納車前の新車事故、評価損は?―裁判所が認めた「新車の価値」 #裁判例解説
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「新車なのに事故って…こんな傷だらけじゃ、受け取れません!」
吉野さくらは憤りを隠せない様子で、自動車販売店の水戸うめ太郎に詰め寄った。
「確かに納車前の事故で傷がついてしまいましたが、完璧に修理はしますよ。」と、販売店の水戸はなだめるが、吉野の落胆はおさまらなかった。
「でもそれじゃ『新車』とは言えませんよね?事故歴のある車なんて、価値が下がるに決まってます。」
水戸は困ったように眉をひそめ、頷いた。
「わかりました。では別の新車を用意します。ただし、事故による損害は、追突した相手に請求しないといけませんね。」
そして舞台は法廷へ。この事故の加害者である野田ふじ男を含めた三者の運命を決定づける判決の瞬間が、今まさに迫っていた…。
※大阪地判令和3年1月29日(令和1年(ワ)第6883号/令和2年(ワ)第337号)をもとに、構成しています。登場人物は仮名です。
この裁判例から学べること
- 納車前の新車の交通事故には「評価損」が認められることがある
- 新車の価値は、一度の事故・修理で大きく下がる
- 代車費用は、実際の修理期間より長期間でも認められる場合がある
- 交通事故の損害は、実際に損害を被った被害者から請求できる
- 被害者が複数名いる場合は、それぞれが加害者に請求できる
交通事故による自動車の損害賠償には、通常、修理費や代車費用などが含まれます。しかし、新車が事故に遭った場合、目に見える損傷がすべて修理されたとしても、「新車としての価値」が失われるという特殊な損害(評価損)が生じます。
今回ご紹介する裁判例は、納車前の新車が交通事故で損傷し、購入者及び自動車販売店が、修理代、代車代、評価損、弁護士費用の賠償を求めた事案です。
裁判所は、事故歴・修理歴のある車両には「新車同様の価値が認められない」として、25万円超の評価損を認めました。この裁判例は、自動車の価値と損害の考え方、そして交通事故の賠償責任がどのように分配されるかについて、重要な示唆を与えています。
📋 事案の概要
今回は、大阪地判令和3年1月29日(令和1年(ワ)第6883号/令和2年(ワ)第337号)を取り上げます。
この裁判は、納車前の新車が交通事故で損傷し、購入者・自動車販売店の経営者が、加害者に対して、新車の評価損など物的損害の賠償請求をした事案です。
購入者が、自動車販売店の経営者に対して、代替車両を要求したことで、代車代の範囲についても争点となりました。
当事者
- 原告1:吉野さくら(新車購入者)
- 原告2:水戸うめ太郎(自動車販売店経営者)
- 被告:野田ふじ男(加害車両の運転者)
事故状況等
- 事故状況:被告野田の運転する普通貨物自動車が、大型貨物自動車に追突。その大型貨物自動車は、原告吉野が購入した新車を積載していた。
- 負傷内容:原告吉野の購入した新車が損傷。
- 請求内容:
・原告吉野は、被告に対し、修理費用、代車費用、評価損、弁護士費用(計89万1,852円)の支払いを請求。
・原告水戸は、 被告に対し、修理費用、評価損、弁護士費用(計69万4,767円)の支払いを請求。 - 結果:裁判所は、被告に対し以下を命じた。
・原告吉野に対する21万9,800円(代車代19万9,800円、弁護士費用2万円)の支払いを命じた。
・原告水戸に対する58万6,263円(修理費用27万6,285円、評価損25万6,978円、弁護士費用53,000円)の支払いを命じた。
🔍 裁判の経緯
「せっかく新車を買ったのに、納車前に事故で傷ついてしまったなんて…」
吉野さくらは、ダイハツウェイクの新車を178万円(=車両本体 167万4000円-値引き 5万8789円+特別仕様 5万9597円+諸費用 9万6052円)で購入し、納車を心待ちにしていた。
吉野はもともとタントで通勤していたが、同居の長男が就職してもう1台通勤用の車が必要になったため、タントを息子に譲り、ウェイクを自分用に購入したのだ。
