「逆突事故」or「追突事故」真実はどっち? #裁判例解説

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追突か逆突か

法廷に響く、相反する二つの証言。

「私は停車していました。後ろから追突されたんです!」

原告・野原みさは力強く主張した。一方、被告・桜田もえも譲らない。

「いえ、違います。停車中の被告の車に、原告車が後退してきてぶつかったんです。」

スクリーンには、同じ損傷パターンを示す両車両の写真が映し出されている。物的証拠からは、どちらが真実かを判別することは不可能だった。

「では、供述の信用性を詳細に検討いたします。」と裁判官の冷静な声が、緊張した空気を切り裂いた。

※大阪地方裁判所平成29年9月22日判決(平成28年(ワ)第10024号・平成28年(ワ)第10411号)をもとに、構成しています。登場人物の名前はすべて仮名です。

この裁判例から学べること

  • 車両損傷だけでは追突と逆突の区別が困難な場合もある
  • 具体的で一貫した証言の方が信用性が高く評価される
  • 後退時だからといって、確認義務は軽減されない

交通事故において「追突」と「逆突」の区別は、過失割合の決定に大きな影響を与えます。

しかし、有力な物的証拠や、事故の瞬間を目撃した第三者がいない場合、どちらが真実かを見極めることは容易ではありません。

今回ご紹介する裁判例は、狭い道路での接触事故において、当事者の主張が真っ向から対立したケースです。

原告は「停車中に後方から追突された」と主張し、被告は「後退してきた車に逆突された」と反論。車両の損傷状況を専門的に分析しても事故態様を特定できない中、裁判所はどのような基準で真実を見極めたのでしょうか。

この事例を通じて、逆突事故における事実認定の困難さと、供述の信用性判断のポイント、そして後退時の注意義務について詳しく解説していきます。現代の交通事故処理における重要な示唆を含んだ判決です。

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📋 事案の概要

今回は、大阪地方裁判所平成29年9月22日判決(平成28年(ワ)第10024号・平成28年(ワ)第10411号)を取り上げます。 この裁判は、狭い道路での車両接触事故において、事故態様(追突か逆突か)、及び過失の有無が激しく争われた事案です。

  • 原告:野原みさ(1歳の幼児を同乗させていた運転者)
  • 被告:桜田もえ(娘と母親を同乗させていた運転者)
  • 事故状況:とある夏の夕方、市内の幅員約3メートルの狭い道路で事故が発生。野原みさは「桜田もえに追突された」と主張する一方、桜田もえは「野原みさに逆突された」と反論。
  • 負傷内容:人身事故はなし(物損事故のみ)
  • 請求内容
    ・原告が被告に対し車両修理費等24万6,331円を請求
    ・被告が原告に対し車両修理費等12万5,858円を反訴請求
  • 結果
    ・原告:請求を全面棄却
    ・被告:反訴請求を全額認容
    ※過失割合は、原告100%:被告0%

※登場人物の名前はすべて仮名です。

🔍 裁判の経緯

「事故が起きたのは、いつも通る慣れ親しんだ道でした。」
そう原告・野原みさは振り返る。

「保育園から帰る途中、娘がチャイルドシートを嫌がって泣くので、助手席と運転席の間に座らせて、左腕で抱えながら運転していました。娘を落ち着かせるために、カーナビでテレビも見せていたんです。」

