修理したのに30万円も価値が下がる?自動車事故の「評価損」が認められた判決 #裁判例解説

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「179万円の修理費で元通りになったって?冗談じゃないわ!この車、事故歴があるって知れたら価値が下がるのよ!」

原告会社の代表・X氏は、法廷でそう訴えかけた。スクリーンには被告・Y氏が信号無視でおこした衝突事故の衝撃映像と、骨格部分まで損傷した高級SUVの写真が映し出されている。

「確かに外観上は修理されていますが、市場では事故車として評価が下がります。それが『評価損』です。」

原告側弁護士の言葉に、被告側は顔をしかめた。

「現代の修理技術なら完璧に直せます。評価損なんて認められない。」

この「目に見えない損害」をどう判断するのか、評価の行方が、今まさに裁判官の口から明らかにされようとしていた…。

※大阪地方裁判所令和1年7月19日判決(平成30年(ワ)5687号)をもとに、構成しています。

この裁判例から学べること

  • 事故車は修理しても「評価損」として損害賠償が認められ得る
  • 骨格部位に影響が及ぶ損傷は、評価損の重要な判断材料となる
  • 修理費と評価損の合計が時価額を超えても、経済的全損とならない場合がある

交通事故で車が損傷した場合、修理費用の負担は当然として請求できますが、「修理しても車の価値が下がる」という損害についてはどうでしょうか。

今回ご紹介する裁判例は、交通事故により骨格部位にまで損傷を受けた車両について、修理費用とは別に「評価損」として33万4000円の賠償が認められた事例です。事故車は中古市場において価値が下がるという事実を、裁判所が明確に認定しました。

また、評価損がある場合の「経済的全損」(修理費用が時価額を上回ると賠償額が時価額に制限されるかどうか)についても、本判例は重要な判断を示しました。この判例から、交通事故における物的損害の考え方について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、大阪地方裁判所令和1年7月19日判決(平成30年(ワ)5687号)を取り上げます。 この裁判は、信号無視の被告車両に衝突された原告側が、人的・物的損害の賠償を求めた事案です。

当事者

  • 原告1:X氏(被害車両の運転者)
  • 原告2:X氏が代表を務める会社(被害車両の所有者)

  • 被告:Y氏(加害車両の運転者)

事故状況等

  • 事故状況:被告が信号無視して交差点に進入し、青信号で進行中の原告が運転する被害車両と出合い頭に衝突。その衝撃で、原告の運転する
  • 被害車両は、電柱にも衝突した。
  • 負傷内容:原告X氏は外傷性頸部症候群、右母指打撲傷の傷害を負った。
  • 請求内容:原告X氏の人的損害と、原告会社の車両修理費、代車使用料、評価損等の賠償。
  • 結果:原告X氏の請求全額(72万1444円)と、原告会社の請求の一部(33万4000円)が認容された。

🔍 裁判の経緯

「まさか赤信号を無視してくるとは思いませんでした。私は青信号で交差点に入ったんです。」とX氏は当時を振り返る。

「タバコを探していたとかで脇見運転していたらしいです。衝突の衝撃は相当大きくて、エアバッグまで開きました。車は右前部を強打して、さらに電柱にも衝突してしまったんです。」

事故直後、X氏は救急車で病院に搬送された。

「頸部の痛みと右手の打撲で、数カ月通院することになりました。車の方も大きな損傷を受けて、修理費は179万円、代車代は15万円もかかったんです。」

修理は完了したものの、X氏の会社は、新たな問題に直面した。

「うちの会社の車は、初度登録から2年、走行距離5万6千キロほどの国産SUV車でした。事故で骨格部分まで損傷したため、専門家による査定で『評価損』が30万4000円あると診断されたんです。」

