定年離婚の特徴と法的手続きのポイント|財産分与と年金分割を解説
「子どもも独立したことだし、夫の定年退職を機に離婚したい」
そのようにお考えの方は少なくないのではないでしょうか。
配偶者や自分の定年をきっかけに離婚する場合を「定年離婚」といいます。
定年退職は夫婦にとって大きな転換期です。長年のストレスから解放される一方で、急激な生活環境の変化に戸惑う方も少なくありません。
また、定年離婚のあとに、安定した老後を送るためには財産分与と年金分割をしっかり行うことが、非常に重要です。
本記事では、定年退職後の離婚をお考えの方に向け、定年離婚の特徴や方法、財産分与と年金分割などの法的な問題、定年退職後に離婚するメリット・デメリットについてわかりやすく解説します。
人生100年時代と言われる今、定年後の人生は決して短くありません。この大切な時間を、自分らしく、充実して過ごすためにも、定年離婚という選択肢を冷静に検討し、納得のいく決断をしてください。
目次
定年離婚とは?通常の離婚との違い
定年退職が夫婦関係にもたらす変化
定年退職は、夫婦関係に大きな変化をもたらします。
長年の仕事中心の生活から、突如として夫婦二人きりの生活に移行することで、これまで気づかなかった互いの価値観の違いや生活スタイルの不一致が浮き彫りになることがあります。
特に、夫の在宅時間が急激に増えることで、妻の家事負担が増加したり、自由な時間が制限されたりするケースも少なくありません。また、仕事のストレスから解放された夫が、妻の意見を聞かずに勝手に行動するようになるなど、新たな問題が生じることもあります。
このような変化に対応できず、夫婦関係が悪化し、最終的に離婚を選択するケースが「定年離婚」です。
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定年離婚の特徴
定年離婚の最大の特徴は、定年退職という具体的なタイミングを契機としていることです。これにより、準備や計画を立てやすいという側面があります。
子育てもすでに終えている場合が多く、夫の定年退職は、残りの人生を自分のために使うためのきっかけとなります。
次に、経済面での特殊性が挙げられます。定年退職に伴う退職金の受け取りや、年金生活への移行など、経済状況が大きく変化するタイミングであることが、定年離婚特有の課題となります。
さらに、夫の在宅時間の急激な増加による生活リズムの変化も、定年離婚に特徴的な問題です。長年の職場中心の生活から、突然の「夫婦二人きり」の生活への移行は、想像以上に大きなストレスとなる可能性があります。
これらの点を踏まえ、定年離婚を考える際には、通常の離婚以上に慎重な検討と準備が必要となります。
定年離婚の特徴
- 離婚の準備や計画を立てやすい
- 子供が自立しており、自分の人生を考えなおすタイミングになる
- 経済状況が大きく変化するため慎重な検討が必要
- 夫婦の生活の在り方が変わったことで亀裂が生じやすい
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経済的な不安から離婚を躊躇している方へ
「自分は専業主婦だから経済的に離婚は無理」と考えておられる方も多いと思います。
しかし、離婚のルールでは専業主婦の方でも原則として2分の1の財産分与を受けられることになっています。
また、夫が納めた厚生年金についても分割することができます。
まずは、夫婦の財産の半分を得られることを前提に、ご自分にどれくらいの財産が分与される見込みで、どのくらいの年金を受け取ることができるのか確認してみることから始めてみてください。
その上で、就職など離婚後の生活設計をしっかりと立てれば、離婚に向けた具体的な道筋が見えてくる可能性があります。
お一人でご不安な方は、無料相談を利用してぜひ一度弁護士に相談してみることをおすすめします。
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定年離婚をする方法
定年離婚の流れ
定年離婚をする場合の流れは、一般的な離婚時と同じです。離婚の主な方法は、「協議離婚」「調停離婚」「裁判離婚」の3つです。
まずは、夫婦間の話し合いによって協議離婚を目指します。
合意できなければ、離婚調停、離婚訴訟(離婚裁判)へと進んでいく流れが一般的です。
離婚を円満に進めるためには、話し合いによる解決が理想的です。しかし、定年離婚の場合、妻が離婚を切り出したものの、夫にとっては全くの予想外で離婚を頑なに拒否するというパターンが少なくありません。
そのため、離婚調停や離婚訴訟まで進むことを視野に入れて、離婚原因を証明する証拠を集めるなど事前準備を整えておく必要があります。
裁判離婚するには法定離婚事由が必要
離婚訴訟まで進んだ場合、裁判で離婚が認められるには、法定離婚事由が存在しなければなりません。
法定離婚事由は、民法770条1項が定める以下の5つの離婚原因です。
法定離婚事由(民法770条1項)
- 1号:不貞行為
- 2号:悪意の遺棄
- 3号:3年以上の生死不明
