全損車両の買替諸費用も賠償対象に! 裁判所が認めた「隠れた損害」とは #裁判例解説

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「赤信号で止まっていただけなのに、なぜこんな目に…」

原告代理人の弁護士は、法廷で写真を手に取った。そこには大きく損傷した貨物自動車の姿があった。

「修理費は車両価値を超え全損です。買い替えるしかないのですが、単に時価額だけでは同等車両を再取得できません。買替諸費用も当然、損害として認められるべきです。」

一方、被告側は冷静に反論する。

「当社は車両の時価額のみ賠償すれば足り、買替諸費用まで負担する義務はありません。」

裁判官の判断が、今後の交通事故賠償の行方を左右する瞬間が訪れようとしていた…。

※東京地方裁判所平成13年4月19日判決・平成12年(レ)79号をもとに、構成しています。

この裁判例から学べること

  • 全損車両の時価額算定に、減価償却法が採用される場合がある
  • 全損の際は、買替諸費用も損害として認められ得る
  • 自動車税・自賠責保険料は未経過分が還付されるため、賠償請求できない
  • 自動車重量税は未経過分が還付されないため、賠償請求できる可能性がある
  • 検査登録手続、車庫証明費用、手続代行費用、納車費用も賠償請求し得る

交通事故で車両が全損となった場合、被害者はどこまでの賠償を受けられるのでしょうか。従来から、車両の時価額については争いがないものの、買替えに伴う諸費用についての取扱いは必ずしも明確ではありませんでした。

今回ご紹介する裁判例は、追突事故により全損となった貨物自動車について、単に車両の時価額だけでなく、買替えに必要な諸費用の一部も損害として認めた注目すべき判断です。どのような費用が損害と認められるのか、また車両の時価額はどのように算定されるのかなど、交通事故の物的損害に関する重要な指針を示しています。

この事例を通じて、交通事故における物的損害の賠償範囲について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回の事案は、東京地方裁判所平成13年4月19日判決・平成12年(レ)79号がモデルです。 この裁判例は、赤信号で停止中の普通貨物自動車が追突され全損となり、その損害賠償を巡って争われた事案です。

  • 原告 : 貨物自動車を所有する会社
  • 被告 : 加害車両の運転者
  • 事故状況:赤信号で停車中の原告車両に、被告車両が追突
  • 負傷内容:人身被害はなく、車両の物的損害のみ
  • 請求内容:合計54万6,461円の賠償を求めた。内訳は以下のとおり。
    ・車両時価額:40万9,500円
    ・買替諸費用: 8万6,961円
    ・弁護士費用: 5万円
  • 結果:合計18万6,227万円の支払いを被告に命じた。内訳は以下のとおり。
    ・車両時価額:10万円
    ・買替諸費用: 5万6,227円
    ・弁護士費用: 3万円

🔍 裁判の経緯

「信号待ちで停まっていただけなのに、突然後ろから激しい衝撃がありました。運転していた従業員は幸い怪我はなかったのですが、車は大きく損傷してしまったんです。」と原告の代表は語る。

事故後、修理業者に見積もりを依頼すると、修理費が車両の時価額を上回ることが判明。いわゆる「経済的全損」と判断された。

「8年以上使用した車とはいえ、会社の大切な財産です。同等の車を再取得するには、車両代金だけでなく、登録費用や車庫証明、手続代行費用など様々な費用がかかります。これらもすべて事故がなければ発生しなかった損害です。」

一審では、車両の時価額が10万円と認定され、買替諸費用は認められなかった。これに不服を持った原告は控訴。「車両価値は中古市場の同等車両で40万円程度。また買替諸費用も当然賠償されるべきだ。」と主張した。

被告側は「時価額は税法上の減価償却基準で9万円が妥当。買替諸費用は因果関係がない。」と反論。控訴審では、車両価値の算定方法と、買替諸費用の賠償範囲が争点となった。

※東京地方裁判所平成13年4月19日判決・平成12年(レ)79号をもとに、構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、車両の時価額については、中古車市場における同種同等の車両の価格を認定すべき資料がない本件では、減価償却の方法を参考として時価額を認定することも不合理ではないと判断し、車両時価額を10万円と認定しました。

また、買替諸費用については、全損車両の場合、被害者は元の利益状態を回復するには同種同等の車両を購入するほかなく、これに伴う買替諸費用は、車両の取得行為に付随して通常必要とされる費用の範囲内において、事故による損害と認められると示し、賠償額を5万6,227円と認定しました。

主な判断ポイント

1.車両時価額の算定方法

中古車市場における同種同等車両の価格を示す資料がない場合、減価償却の方法を参考に時価額を算定することは不合理ではない。本裁判例では、初度登録時の新車価格は92万7,000円、自家用乗用車の耐用年数6年、初年度登録から約8年半経過、定率法による6年後の残存率10%等を考慮し、時価額を10万円と認定した。

2.買替諸費用の損害該当性

車両全損の場合、同種同等車両の購入に伴う諸費用は、車両取得に付随して通常必要な費用の範囲内において、事故による損害と認められる。費用の必要性は、費用の性質・内容、取引の実情等を総合考慮して決する。

