追突事故で「ロールスロイス」の価値が暴落!? その損害は誰が負担する? #裁判例解説

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「修理歴があるというだけで、この車の価値が600万円も下がるというのですか?」

高級外車の販売店の応接室で、経営者の男性は顔をこわばらせていた。目の前のモニターには、彼が所有する高級車「ロールスロイス・ファントム」の査定結果が映し出されている。

「申し訳ありませんが、事故歴のある車両は市場価値が大幅に下がります。特にこのクラスの車では、完璧な状態が求められますので…」

経営者に寄り添うように、弁護士が静かに口を開いた。

「ローン完済前の車両の評価損も、事故相手に請求できるか、裁判所の判断を仰ぎましょう。」

※大阪地方裁判所平成25年3月22日判決(平成24年(ワ)第4747号)をもとに、構成しています。

この裁判例から学べること

  • 所有権留保付き自動車でも、買主は評価損を請求できる可能性がある
  • 高級車の評価損では、修理費の約3割が認められることがある 
  • 代車費用は、実際に支出した場合に認められる

交通事故で車が壊れた場合、修理費用だけでなく、「評価損」と呼ばれる車の価値下落も損害として認められることがあります。特に高級車の場合、修理をしても「事故歴あり」という事実により、中古市場での価値が大幅に下がることがしばしば問題となります。

今回ご紹介する裁判例は、約3,500万円のロールスロイスが追突事故に遭い、所有者が評価損の賠償を求めた事案です。特に注目すべきは、事故がおきたのがこの高級車がローン完済前で「所有権留保付き」のような状態だったにもかかわらず、買主である会社に評価損の賠償請求権が認められた点です。

この事例を通じて、所有権留保付き車両の損害賠償請求権や、高級車の評価損の算定方法について理解を深めていきましょう。

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📋 事案の概要

今回は、大阪地方裁判所平成25年3月22日判決(平成24年(ワ)第4747号)を取り上げます。 この裁判は、原告所有の高級車に被告車両が追突し、事故による価値下落(評価損)などの損害賠償を求めた事案です。

  • 原告:被害車両(ロールスロイス・ファントム)を所有する法人
  • 被告:追突した加害車両の運転者
  • 事故状況:渋滞に差し掛かり停止した原告車に、被告車が後方から追突
  • 負傷内容:人身損害はない。原告車の後部バンパー、マフラーの割れ、左リアフェンダ下部塗膜ひび割れなど
  • 請求内容:評価損600万円、代車費用114万円、弁護士費用71万円の合計785万円
  • 結果:評価損105万円、弁護士費用10万円の合計115万円の支払いを命じる

人身損害のない事故のことを、物損事故といいます。両者の違いについては『物損事故とは?人身事故との違いや補償内容、対応方法まで』の記事をご参考になさってください。

🔍 裁判の経緯

原告会社の代表の男は、重い扉を押し開け、弁護士事務所を訪れた。

「私のロールスロイス・ファントムに大きな価値下落が生じてしまいました。」と男は語る。

彼の口調は落ち着いていたが、その奥には怒りと悔しさがにじんでいた。

「当社は平成20年12月に初度登録されたロールスロイスを約3,530万円で購入しました。ただ、ローン会社との間で所有権留保契約を結び、完済までは形式上の所有権はローン会社にありました。」

その車は、会社の“顔”でもあった。細部まで磨き抜かれた高級車は、訪れる取引先にもインパクトを与え、経営者としての信用を裏付ける存在だったという。

「事故が起きる前の平成23年9月1日、当社は中古車買取業者と2,400万円で売却する契約を結んでいました。ところが同月19日、渋滞で停車中に後ろから被告の車に追突されたのです。」

不運な事故だった。追突の衝撃で、車体の後部が大きく損傷。まもなくレッカー移動となり、修理工場へと運ばれた。

「事故により後部バンパーやマフラーなどが損傷し、修理費用は約349万円かかりました。しかし問題はそれだけではありません。修理後に同じ買取業者に再評価してもらったところ、価格が1,800万円まで下落していたのです。」

