立体駐車場での事故で100%過失認定、決め手は物件事故報告書#裁判例解説

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午後8時半頃、薄暗い立体駐車場に響いた「ガツン」という音。

「ハザードランプを点けて、ルームミラーで後続車を確認した後右後方を見ながらゆっくり後退しましたが、被告の車が駐車区画に入ってきて接触してきたんです。」

原告・吉野としひろは裁判官に訴える。

一方、被告・神谷こうへいは全く異なる主張をした。

「私は駐車区画に停車していただけです。原告の車が、高速で後退して、ぶつかってきたんです。」

果たして、真実はどちらにあるのだろうか。

※東京地判平成25年10月30日(平成25年(ワ)第3244号・平成25年(ワ)第18495号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。

この裁判例から学べること

  • 駐車場内でも、道路交通法に準じた注意義務が適用される
  • 物件事故報告書の記載内容は、事故態様認定の重要な証拠となり得る
  • 供述内容が信用できるかどうかは、車両の損傷状況や事故報告書との整合性が考慮される
  • 駐車場内事故でも、過失割合が100%:0%になることがある

駐車場内での交通事故は、道路上の事故と比べて過失割合の判断が複雑になりがちです。狭い空間での低速走行であることが多く、事故態様の認定が困難な場合も少なくありません。

今回ご紹介する裁判例は、東京都内の商業施設立体駐車場で発生した車両同士の衝突事故について、被告に100%の過失責任を認めた興味深いケースです。被告は26万円余りの修理費用全額の賠償責任を負うこととなりました。

この事例を通じて、駐車場内事故における過失割合の判断基準や、物件事故報告書の重要性、車両損傷と事故態様の関係性など、駐車場内事故の法的論点について詳しく解説していきます。

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📋 事案の概要

今回は、東京地判平成25年10月30日(平成25年(ワ)第3244号・平成25年(ワ)第18495号)を取り上げます。 この裁判は、東京都内の商業施設立体駐車場内で発生した車両衝突事故について、過失割合と損害賠償の範囲が争われた事案です。

  • 原告1:吉野としひろ(普通乗用車を運転。自車の修理で、保険の免責分10万円を自己負担)
  • 原告2:シンセイ保険株式会社(吉野としひろの保険会社。吉野としひろに、車両の修理費として16万1,629円の保険金を支払った)
  • 被告:神谷こうへい(普通乗用車を運転。自車の修理に8万4529円を支出)
  • 事故状況:立体駐車場の3階で発生した車両同士の衝突事故
  • 負傷内容:被告が頸椎捻挫、両肩打撲(加療約2週間)
  • 請求内容
    ・原告側は、修理費用等計26万1,629円の損害賠償を請求
    ・被告は反訴で、原告・吉野としひろに8万4,529円を請求
  • 結果:裁判所は被告の100%過失を認定し、原告側の請求を全面的に認容

※登場人物はすべて仮名です。

🔍 裁判の経緯

「あの日は、連れと買い物に行ったんです。私は、立体駐車場のスロープを進んで3階に入り、すぐそばの駐車スペースに、車をとめようとしました。」

原告・吉野としひろは、事故当日の状況を静かに振り返る。

「はじには軽自動車用の駐車区画があり、その隣に、私の車(幅181㎝)でも止められる普通車用の駐車スペースが空いていました。バックで駐車するため、一度通り過ぎてから、ハザードランプを点けて、ルームミラーで後続車を確認し、右後方を見ながらゆっくりと後退したんです。」

しかし、原告・吉野としひろの車体の大半が、その駐車区画内に入ったところで、原告車の左側部と、被告車の左前部が衝突。

「被告の神谷さんは『停車していた』と言っていましたが、見てみると、神谷さんの車は軽自動車用と普通車用の駐車区画をまたぐような位置にありました。事故現場は、進路付近でしたし、出口に向かって通り抜けようとしていたのかもしれません。」

一方、被告・神谷こうへい側は、全く異なる状況を主張する。

「駐車場の出口がわからなくなって、邪魔にならない場所に一時停車していただけです。そこに、原告車が勢いよく後退してきて、私の車にぶつかってきたんです。」

警察の物件事故報告書には「当事者乙(原告)が駐車するのを待たず、後ろにいた当事者甲(被告)が接触したもの」と明確に記載されていた。この記載こそが、事故の真相を物語る重要な証拠となったのです。

※東京地判平成25年10月30日(平成25年(ワ)第3244号・平成25年(ワ)第18495号)をもとに、構成しています。登場人物はすべて仮名です。

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、警察作成の物件事故報告書の作成状況・記載内容、車両の損傷状況等を総合的に検討し、「被告は、駐車場内を通行するに当たり、駐車区画に進入しようとする車両の動静を注視して、その安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、後退進行して駐車区画に進入中の原告車に接触させた過失がある」と判断しました。

そして「被告車が、駐車区画内の通路ではなく、しかも、駐車区画内に横にまたがって進行した過失は重大であるというべきであるから、原告Xと被告の過失割合は、原告X・0%、被告100%とするのが相当」と認定しました。

