進路変更禁止区間での車線変更が招いた281万円賠償判決#裁判例解説
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「被告は、進路変更禁止区間で車線変更しています。」
原告・くるまや運送株式会社の弁護士が、厳しい表情で法廷に響く声で主張した。
一方、被告・倍賞さくら側の弁護士はこう反論する。
「確かに進路変更はしましたが、禁止区間の手前です。加えて、後続車の運転手の前方不注意を主張します。」
雨の夜、幹線道路で起きた衝突事故。普通乗用車が、後続車の進路を塞ぐように車線変更し、冷凍車(中型貨物自動車)が避けきれず、大破した。過失割合は果たして…。
※さいたま地方裁判所平成28年7月7日判決(平成26年(ワ)第2595号/平成27年(ワ)第2494号)をもとに、構成しています。
この裁判例から学べること
- 進路変更禁止区間での車線変更は重大な過失として厳しく判断される
- 後続車にも前方車の動向に応じた減速義務がある
交通事故における過失割合の判断は、事故の態様や道路状況によって大きく左右されます。特に、進路変更時の事故では、車線変更のタイミングや場所、後続車の対応などが詳細に検討されることになります。
今回ご紹介する裁判例は、雨の夜間に幹線道路で発生した、普通乗用車と事業用冷凍車の衝突事故について争われたケースです。
普通乗用車が進路変更禁止区間で車線変更を行い、後続の冷凍車と接触した結果、過失割合が9対1とされ、普通乗用車側に約281万円の賠償が命じられました。
この事例を通じて、進路変更時の注意義務、事業用車両特有の損害算定、車検費用の取扱いなど、交通事故における重要なポイントを詳しく解説していきます。
目次

📋 事案の概要
今回は、さいたま地方裁判所平成28年7月7日判決(平成26年(ワ)第2595号/平成27年(ワ)第2494号)を取り上げます。 この裁判は、進路変更禁止区間での車線変更により発生した交通事故について、過失割合と損害賠償額が争われた事案です。
- 原告:くるまや運送株式会社(青果等の一般貨物運送を業とする運送会社。被害車両である事業用中型貨物自動車(冷凍車)の所有者)
- 被告:倍賞さくら(加害車両・普通乗用自動車を運転していた女性。)
- 訴外:渥美とらじろう(運送会社の運転手。事故当時、被害車両を運転していた)
- 事故状況:国道上で、普通乗用車が第2車線から第1車線に進路変更した際、後続の中型貨物自動車と衝突。事故後、貨物自動車の運転手・渥美とらじろうは救急搬送され、車両は大破した。
- 請求内容:くるまや運送株式会社が車両損害等として、倍賞さくらに、781万円余りの損害賠償を請求
- 結果:裁判所は、倍賞さくらに、281万3,628円の支払いを命じた
※過失割合は、普通乗用車90%:貨物自動車10%
※登場人物はすべて仮名です。
🔍 裁判の経緯
くるまや運送株式会社のドライバー・渥美とらじろうは、ある土曜日の夜、いつものように市場から野菜を満載した4トン冷凍車を運転していた。目的地は会社の事務所。夜9時頃、国道の第1車線を時速60キロ程度で走行中のことだった。
「突然、隣の車線の乗用車が左のウインカーを出して、こちらに寄ってきたんです。クラクションを鳴らして急ブレーキを踏みましたが、間に合いませんでした。」
一方、普通乗用車を運転していた倍賞さくらは、娘・ゆりを乗せてショッピングセンターから帰宅する途中だった。第2車線を時速40キロ程度で走行し、交差点で左折するため第1車線に移ろうとしていた。
「交差点のかなり手前で左ウインカーを出して、ふつうに車線変更しましたよ。」
これが被告・倍賞さくらの言い分だ。
事故現場は、信号機のある十字路交差点付近。片側3車線の幹線道路で、交差点の手前30メートルにわたって黄色の車線境界線で進路変更禁止区間が設けられていた。雨が降る夜間で、路面も濡れていた。
衝突後、冷凍車は制御を失い、交差点を通過した後、縁石、信号柱、植栽を次々に破壊し、ガソリンスタンドのコンクリートに激突してようやく停止した。普通乗用車の左側面は大破し、フロントドア、リアドアのガラスが割れて車内に散乱した。
くるまや運送株式会社は、修理費約412万円、代車費用約235万円などを含む781万円余りの損害賠償を求めて提訴した。
※さいたま地方裁判所平成28年7月7日判決(平成26年(ワ)第2595号/平成27年(ワ)第2494号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、普通乗用車の運転者について「進路変更禁止区間で車線変更し、後方から直進してきた貨物自動車と接触させた」として重大な過失を認定しました。
一方で、貨物自動車の運転者についても「前方車両が合図を出して進路変更しようとしている場合には、適宜減速等の措置を講じるべき注意義務があった」として軽微な過失を認定し、過失割合を普通乗用車90%、貨物自動車10%としました。
主な判断ポイント
進路変更の場所と態様について
裁判所は、複数回の実況見分結果や車両の損傷状況を詳細に検討し、普通乗用車が「第2車線から第1車線に移ろうとしたのが進路変更禁止区間より手前であったとしても」、後方から直進してきた原告車(貨物自動車)と「接触したのは進路変更禁止区間内」であったと認定しました。
道路交通法26条の2第3項に違反する重大な過失として厳しく判断されました。
後続車の注意義務について
貨物自動車の運転者についても、「前方隣接車線を走行する車両が合図を出し、自車走行車線に進路変更しようとしている場合には、適宜減速等の措置を講じ、進路変更をした前方走行車両と接触しないようにすべき注意義務があった」として、過失10%を認定しました。
損害額の算定について
事業用冷凍車の特殊性を考慮し、代車費用を1日2万円、60日間分として126万円(=2万円×60日×消費税分1.05)を認定しました。