加害者の共済組合は修理費と代車代は支払ったが、評価損については「現代の修理技術では外観上も機能上も欠陥は残らない」として支払いを拒否。

「うちの会社としては納得できなかった。修理しても、事故歴のある車は中古市場で価値が下がるのは常識です。」とX氏は主張した。

※大阪地方裁判所令和1年7月19日判決(平成30年(ワ)5687号)をもとに、構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、原告車両について30万4000円の評価損を認めました。

理由としては、「本件事故による衝撃は相当程度に大きなものであり、原告車両は、その衝撃によって骨格部位にまで影響が及ぶ損傷を受けている」ため、「原告車両は、中古車市場において、走行性能や安全性能に関わる部分に本件事故の影響が及んでいる可能性があると見られることから、交換価値の下落が生じやすい」というものです。

主な判断ポイント

1.評価損の認定

裁判所は、事故の衝撃の大きさ、骨格部位への損傷の影響、車種、走行距離、初度登録からの経過期間等を総合的に考慮して、30万4000円の評価損を認めました。

被告側の「現代の修理技術では欠陥が残らない」という主張に対しては、「評価損の有無は、必ずしも客観的な外観上及び機能上の欠陥の残存のみで判断すべきものとは解されない」として退けました。

2.経済的全損の判断基準

裁判所は、修理費と評価損の合計額が、事故前の車両の時価を上回ってはいるものの、買替諸費用も含めて判断すれば「経済的全損」にはあたらないとし、賠償額を「時価額」ではなく、「修理費と評価損の合計額」と認定しました。

もっと詳しく

経済的全損かどうかは、賠償額の算定に大きく関わります。

修理費が、事故当時の車両時価額および買替諸費用の合計を上回ると、「経済的全損」と評価されます。

経済的全損と分損の違い

  • 経済的全損
    ・「修理費」が「車両時価額+買替諸費用」を上回る場合。
    ・賠償額は「車両時価額-事故後の車両金額+買替諸費用」
  • 分損
    ・「修理費」が「車両時価額+買替諸費用」を下回る場合
    ・賠償額は「修理費」

本件では、評価損の取り扱いが争点となりました。

被告の主張は「経済的全損かどうかを考える際は『修理費用+評価損』と『時価額』を比べるべきであり、本件の賠償額は209万円ではなく、200万円に制限されるべきだ。」というものでした。

しかし、この被告の主張は「買替諸費用」を考慮していない点で問題があります。

裁判所は、「仮に、経済的全損について、『車両修理費と評価損』の金額の合計を基準とすべき見解に立ったとしても、上記合計と比較するべき金額は、『事故前の時価相当額と買替諸費用』の合計である」と判断しました。

さらに、裁判所は、買替諸費用が9万円を上回ること(職務上顕著)を踏まえ、原告車両は経済的全損の状態にあるとは評価できず、車両修理費と評価額の各金額は、いずれも制限されない」、つまり修理費と評価損は全額賠償の対象になると認定。被告の主張を退けました。

3.人身傷害の治療期間と通院慰謝料

被告側は「治療期間は長くとも事故から3ヶ月程度」と主張しました。

しかし、裁判所は原告の症状が被告側共済組合の一括対応打ち切り後も続いていたことを認め、約4ヶ月間の通院と62万円の通院慰謝料を認めました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

評価損が認められるための条件

今回の判決で特に注目すべきは、修理後の車両について「評価損」が明確に認められた点です。裁判所は、事故車両の交換価値の下落を認定する際に、単に外観や機能の問題だけでなく、中古市場における評価という「市場価値」の観点から判断しています。

評価損が認められるためには、一般的に「骨格部分の損傷」が重要な判断材料となります。フレームやピラー等の骨格部分に損傷があると、走行安全性に心理的懸念が残る等の理由から、中古市場では大きく価値が下がります。本件では、右フロントサイドメンバーの修理や、右フロントインサイドパネル及びフロントクロスメンバーの交換を要する骨格損傷があったことが評価損認定で重視されています。

