空手選手VS右折車!横断歩道事故で施術費半額認定の波紋【裁判例解説】

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やっぱり右足に力が入らない…

空手道場の生徒が心配そうに見つめる中、全日本クラスの空手家である原告は苦痛に顔をゆがめた。横断歩道上での自転車事故から24日後に控えた大会。軸足となる右足の股関節痛が思うような練習を許さない。

だが、諦めるわけにはいかない。この痛みと共に戦うしかない…

彼は歯を食いしばり、接骨院での施術を重ねながら出場を決意した。そして大会当日、驚くべき結果が待っていた…

※東京地方裁判所令和1年(ワ)第11703号 令和3年7月14日判決をもとに構成しています。

この裁判例から学べること

  • 交通事故の損害賠償では、症状と事故との相当因果関係が重視される
  • 被害者が事故後も運動を続けていた場合、治療の必要性・相当性が慎重に判断される 
  • 接骨院などの施術費は、症状経過や活動の状況により一部しか認められない時がある 
  • 信号機のある交差点での事故は、自動車よりも、自転車の過失が小さくなる

交通事故による損害賠償請求において、治療費や通院慰謝料などの損害項目の認定には、「事故と損害との相当因果関係」が重要な判断基準となります。

今回紹介する裁判例は、空手教室を主宰する被害者が自転車で横断歩道を通行中に右折車両と接触し負傷した事案です。被害者は頚部捻挫や腰部捻挫などの傷害を負いましたが、事故からわずか24日後にはフルコンタクト空手の大会で優勝するという特徴的な経過をたどりました。

裁判所は、この事実をどのように評価し、どの程度の治療期間や損害額を認定したのでしょうか。特に、本件では、接骨院での施術費について、「空手の稽古や試合に伴う身体の不具合」と「事故による怪我」との区別が争点となりました。本件の判断は、スポーツ活動を続ける被害者の損害賠償請求において参考になるものです。

📋 事案の概要

今回は、東京地方裁判所令和1年(ワ)第11703号 令和3年7月14日判決を取り上げます。 この裁判は、被害者が自転車で横断歩道を通行中、右折してきた普通貨物自動車と衝突して負傷し、その損害賠償を求めた事案です。

  • 原告(被害者): 空手教室を主宰する男性
  • 被告(加害者):普通貨物自動車の運転者及びその使用者である会社
  • 事故状況:信号機による交通整理が行われている交差点において、青信号に従って横断歩道上を進行した被害者(自転車)と右折進行した加害車(普通貨物自動車)が衝突
  • 負傷内容:頚部捻挫、腰部捻挫、右股関節捻挫、右膝関節捻挫、右下腿打撲、右大腿打撲
  • 請求内容:213万2812円の損害賠償請求
  • 結果:102万5619円の損害賠償請求が認容(一部認容)

🔍 裁判の経緯

師範、事故の状況をもう一度詳しく教えてください。

弁護士は穏やかな声で、空手家の被害者(原告)に尋ねました。

被害者は、当時を思い出しながら弁護士に話し始めました。

あの日は道場での稽古を終え、自転車での帰り道でした。青信号を確認して横断歩道に進入したんです。右後方から左折してくる車があったので一旦停止して、それが通り過ぎるのを待っていました。その直後、対向車線から右折してきた被告の車と衝突したんです。

被害者は、事故後は、なんとか自力で自転車で帰宅しましたが、翌日には痛みがひどくなって接骨院に行きました。頚部や腰部、右股関節に痛みがあり、特に右股関節の痛みが強く、5日後には病院も受診しました。

また、空手の大会目前であり、空手の練習にも不都合が生じていたようです。

完全には休めませんでした。当時は全日本クラスの選手として活動していて、事故の24日後には大会があったんです。パンチ(突き)中心にして練習は続けていました。右足が軸足になる蹴り技が特に痛くて…でも何とか大会には出場して、優勝することができました。

治療については、病院と接骨院に約半年通っていたようです。

接骨院では週に2〜3回の施術を受けていました。事故から1か月後には頚部や右下腿の痛みはほぼ消えましたが、腰部と右股関節の痛みは長引きました。空手の稽古は週5〜6回続けていましたが、右足を使う蹴り技がなかなかできず、特に空手をするときに右股関節に痛みが出ていました。

※東京地方裁判所令和1年(ワ)第11703号 令和3年7月14日判決をもとに構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

上記のような事実関係をもとに、被害者は原告として訴えを提起し、裁判所は次のような判断をくだしました。

判決の要旨

裁判所は、原告の請求を一部認容し、被告(および被告の使用者)に対して、102万5619円及びこれに対する遅延損害金を連帯して支払うよう命じた。

なお、過失割合については原告5%、被告95%と認定し、治療期間については事故後約3か月半(事故日から同年8月末日まで)が相当であると判断した。

また、接骨院での施術費については、事故による受傷のほかに、「空手の稽古や試合に伴って生じた身体の不具合の緩和・改善」の要素も含まれているとして、その5割のみを認めた。

主な判断ポイント

1.過失割合について(原告5:被告95)

裁判所は、被告には進行方向にある横断歩道上の自転車等の有無を確認して進行すべき注意義務を怠った過失があり、原告には左右の安全を十分に確認して進行すべき注意義務を怠った過失があるとして、過失割合を原告5%、被告95%と認定した。

