後遺障害11級で逸失利益約84万円認定!77歳女性の労働能力#裁判例解説
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「赤信号で渡ってしまったの。今まで頑張ってきたのに、もう以前のようには働けないわ…。」
シルバー人材センターで清掃作業に従事していた小竹さくら(77歳・女性)は、イスに腰掛けながら、ふと涙をこぼした。
事故の後遺症で、脊柱が変形し、足もしびれる。長年続けてきた仕事も、以前のように働くのが難しい。
悩んだ末におこした裁判。
「高齢者であっても、働く意欲と今までの実績があれば、逸失利益は認められるべきなのです。」
弁護人の訴えが、法廷に響きわたった。
※大阪地方裁判所平成27年4月16日判決(平成26年(ワ)第3004号)をもとに、構成しています。登場人物の名前は仮名です。
この裁判例から学べること
- 後遺障害逸失利益は基礎収入、労働能力喪失率、労働能力喪失期間をもとに算定する
- 77歳でも実際に就労していれば、後遺障害逸失利益認められる
- シルバー人材センターの収入を、基礎収入として算定可能
- 後遺障害11級の労働能力喪失率の相場は20%
高齢者の交通事故における損害賠償では、「もう年だから働けなくても仕方ない」と逸失利益が軽視されがちです。しかし、実際に就労している高齢者については、年齢だけを理由に労働能力を否定することはできません。
今回ご紹介する裁判例は、77歳でシルバー人材センターに登録して働いていた女性が、交通事故で後遺障害等級11級の障害を負った事案です。女性には「赤信号無視」という重大な過失があったにもかかわらず、裁判所は彼女の労働能力と将来の収入の機会を評価し、約84万円の逸失利益を認定しました。
この判例を通じて、後遺障害11級における逸失利益の算定方法や認定のポイント、高齢者特有の考慮要素について詳しく解説していきます。
目次

📋 事案の概要
今回は、大阪地方裁判所平成27年4月16日判決(平成26年(ワ)第3004号)を取り上げます。この裁判は、信号機のある交差点で発生した自動車と自転車の衝突事故における損害賠償事案です。
- 原告:小竹さくら(被害者。事故当時77歳。症状固定時78歳。シルバー人材センターで清掃作業に従事)
- 被告:大野しんたろう(加害者。普通乗用自動車の運転者)
- 事故状況:信号機による交通整理が行われている丁字路交差点で、青信号で直進した被告・四輪車、赤信号で横断歩道上を走行中の原告・自転車が衝突
- 負傷内容:左脛骨骨幹部骨折、顔面挫傷、出血性貧血、眼窩骨折、左腓骨骨折、右下腿開放創、頚椎骨折、右頬骨弓骨折。後遺障害等級併合11級
- 請求内容:520万余りの損害賠償
- 結果:被告に対し、310万円余りの支払いを命令。
過失割合は原告70:被告30
※登場人物の名前は仮名です。
🔍 裁判の経緯
「あの日の夕方、いつものように清掃の仕事を終えて帰る途中でした。もう11年余り続けている仕事で、年間82万円ほどの収入を得ていました。息子夫婦と同居していましたが、家事も手伝いながら、まだまだ働けると思っていたんです。」
事故当時77歳だった原告女性は、市内の丁字路交差点で自転車に乗って横断歩道を渡っていた際、普通乗用自動車と衝突した。対面の信号は赤だった。
被告・大野しんたろう側は「青信号に従って直進しました。ですが、自転車が赤信号を無視して横断してきたのです。」と主張し、過失相殺率80%を求めた。
一方、原告・小竹さくら側は、「被告の車は、原告女性を発見してブレーキをかけてから22.1メートルも走行している。制限速度40キロを明らかに超過していたはずです。」と主張し、過失割合の軽減を求めた。
事故により原告は、左脛骨骨幹部骨折や頚椎骨折など重篤な傷害を負い、約5か月間の入院と長期の通院治療を余儀なくされた。症状固定後も脊柱の変形や左下腿のしびれ等が残存し、後遺障害等級併合11級の認定を受けることになった。
※大阪地方裁判所平成27年4月16日判決(平成26年(ワ)第3004号)をもとに、構成しています。登場人物の名前は仮名です。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告の前方不注視による過失と、原告の赤信号無視による過失を総合的に検討し、原告の過失を70%と判断しました。
その上で、77歳という高齢にもかかわらず、シルバー人材センターへの登録・実際の就労実績を踏まえ、約84万円の逸失利益を認定する判決を下しました。
主な判断ポイント
1. 過失相殺率の判断(70%)
「被告に比べて原告の過失の程度は大きい」としながらも、被告の前方不注視と速度超過の可能性、日没から27分後という時間帯、原告が高齢者(事故当時77歳)で、横断歩道を横断していたことなどを総合考慮し、過失相殺率を70%と判断しました。
2. 高齢者の逸失利益認定