3.買替諸費用に関する具体的な判断

自動車税・自賠責保険料は、車両所有に伴う費用で、事故により車両が全損になった場合には所定の手続きにより未経過分が還付されるため、損害に該当しない。

自動車重量税は、未経過分が還付されないため、未経過分は損害に該当する。

検査・登録費用、車庫証明費用やこれらの手続代行費用、及び納車費用は、買替えに付随するものとして損害に該当する。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

交通事故の物的損害の範囲

この判決は、交通事故で車両が全損となった場合の賠償範囲について、従来から議論のあった「買替諸費用」を中心に、重要な指針を示しています。すなわち、車両の時価額だけでなく、新たな車両を取得するために必要な諸費用も、事故と相当因果関係のある損害として認めた点で意義があります。

特に注目すべきは、費用の性質に応じて個別具体的に判断している点です。自動車税や自賠責保険料のように未経過分が還付される費用は損害と認められない一方、自動車重量税のように還付されない費用や、検査・登録手続、車庫証明手続、納車費用などの取引上通常必要となる費用は損害として認められています。

買替諸費用を請求する場合の留意点

被害者側としては、車両が全損となった場合、単に時価額だけでなく、買替えに必要な諸費用についても証拠を保全しておくことが必要です。

特に、販売店等から受領した見積書や領収書は必ず入手し、保管しておきましょう。

本裁判例が減価償却法で時価を算出した理由

車両の時価額を算定する場合、同種・同等の中古車市場価格が基本です。

しかし、本裁判例では、中古車市場価格を示す適切な資料がなかったため、原価償却法によって、車両の時価が評価されました。

控訴人(原告)は、業者の見積もりを根拠に、被害車両の時価額を約40万円と主張しました。

しかし、見積りの参考とされた車両は、被害車両よりもはるかに条件がよく、同種同等の車両とは言えないと、裁判所は判断しています。

被害車両見積りで参考にした車両
初度登録平成2年平成5年
走行距離8万9,658キロ2万9,100キロ
本体価格36万円39万円

また、実務上、時価算定の資料として用いられる「レッドブック」についても、平成6年11月~12月版までしか記載がなく、初度登録が平成2年10月の本件車両について時価額を推認する資料とはなりませんでした。

このように、中古車市場価格について適切な資料が得られない事案では、減価償却法で時価が評価される可能性があります。

減価償却法では、初度登録年、新車の価格、事故時の走行距離、減価償却資産の耐用年数等を踏まえて、時価額が算出されます。

📚 関連する法律知識

物的損害の賠償範囲

交通事故による物的損害の賠償範囲は、民法709条の不法行為に基づく損害賠償の一般原則に従います。すなわち、事故と相当因果関係のある損害が、賠償の対象となります。

なお、車両損害については、以下のような基礎知識を理解しておくことも重要です。

全損と分損の違い

  • 全部損壊(全損)
    修理不能な場合、あるいは修理費が時価額を超える場合(経済的全損)をいう。
    原則として、時価額が賠償額となる。
  • 一部損壊(分損)
    修理が可能な場合、修理費が時価額を下回る場合は、分損となる。
    修理費が賠償の対象となる。
全部損壊
(全損)
一部損壊
(分損)
内容・修理できない
・修理費>時価
・修理費<時価
賠償額車両の時価*修理費

* 通常、「事故当時の車両時価額(消費税含む)-事故後の車両金額(スクラップ代金を含む。)+買替諸費用」となる。

  • 時価額の算定方法
    同種同等の中古車市場価格を基準とするのが原則。
    適切な資料がない場合は、減価償却法など他の合理的方法も許容される。

賠償請求できる項目

物的損害として賠償請求できる項目には、車両の時価や修理費だけでなく、評価損、代車費用、レッカー代・移動費用等も含まれます。

詳しくは『物損事故とは?人身事故との違いや補償内容、対応方法まで』をご覧ください。

買替諸費用の取扱い

本裁判例が示した「全損の場合の買替諸費用」については、以下のように整理できます。

買替諸費用の賠償基準

  • 買換諸費用は、車両の取得行為に付随して通常「必要」とされる費用の範囲内において、事故による損害と認められる
  • 「必要」とされる費用かどうかは、当該費用の性質・内容、取引の実情等を総合的に考慮して決する

本裁判例での具体的な判断内容をまとめると、以下のとおりです。

費用 賠償 理由
自動車税
自賠責保険料    
車の所有に伴う費用。
未経過分の還付あり
自動車重量税車検証交付等で課税。
未経過分の還付なし
検査登録費用 
車庫証明費用
車の取得の都度、必要な法定の手数料
手続代行費用
納車費用
取引実務上、通常、販売店に依頼する

🗨️ よくある質問

Q1:車両が全損と判断される基準は何ですか?

A1:一般的には、修理不能な場合、または修理費が車両の時価額を上回る場合に「全損」と判断されます。本裁判例では、修理費用等が事故時の車両時価額を上回ったため全損と認定されました。

Q2:車両の買替えをせず、賠償金を別の用途に使うことはできますか?

A2:損害賠償金の使途は被害者の自由です。ただし、買替諸費用については実際に車両を購入することを前提に認められているものですので、実務上は買替えの意思を示すことが重要になる場合があります。

Q3:自分で手続きをした場合、手続代行費用は請求できますか?

A3:自分で手続きをした場合は、手続代行費用を実際に支出していないため、手続代行費用の賠償請求は難しいでしょう。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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