主な判断ポイント

1.物件事故報告書の信用性 

警察官が双方から事情聴取した後に作成された物件事故報告書の記載内容「当事者乙(原告)が駐車するのを待たず、後ろにいた当事者甲(被告)が接触したもの」について、裁判所は、以下の理由で高い信用性を認めました。

  • 作成経緯の客観性:事故直後に現場で当事者双方から聴取した内容に基づく
  • 記載内容の一貫性:車両の損傷箇所・損傷状態と矛盾しない
  • 中立性の確保:警察官という第三者が作成した公的記録である
  • 争いの不存在:当事者間で言い分が対立していた旨の特記事項がない

一方、被告の「停車中だった」との供述は、「裏付けとなる的確な客観的証拠がなく」、「にわかに採用することはできない」と退けられました。

2.車両損傷状況と事故態様の整合性 

裁判所は、原告の主張は原告車と被告車の位置関係から自然で、かつ「原告車の損傷箇所が左フロントタイヤ付近の比較的限定された範囲にとどまっており、進行車両が停車車両と接触した場合に通常生じる擦過傷」が見当たらないこととも整合していると、判断しました。

3.被告の進行経路の重大な不適切性 

裁判所は、「被告車が駐車区画内の通路ではなく、駐車区画を横にまたがって進行した過失は重大」であり、通常の駐車区画進入車両には想定し難い進行態様であると認定しました。

4.過失割合の決定 

上記の事情を総合考慮し、原告0%、被告100%の過失割合が相当であると判断されました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

駐車場内事故の特殊性と注意点

駐車場内でも「道路交通法」に準じた注意義務が適用され、他の車両の動静を注視するなど安全確認を怠らないことが求められます。

ただし、駐車場内の事故は一般道路とは異なる環境下で発生するため、事故態様の認定が困難になることも少なくありません。

そのため、他の事故と同様に、またはそれ以上に、事故状況を裏付ける証拠が重要になります。

本件では、警察の物件事故報告書が決定的な証拠となりました。

物件事故報告書の重要性

本件で注目すべきは、物件事故報告書の記載内容が、事故態様認定において重要な役割を果たしたことです。

事故直後の当事者双方の説明に基づいて作成される報告書は、時間の経過とともに記憶が曖昧になる前の客観的な記録として、高い証拠価値を持ちます。

事故に遭った際は、現場での警察への説明内容が後の裁判で重要な意味を持つことを理解しておく必要があります。

一方的過失認定の基準

駐車場内事故では、通常は双方に何らかの過失が認められることが多いものの、本件では被告に100%の過失が認められました。

これは、被告の進行経路が駐車区画をまたぐという極めて不適切なものであったこと、駐車区画進入中の車両に対する注意義務を著しく怠ったことが重大な過失と評価されたためです。このような重大な過失がある場合、一方的な責任が認定される可能性があることを知っておくべきでしょう。

📚 関連する法律知識

駐車場内での注意義務

駐車場は私有地であることが多く、道路交通法の直接的な適用はありませんが、車両運転者には民法上の注意義務が課されます。特に、他の車両の動静を注視し、安全を確認して進行する義務は、一般道路と同様に適用されます。

過失割合の判断基準

交通事故における過失割合は、事故態様、当事者の注意義務違反の程度、事故への寄与度などを総合的に考慮して決定されます。駐車場内事故では、進行経路の適切性、速度、安全確認の程度などが重要な判断要素となります。

物件事故報告書の法的性質

物件事故報告書は、警察官が事故現場で当事者から聴取した内容をまとめた公文書です。作成者が中立的な立場にあること、事故直後の新鮮な記憶に基づくことから、民事裁判において証拠として採用され得るものです。

ただし、事故状況の証拠としては、人身事故の届出をすることで作成してもらえる「実況見分調書」の方が、証拠価値は高いといえるでしょう。

🗨️ よくある質問

Q1:駐車場内の事故でも道路上の事故と同じように責任が問われるのですか?

A1:はい。

駐車場内であっても車両運転者には安全運転義務があり、過失があれば損害賠償責任を負います。ただし、駐車場特有の事情(狭い通路、複雑な進行経路など)も考慮されるため、一般道路事故とは異なる過失割合が認定される場合があります。

Q2:物件事故報告書の内容に納得がいかない場合はどうすればよいですか?

A2:物件事故報告書は、警察官が認識した事実を記録したものであり、内容を変更することは困難です。

そのため、まずは、警察が記録の作成を終える前に、可能な限り、自身の言い分を警察に認識させることが重要となります。

また、民事裁判では他の証拠(ドライブレコーダー映像、目撃者証言、車両損傷状況など)も総合的に判断されます。報告書の記載だけで結論が決まるわけではありません。

そのため、事故報告書の類について内容に納得がいかない場合は、他の証拠収集についても視野に入れるとともに、弁護士へのご相談もお勧めします。

Q3:駐車場内事故で100%の過失が認定されるのはどのような場合ですか?

A3:本件のように、極めて不適切な進行経路を取った場合や、明らかに危険な運転行為をした場合に100%の過失が認定される可能性があります。

ただし、一般的には駐車場内事故では双方に過失が認められることが多いため、一方的な過失認定は例外的なケースといえます。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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