「唐突な進路変更」で100%責任認定!非接触のバイク転倒事故で724万円賠償命令#裁判例解説

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過失割合

「波多野さんの車が、いきなり車線変更してきたんです!」

美川さぶろう(67歳)は、法廷で力を込めて語った。彼の右肩は、事故の後遺症で120度までしか上がらなくなっていた。

「私は急ブレーキをかけるしかありませんでした。でもバランスを崩して転倒してしまって…。」

そして、車を運転していた被告・波多野いくおの尋問の番がきた。

「はい。バイクの運転手が操作を誤って転倒したんです。私に責任はありません。」

スクリーンには、事故現場の道路に残された長い擦過痕の写真が映し出されている。果たして、この非接触事故の責任は誰にあるのか…。

※大阪地判平成31年2月26日(平成29年(ワ)第3559号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。

この裁判例から学べること

  • 急ブレーキで転倒しても、適切な回避行動なら過失とはならない
  • 「唐突な進路変更」は相手に瞬間的判断を強いるため重大な過失となる
  • 進路変更時の安全確認義務を怠れば、非接触でも100%の責任を負う

交通事故における過失割合の判断は、当事者にとって極めて重要な問題です。特に、車両同士が直接接触していない「非接触事故」では、責任の所在が争われることが少なくありません。

今回ご紹介する裁判例は、普通乗用車の進路変更により、後方を走行していたバイクが急ブレーキをかけて転倒した事案で、裁判所がバイク運転者の過失を一切認めず、車の運転者に100%の責任があると判断した注目すべきケースです。

67歳のバイク運転者が鎖骨骨折などの重傷を負い、約724万円の損害賠償が認められた経緯を詳しく解説します。非接触事故における過失判断の基準について、理解を深めていきましょう。

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📋 事案の概要

今回は、大阪地判平成31年2月26日(平成29年(ワ)第3559号)を取り上げます。 この裁判は、バイクと車の非接触交通事故における損害賠償請求事案です。

  • 原告:美川さぶろう(被害者。バイク運転者。67歳。給与所得者)
  • 被告:波多野いくお(加害者。車の運転者)
  • 事故状況:市内の3車線道路で、被告・波多野いくおの車両が、進路変更し、原告・美川さぶろうの走行車線に進入。左後方をバイクで走行していた原告・美川は、急ブレーキをかけて転倒、負傷した。
  • 負傷内容:頭部外傷、右胸部打撲傷・右血胸・右鎖骨骨折・右肺挫傷・右肋骨骨折など。症状固定時に鎖骨変形障害(12級5号)の後遺障害が残存。
  • 請求内容:原告・美川さぶろうは、被告・波多野いくおに、約893万円(人的損害866万8,589円、物的損害26万6,062円)の賠償を求めた。
  • 結果:約748万円(人的損害724万1,566円、物的損害23万7,062円)の賠償請求を認容。
    ※過失割合は被告100%

🔍 裁判の経緯

事故現場は、右折専用車線が設けられた3車線の幹線道路。

被害者・美川さぶろうは、時速30〜40キロでバイクを運転していた。すると前方を走行する自動車が、突然、進路変更してきたという。加害者・波多野いくおの車だった。

「ウインカーを出したのも、ほんの直前でした。」

被害者・美川さぶろうはこう語る。

「衝突すると思って、私は急ブレーキをかけました。でも、バランスを崩してしまって…。」

そのまま転倒した美川は、路面を、少なくとも約10メートルは滑走しただろうか。現場には明確な擦過痕が残されていた。

なぜ、加害者・波多野いくおは、突然進路変更したのかー。

それは、第2車線を走行中、前方の車に進路を塞がれ、進めなくなったからだ。波多野いくおの言い分はこうだ。

「交差点で信号待ちをしていました。青信号になったので、第2車線をゆっくり進み始めたところ、前の車が、右折専用車線に入ろうとしたんです。でも右折車線は渋滞で、その車は半分くらいしか入れなかった。だから私は、その車を左側から追い越そうと思い、第1車線に進路変更したんです。」