2.受傷内容との因果関係を認めた

裁判所は、原告の受傷(頚部捻挫、腰部捻挫、右股関節捻挫、右大腿打撲傷、右下腿打撲傷、右膝関節捻挫)と本件事故との因果関係を認めた。なお、被告側は原告が空手の稽古を行っていることから空手による受傷の可能性を主張した。しかし、原告の受傷部位が右側に広範囲に生じており、①空手の稽古で片側のみに受傷するとは考え難いこと、②本件事故態様と整合することなどから、裁判所は、本件事故による受傷と認定された。

3.治療期間を約3か月半と認定した

裁判所は、①本件の事故の衝撃はそれほど大きくなかったこと(車体の損傷はバンパーの擦過傷、原告は自転車に乗って帰宅②事故から24日後には原告がフルコンタクトルールの空手大会で優勝していること、③事故から約1か月後には頚部痛及び右下腿部痛はほぼ消失していたこと、④約3か月後には右股関節痛の他覚的所見の消失(スカルパ三角の圧痛が消失、パトリックテストが陰性)などから、本件事故と相当因果関係を有する治療期間を事故日から同年8月末日まで(約3か月半)と認定した。

4.接骨院の施術費は5割のみ認めた

裁判所は、診療を担当した医師が接骨院における消炎鎮痛措置を継続する方針を取ったことから、接骨院での治療の必要性自体は認めた。しかし、①症状が徐々に消失し、特定部位の痛みだけが残っていたにもかかわらず5部位すべての施術を受けていたこと②ほぼ2日に1回という高い頻度で施術を受けていたこと、③事故後も空手の稽古や試合を継続していたことなどから、接骨院での施術には空手の稽古や試合に伴って生じた身体の不具合の緩和・改善の要素も含まれるとして、施術費の5割のみを認めた。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

治療費の因果関係判断について

本件では、被害者が事故後も空手の稽古や大会への出場を継続していた点が、治療費の必要性判断に大きく影響しました。裁判所は、治療費が、事故との相当因果関係のある損害かどうかを厳格に判断するため、被害者の「普段の生活状況」を重視しています。

特に注目すべきは、接骨院での施術費の判断です。裁判所は、被害者が空手の稽古を継続していたことから、接骨院での施術には「空手の稽古や試合に伴って生じた身体の不具合の緩和・改善の要素も含まれている」と判断し、施術費の5割のみを認めました。

このような判断は、スポーツ選手など日常的に身体に負荷をかける活動をしている被害者の損害賠償請求においてよく見られるものです。交通事故による症状と、日常的な活動による身体への負荷を区別は難しいため、裁判所は治療費の相当因果関係を慎重に判断します。

過失割合の判断について

本件では、信号機による交通整理が行われている交差点での事故であり、裁判所は被害者の過失を5%と低く認定しました。これは、青信号に従って横断歩道を横断中の自転車のほうが、法的に保護されることを示しています。

ただし、被害者側にも「左右の安全を十分に確認して進行すべき注意義務」があることを裁判所は指摘しており、完全な無過失とはされていません。横断歩道を通行する際も、自転車は周囲の状況に注意を払う必要があります。

📚 関連する法律知識

交通事故における「相当因果関係」について

交通事故の損害賠償請求において、「相当因果関係」は極めて重要な概念です。これは、事故と損害との間に法的に認められる因果関係があるかどうかを判断する基準です。

  • 相当因果関係が認められるためには、その損害が事故から通常生じうると認められる必要があります
  • 治療費については、事故による症状を治療するために必要かつ相当な範囲内のものだけが認められます
  • 被害者の行動や生活状況によって、治療期間や治療内容の相当性が左右されることがあります

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交通事故で後から痛みが…対処法と因果関係の立証方法は?判例も紹介

接骨院・整骨院の施術費について

交通事故の損害賠償において、接骨院・整骨院の施術費が問題となるケースは少なくありません。

  • 医師の指示や処方に基づく接骨院・整骨院での施術は、治療の必要性が認められやすいです
  • 医師の指示なく長期間・高頻度で接骨院に通院している場合、施術費の全額が認められないことがあります
  • 特に、被害者が事故後もスポーツなど身体に負荷のかかる活動を継続している場合、施術費の一部のみが認められることが多いです

交差点事故の過失割合について

信号機のある交差点での交通事故における過失割合について、一般的には以下のような基準があります。

  • 青信号により横断歩道上を進行する歩行者・自転車は、法律的にみて強く保護されており、過失割合は低くなる傾向があります
  • ただし、歩行者や自転車であっても、左右の安全確認義務は免除されず、一定の過失が認められることがあります
  • 右折車両は直進車両や横断歩道上の歩行者・自転車に対して、特に注意する義務があり、過失割合は高くなる傾向があります

🗨️ よくある質問

Q1:交通事故後にスポーツを続けていると、損害賠償に影響がありますか?

A1:交通事故後にスポーツを続けることは、治療費や通院慰謝料などの損害項目の認定に影響を与える可能性があります。本件のように、スポーツによる身体への負荷と事故による症状とを区別することが難しい場合、裁判所は治療費の一部のみを認める判断をすることがあります。ただし、スポーツ活動を続けていても、医師の指示に基づく適切な治療であれば、相当因果関係が認められる可能性は高まります。

Q2:接骨院・整骨院の施術費は、交通事故の損害賠償でどこまで認められますか?

A2:接骨院・整骨院の施術費が交通事故の損害賠償として認められるかどうかは、①医師の指示の有無、②施術の必要性・相当性、③症状と事故との因果関係、④施術の頻度や期間などを総合的に考慮して判断されます。本件のように、高頻度・長期間の施術や、事故と関係のない要素(スポーツ活動など)が関与している場合は、施術費の一部のみが認められることがあります。医師の診察を受け、その指示に基づいて接骨院・整骨院での施術を受けることが重要です。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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