また、事故直前に車検を取得していたことから、残存車検期間相当分の整備費用約50万円(≒51万3117円÷365日×355日)も損害として認めました。
👩⚖️ 弁護士コメント
進路変更時の注意義務について
この判決は、進路変更禁止区間での車線変更に対して極めて厳しい判断を示した事例です。
道路交通法では、黄色の車線境界線を越えての進路変更を明確に禁止しており、これに違反した場合の過失は重大と評価されます。
車両は、車両通行帯を通行している場合において、その車両通行帯が当該車両通行帯を通行している車両の進路の変更の禁止を表示する道路標示によつて区画されているときは、次に掲げる場合を除き、その道路標示をこえて進路を変更してはならない。
道路交通法26条の2第3項
一 (以下、略。)
進路変更を開始した地点が禁止区間外であっても、実際の接触が禁止区間内で発生した場合には、法令違反として扱われます。
運転者は、単に進路変更の開始地点だけでなく、変更完了までの全経路について道路標示を確認する必要があります。
判例タイムズ38の考え方
実務では、東京地裁民事交通訴訟研究会編「別冊 判例タイムズ38 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」を参考に、事故の過失割合を検討することが多いです(以下「判タ」という。)。
判タは、過去の裁判例から、過失割合の相場をまとめた本です。事故態様ごとに過失割合の「基本パターン」と「修正要素」が掲載されています。
判タには、本件のような「進路変更車と後続直進車との事故」の過失割合の相場もあります。
A:後続直進車 | B:進路変更車 | |
---|---|---|
基本の過失割合 | 30% | 70% |
Aの15km以上の速度違反 | +10 | -10 |
Aの30km以上の速度違反 | +20 | -20 |
Aの著しい過失 | +10 | -10 |
Aの重過失 | +20 | -20 |
進路変更禁止場所 | -20 | +20 |
Bの合図なし | -20 | +20 |
Bの著しい過失 | -10 | +10 |
Bの重過失 | -20 | +20 |
■ 不利な修正要素
■ 有利な修正要素
進路変更車と後続直進車の事故では、基本の過失割合は、後続直進車30:進路変更車70です。
これに個別の事情を考慮して、修正を加えます。
修正要素には、本件のように「進路変更禁止場所」での事故の場合、後続直進車に有利に過失割合が修正(-20%)されることになります。
結果、後続直進車10:進路変更車90となります。本裁判例でも、過失割合は原告10:被告90となっているため、判タの相場どおりの判断がなされたといえるでしょう。
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事業用車両の損害算定の特徴
事業用車両、特に冷凍車のような特殊車両については、一般的な乗用車とは異なる損害算定が行われることがあります。本件では、4トン冷凍車の代車費用として1日2万円が認められましたが、同等の特殊車両の確保が困難であることを考慮した結果です。
また、車検直後の事故について、残存車検期間分の整備費用が損害として認められた点も実務上重要です。車検により「1年間公道を走行し得る経済的価値」が付加されたという判断は、同様の事案における参考となるでしょう。
📚 関連する法律知識
道路交通法26条の2(進路の変更の禁止等)
車両は、みだりにその進路を変更してはならず、進路を変更する場合には、後方の状況を確認し、他の車両の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路の変更をしてはなりません。また、車両通行帯の標示が黄色の線で区画されているときは、その線を越えて進路を変更することが禁止されています。
過失相殺の考え方
交通事故における過失相殺は、民法第722条第2項に基づき、被害者にも過失がある場合に損害額を減額する制度です。本件のように双方に過失がある場合、事故態様、道路状況、各当事者の注意義務違反の程度などを総合的に考慮して過失割合が決定されます。
事業用車両の特殊性
事業用車両については、営業上の必要性から代車の確保が不可欠であり、一般車両よりも高額な代車費用が認められることがあります。また、積載物の性質(冷凍・冷蔵等)によっても特殊な車両が必要となるため、損害額が高額になる傾向があります。
🗨️ よくある質問
Q1:進路変更禁止区間での事故の過失割合は、いつも9対1になるのでしょうか?
A1:必ずしもそうではありません。事故の具体的な状況によって過失割合は変わります。本件では、後続車にも前方不注意があったため10%の過失が認定されましたが、後続車に全く過失がない場合は0%になることもあります。逆に、後続車の速度超過や前方不注意の程度が大きい場合は、過失割合がより縮まる可能性もあります。
Q2:車検直後の事故で、車検費用が損害として認められるのはなぜですか?
A2:車検により車両に「一定期間公道を走行できる経済的価値」が付加されたと考えられるためです。本件では、事故の10日前に車検を取得していたため、残り355日分の車検整備費用が損害として認められました。ただし、車検からある程度期間が経過している場合は、この考え方が適用されない可能性もあります。
Q3:事業用車両の代車費用が高額になるのはなぜですか?
A3:事業用車両、特に冷凍車のような特殊車両は、一般的なレンタカーでは代替できないためです。同等の機能を持つ車両の確保が困難で、レンタル料も高額になります。また、代車の必要性・相当性も、請求の前提条件になります。
本件では、定期配送業務の継続のため、代車の手配は必要かつ相当であり、特殊車両のため1日2万円の代車費用も妥当とされました。
車両の種類や地域によっては、本件よりも代車費用が高額になるケースもあるでしょう。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了