さらに、波多野はこう続ける。

「私はミラーで確認してから進路変更しました。バイクの運転手が転倒したのは、運転技術が未熟だったからです。左側を通り抜けることもできたはずです。」

被告・波多野は事故の責任を完全否定。被害者・美川の怒りはおさまらぬまま、舞台は法廷へとうつされた。

※大阪地判平成31年2月26日(平成29年(ワ)第3559号)をもとに、構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、「本件事故は、専ら被告の過失により生じたもの」として、被告に100%の責任があると認定し、原告の過失は一切認めませんでした。

そして、裁判所は、被告に、原告に対する「人的損害約724万円、物的損害約23万円、合計約748万円」の賠償を命じました。

主な判断ポイント

1. 被告の注意義務違反

裁判所は、被告が「進路変更の合図を行った直後に、十分に進路の後方の安全を確認しないまま、漫然と進路変更を開始した過失」があると認定しました。

進路変更時には、「十分前から合図」を行い、後方車両等に進路変更の意思を伝えて、かつ安全を確認しながら進路変更すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったとしました。

2. 原告の急ブレーキ行動は適切

原告が急ブレーキをかけて転倒したことについて、裁判所は「急ブレーキをかける際に転倒したこと自体」をもって、過失があるとはいえないと判断しました。

被告車両との車間距離や、原告バイクの速度、路面状況を総合的に検討した結果、「転倒せずに急ブレーキをかけることができたとしても、被告車両に衝突した可能性が高い」として、原告の回避行動を妥当と評価しました。

3. 回避方法の選択について

被告側は「原告がブレーキをかけずに車の左側を通行すれば事故は避けられた。自分には事故の責任がない。」というような主張をしていました。

しかし、裁判所は、被告車両の「進路変更自体が唐突なものであった」として、瞬間的な判断を迫られた原告に他の回避方法を求めるのは酷であるから、被告に事故の責任があると判断しました。

4. 後遺障害の評価・逸失利益の計算

後遺障害で働けなくなった場合、将来の年収の減収分(後遺障害逸失利益)についても、賠償請求が可能になります。

後遺障害逸失利益の図

後遺障害逸失利益については、1年あたりの基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数で算出します。

後遺障害逸失利益の計算方法

本件では、原告の後遺障害について、裁判所は「単なる鎖骨変形のみならず、神経症状を伴ったもの」であるとして、12級の労働能力喪失率14%を認定。

症状固定時67歳の原告については、平均余命の2分の1である8.995年(≒9年)が労働能力喪失期間であると認定し、約408万円の逸失利益を認めました。

基礎年収410万8,460円×労働能力喪失率14%×係数7.1078=408万8,295円

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👩‍⚖️ 弁護士コメント

進路変更時の過失認定における重要な判断基準

この判決は、進路変更事故における過失認定の基準を明確に示した重要な事例です。特に注目すべきは、裁判所が「合図のタイミング」「安全確認の程度」を厳格に評価した点です。

進路変更を行う車両は、単に合図を出すだけでは足りず、あらかじめ合図を行い、後方車両に進路変更の意図を明確に伝えた上で、安全を確認してから実際の進路変更を開始する必要があります。本件では、被告が「合図を出した直後」に進路変更を開始したことが重大な過失として評価されました。

進路変更車両と直進車の事故の過失割合:実務の一般的な相場

実務では、交通事故の過失割合について「別冊 判例タイムズ38」(以下「判タ」といいます。)という書籍を参考に決めることが多いです。

判タは、過去の裁判例の蓄積をもとに、過失割合の相場をまとめた本です。

この判タを参照すると、四輪車が進路変更し、後続する直進・二輪車が衝突してしまった場合の基本的な過失割合は、二輪車20:四輪車80とされています(【225】図)。

A:後続直進車B:進路変更車
基本の過失割合20%80%
Aの15km以上の速度違反+5-5
Aの30km以上の速度違反+15-15
Aの著しい過失+5-5
Aの重過失+10-10
進路変更禁止場所-20+20
Bの合図なし-20+20
Bの著しい過失-5+5
Bの重過失-10+10

■ 不利な修正要素
■ 有利な修正要素

本裁判例の事案に当てはめてみると、被告(進路変更車)は「十分な合図を出していなかった」と評価されているため、「Bの合図なし」に準じた修正がなされた可能性があります。

