違法営業パブのアルバイト学生、軽微な追突事故でも休業損害が認められた事例【裁判例解説】

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大学生のAは、追突事故が原因で、バイトをしばらく休んだので、保険会社に賠償を求めた。

「違法パブのバイト代だって?冗談じゃない!そんなの休業損害として賠償できませんから!」

保険会社の担当者は、納得いかない様子で、こう続ける。

「通学だってできていたんだから、仕事を休むとしても、せいぜい2か月程度でしょう? 」

すかさずAも、反論する。

「首の痛いし、吐き気もあります。本当に働けなかったんです。このままじゃ…」

どうやら話し合いでは解決できそうにない。Aは、自分の生活を守るために、今まさに、裁判に立ち向かう決意をしようとしていた。

※大阪地方裁判所平成12年(ワ)第9092号、平成13年7月12日判決をもとに、構成しています。

この裁判例から学べること

  • 頸部捻挫は、画像所見がなくても、長期間の治療の必要かつ相当と認められ得る
  • アルバイト先が違法な店舗営業でも、収入は、休業損害の基礎収入になり得る 
  • 休業損害は、症状の回復に応じて、逓減率(割合)を加味して、算定され得る 
  • 通院交通費は、実際の利用が不明確な場合でも、必要かつ相当な範囲で認められ得る

交通事故の損害賠償において、休業損害の算定は被害者の収入に基づいて行われますが、その収入の性質や証明方法については様々な争いが生じることがあります。

今回ご紹介する裁判例は、同性愛者対象のパブでアルバイトをしていた大学生が交通事故に遭い、その収入を基礎として休業損害が認められた事例です。パブの営業が違法であったとしても、アルバイト店員の休業損害には影響しないとした点が特徴的です。

また、画像所見や神経学的所見がない頸部捻挫でも、相当期間の治療が必要と認められた事例として、治療の必要性・相当性の判断において参考になります。交通事故の損害賠償請求において、どのような事情が考慮されるのか、詳しく見ていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、大阪地方裁判所平成12年(ワ)第9092号、平成13年7月12日判決を取り上げます。 この裁判は、被害者が、赤信号で停車中の軽四輪貨物自動車に後方から追突され、その加害車両の運転手に対して、損害賠償を請求した事案です。

当事者

  • 原告(被害者):大学4年生。服飾関係の専門学校にも通う。事故前より、喫茶店と違法パブのアルバイトをしている。
  • 被告(加害者):軽四輪貨物自動車の運転者

事故状況等

  • 事故状況:原告車両が赤信号で停車中、被告車両が前方不注視により後方から追突
  • 負傷内容:頸部捻挫、左膝打撲等の傷害
  • 請求内容:治療費、通院交通費、休業損害、慰謝料など合計328万8160円の損害賠償
  • 結果:原告の請求を一部認容し、192万円の損害賠償を認めた

🔍 裁判の経緯

被害者は、弁護士に事の経緯を話し始めた。

「赤信号で停車中、後ろから追突されたんです。修理費は、たしか21万円くらいでした。」

車の損傷だけではなかった。体にも異変があったという。

「首や膝が痛くて、事故後、すぐに病院に行き、頸部捻挫、左膝打撲の診断を受けました。ただ、レントゲンでは異常が見つからなかったみたいです。」

頸椎捻挫や打撲などによる痛みは、骨折とは違い、レントゲンで異常所見が見つからないことも多い。だが、痛みを感じていたのは事実だろう。

「その後は、自宅の近くの整骨院に通い始めました。病院は遠くて、不便でしたので。もちろん、後日、保険会社の担当者にも伝えて了承を得ました。」

ところが、被害者の症状は、改善しなかったという。

「後頸部の痛みが続き、吐き気などの不調も出てきたので、事故から1ヶ月後、整形外科クリニックにも通うようになりました。検査は陰性でしたが、医師は僕の痛みを分かってくれて、外傷性頚椎症・左膝挫傷後疼痛と診断し、投薬や低周波等の治療をしてくれました。」

治療費については、事故から約7ヶ月分、保険会社が立て替えてくれた。だが、その後も、自費で、治療を受け続けているとのこと。

ちなみに、被害者は、大学4年生で、服飾関係の専門学校にも通っていた。喫茶店と同性愛者向けのパブでのアルバイトもしており、事故前3か月の平均月収は約30万円だった。

「事故後は、専門学校には何とか通えましたが、夜のパブでのアルバイトは体調が許さず、全く働けませんでした。パブでの仕事は、飲み物を運んだり、お客さんの席に座って話し相手をすることが中心でしたが、それが、まったくできなくて…」

示談の話し合いになると、保険会社は「治療費は4ヶ月分しか出せない。余分に立て替えていた分は、慰謝料や休業損害などの他の賠償項目にあてるから。」と言ってきたらしい。

また、休業損害についても「違法営業をしているパブでの高額な給与は認められない」などと主張してきたとのこと。

被害者は、保険会社から支払われた63万円では損害が十分に補償されないと考え、裁判に踏み切ることにした。

※大阪地方裁判所平成12年(ワ)第9092号、平成13年7月12日判決をもとに、構成しています。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、治療の必要性・相当性を認め、休業損害については、違法営業のパブであってもアルバイト店員の収入は休業損害の算定基礎になるとして、合計192万円の損害賠償を認めました。

