか後ろから追い越してくるなんて。」

一方、原告席の男性は憤然として反論する。

「警音器も鳴らしたのに!イヤホンで音楽を聴いていたから聞こえなかったんでしょう!」

自転車同士の接触事故で、双方が損害賠償を求めて争う異例の展開。果たして裁判官はどちらの言い分を認めるのか—。

※大阪地方裁判所平成31年3月22日判決(平成29年(ワ)第11539号/平成30年(ワ)第7786号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。

この裁判例から学べること

  • 自転車の進路変更時は左後方確認義務を怠ると過失責任を負う
  • 追い越し時は十分な間隔確保と適切な警音器使用が必要
  • イヤホン片耳装着だけでは重大な過失とは評価されないケースもある
  • 顔の傷跡でも、軽微であれば後遺障害とは認められない

警察庁の統計によれば、自転車が関与した交通事故は令和6年に6万7,531件発生しています。自転車同士の事故もめずらしくありませんが、自転車事故の過失割合はもめることが多いです。

今回ご紹介する事例も自転車同士の事故です。道路上の障害物を避けるために、右に進路変更後、左に戻った先行自転車と、その左側を追い越そうとした後行自転車との間で発生した典型的な進路変更事故で、過失割合が争点になりました。

この事故で注目すべきは、女性がイヤホンをしていたという点です。一見すると「イヤホン運転」が重大な過失として大幅な責任を負わされそうですが、裁判所は意外にもこれを重視しませんでした。

この裁判例を通じて、自転車事故における過失判断の基準、進路変更時や追い越し時の注意義務、さらには後遺障害認定の厳格な基準について詳しく解説します。日常的に自転車を利用する方にとって、事故防止の参考となる重要なポイントが満載です。

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📋 事案の概要

今回は、大阪地方裁判所平成31年3月22日判決(平成29年(ワ)第11539号/平成30年(ワ)第7786号)を取り上げます。 この裁判は、自転車同士の接触事故で、過失割合と損害賠償を争った事案です。

  • 原告:石田しげる(後続する自転車の運転者。大池ゆりこの自転車を左から追い越そうとした。反訴被告)
  • 被告:大池ゆりこ(先行する自転車の運転者。イヤホンを片耳に装着。反訴原告)
  • 事故状況:先行する大池ゆりこの自転車が左に進路変更。その際、大池ゆりこの自転車(前輪等の左側)と、石田しげるの自転車(後輪の右側)が接触。
  • 負傷内容
    原告(石田しげる):頸椎捻挫(通院3日)
    被告(大池ゆりこ):顔面挫傷、両膝挫創、左前腕挫傷等(通院約4か月)
  • 請求内容:
    原告(石田しげる):大池ゆりこに対し、約37万円の損害賠償を請求
    被告(大池ゆりこ):石田しげるに対し、約237万円の損害賠償を請求(後遺障害慰謝料180万円含む)
  • 結果
    ・大池ゆりこは、石田しげるに対し、15万6,312円を支払え
    ・石田しげるは、大池ゆりこに対し、53万2,663円を支払え
    ※過失割合は、石田しげる6割、大池ゆりこ4割

※登場人物はすべて仮名です。

🔍 裁判の経緯

ある朝、その事故はおきた。石田しげるは、慎重に、事故当時を振り返る。

「前を走っている女性が、イヤホンを右耳に装着し、ふらついていたので、危ないから追い越そうとしたんです。ですが、突然、その女性は左側に進路変更してきました。まったく後ろを確認せずに!」

こうして、石田しげるは、前方を走っていた大石ゆりこの自転車と接触してしまった。

「私は、警音器も鳴らしました。」

ただ、実際には、石田のベル(警音器)は、着用していた手袋が接していたため「こもった音」しか出ていなかったようだ。

一方、大池ゆり子は、こう語る。

「たしかに、イヤホンの音量は小さくしていたし、周りの音も聞こえていました。警音器をちゃんと鳴らしてくれていれば、事故は防げたはずです!」

大池ゆりこは、さらに語調を強めた。

「それに、私は、道路の左端で空き缶を整理している女性がいたから、その方を避けるために、右に避けてから、進路をもとに戻しただけです。ふらふら乗っていたわけではありません!」

この事故で、大池ゆりこは、顔などに傷が残ってしまった。

転倒して、顔や膝に大きな傷が…これは立派な後遺障害です。あなたが、強引に追い越そうとしなければ、こんなことにはならなかったのに。180万円の慰謝料は当然の権利です!」

双方が相手の過失を主張し合い、原告が訴えをおこした後、被告も反訴。

今、両者の間で、激しい法廷闘争が繰り広げられているー。

※大阪地方裁判所平成31年3月22日判決(平成29年(ワ)第11539号/平成30年(ワ)第7786号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、双方に過失があったとして、原告(追い越し車両。反訴被告)の過失割合を6割、被告(進路変更車両。反訴原告)の過失割合を4割と認定しました。