車両は見た目には元通りになったものの、「事故歴あり」という事実が中古車市場において致命的な影響を与えることを、代表は痛感していた。

「結局、当社は平成24年5月にローンを完済して所有権を取得し、同年6月に別の業者に1,600万円で売却しました。本来なら2,200万円以上で売れたはずの車が、事故歴という負の烙印により600万円も価値が下がったのです。」

さらに彼は、事故後の対応でも不満を抱えていた。

「修理期間中は代車が必要でした。被告の保険会社は当初、代車を用意すると言っていたのに、当社が一日3万円という相場を伝えると、一転して用意できないと言い出したのです。仕方なく新車を購入し、修理完了まで38日間使用しましたので、代車費用相当額として114万円を請求したい。」

代表の話が終わるころには、室内には静かな緊張感が漂っていた。高級車の評価損、所有権の所在と賠償請求の主体、代車費用の問題。法的な論点がいくつも複雑に絡み合っていた。

※大阪地方裁判所平成25年3月22日判決(平成24年(ワ)第4747号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、原告の請求を一部認容し、評価損105万円と弁護士費用10万円の合計115万円の支払いを命じました。特に所有権留保付き売買と同様に、立替払契約の場合も、事故後に立替金を完済し自動車の所有権を取得したうえで、売却したときは評価損を請求できるという重要な判断が示されました。

主な判断ポイント

1.所有権留保付き自動車の損害賠償請求権

代金完済まで売主に所有権を留保する約定での売買において、買主は第三者の不法行為があっても(≒ローン返済中の車が事故で損傷しても)残代金支払義務を免れないが、代金を完済すれば所有権を取得するという「期待権」を有していた。買主が不法行為後に代金を完済した場合、「期待権」が現実化し、所有権を取得し得る立場となる。そして、買主は、売主が取得した損害賠償請求権を、所有権の変形物として取得する。
立替金を完済し、車両の所有権を取得した上で、車両を売却した買主は、車両について評価損を請求できる立場にある。

2.高級車の評価損の算定

約3,530万円の高級外車について、事故により商品価値の下落が認められるが、①初度登録から事故まで約2年10月経過していること、②事故から約3ヶ月後の時点での走行距離が約3万1,100キロと一定の走行距離があること、③修理箇所が車両の躯体などの構造部分に及んでいないことから、修理費用の約3割である105万円を評価損として認定。

3.代車費用について

代車費用は修理費用などとは異なり「二次的な損害」であり、実際の代車費用の支払いなどにより現実化すれば、相当な範囲での損害が認められる。しかし、原告は代車費用の支払いがないため、代車費用に関する損害は発生していないと判断。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

所有権留保付き自動車の損害賠償請求権について

本判決は、所有権留保付き自動車について、現時点での所有者(ローン会社)だけでなく、「将来の所有権取得者」である買主にも、期待権に基づく損害賠償請求権を認めました。これは民法536条2項ただし書を参照しつつ、買主保護の観点から導かれた妥当な結論といえます。

実務上、自動車ローンを利用している場合でも、実質的な所有者である買主が事故による損害を被る立場にあります。本判決により、ローン完済前の事故であっても、完済後に買主が損害賠償請求できることが明確になり、買主保護が図られました。

評価損の算定基準について

評価損の算定は裁判例によりばらつきがありますが、本判決では修理費用の約3割を認定しました。なかには、高級車で修理費用の約7割近くの評価損が認められた裁判例もありますが、通常、修理費用の1割から3割程度です。そのため、本判決で認められた評価損の金額は、比較的高い水準にあるといえるでしょう。