主な判断ポイント

1.治療の必要性・相当性

裁判所は「本件事故による衝撃が特段軽微なものであったとは必ずしもいえないし、特段の画像所見や神経学的所見が認められなかったからといって、頸部捻挫による疼痛が相当長期間継続することが全くないとはいえない」として、事故後約7か月間の治療が不必要・不相当であったとはいえないと判断しました。

2.休業損害の算定基礎

裁判所は「勤務先のパブが違法な営業活動を行っていたとしても、そのアルバイト店員にすぎない原告の休業損害計算における基礎収入を考える上では、特段の考慮を必要としない」として、事故前3か月の平均月収約30万円を基礎に休業損害を算定しました。

3.休業損害の逓減

裁判所は原告の労務の内容や傷病内容、通院経過等を総合的に判断し、「事故後3ヶ月間については100%、その後3ヶ月間については50%、その後2ヶ月間については30%の割合で労務に支障を生じた」として、休業損害を算定しました。

300,000円×(3×100%+3×50%+2×30%)
=1,530,000円

👩‍⚖️ 弁護士コメント

画像所見がなくても長期治療が認められる場合

交通事故における頸部捻挫(いわゆる「むちうち」)は、レントゲンなどの画像所見に異常が現れないことが多く、「自覚症状だけ」と軽視されがちです。

しかし、本件では「事故による衝撃が特段軽微なもの」でない場合には、「特段の画像所見や神経学的所見が認められなかった」ときでも、「頸部捻挫による疼痛が相当長期間継続することが全くないとはいえない」という判断がなされています。

なお、実際の診療では、画像検査のほかに、患者の訴える症状と、医師の診察所見をもとに治療が行われるのが通常です。本件では、医師の診断と治療内容・経過に不自然、不合理な点がないことも重視されています。

事故による症状が長引く場合でも適切な治療費の賠償を受けるには、事故後すぐに医師の診断を受け、その後も適切な医療機関で継続的に診察を受け、一貫性のある症状を具体的に伝えておくなどの対応が必要になるでしょう。

違法営業でのアルバイト収入も休業損害の基礎収入に

本件で特筆すべきは、勤務先のパブが違法な営業活動をしていたとしても、アルバイト店員の休業損害の基礎収入に影響しないとした点です。違法営業でも、単なるアルバイト店員にすぎない場合、その収入は正当な労働の対価として休業損害の算定基礎になると判断されています。

ただし、裁判所は「アルバイト店員にすぎない原告の休業損害計算における基礎収入を考える上では、特段の考慮を必要としない」と述べるにとどまるため、違法性が強い場合や、違法行為の主体である場合は異なる判断がされる可能性はあるでしょう。

なお、休業損害の請求では、事故前の収入をできるだけ客観的に証明できる資料(給与明細、確定申告書等)を提出する必要があります。

📚 関連する法律知識

休業損害の基本的な考え方

交通事故による休業損害は、事故がなければ得られたであろう収入が、事故により働けなくなったことで失われた場合に認められる損害です。

休業損害の基本的な計算方法は、以下の通りです。

休業損害の計算方法(基本)

  • 基礎収入(年収)÷365日×休業日数
  • 事故前3か月の月収÷90日(または実稼働日数)×休業日数

    ただし、症状の内容・程度、治療経過等からして就労可能であったと認められる場合は、一定割合に制限されることがあります。

    本件でも、症状の経過などに応じて休業率が段階的に逓減(100%→50%→30%)されています。このように症状の回復程度に応じて休業率が減少するように、損害額が認定されることもあり得るのです。

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    通院交通費の認定

    通院のための交通費も損害として認められ、賠償請求ができます。

    本件では、裁判所は「バスを利用した場合往復400円を要するが、原告は通院に際して友人に送ってもらったりしたことも多く、バスを利用した回数は正確には不明」とし、133日の通院に対して50日分のみ認定しています。

    実際の支出を証明できなくても、相当な範囲で認められる可能性があるということが分かります。

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    🗨️ よくある質問

    Q1:交通事故で画像所見がなくても、長期間の治療は認められますか?

    A1:

    本判決のように、画像所見や神経学的所見がない場合でも、医師の診断に基づく治療が不自然・不合理でなければ、長期間の治療が必要と認められることがあります。

    症状の経過や治療内容などが総合的に判断されます。治療が長引く場合は、症状の詳細を医師に伝えて適切な診断・治療を受けることが重要です。

    Q2:アルバイト収入も休業損害として認められますか?

    A2:

    アルバイト収入も労働の対価であるため、休業損害の基礎収入として認められます。本判決では、違法営業のパブでのアルバイト収入であっても、休業損害の基礎収入として認められています。

    事故前の収入を客観的に証明できる資料を残しておくことが重要です。

    Q3:休業損害はどのように計算されますか?

    A3:

    基本的には「収入×休業期間」で計算されます。

    ただ、症状の回復状況に応じて、休業率(仕事ができない程度を示す割合)を考慮するケースもあります。

    本件では事故後3ヶ月の休業率は100%、次の3ヶ月は50%、次の2ヶ月は30%と、段階的に考えて、休業損害を計算しています。

    休業率は、労務内容や傷病の程度、通院経過などが総合的に考慮されます。

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    岡野武志弁護士

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    アトム法律事務所

    代表弁護士岡野武志

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    高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
    現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

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    士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

    学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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