駐車場から出てきた原付と直進車が衝突|原付に100%の過失認定! #裁判例解説
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「まさかあんなに近くに車が来ているとは思わなくて。」と、被告は、法廷で申し訳なさそうに頭を下げた。
一方、原告の弁護士は、事故現場の写真を示しながら語り始めた。
「被告は歩道走行という違法行為を行った上、一時停止もせず、右方確認も怠ったまま道路に進入したのです。原告は時速30~40キロで直進していたのに、わずか4.2メートル先に突然現れた原付を避けることなど不可能でした。」
雨の降る夜、千人規模のイベントがおこなわれる大型施設の駐車場出入口で起きた衝突事故。原付に100%の過失が認められた判断とは…。
※名古屋地方裁判所平成22年2月19日判決(平成20年(ワ)第6066号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 路外から道路に進入する時は、一時停止と十分な安全確認が義務になる
- 直進車には、路外進入車の違法行為まで予見する義務はない
- 車両名義がローン会社でも、ローンで車を購入した者(実質所有者)に損害請求権が帰属
- 保険の弁護士費用特約があっても、弁護士費用について加害者に賠償請求し得る
- 評価損は、修理完了後の実際の使用状況も考慮して算定される
道路外からの進入車両と直進車の事故は、日常的によく発生する交通事故の一つです。駐車場やガソリンスタンド、コンビニなどから道路に出る際の注意義務と、それに対する直進車の過失の有無について、しばしば争いが生じます。
今回ご紹介する裁判例は、小雨の降る夜に、大規模なコンベンション施設の駐車場出入口付近で発生した、原付自転車と普通乗用車の衝突事故について、裁判所が被告(原付運転者)に100%の過失を認定した興味深いケースです。裁判所は、被告に対して、保険会社への183万円余りの車両損害賠償に加え、原告への22万円の支払いを命じました。
この事例を通じて、路外進入時の注意義務の内容や、直進車の予見義務の範囲、さらには自動車ローン中の車両における損害賠償請求権の帰属など、実務上重要な論点について詳しく解説していきます。
目次

📋 事案の概要
今回は、名古屋地方裁判所平成22年2月19日判決(平成20年(ワ)第6066号)を取り上げます。 この裁判は、駐車場出入口付近で、路外から進入した原付自転車が、普通乗用車に衝突した交通事故の損害賠償請求事案です。
当事者等
- 原告1:山田ジョージ(普通乗用車の運転者。自動車ローン支払い中)
- 原告2:ビックカー保険会社
- 被告:児島ミドリ(原付自転車の運転者。左方の駐車場から、原告1が走行する車線に進入し、原告1の車両に衝突した)
- 訴外:ケーズエディオン信販会社(山田ジョージの自動車ローンの信販会社)
※登場人物の名前はすべて仮名です。
事故状況等
- 事故状況:夜間、大型施設の駐車場出入口付近で発生
- 負傷内容:人身被害はなく、車両損傷のみ
- 請求内容:原告山田ジョージが55万円、原告ビックカー保険会社が183万1349円の損害賠償を請求
- 結果:裁判所は、被告(児島ミドリ)に対して、以下のとおり支払いを命じた。
・原告1(山田ジョージ)へ22万円
・原告2(ビックカー保険会社)へ183万1,349円
※なお、被告の過失割合は100%と認定された。
🔍 裁判の経緯
事故当日、被害者・山田ジョージは仕事を終えて愛車のアウディで帰宅途中だった。
「小雨が降っていて路面も濡れていたので、いつもより慎重に運転していました。時速30~40キロくらいで、コンベンション施設の前を南に向かって走っていたんです。」と山田ジョージは語る。
そして、コンベンション施設の出入り口付近から、児島ミドリの原付自転車が侵入し、山田ジョージの車に衝突した。
山田はその事故の状況を鮮明に覚えている。「突然、左前方4.2メートルくらいのところに原付が見えました。すぐにブレーキを踏みましたが、もう手遅れでした。2.1メートルほど進んだところで、原付が、私の車の左側面にぶつかってきました。」
山田からすれば、避けられない事故に思える。だが、児島ミドリからは「一時停止もしたし、左右の安全確認もしました。山田さん、あなたが前方をよく見ていれば、原付のライトが見えたはず。車道に進入することも予想できたはずですよね?」と言われてしまった。
山田は、この児島ミドリの言い分に納得できなかった。「原付は、事故直前まで、歩道を南進していたと聞いています。そんな横着なことをしておいて、よくも…。」
山田と児島が同じ方向に進んでいたのなら、山田が児島のライトに気づけなくても仕方ないだろう。それに、現場はガードレ―ルや植え込みがあり、見通しはあまり良くなかったのだ。
山田の怒りは収まる気配がない。「購入したばかりの高級車が大破して、修理費だけで約164万円もかかりました。修理費は保険がおりたけど、事故車になった分の損害(評価損)には、保険金が下りなかった。ローン支払い中なのに…。」
こうして、山田は、評価損と弁護士費用の賠償を求めて、児島に対する賠償請求の訴えを提起した。
また、同じ裁判で、山田側のビックカー保険会社も原告となり、山田の過失0%を主張して、支払済みの約183万円について保険代位し、児島を訴えた。
※名古屋地方裁判所平成22年2月19日判決(平成20年(ワ)第6066号)をもとに、構成しています。登場人物の名前はすべて仮名です。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、「車両を運転して路外から道路上に進入しようとする者は、道路上を走行する車両の進行を妨げないように進入し、車両同士を衝突させないようにする注意義務がある」が、被告はこの義務を怠ったとして、被告の過失を100%と認定しました。
一方で、裁判所は、「被告車が本件道路に進入した時」には、原告はすでに「被告車との衝突を避けられない状況にあった」として、原告には過失がないと判断しました。