もっとも、完全に「合図なし」とまではいえないため、「+20%」を適用するのではなく、「+10%」の限度で不利な修正がなされたと見る余地があるでしょう。

本裁判例は、判タにしたがい、おおよそ相場どおりの過失割合が認定された事案と評価できます。

「唐突な進路変更」の法的評価

本判決のもう一つの重要な点は、被告の「唐突な」進路変更が原告に「瞬間的な判断」を強いたことを重視した点です。

交通事故では、「理想的な回避行動」「現実的に可能な回避行動」の間にギャップがありますが、本判決は現実的な観点から被害者の行動を評価しています。「通常人であれば同様の判断をしたであろう」という基準で被害者の行動を評価し、加害者に過度に有利な判断を避けています。

非接触事故における因果関係の立証

非接触事故では、加害者の行為と被害の発生との間の因果関係の立証が重要になります。本件では、事故現場に残された擦過痕の位置や長さ、当事者の証言の整合性などを総合的に検討して、被告の進路変更行為が、原告の転倒の直接的原因であることが認定されました。

このような事案では、事故直後の現場保存や目撃者の確保、ドライブレコーダーの映像などの証拠収集も極めて重要になります。

📚 関連する法律知識

進路変更時の注意義務

道路交通法第26条の2は、車両の進路変更について規定しています。進路変更を行う際は、その進路変更が安全にできることを確認し、かつ、他の交通を妨げることとなるおそれがある場合は進路変更をしてはならないとされています。

(進路の変更の禁止)
第二十六条の二 車両は、みだりにその進路を変更してはならない。
2 車両は、進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならない。
3 (以下、略。)

道路交通法26条の2

また、進路変更の際は道路交通法第53条に基づき、あらかじめその旨を示さなければなりません。合図は進路変更の3秒前には出すことが推奨されています。

(合図)
第五十三条 車両(自転車以外の軽車両を除く。次項及び第四項において同じ。)の運転者は、左折し、右折し、転回し、徐行し、停止し、後退し、又は同一方向に進行しながら進路を変えるときは、手、方向指示器又は灯火により合図をし、かつ、これらの行為が終わるまで当該合図を継続しなければならない。

道路交通法53条1項

合図をおこなう時期
同一方向に進行しながら進路を左方に変えるとき。その行為をしようとする時の三秒前のとき。
同一方向に進行しながら進路を右方に変えるとき。その行為をしようとする時の三秒前のとき。

道路交通法施行令21条1項

注意義務の内容と程度

進路変更時のドライバーの注意義務としては、以下のようなものが考えられます。

  1. 事前の合図義務
    十分な時間的余裕をもって方向指示器により合図を行う
  2. 安全確認義務
    ミラーや目視により後方・側方の安全を確認する
  3. 段階的実行義務
    急激な進路変更を避け、段階的に安全に実行する
  4. 継続的注意義務
    進路変更中も周囲の状況に注意を払い続ける

過失相殺における「予見可能性」と「回避可能性」

交通事故の過失判定では、事故回避の「予見可能性」と「回避可能性」が重要な判断要素となります。本件では、原告にとって被告の進路変更が「唐突」であったことから予見可能性が低く、また瞬間的な判断を迫られたことから現実的な回避可能性も限定的であったと評価されたものでしょう。

一方、被告については、後方車両の存在は容易に予見可能であり、適切な安全確認により事故は回避可能であったとして、より重い責任が認められたといえます。

🗨️ よくある質問

Q1:進路変更事故では、必ず進路変更した方が悪くなるのでしょうか?

A1:必ずしもそうではありません。

たしかに、進路変更を行う車両は、より高い注意義務を負うため、過失割合が高くなることが一般的です。

しかし、適切な合図と安全確認を行っており、直進車に看過できない過失があれば、進路変更をおこなう車両の過失割合が軽減される可能性があります。

Q2:急ブレーキで転倒した場合、必ず自分にも過失がつくのでしょうか?

A2:必ずしもそうではありません。

本件のように、相手の行為が唐突で回避が困難な状況であれば、急ブレーキによる転倒も適切な回避行動として評価される可能性があります。

Q3:非接触事故でも損害賠償は請求できますか?

A3:はい、賠償請求できる可能性があります。

直接の接触がなくても、相手の運転行為が原因で損害が発生した場合は、因果関係が立証されれば損害賠償責任が認められます。ただし、事故状況の詳細な立証が重要になるでしょう。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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