- 4号:強度の精神病
- 5号:婚姻を継続し難い重大な事由
定年離婚をお考えの方の中には、「性格の不一致」を理由に離婚を希望する方が多いと思います。
もっとも、性格の不一致は法定離婚事由に明記されていません。そのため、性格の不一致のみを理由に裁判離婚するのは難しいでしょう。
しかし、不貞行為(不倫、浮気)や悪意の遺棄(生活費を渡してくれないなど)の典型的な法定離婚事由をあわせて主張することで、離婚できる可能性があります。
また、「老後に夫の介護をすることがつらい」という理由で定年離婚を考える方もいるかもしれません。この場合も、法定離婚事由には当てはまりませんので裁判離婚は困難です。
もっとも、「夫の介護がつらい」と考える背景には、長年のDVやモラハラが原因であるケースもあるでしょう。
その場合は、DVやモラハラによって婚姻関係が修復できないほど破綻していると主張立証すれば、離婚できる可能性があります。
そのためには、暴力行為を証明するための写真や診断書、モラハラ発言の録音、相手方からのメール、日記などを準備しておくと有益です。
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定年離婚の財産分与のポイント
定年離婚は財産分与の金額が大きくなる可能性が高い
定年離婚では、一般的な離婚に比べ財産分与の金額が大きくなる可能性があります。
下の図をご覧ください。
この図は、婚姻期間が20年以下の夫婦と婚姻期間が20年以上の夫婦の財産分与の金額についてまとめたものです。
令和4年 司法統計年報より作成
この図を見ると、婚姻期間20年以上の場合、約40%以上の夫婦が財産分与額が600万円を超えていることが分かります。
このように、定年離婚・熟年離婚の場合は、財産分与額が高額になるケースが多いため、その分財産分与について激しい争いになることが珍しくありません。
財産分与について少しでも有利な条件で離婚するには、同居中から相手方の資産状況について把握し、証拠を集めておくことが重要です。
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・熟年離婚・定年離婚の財産分与は対策が必要?退職金を受け取るには?
財産分与の基本は「2分の1ル―ル」
実務では、財産分与の割合は原則として2分の1とする扱いが定着しています。
この考え方は「2分の1ルール」と呼ばれています。
専業主婦の方は、財産分与で不利になるのではないかと不安に思う方もおられると思いますが、2分の1ルールは専業主婦にも同様に適用されます。
夫婦の一方にのみ収入があり、他方が専業主婦の場合、一方が収入を得られるのは、他方の家事労働や育児による協力があるためであり、財産形成に対する貢献度は平等と考えられるからです。
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持ち家の分与方法も検討する
定年離婚の場合、持ち家を所有している夫婦も多いでしょう。
この場合、持ち家をどのように財産分与するかもよく考えておく必要があります。
①持ち家に住み続けたい場合
離婚後に持ち家に住み続けたい方も多いと思います。
住宅ローンを完済している持ち家を取得して住み続ける場合、相手方に対し、時価の半分に相当する金額を代償金として支払うのが一般的です。
まとまった額のお金がない場合は、相手との交渉が必要になります。
②売却して売却代金を折半する
上記①の方法が難しい場合は、持ち家を売却して売却代金を半分ずつ分ける方法が考えられます。
この場合、離婚後の住まいの確保についても十分に検討しておく必要があります。
③住宅ローンが残っている場合
住宅ローンが残っている場合の財産分与の方法は非常に複雑です。激しい争いとなる前に、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
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慰謝料的財産分与の請求も検討する
定年離婚の原因が、配偶者の不貞行為や、DV、モラハラである場合、離婚に際し、相手方に慰謝料を請求できます。
もっとも、相手方が慰謝料という言葉に強い抵抗感を示し、支払を拒否する場合も少なくありません。
その場合、「慰謝料的財産分与」として金銭を受け取る方法が考えられます。
慰謝料の相場は、有責行為の内容、回数、期間などによって異なります。詳しくは関連記事をご覧ください。
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扶養的財産分与が請求できる場合もある
離婚後に高齢や病気のため仕事が困難であるなど扶養が必要な状態である場合であり、かつ、財産分与や慰謝料が低額にとどまる場合は、扶養的財産分与が認められる可能性があります。
扶養的財産分与は、婚姻費用分担額よりも低い月額に、最大で3年程度を乗じた額を一括払いするのが原則とされます。