重要なのは、原告が主張した「実際の売却価格と本来の時価との差額」ではなく、「事故による客観的な価値下落」が評価損として認められる点です。

一般に、車両の損傷の程度が大きい場合は、修理費は高額になり、車両の価値も大きく低下します。このように、修理費の金額と評価損は比例的な関係にあると考えられるため、実務における評価損の算定方法は、売却価格と時価の差額ではなく、修理費の一定割合とされることが多いです。

代車費用の要件について

本判決は、代車費用を「二次的な損害」と位置づけ、実際の支出がない限り損害と認められないと明確に判示しました。新車を購入した場合でも、その購入費用は代車費用の代わりとはならない点は実務上参考になります。

📚 関連する法律知識

所有権留保付き契約とは

所有権留保付き契約とは、売買代金の完済までは物の所有権が売主に留保される契約形態です。自動車ローンや割賦販売でよく利用され、買主は物の使用・収益権を持ちますが、所有権は売主(ローン会社など)に残ります。

これは買主の債務不履行に備えた担保措置です。

評価損の基本的考え方

事故車の評価損とは、事故による価値下落分のことです。

評価損については、以下のようにまとめることができます。

  • 評価損の本質
    修理しても戻らない「事故歴」による市場価値下落
  • 評価損の算定方法
    裁判例では修理費の約1割~3割の範囲で認定されることが多い
  • 評価損の考慮要素
    車種・車齢・走行距離・修理箇所・修理内容など

評価損の考慮要素について補足

実務では、日本自動車査定協会の中古車算定基準の算定結果を、評価損認定の証拠として提出することがよくあります。ただし、基準があまり明確ではないことから、あくまで参考となる一資料にとどまります。

本件では、被告側から、日本自動車査定協会の基準にしたがって、評価損について反論が出されています。

評価損の主張・反論まとめ

  • 原告の主張
    ローン完済後の平成24年6月時点の時価2,200万円-実際の売却価格1,600万円
    =600万円
  • 被告の反論
    √(基本価格1,980万円×修理費用348万7,970円)÷4.8×運用係数0.6
    =103万8,000円
  • 裁判所の判断
    修理費用(約350万円)×30%=105万円

本裁判例では、修理費の約3割(105万円)と認定されましたが、結果的に、日本自動車査定協会の基準にもとづく計算結果(約104万円)とほぼ同額になっているようです。ただ、実務的にいえば、日本自動車査定協会の基準よりも、低い金額が認定される例も多いです。

実費主義と損害の現実化

交通事故の損害賠償は「実費主義」が原則です。特に本判決で問題となった代車費用のように、修理費以外の二次的損害については、実際に支出したことを証明できなければ認められません。

これは民法709条の「損害」の解釈として、抽象的な利益侵害だけでなく、具体的な財産的損失が現実化していることが必要とされる考え方に基づくものといえるでしょう。

🗨️ よくある質問

Q1:自動車ローン完済前の車両が事故に遭った場合、誰が損害賠償請求できますか?

A1:本判決によれば、ローン完済前でも、買主(ローンの借主)が後に完済することで損害賠償請求権を取得します。ただし、ローン会社との契約内容や保険の取扱いによって異なる場合もあるため、個別に確認が必要です。

Q2:高級車の評価損はどのように算出されますか?

A2:一般的には、車種・車齢・走行距離・修理箇所などを考慮しながら、修理費用の10%から30%程度を目安に、個別に算出されます。なかには、修理費用の40%以上が評価損として認められる例もあります。

なお、評価損の算出では、日本自動車査定協会の基準(√(基本価格×修理費用)÷4.8×運用係数=評価損)も一資料として参考とすることはできますが、絶対的な基準とはなりません。

Q3:代車を借りずに自分の別の車を使った場合、代車費用は請求できますか?

A3:本判決の考え方によれば、実際に代車費用を支払っていない場合は請求できません。代車費用を請求するには、代車利用の必要性、および代車を使用したこととその代金を主張・立証しなければなりません。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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