しかし、喜びもつかの間、納車前、ウェイクを輸送する貨物自動車に、被告野田ふじ男の運転する大型貨物自動車が追突。そして、野田の荷台に積まれた梯子が、あろうことか吉野の新車ウェイクの後部に衝突し、車体が損傷してしまった。
「修理すれば元通りになるって言われても、それはもう新車じゃない。事故歴のある車なんて、価値が下がるに決まっています。」
吉野は、販売店の水戸うめ太郎に対し、事故車ではなく別の新車を納車するよう求めた。水戸はこれに応じ、約1カ月後に代替車両を発注。そして、事故から約70日後、吉野に新車が納車された。
その間、吉野は、販売店の水戸から代車を借り、通勤などに使用。一方、水戸は事故車を修理し、約31万円の値引きをして他の顧客に販売した。
吉野と水戸は「事故による損害は、追突した野田ふじ男さんに請求するしかない」 と意気込んだものの、示談交渉は不調に終わり、裁判へと発展した。
※大阪地判令和3年1月29日(令和1年(ワ)第6883号/令和2年(ワ)第337号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、納車前の新車が交通事故により損傷した場合、たとえ損傷が軽微で修理されたとしても、「新車としての価値が害された」という意味で評価損が発生すると認定しました。
また、新車購入者が損傷した車両を受け取らず代替車両を求めたことは当然であり、その納車までの74日間の代車費用も認められるとしました。
主な判断ポイント
1.評価損の発生
「新車の価値は未使用であることによってはじめて維持されるもの」であり、事故歴・修理歴のある車両には新車同様の価値が認められない。本件車両には「新車としての価値が害された」という意味で評価損が発生した。
2.評価損の額
損傷車両を水戸が第三者に売却する時、車両本体価格から31万5767円の値引きがされたが、新車販売時にも通常値引きが行われること、本件でも吉野・水戸間の売買契約において5万8789円の値引きが行われたことを考慮し、その差額25万6978円を評価損として認めるのが相当である。
31万5767円-5万8789円=25万6978円(評価損)
3.代車費用の期間
購入者は新車を購入する契約を締結したのであるから、損傷した車両の修理ではなく新車の納車を求めるのは当然。修理に必要な期間を超えたとしても、代車利用の必要性・相当性に欠けるとはいえない。
代替車両の納車までに74日間を要したが、その間の示談交渉等を考慮すると、損害を殊更に拡大させたとはいえず、74日間の代車費用が認められる。
👩⚖️ 弁護士コメント
新車の評価損について
交通事故による車両の評価損は、一般的には車両の構造部に損傷が及び、修理後も機能上の支障が残存する場合(技術上の評価損)、あるいは事故歴・修復歴二より商品価値の下落が見込まれる場合(取引上の評価損)に認められるものです。しかし、本判決では「新車」という特殊性に着目し、構造部への損傷がなくても「新車としての価値が害された」として評価損を認めました。
新車は未使用であることによってはじめて価値が維持されるもので、一度でも使用された車両は中古車扱いとなります。さらに事故・修理歴があれば、その価値はさらに下がります。本判決は、このような市場の実態を適切に反映したものといえるでしょう。
代車費用の期間について
交通事故の賠償において、代車費用が認められる期間は通常、修理に必要な期間に限られることが多いですが、本件では「新車購入」という契約内容の特殊性から、事故日から代替車両の納車までの全期間(74日間)を認めました。
これは、契約上、購入者が修理された事故車両ではなく新車の提供を求める権利があることを前提としています。こうした契約内容に着目した判断は、民法上の債務不履行責任と不法行為責任の交錯を意識したものといえるでしょう。
当事者間の法律関係について
本件では、購入者(吉野さくら)と販売店(水戸うめ太郎)がともに原告となって加害者(野田ふじ男)に損害賠償を請求するという複雑な構図になっています。裁判所は、当事者間の合意により、車両の損傷に係る損害(修理費用や評価損)は販売店の損害として整理し、代車費用は購入者の損害と判断しました。