扶養的財産分与が認められるのは、例外的な場合ですが、ご自分が請求できる可能性があるか気になる方は、弁護士に一度相談してみると良いでしょう。
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定年離婚は退職金の財産分与を必ず検討する
以前は、退職時期が近いか遠いかによって、退職金が分与対象になるか判断が分かれることが少なくありませんでした。
しかし、最近の実務では、退職時期にかかわらず退職金を財産分与の対象とする扱いが一般的になっています。
定年離婚の場合、相手方がすでに定年退職していたり、定年退職間近であると考えられるため、財産分与を考える上で、退職金の検討は欠かせません。
財産分与の対象になる退職金は、婚姻後から別居時までに労働した対価に相当する部分です。
具体的には、「退職金額×(同居期間÷勤務年数)」で計算します。
退職金の算定方法
①別居前に退職金がすでに支給されている場合
財産分与の対象は、基準時(別居時)に存在した共有財産です。
そのため、別居前にすでに退職金が支給され費消されてしまった場合、その残額のみ財産分与の対象になります。
もっとも、すでに支給された退職金で不動産や株式などを購入した場合は、その不動産や株式が財産分与の対象になります。
②退職金が将来支給される場合
原則:基準時(別居時)に自己都合退職したと仮定して計算した退職金相当額
例外:定年退職間近(別居時から5年程度以内)の場合は、定年退職時の退職金を基準に、現在の価値に換算した額
自己都合退職した場合の退職金よりも、定年退職時の退職金を基準にした場合の方がより多くの分与額が大きくなることが予想されます。
定年離婚の場合、後者の算定方法を適用できるケースが多いと考えられます。
ご自分にとって少しでも有利な結果を得るためには、弁護士に相談して後者の算定方法による退職金の分与を主張するところから交渉を始めると良いでしょう。
退職金の財産分与に必要な証拠
- 就業規則
- 退職金計算書
退職金計算書は、相手方を通じて勤務先から入手する方法が一般的です。
相手方が応じない場合は、弁護士会照会や調査嘱託(裁判所が関与する手続き)などの方法で勤務先に問い合わせる方法が考えられます。
もっとも、相手方にこれらの方法を利用する予定であると知らせると、相手方が離婚問題の発覚することを避けるために提出してくる可能性があります。
定年離婚は年金分割が重要!
定年離婚する場合は年金分割も忘れずに
年金分割は、婚姻期間中に納付した厚生年金の保険料納付記録(標準報酬)を分割する制度です。
年金分割を行うには、配偶者(多くは夫)が会社員や公務員で厚生年金に加入している必要があります。
定年離婚の場合、婚姻期間が長期に及ぶことが多いため、年金分割の効果が大きなものとなる可能性が高いです。
年金分割あり | 年金分割なし | |
---|---|---|
年間の受給額 | 150万円 | 70万円 |
年金分割を完了すれば、相手の死亡や再婚によっても分割を受ける側の年金受給額が変わる心配はありません。
一方、せっかく離婚が成立しても、年金分割をしないまま元夫が死亡してしまうと、もはや年金分割はできなくなります。また、離婚後に元夫が死亡しても遺族年金は受給できません。
年金分割を受けるには、原則として離婚成立日の翌日から2年以内に、年金事務所に対し改訂請求を行わなければなりません。
期限内に確実に手続きを完了するため、定年離婚前から必要書類を集め、しっかりと準備しておく必要があります。
年金分割制度は複雑でわかりにくい点が多いため、少しでも不明な点があれば弁護士に質問してみましょう。
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相手が自営業者の場合は年金分割できない
年金分割を請求するには、配偶者が厚生年金に加入している必要があります。
したがって、例えば夫が自営業者で一度も厚生年金に加入したことがなければ、妻は年金分割を請求できません。
ただし、この場合でも、国民年金基金、確定拠出年金、個人年金などは財産分与の対象になります。
定年離婚する際は、年金分割できない場合でもそこで諦めず、財産分与の対象財産がないか漏れなく調査することが重要です。
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年金分割のための準備
年金分割の事前準備として、「年金分割のための情報提供請求書」を年金事務所に提出し、「年金分割のための情報通知書」を取得する必要があります。
さらに、50歳以上の方で老齢年金の受給資格期間を満たしている方は、「年金分割を行った場合の年金見込額のお知らせ」も取得できます。
これらの書類は、夫が定年退職する前でも取得できます。また、離婚前であれば、夫に知られずに取得可能です。
年金分割のための情報提供請求手続きについては、日本年金機構のホームページに詳細な説明があります。情報提供請求書も同ホームページからダウンロードできます。
離婚と夫の退職の順番はどちらを先にすべき?