「後遺障害の内容・程度、後遺した部位、原告の年齢、本件事故前の就労状況等を考慮」して、実際の就労実績から基礎収入を82万9,069円、労働能力喪失率を20%、労働能力喪失期間を6年と認定し、後遺障害逸失利益を算定しました。
82万9,069円×0.2×5.076=84万1,671円
3. 人身傷害保険金の損益相殺
「人身傷害保険金は、まず被害者の過失割合分から填補されるべき」として、支払われた474万円余りの人身傷害保険金は全額が原告の過失割合分に充当されるとしました。
👩⚖️ 弁護士コメント
高齢者の労働能力評価における画期的判断
この判決は、高齢者の逸失利益算定において極めて重要な意義を持っています。
後遺障害逸失利益の労働能力喪失期間は、症状固定日から、原則として67歳までの年数になります。
そのため、多くの場合、77歳という年齢であれば「もう働く必要がない」「労働能力は期待できない」として逸失利益が否定されるケースも少なくないでしょう。
しかし、本件の原告は、実際にシルバー人材センターで少なくとも11年間継続して就労していた実績がありました。裁判所は、この点を重視し、年齢のみを理由とした画一的な判断を避けました。
労働能力喪失期間を症状固定時78歳の平均余命13.02年の約半分である6年間と設定したことも、高齢者の就労実体を踏まえた合理的な判断といえます。
後遺障害11級における逸失利益算定の実務
後遺障害11級における逸失利益の算定方法も注目すべき点です。
労働能力喪失率は、被害者の職業、年齢、性別、後遺症の部位、程度、事故前後の稼働状況等を総合的に判断して決まります。
本判決は、脊柱の変形と下肢の神経症状という後遺障害11級の具体的内容を詳細に検討し、清掃作業という原告の職種への影響を個別具体的に評価したといえるでしょう。
労働能力喪失率20%という数値は、11級の一般的な基準である20%をそのまま適用したものですが、高齢者に対してもこの基準を維持したことは画期的です。
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逸失利益の算定方法
後遺障害逸失利益は「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」で算定されます。本件では、基礎収入82万9,069円×労働能力喪失率20%×ライプニッツ係数5.076=84万1,671円となりました。
後遺障害11級の主な症状と労働への影響
11級には様々な症状が含まれます。本件のような「脊柱に変形を残すもの」(11級7号)や「局部に神経症状を残すもの」(14級9号)の場合、デスクワーク中心の職種と肉体労働で、労働能力喪失の度合いが変わってくるといえます。
裁判所は、原告の清掃作業という職種の特性を考慮し、下肢の症状や脊柱の変形が作業に与える具体的影響を評価して労働能力喪失率を判断しました。
後遺障害11級の一般的な逸失利益
労働能力喪失率
後遺障害11級の逸失利益は、労働能力喪失率20%が基本とされますが、実際の算定では被害者の職業や症状により柔軟に判断されます。実質的に腰痛のみが残存している場合、労働能力喪失率が14%に制限されることもあります。
労働能力喪失期間
労働能力喪失期間は、症状固定時から67歳までの年数か、または簡易生命表の平均余命の2分の1のいずれか長い方になります。
そのため、67歳以上の高齢者の労働能力喪失期間は、平均余命の2分の1になります。
また、55歳以上の男性及び50歳以上の女性についても、平均余命の2分の1の年数に対応する係数を使用することが一般的です(症状固定時から67歳までの年数よりも、平均余命の2分の1の年数のほうが長くなるため)。
人身傷害保険金の損益相殺
被害者に過失がある場合、人身傷害保険金はまず被害者の過失割合分から填補され、それを超過する部分のみが損益相殺の対象となります。これにより被害者の実質的な保護が図られています。
🗨️ よくある質問
Q1:後遺障害11級でどの程度の逸失利益が認められますか?
A1:基礎収入や年齢、職種により大きく異なりますが、一般的に労働能力喪失率20%で算定されます。本裁判例では、年収約82万円の77歳女性に対し、約84万円の逸失利益が認められました。
Q2:後遺障害11級の労働能力喪失期間はどう決まりますか?
A2:症状固定時の年齢や職種、症状の内容により個別に判断されます。高齢者の場合は平均余命の半分程度とされることが多く、本件では6年間とされました。
Q3:高齢者でも後遺障害11級の逸失利益は満額認められますか?
A3:年齢のみを理由に減額されることはありませんが、労働能力喪失期間の短縮により総額は若年者より少なくなる傾向があります。ただし実際の就労実績があれば適正に評価されます。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了