傷跡の後遺障害については、傷跡の程度が、認定基準に達していないとして否定しました。

主な判断ポイント

1. 被告(先行車両)の過失責任

裁判所は、「被告は、被告自転車を運転し、左側に進路を変更するに当たり、左方及び左後方を進行する車両の有無及び動静を確認すべき注意義務」を負っていたのに、「これを怠り、左方及び左後方を進行していた原告自転車の有無及び動静を確認することなく左側に進路を変更した」と認定しました。

2. 原告(追い越し車両)の過失責任

一方で、原告についても、「被告自転車を追い越そうとするに当たり、同車との間に十分な間隔を置き、警音器を鳴らすなどして原告自転車を安全に運転すべき注意義務を負っていたのに、これを怠り、被告自転車との間に十分な間隔を置かず、警音器の音を十分に鳴らすことなく」追い越しを試みた過失があると認定されました。

3. 過失割合の根拠

裁判所は「原告は、前方において被告自転車が進行していることを確認していたものであり、被告と比較して、原告自転車と被告自転車との接触を予見することがより容易であったとして、追い越し車(原告)により重い責任を課しました。

4. イヤホン装着の評価

被告のイヤホン装着について、裁判所は「右耳のみに装着しており、両耳に装着していたわけではなく、原告が警音器の音を十分に鳴らしていれば原告自転車の存在を確認することができる状態にあった」として、重大な過失とは評価しませんでした。

5. 後遺障害の否定

被告には、顔面の線状痕(長さ約1.5cm・色素が脱失)と左膝の傷痕(縦約3cm×横約2cm・黒褐色)の傷が残りましたが、これらについては、後遺障害等級の基準に達していないとして、後遺障害慰謝料の請求を全面的に否定しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

進路変更時の安全確認義務の厳格性

本判決で最も重要なのは、自転車の進路変更時における安全確認義務が自動車と同様に要求されている点です。

道路交通法第26条の2第2項では、進路変更時に、他の車両等の進行を妨げることとなるおそれがあるときの進路を変更を禁じた規定です。これは自転車にも適用されます。

車両は、進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならない。

道路交通法26条の2第2項

進路変更前の左後方確認は、自転車運転者の基本的な法的義務なのです。

追い越し車の責任の重さ

興味深いのは、進路変更車に明確な安全確認義務違反があったにもかかわらず、追い越し車の過失割合が6割と高く認定された点です。

これは、先行車の追い越し行為が本来的に危険性の高い行為であり、より高度な注意義務が課されることを示しています。

本件では、追い越し車側に、前方車両の動静を常に注視し、十分な間隔を確保し、適切に警音器を使用するなどの複数の義務違反が認められました。

自転車同士の事故の過失割合

自転車同士の事故については「自転車同士の事故の過失相殺基準(第一次試案、2014年2月公表)」というものがあります。

これは、実際の裁判での判断の相場・視点をまとめた『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』(いわゆる「赤い本」)の下巻に収録されています(令和7年版現在)。

本件では、裁判所は「進路変更車と後続直進車との事故」とも、「追越車と被追越車との事故」ともいうことができると述べています。

赤い本・下巻でそれぞれの過失割合を確認してみると、以下のようなものになります。

原告(反訴被告)がB、被告(反訴原告)がAに相当します。

進路変更車と後続直進車の事故の過失割合

A:進路変更車(先行車)B:後続直進車
基本の過失割合60%40%
Aの著しい過失・重過失+10~30-10~30
Aの合図あり-10+10
Bの側方間隔不十分-10~20+10~20
Bの著しい過失・重過失-10~30+10~30


追越車と被追越者の事故の過失割合

A:被追越車(先行車)B:追越車
基本の過失割合0%100%
A(先行車)のふらつき+10~20-10~20
Aの著しい過失・重過失+10~30-10~30
Bの追抜危険場所-10+10
Bの著しい過失・重過失-10~30+10~30

※「進路変更車と後続直進車の事故」『基準(第一次試案)』より一部抜粋。

■ 不利な修正要素
■ 有利な修正要素

交通事故の過失割合は、事故類型ごとに、基本の過失割合の基本パターンがあります。そして、個別の事情に応じて、修正がほどこされて、最終的な過失割合が決まります。

裁判所は、いずれを適用すべきか明言していませんが、後続車の方が「接触を予見することがより容易」という価値判断に加え、追越時の側方間隔が不十分であったことや、警音器の使用が適切でなかったことなど、個別具体的な事情を総合的に評価し、過失割合を原告6:被告4とする中庸的な判断を示したものと考えられます。

イヤホン装着に対する冷静な判断

近年、「ながら運転」への社会的批判が高まる中、本判決では、イヤホン装着は重大な過失と評価されなかった点は注目に値します。裁判所は、「実際に音が聞こえる状態にあったか」という具体的事実に着目して判断を行っています。