確実に退職金の分与を受けるため、夫の定年退職後に離婚を切り出そうと考える方も多いと思います。
離婚と夫の退職の順番について、画一的な答えはありません。以下にそれぞれのメリット・デメリットを挙げます。
①夫の定年退職前の離婚
メリット
- 感情的な負担から早期に解放される
- 夫の収入が安定している時期のため、慰謝料等の支払い能力が高い
- 離婚のタイミングが早いほど再就職や再婚の可能性が高まる
デメリット
- 退職金の分与額が実際に退職した場合よりも少なくなる可能性がある
- 年金分割の対象期間が短くなる
- 別居している場合、婚姻費用が得られなくなる
②夫の定年退職後の離婚
メリット
- 退職金がすでに支払われているため、財産分与を確実に受けられる可能性が高い
- 年金分割の対象期間が長くなり、より多くの年金を受け取れる可能性がある
- 夫婦で定年後の生活を一定期間経験できるため、冷静な判断ができる
デメリット
- 別居時までに退職金が使われてしまうと財産分与額が減ってしまうおそれがある
- 感情的な負担が長引く
まとめ
離婚と退職の順番については、退職金の見込み額や離婚後の経済状況、ご自身の気持ちなどを事前によく検討して、専門家のアドバイスを受けながらお一人お一人に合った最善の選択をすることをおすすめします。
定年離婚のお悩みは専門家に相談しよう
定年離婚後の経済面の不安はファイナンシャルプランナーに相談
定年離婚後の経済生活を安定させるためには、ファイナンシャルプランナー(FP)のアドバイスが有効です。FPに相談することで、以下のような支援を受けられます。
- ライフプランに基づいた資金計画の立案
- 投資や保険を含めた資産運用のアドバイス
- 税金や社会保障制度に関する情報提供
FPは、個人の状況に応じた具体的なプランを提案してくれるため、漠然とした不安を解消し、実行可能な計画を立てることができます。
定年離婚後の不安やストレスはカウンセリングで解消
定年離婚は大きな心理的ストレスを伴います。この過程を乗り越え、新生活に向けて前向きになるためには、心理カウンセラーの支援が役立つ場合があります。
カウンセリングで得られるメリット
- 感情の整理と客観的な自己理解
- ストレス対処法の習得
- 新生活に向けての心の準備
カウンセリングは、離婚を決断する前の段階から、離婚後の新生活に適応する段階まで、様々なタイミングで活用できます。
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定年離婚について弁護士に相談すべきこと
定年離婚を実現し、新たな人生をスタートさせるためには、法律面での専門的なアドバイスは欠かせません。弁護士に相談することで、以下のような点を明確にすることができます。
- 財産分与の適切な範囲と方法
- 年金分割の手続きと注意点
- 離婚調停や裁判の進め方
- 離婚後の権利義務関係
特に財産分与では、分与額が多額になりやすい分、大きな争いに発展しがちです。対立が長引けば、精神的負担は増すばかりです。
早期に離婚問題を解決し、できる限り有利な離婚条件で離婚するために、弁護士がお力になります。
弁護士費用についてご不安な方もおられるかと思いますが、財産分与額を考慮すれば、弁護士をつけたとしても得られる利益の方が大きくなることが期待できます。
ご不安な点はいつでもお気軽にお問い合わせください。ご相談者様の再出発に向けて、弁護士が全力でサポートいたします。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
特に夫の収入・財産が大きい場合や、資産が複雑な場合の離婚は弁護士に任せることをおすすめします。