狭い道路の幅員拡張部分から、さらに狭くなる部分へ進もうとした時、対向車が現れた。

「対向車の運転手が『下がって』という合図をしてきたので、後退しようと考え、ひとまず停車。ギアをバックに入れました。そうしたら、後ろの車が追突してきたんです。」

このとき、原告・野原みさは後続車の確認はしていなかったという。一方、被告・桜田もえの証言は異なっていた。

「私は娘と高齢の母を乗せて、知人宅に向かっていました。前を走っていた軽自動車が停止したので、私も後ろで停車していたんです。」

その直後、原告・野原みさの車が突然バックしてきたという。

「クラクションを鳴らしましたが、止まらずにぶつかってきて。5秒もかからない出来事でした。」
桜田もえは当時の状況を、今も戸惑いをにじませながら語る。

事故後、警察による現場検証でも明確な証拠は見つからなかった。
路面にはスリップ痕もタイヤ痕も残されておらず、双方の車両に生じた損傷パターンも酷似していた。

被害者側・加害者側、双方の専門家の主張も真っ向から対立。

もはや、事故の真実を見極める手がかりは、当事者ふたりの証言にしか残されていなかった。

※大阪地方裁判所平成29年9月22日判決(平成28年(ワ)第10024号・平成28年(ワ)第10411号)をもとに、構成しています。登場人物の名前はすべて仮名です。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、専門的な車両損傷解析を検討した結果、「損傷の状態から本件事故の態様が追突なのか、逆突なのかを判断することはできない」と結論づけました。

その上で、双方の供述の信用性を詳細に比較検討し、「被告が供述する事故態様の方が自然であり、原告供述と被告供述とを比較すると、被告供述の方が信用性が高いとして、原告車による逆突事故と認定し、原告の100%過失を認めました。

主な判断ポイント

1. 物的証拠の限界と専門的解析の検討

両車両に生じた「下から上に向けて入力された損傷」について、原告側の専門意見書は「追突時の重心移動により生じた」と分析し、被告側の反論意見書は「逆突時の緩衝装置の動きにより生じた」と正反対の見解を示した。

裁判所は「いずれの動きが実際に生じたかを判断することはできない」として、物的証拠による事故態様の特定を断念した。

2. 被告供述の信用性が高いとした理由

裁判所は被告の主張する事故状況について、道路の形状から見て、「原告車が左に寄りながら後退して対向車をかわそうとした際」、原告車の後方が、被告車逆突したという事故発生状況には「不自然、不合理な点は認められない」と評価した。

また、原告車が約4.9メートル(約5秒未満)後退する間、被告がクラクションを鳴らしたにもかかわらず、気づかずに逆突した点については、「原告が子供を抱える左腕でバックギアを操作し、右手のみでハンドルを操作して運転していたこと」、カーナビの設定等から「原告の注意が子供にも向けられていたと考えられること」、「原告は、少なくともギアをバックに入れる前に後方を確認していないこと」等から、原告は、後退する際に、「注意が散漫になっていたり、慎重な運転操作ができていなかったり」していたためにクラクションに気づかなかったものといえ、「不自然とはいえない」と裁判所は述べた。

また、「被告が本件事故の後、警察に電話した際に警察官と交わした現場確認等のやり取りに関する供述の内容は、具体的であり、現場の客観的な状況とも合致していて、信用できる」とした。

3. 原告供述の不自然性

原告の主張する事故態様について、裁判所は複数の不自然な点を指摘した。

原告は、「対向車を対向進行させるために、本件広場までバックで戻ろう」と考えていたと供述したが、広場までは相当距離があり、狭くカーブのある上り坂の道路を、左手に子供を抱えたままバックで進むことになる。だが、「原告が左手で子供を抱えたままこのような後退進行をするというのは些か不自然と言わざるを得ない。」と指摘した。

さらに、「本件事故後、上記のとおり後退進行が容易ではない本件道路を被告車と一緒に本件広場まで後退」していったという主張も、被告が本件事故後、被告車を全く動かしていないと述べる点とあいまって、「些か不自然と言わざるを得ない」と述べた。

4. 過失責任の認定

原告には「車両を後退させる際、後方を十分注視して安全を確認し、後方に停止中の車両との衝突を避けるべき注意義務」があったにもかかわらず、後方確認を全く行わずに後退したとして、「もっぱら原告の過失により生じた事故」と認定した。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

逆突事故における立証の困難性

通常の追突事故では、後続車が前車に衝突するという単純な構図です。一方、逆突事故では前車が後退して後続車に衝突するものです。

前車と後車の運転手の主張に食い違いがある場合、事故の発生機序が大きな争点となります。

本件のように、他に有力な証拠がなく、車両損傷の状況だけでは事故態様を特定できない場合、当事者の供述が唯一の証拠となります。

この場合、裁判所は、感覚的に「どちらの証言が正しく聞こえるか」ではなく、客観的な道路状況、車両の性能、運転者の行動パターンなど、あらゆる角度から供述の合理性を具体的に検証します。

