後遺障害12級13号認定の分かれ目!既往症の扱いとバレ・リュー症候群の診断 #裁判例解説
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「私は既に2度も事故に遭って、首が悪い。でも今回の事故で症状がひどくなったのは確かです。」
病院の事務職として働く36歳の男性・山下こうさくは、弁護士に訴えた。
3度目の今回は、不運にも玉突き事故に遭った。相手の保険会社は「既往症があるから、今回の事故による影響は軽微」だと言い、まともな賠償額を提示しない。
医師の診断書には「バレ・リュー症候群」の文字。MRI画像には新たな異常所見も…。
果たして裁判所は、既往症と新たな事故による影響をどう区別するのか?
※京都地方裁判所平成23年2月1日判決(平成21年(ワ)第2653号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 後遺障害14級9号ではなく、12級13号が認定される上で重要な条件
- バレ・リュー症候群の診断が、12級13号認定に与える影響
- MRI所見の変化は、新たな後遺障害の証拠として有効
- 自賠責で非該当でも、裁判所の判断では等級認定される可能性がある
- 公平の観点から既往症がある場合、賠償金の減額がありうる
後遺障害等級12級13号「局部に頑固な神経症状を残すもの」は、14級9号「局部に神経症状を残すもの」との境界が曖昧で、認定基準の理解が困難な等級の一つです。
両者の違いは「頑固な」という一言ですが、この判断には明確な医学的根拠が求められます。
また、既往症や既存の後遺障害がある被害者のケースでは「元々症状があったのだから、今回の事故による影響は軽微」と保険会社に主張されることも多く、被害者は適切な賠償を受けにくい状況に置かれがちです。
今回ご紹介する裁判例は、過去2度の事故で14級9号の認定を受けていた被害者が、3度目の事故により症状が悪化し、自賠責保険では「後遺障害非該当」とされたにもかかわらず、裁判所が独自に12級13号相当と認定した興味深いケースです。
新たなMRI所見の出現とバレ・リュー症候群の診断が、どのように12級13号認定の根拠となったのか。
後遺障害14級9号と12級13号の認定基準の違いや、裁判所の判断プロセスを詳しく解説していきます。

📋 事案の概要
今回は、京都地方裁判所平成23年2月1日判決(平成21年(ワ)第2653号)を取り上げます。 この裁判は、既に14級9号の後遺障害認定を受けていた被害者が、新たな事故により12級13号相当の後遺障害を負ったと認定された事案です。
当事者
- 原告:山下こうさく(被害者。36歳男性・病院事務職員の次長職。年収約594万円)
- 被告:戸田みほこ(加害車両原告の運転者)
- 訴外:勝村ただし(玉突き事故の中間車両の運転者)
※登場人物はすべて仮名です。
事故状況等
- 事故状況:
玉突き事故。被告車(戸田みほこの普通乗用車)が、訴外・勝村ただしの普通乗用車に追突。その衝撃で、訴外・勝村車が、渋滞停止中の原告車(山下こうさくの普通乗用車)に追突 - 負傷内容:頸椎捻挫、胸椎捻挫、腰椎捻挫、頸椎椎間板ヘルニア、バレ・リュー症候群
- 自賠責の認定:後遺障害非該当。異議申立てをするも同様に非該当
- 裁判での請求内容:約2,030万円の賠償請求
- 裁判の結果:後遺障害12級13号相当と認定。約1,007万円の賠償が認められる(7割の既往症減額)
🔍 裁判の経緯
「前の2回の事故では、どちらも14級9号でした。症状固定後も物理療法を続けていて、事故の6日前も病院に通っていたんです。でも今回の事故後、明らかに症状の質が変わりました。」
原告・山下こうさくは弁護士に状況を説明した。
1回目の大型バス追突事故、2回目の追突事故。どちらも頸椎捻挫で14級9号の後遺障害認定を受けていた。
3度目となった今回の玉突き事故。原告・山下の症状は、悪化した。
「耳鳴りは今までに無い症状です。それに、めまい、吐き気、首から肩にかけての放散痛などの症状は、格段に強くなりました。」
事故後のMRI検査では、従来のC3/4、C5/6に加えて、新たにC6/7の椎間板後突が確認され、前回の症状固定時と比較して、バレ・リュー症状が強く現れ、頑固に残存していた。
しかし、損害保険料率算出機構の判断は厳しかった。「後遺障害非該当」。異議申立てを行っても結果は同じだった。
「確かに過去の事故の影響もあります。でも今回の事故で明らかに悪化しているのに、なぜ認めてもらえないのでしょうか…。」
※京都地方裁判所平成23年2月1日判決(平成21年(ワ)第2653号)をもとに、構成しています。登場人物の名前は、すべて仮名です。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、症状固定時点での自覚症状の内容、MRI所見、バレ・リュー症状の頑固な残存等を総合的に評価し、「頸部の傷害に起因する局部に頑固な神経症状を残す」後遺障害等級12級13号相当の後遺障害が残存したと認定しました。