経済的全損の考え方

本判決では「経済的全損」の判断基準についても重要な指摘がなされています。被告側は「修理費(1,790,964円)と評価損(304,000円)の合計が、時価額(2,000,000円)を超えるため経済的全損だ」と主張しましたが、裁判所は「時価相当額と買替諸費用の合計」と比較すべきとの考え方を示しました。

つまり、修理費と評価損の合計が時価額を超えるだけでは経済的全損とは判断されず、「時価額と買替えに要する諸費用(登録費用、税金等)の合計を超えた場合に経済的全損になる」という判断がなされました。この点は、今後の交通事故賠償実務においても参考になるでしょう。

📚 関連する法律知識

車両の「評価損」とは何か

「評価損」とは、事故によって損傷を受けた車両が修理されても、(1)外観や機能に欠陥を生じたり、(2)事故歴があることによって中古市場における価値が下落したりする場合に認められる損害(格落ち損)のことです。

車両の損傷の部位や程度、修理内容、車種、初度登録からの経過年数、走行距離等の具体的事情を考慮して、価値の下落が認められる場合、評価損が認められます。

評価損が認められやすい条件の例

  • 高級車である。人気車種である
  • 初度登録からの経過年数が短い
  • 走行距離が少ない
  • 損傷の部位・程度、修理内容が車両の構造上の重要部分(≒骨格)であり、性能・外観への影響が懸念される

車両の「評価損」の算定方法

評価損の算定方法としては、車種、走行距離、初度登録からの期間、損傷の部位・程度、修理の程度、自動車査定協会等の専門機関による「事故減価額証明書」における査定等を考慮して、修理費用の一定割合を評価損とする方法が多いでしょう。

注意点としては、事故減価額証明書に記載された減価額がそのまま、評価損として認定されるわけではないということです。

経済的全損の判断基準

「経済的全損」とは、一般に、修理費用が車両の価値を超えるために、修理よりも買い替えの方が経済的に合理的と判断される状態を指します。本判決では、「修理費と評価損の合計額」と、「車両時価額に買替諸費用を加えた金額」とを比較し、前者が後者を超える場合、経済的全損になるという考え方が示されました。

つまり、単に修理費が時価額を上回るだけでなく、修理費と評価損を、時価額と買替え諸費用が上回るかどうかを考慮して、総合的に経済的合理性を判断すべきということです。この考え方は、実際の損害賠償実務において重要な指針となります。

🗨️ よくある質問

Q1:車の評価損は必ず認められるのでしょうか?

A1:すべての事故で評価損が認められるわけではありません。骨格部分(フレームやピラー等)に損傷があった場合で、エアバッグが作動するような大きな衝撃が加わったケースでは、評価損が認められる可能性が高くなります。一方、外板部分のみの損傷では、評価損が認められないケースも多いです。

評価損が認められやすい修理箇所

  • フレーム
  • クロスメンバー
  • フロントインサイドパネル
  • ピラー
  • ダッシュパネル
  • ルーフパネル
  • フロアパネル
  • トランクフロアパネル
  • ラジエーターコアサポート 等

また、国産人気車種では初期登録から5年、走行距離6万キロを超えると評価損が認められにくくなる傾向があるといわれています。

Q2:評価損の立証はどうすればいいですか?

A2:自動車査定協会等の専門機関に依頼して「事故減価額証明書」を作成してもらうことも多いです。この証明書には、車両の損傷状況や修理内容に基づいて、中古市場での価値下落額が明記されています。本件でも、この証明書が一証拠となりました。ただし、評価損の認定は、車種、年式、損傷の程度等の諸事情も総合的も考慮され、判断されるケースが多いです。

Q3:買替諸費用とは具体的に何ですか?

A3:買替諸費用には、新車または中古車を購入する際にかかる諸費用が含まれます。具体的には、自動車取得税、自動車税、登録費用、車庫証明費用、リサイクル料金、納車費用等が該当します。本判決では、具体的な内訳は示されていませんが、買替諸費用も考慮して、経済的全損かどうかを判断すべきとされました。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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