たとえば、本件では、原告が主張する「狭い道を後退して、距離の離れた広場まで下がる」ことよりも、被告が主張する「左に寄って後退し、その場で対向車をかわす」ことの方が、実際の道路状況に照らして、自然で無理のない行動だと考えられます。結果、被告の主張の方が合理性があるといえるのです。

裁判の判断では、法律の専門知識だけではなく、「狭い道の後退は難しい」「後退は必要最小限にとどめるのが通常だ」といった、一般の人が日常的に持っている感覚も重要になってきます。

後退時の特別な注意義務

道路交通法は、車両の後退について特別な注意義務を課しています。これは、後退時の視界の制限と操作の困難性を考慮したものです。

特に本件のように、運転者が他のことに注意を向けている状況では、より一層の厳しい責任を問われるでしょう。

「子供を抱えていた」「急いでいた」「道路が狭かった」などの事情は、法的には過失を軽減する要因とはなりません。むしろ、そのような困難な状況であればこそ、基本的な安全確認を怠ってはならないのです。

ドライブレコーダーの重要性

本件のような事案では、ドライブレコーダーの映像が決定的な証拠となり得ます。近年、ドライブレコーダーの普及により、従来は「水掛け論」になりがちだった事故の真相解明が進んでいます。

特に逆突事故では、前車の後退開始のタイミング、後続車の停止状況、双方の運転者の行動などが映像で確認できるため、ドラレコは、事実認定に資するものです。万が一の事故に備えて、前後両方向の録画機能を持つドライブレコーダーの設置をおすすめします。

📚 関連する法律知識

後退時の法的義務(道路交通法第25条の2)

道路交通法では、車両の後退について以下のように規定しています。

(横断等の禁止)
第二十五条の二 車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、道路外の施設若しくは場所に出入するための左折若しくは右折をし、横断し、転回し、又は後退してはならない。

道路交通法25条の2第1項

この規定の背景には、後退時の特別な危険性があります。運転者の視界が大幅に制限され、歩行者や自転車、他の車両を発見することが困難になるため、慎重な安全確認が義務づけられています。

注意義務違反の判断基準

交通事故における注意義務違反は、「その状況において通常の運転者に期待される注意を尽くしたかどうか」で判断されます。本件では以下の要素が考慮されました。

  • 後退前の後方確認の有無
  • 運転環境(子供の同乗、注意散漫な状況)の影響
  • 道路状況(狭い道路、対向車の存在)への対応 など

過失相殺と過失割合

完全に停止している車両にバックして衝突した場合の過失割合は、ぶつけられた側:ぶつけた側=0:100になります。

ただし、徐行していたところに、バックしてぶつけた場合の過失割合は、ぶつけられた側:ぶつけた側=0~30:70~100が相場です。

過失割合は、事故の具体的状況、当事者の注意義務違反の程度、道路環境などを総合的に考慮して決定されます。

🗨️ よくある質問

Q1:車の損傷具合を見れば、追突か逆突かはわかるのではないでしょうか?

A1:必ずしもそうとは限りません。本件のように、双方の車両に同様の損傷パターンが生じる場合があります。車両の構造、衝突速度、角度などにより損傷の現れ方は変わるため、損傷状況だけで事故態様を特定することは困難な場合が多いのが実情です。専門的な解析でも限界があることを本判決は示しています。

Q2:逆突事故を起こしてしまった場合、どのような責任を負うことになりますか?

A2:後退時の後方不注視による逆突事故では、基本的に後退車側の過失が大きく認定されます。本件のように100%の過失とされる場合もあれば、相手方にも一定の過失が認められ70~90%程度となる場合もあります。

刑事責任については、過失運転致死傷罪などに問われる可能性があります。また、行政責任については免許の点数加算や停止処分の可能性があります。

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交通事故の責任は法律上3つある?道義上の社会的責任も重要

Q3:狭い道路での対向車との譲り合いで事故が起きた場合、特別な考慮はされますか?

A3:道路が狭く譲り合いが必要な状況であっても、基本的な安全確認義務は軽減されません。むしろ、危険性が高い状況だからこそ、より慎重な運転が求められます。ただし、相手方に無理な要求や不適切な合図があった場合は、過失割合の修正要素として考慮される可能性があります。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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