このように、交通事故による損害が発生した場合でも、実際にその損害を負担した人に応じて、損害賠償の請求先や内容が変わることがあります。そのため、加害者に対してどのような損害を請求できるかは、当事者間の契約内容や、誰がどの損害を実際に負担したかといった事情を踏まえて、慎重に検討する必要があります。
📚 関連する法律知識
交通事故における物的損害の種類
交通事故における物的損害には、以下のようなものがあります。
- 修理費用:事故により損傷した車両を修理するための費用
- 代車費用:修理期間中に代替車両を借りるための費用
- 評価損:修理後も残る車両の価値減少分
- 休車損害:事業用車両が使用できないことによる営業損失
評価損の考え方
評価損は通常、以下の場合に認められる可能性があります。
- 車両の構造部(フレーム等)に損傷が及んだ場合
- 修理後も機能・性能に影響が残る可能性がある場合
- 車両の性質上、価値が著しく減少する場合(本件の「新車」がこれに該当)
評価損の金額は、一般的に修理費の一定割合(10%から30%程度)とされることが多いですが、本判決では実際の値引き額をもとに算定しました。
新車購入契約の法的性質
新車を購入する契約は、特定の車両ではなく「新車」という性質を持つ商品を購入する契約(種類物売買)として解釈されることがあります。
そのため、納車前に事故が発生した場合、買主は修理された車両ではなく、別の新車の納車を求める権利があると解されます。
🗨️ よくある質問
Q1:中古車が事故に遭った場合も同様に評価損が認められますか?
A1:中古車の場合、新車ほど明確な評価損は認められにくいですが、車両の価値に明らかな減少があれば評価損が認められる可能性があります。特に、事故による構造部の損傷や、修理後も残る性能への影響が懸念される場合は評価損の対象となり得ます。
ただし、評価損の金額は、事案によりけりです。
判例の傾向として、評価損が認められるかどうかの目安は次のとおりです。中古車であっても、これらの基準が一つの目安となるでしょう。
評価損の目安
- 外国車または国産人気車種の場合
初年度登録から5年、走行距離にして6万キロ程度を超えると、評価損が認められにくくなる。 - 国産車の場合
初年度登録から3年以上、走行距離にして4万キロ程度を超えると、評価損が認められにくくなる。
また、希少なクラシックカーの場合、評価損が高額で認められるケースもあります。
クラシックカーの評価損
- カブリオレ*¹
・製造年月:昭和41年製
・初度登録:昭和45年
・事故年 :平成24年
・走行距離:2193キロ
→修理費用の約7割相当(300万円)の評価損が認められた。 - マセラティ・ミストラル*²
・製造年月:昭和42年製
・初度登録:平成7年
・事故年 :平成30年
・走行距離:1万2300キロ
→修理費用の約5割相当(218万円)の評価損が認められた。
*¹ 東京地判平29.3.27 交民50-6-1641
*² 東京地判令5.23.14 交民56-1-196
Q2:代車費用はどのような場合に認められますか?
A2:代車費用は、①日常生活や業務に車両が必要であること、②実際に代車を使用したこと、③相当な期間・金額であることが認められれば請求可能です。
通常は修理期間中の費用が認められますが、本件のように特殊な事情がある場合は、それ以上の期間でも認められることがあります。
なお、複数の車両を所有しており、代替が可能な場合には、代車費用の請求はできません。
Q3:自分で代車を借りずに知人の車を借りた場合、代車費用は請求できますか?
A3:レンタカー会社等から実際に代車を借りていない場合、代車費用は請求できません。
しかし、交通費(例:ガソリン代)などの実費として、支出した費用を、相当な範囲内で請求できる可能性があります。
ただし、金額の立証が難しいケースもあるため、可能であれば領収書等の証拠を保管しておくことをお勧めします。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了