原告が本件事故により新たに受傷したことを認めた上で、従前の後遺障害との関係を慎重に検討し、公平の観点から、一定の損害について7割の既往症減額をおこない、約1,007万円の賠償を認めました。
原告の損害 | 認定額 | 既往症減額 |
---|---|---|
治療費 | 61万8,200円 | あり(7割) |
診断書等の文書料 | 4万7,750円 | |
薬剤費 | 41万2,620円 | あり(7割) |
治療のための装具代 | 1万8,282円 | あり(7割) |
休業損害 | 8万1,346円 | |
通院慰謝料 | 154万円 | あり(7割) |
逸失利益 | 616万3,734円 | |
後遺症慰謝料 | 180万円 | |
車両損害 | 36万5,000円 | |
代車料 | 84万円 |
主な判断ポイント
1. 事故による新たな受傷の認定
裁判所は、「仮に、本件事故前後で原告の症状の種類が同一」であるとしても、「症状の増悪、増強がある以上、同事故による受傷を否定する理由にはならない」と判断しました。
2. 後遺障害12級13号の認定とバレ・リュー症状の「頑固な残存」
症状固定時点での症状として、後頸部から背部・腰部への痛み、手指外側のしびれ、めまい、耳鳴りなどが認められ、MRI所見でC6/7の新たな椎間板後突も確認されたことから、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害等級12級13号相当と認定しました。
裁判所は、前の事故の症状固定日と比較し、今回の事故では「バレ・リュー症状が強く現れ、その症状が頑固に残存していること」にも注目しています。
3. 既往症減額の判断
裁判所は、「本件事故後の原告の症状の相当部分は、第1事故及び第2事故による既往症によるものと考えざるを得ず、公平の見地から」、「7割の既往症減額をするのが相当」と判断しました。
ただし、逸失利益など一部の損害項目については減額を行わず、治療費、薬剤費、装具代、通院慰謝料のみに減額を適用しています。
👩⚖️ 弁護士コメント
後遺障害12級13号と14級9号の決定的違い
バレ・リュー症候群の発生のメカニズムは、いまだ完全には解明されておらず、心因的な要素も指摘されるところです。
本件では、バレ・リュー症状の後遺障害が問題となっていますが、画像所見により「C6/7 椎間板後突」が明らかになったことが、等級認定に大きく影響しているといえるでしょう。
12級13号と14級9号の決定的な違い
後遺障害12級13号「局部に頑固な神経症状を残すもの」の認定を目指すには、画像所見等で、症状の重篤性、持続性、治療抵抗性を医学的に証明する必要があります。
一方、14級9号の場合、症状や治療の経過から、医学的に合理的な説明ができれば認定されます。症状を推認できる画像所見があったほうが望ましいですが、12級13号ほど厳密な証明は求められません。
12級13号は「頑固な」症状?
12級13号と14級9号の程度としては、以下のような違いがあるとされています。
症状の程度としては、当然ながら、12級の方が重く、仕事や日常生活への支障は大きくなります。
12級 | 通常の労務に服することはできるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差支えがあるもの |
14級 | 通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの |
ただし、いずれの等級においても、自覚症状として「常時痛」があることが前提となる傾向があります。
単なる一時的な痛み(例:天気が悪くなると痛みが出る)では、後遺障害として認定されるのは難しいといえます。
既往症がある場合の考え方と画像所見の証拠価値
既往症がある被害者の後遺障害等級認定では、「今回の事故による症状の悪化」と「もともとあった症状」とをどう区別するかが重要な争点になります。
このため、事故前後の画像検査(特にMRIなど)や症状の変化に関する詳細な記録が、後遺障害の立証において大きな意味を持ちます。
本判決では、事故後のMRIで新たにC6/7に椎間板後突が認められたことが、「今回の事故による新たな受傷」を裏付ける客観的証拠として評価されました。
また、症状の種類(例:首の痛みや手のしびれ)が同じであっても、明らかに悪化していれば、新たな後遺障害と認定され得ることが、この判決から読み取れます。
自賠責認定と裁判所認定の違い
自賠責保険で「後遺障害に該当しない」(非該当)と判断された本件について、裁判所は、医学的資料や症状の経過を詳細に検討し、後遺障害等級12級13号に相当すると認定しました。
自賠責における後遺障害の認定は、一定の画一的な基準に基づいて行われるため、個別の事情が十分に反映されない場合もあります。これに対し、裁判所は個別具体的な証拠に基づいて、より柔軟かつ実質的な判断を行うことが可能です。
本件は、自賠責で非該当とされた場合であっても、医学的所見や症状の推移に関する丁寧な立証を通じて、裁判所において後遺障害が認定される可能性があることを示す、実務上意義のある事例といえます。
既往症減額率7割の妥当性
7割という減額率は一見厳しく見えます.