ただし、これは片耳装着で適切な音量の場合に限られるでしょう。イヤホンの両耳装着・大音量での音楽再生など、自転車のベル(警音器)や車のクラクションが十分に聞こえない状況だったと言えるような場合には、依然として重大な過失と評価されるリスクがあります。

後遺障害認定の厳格性

この裁判では、顔や膝に傷を負った女性(被告・反訴原告)が、180万円の後遺障害慰謝料を請求したにもかかわらず、全額が否定されています。

自動車損害賠償保障法の後遺障害等級は極めて厳格な基準で運用されています。

日常生活を送る中で、ご自身が気になる傷跡でも、法的には後遺障害と認定されないケースが多々あります。外貌の醜状については、特に厳しい基準が設けられているのが現実です。

本件の事案傷の後遺障害の認定基準慰謝料相場等級
左膝の傷痕(縦約3cm×横約2cm・黒褐色)下肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの110万円14級
※傷の後遺障害等級なし180万円13級
顔面の線状痕(長さ約1.5cm・色素脱失)顔面に長さ3㎝以上の線状痕290万円12級

なお、実務では、後遺障害の等級に応じて、慰謝料相場があります。

本件では、被告側は、認定基準に該当しないことを前提にした上で、少なくとも後遺障害13級相当であるとして、裁判所に救済を求めていたものです。

📚 関連する法律知識

自転車の交通ルールと法的責任

自転車は道路交通法上「軽車両」として位置づけられ、自動車と同様の交通ルールが適用されます。進路変更時の安全確認義務、追い越し時の安全間隔確保義務などは、自転車運転者にも厳格に課されています。

道路交通法第26条の2第2項では、車両の運転者は進路変更時に、当該車両等の進行を妨げることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならないことが規定されており、自転車にも適用されます。

過失相殺制度の基本原則

民法第722条第2項は、被害者に過失があった場合の損害額減額(過失相殺)を規定しています。自転車事故においても、双方の過失割合に応じて損害額が調整されます。本件のように双方に過失がある場合、相互に損害賠償責任を負うことになります。

後遺障害等級認定の基準

自動車損害賠償保障法施行令別表第二に、後遺障害等級の基準が定められています。

醜状障害については、以下のようなものがあります。

傷の後遺障害の認定基準慰謝料相場等級
「上肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの」
「下肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの」
110万円14級
「外貌に醜状を残すもの」
(例)
・頭部に鶏卵大以上の瘢痕
・頭蓋骨に鶏卵大以上の欠損
・顔面に10円玉大以上の瘢痕
・顔面に長さ3㎝以上の線状痕
・頚部に鶏卵大以上の瘢痕
290万円12級
「外貌に相当程度の醜状を残すもの」
(例)
・顔面に長さ5㎝以上の線状痕
690万円9級
「外貌に著しい醜状を残すもの」
(例)
・頭部に手のひら大以上の瘢痕
・頭蓋骨に手のひら大以上の欠損
・顔面に鶏卵以上の瘢痕
・顔面に10円玉大以上の組織陥没
・頚部に手のひら大以上の瘢痕
1,000万円7級

これらの基準を満たさない傷跡は、後遺障害として認定されません。

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交通事故による顔の傷跡(外貌醜状)の後遺障害認定

🗨️ よくある質問

Q1:自転車で進路変更する時、どの程度の安全確認が必要ですか?

A1:自動車と同様に安全確認が法的に要求されます。

具体的には、変更先の車線に他の車両がいないか、後方から車両が接近していないかを目視での確認が必要です。振り返っての確認が理想的ですが、最低でも斜め後方への視線確認は必須といえるでしょう。

Q2:追い越しをする時の注意点は何ですか?

A2:①十分な間隔の確保、②警音器による存在の知らせ、③前方車両の動静注視が主な義務と考えられます。

特に狭い道路では、前方車両が突然進路変更する可能性を常に想定し、いつでも停止できる速度で走行することが重要です。

Q3:自転車でイヤホンをしていると必ず過失が重くなるのですか?

A3:必ずしもそうではありません。

本判決では、片耳のみの装着で周囲の音が聞こえる状態であれば、それだけで重大な過失とは評価されませんでした。ただし、両耳装着や音量が大きすぎる場合は過失が加重される要素となる可能性があります。

Q4:自転車事故の損害賠償はどの程度になりますか?

A4:重篤な後遺障害が残った場合や死亡事故では、数千万円から1億円を超える賠償額となることもあります。軽傷事故でも数十万円から数百万円の賠償責任を負う可能性があります。

そのため、個人賠償責任保険などへの加入は、もはや必須といえるでしょう。

令和6年4月1日現在、条例で自転車損害賠償責任保険等への加入が義務付けられている全国で34都府県にのぼります(国土交通省「自転車損害賠償責任保険等への加入促進について」)。こうした背景からも、保険加入の重要性は明らかです。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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