主な判断ポイント
1. 路外進入時の注意義務違反
被告は本件道路に進入する際、一時停止して右方の安全確認をすることなく、右方から原告車が迫っているのに気づかないまま被告車を道路に進入させて衝突させており、路外からの道路の進入に際し道路上の走行車両の進行を妨げないようにする注意義務を怠った過失があるとされました。
2. 直進車の予見可能性の限界
「仮に道路に進入する前の被告車の存在を原告が認識し得たとしても、原告が間近に迫っているのに被告車が本件道路に進入してくることまでは予見できない」とし、本件では、直進している原告に路外からの進入を想定した回避措置を取る義務はないと判断されました。
3. ローン中車両の損害賠償請求権の帰属
原告車の登録名義は信販会社でしたが、登録名義が信販会社になっているのは、「原告車の代金が完済になっていないからにすぎず」、自動車保険契約の締結状況等から、実質的所有者は原告であり、損害賠償請求権は原告に帰属すると判断されました。
4. 評価損の算定
財団法人日本自動車査定協会による査定では、事故減価額は38万9000円でしたが、原告車には、技術上の評価損はなく、原告が買い替えせずに使用を継続していることなどを考慮し、修理費の1割強である20万円が相当と判断されました。
👩⚖️ 弁護士コメント
路外進入時の過失認定について
この判決は、路外から道路への進入時における注意義務の内容を明確に示した重要な事例です。特に注目すべきは、被告が歩道走行という道路交通法違反を犯していた事実を重視し、一時停止・安全確認義務違反と併せて総合的に過失を判断している点です。
駐車場やガソリンスタンドから道路に出る際は、必ず一時停止し、左右の安全を十分確認してから進入することが法的義務です。「急いでいた」「雨で見えなかった」は免責事由になりません。
直進車の注意義務の範囲
この判決のもう一つの重要な点は、直進車の予見義務の限界を明確にしたことです。道路を適法に直進している車両に対し、路外からの違法な進入まで予見して回避措置を取ることまでは要求していません。
ただし、これは直進車が漫然運転を許可するものではありません。前方注視義務は当然に存在し、回避可能な状況であれば回避する義務があります。本件では物理的に回避不可能な状況だったため、過失が否定されました。
実務への影響
路外からの進入車との事故では、しばしば直進車にも1~2割程度の過失が認定されることがありますが、本判決は路外進入車の一方的な違法行為について厳格な判断を示しています。今後の類似事案における過失割合の判断に大きな影響を与える可能性があります。
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📚 関連する法律知識
道路交通法上の義務
路外からの進入時の義務(道路交通法25条の2第1項)
(横断等の禁止)
道路交通法25条の2第1項
第二十五条の二 車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、道路外の施設若しくは場所に出入するための左折若しくは右折をし、横断し、転回し、又は後退してはならない。
車両は道路外の施設に出入りするため道路を横断するときは、その場所において交通の妨害となるおそれがある場合は、道路外の施設に出入りしてはならないとされています。
また、出入りする際は、歩行者や他の車両等の正常な交通を妨害しないよう、あらかじめその旨を表示し、できる限り道路の左側端に寄り、かつ、できる限り短時間で出入りを終えるようにしなければなりません。
歩道走行の禁止(道路交通法17条)
(通行区分)
道路交通法17条1項本文
第十七条 車両は、歩道又は路側帯(以下この条及び次条第一項において「歩道等」という。)と車道の区別のある道路においては、車道を通行しなければならない。(以下略)
車両は歩道と車道の区別のある道路においては、車道を通行しなければならず、原付自転車が歩道を走行することは原則として禁止されています。
民法上の損害賠償責任
不法行為による損害賠償(民法709条)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負います。交通事故における損害賠償請求の根拠となる条文です。
過失相殺(民法722条2項)
被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができます。ただし、本件では原告に過失がないと認定されたため、過失相殺は適用されませんでした。
🗨️ よくある質問
Q1:駐車場から道路に出る時はどんなことに注意すべきですか?
A1:必ず一時停止し、左右の安全を十分確認してから進入することが最も重要です。特に見通しの悪い場所では、頭を出して直接目視確認することも必要です。急いでいても安全確認を怠ってはいけません。
Q2:自動車ローンの支払い中、車が事故に遭った場合、誰が損害賠償を請求できますか?
A2:ローン中で名義がローン会社にあっても、実際に使用し、保険料を支払っている人が実質的所有者として損害賠償請求権を持ちます。ローン会社は通常、事故による評価損を問題にしません。
Q3:弁護士費用特約に入っている場合、相手方に弁護士費用は請求できませんか?
A3:この裁判例の事案では、弁護士費用特約で保険から弁護士費用が支払われても、加害者の弁護士費用賠償義務は免除されないとし、被害者は保険からの支払いとは別に、加害者に対して弁護士費用を請求できると判断されました。
ただし、近年の保険実務では、重複不可のケースもあり、その場合、弁護士費用特約の適用を受けた金額の範囲で、保険会社への返還義務が生じることがあります。
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現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了