ただ、既往症が同一部位で既に14級の後遺障害として認定されていたことを考慮すると、むしろ被害者に配慮した判断と捉えることもできるでしょう。
減額率の目安
- 0%
- 既往症が軽度、一般的なもので傷害に対する寄与が極めて軽微であると認められるもの
- 既往症の関与が明らかであるが、寄与の度合いが軽微であると認められるもの
- 20~40%
既往症の関与が明らかであり、寄与の度合いが相当程度認められるもの - 30~50%
既往症の関与の度合いが大きく、傷害の治療が長期化する主たる原因となっていると認められるもの - 40~70%
既往症がなければ、受傷の治療の必要がほとんどない程度であって、結果発生が通常では予想できないと認められるもの
📚 関連する法律知識
後遺障害等級12級13号の認定基準
12級13号「局部に頑固な神経症状を残すもの」の認定には、「通常の労務に服することはできるが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支えがある」後遺症について、医学的な証明が必要です。
具体的には、等級認定においては、①画像所見等による他覚的所見、②症状の一貫性・継続性、③治療経過の合理性などの要素が重視されます。
バレ・リュー症候群の法的評価
バレ・リュー症候群は頸部交感神経の損傷による自律神経症状群で、めまい、耳鳴り、頭痛、吐き気などの多彩な症状を呈します。
画像診断では捉えにくい病態ですが、症状の重篤性と継続性が認められる場合には、12級13号認定の重要な根拠となり得ることを本判決は示しています。
加重障害における等級認定
既に後遺障害が認定されていた部位に、新たな事故によって同様の障害が加わった場合、「加重障害」として取り扱われる可能性があります。
加重障害の場合、従前の障害と新たな障害を合わせた全体の状態を踏まえたうえで、最終的な等級が判断されます。
本件では、従前の後遺障害等級が14級とされていたところ、新たな事故による悪化が認められた結果として、全体で12級相当と評価され、その差分が今回の事故による損害として認定されました。
既存障害がある場合の逸失利益算定方法
既存障害と同一部位に加重障害が生じた場合、逸失利益は「事故前の実収入×当該事故による労働能力喪失率×ライプニッツ係数」で算定されます。
本判決では、14級の既存障害がある状態での実収入を基礎として、今回の事故による10%の労働能力喪失を認定しています。
593万8,316円×0.10×10.3796≒616万3,734円
🗨️ よくある質問
Q1:自賠責で後遺障害非該当でも、裁判では等級認定される可能性はありますか?
A1:あります。
本判決のように、自賠責では「非該当」とされても、裁判所が独自に12級13号相当と認定した例があります。自賠責認定は画一的な基準による判断ですが、裁判所はより詳細な医学的証拠を検討し、個別事案に応じた柔軟な判断が可能です。適切な立証があれば、逆転認定の可能性は十分にあります。
Q2:14級9号と12級13号の違いを立証するにはどんな証拠が重要ですか?
A2:最も重要なのは症状の「頑固さ」を示す客観的証拠です。
本ケースでは、①症状の裏付けとなる新たなMRI異常所見の出現、②バレ・リュー症状の強い出現と継続、③多彩な自律神経症状の組み合わせが注目されました。症状の重篤性、治療抵抗性、日常生活への影響の大きさを医学的に立証することが鍵となります。
また、そもそも、重篤な症状が発現するような強い衝撃を受けたことも重要です。これについては、車両修理費等が目安になります。
Q3:既往症減額はどのように決まるのですか?
A3:裁判所が個別の事情を総合的に考慮して決定します。既往症の程度、事故による新たな影響の大きさ、症状の変化の程度などが判断要素となります。
本裁判例では、同一部位の既存障害の影響を考慮し、7割減額となっています。何割減額されるかは、ケースバイケースです。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了