扶養的財産分与とは?|離婚後の生活を守るための基礎知識
離婚は新たな人生のスタートですが、その後の生活基盤を整えるのは簡単ではありません。
特に、専業主婦や高齢であるために離婚後すぐに経済的自立を図ることが難しい方にとって「扶養的財産分与」が重要な役割を果たします。
扶養的財産分与とは、離婚後、生活に困窮する当事者を援助する目的で行われる財産分与です。
この記事では、扶養的財産分与の基本的な仕組みや、認められやすい事情、実際の請求方法を解説します。
離婚後の生活を守るために必要な情報をわかりやすくご説明しますので、ぜひお役立てください。
目次
扶養的財産分与の基礎知識
扶養的財産分与とは?
夫婦には、民法752条に基づいて互いに協力して扶養する義務があります。しかし、離婚後はこの扶養義務はなくなるため、元配偶者に対し経済的な援助をする義務はないのが原則です。
もっとも、離婚によって生活が困窮する当事者に対しては、公平の観点から、生計の維持を目的とした財産分与が認められる場合があります。
これを扶養的財産分与といいます。
扶養的財産分与は、清算的財産分与(原則2分の1で共有財産を分けること)、慰謝料的財産分与、未払いの婚姻費用の清算としての財産分与を受け取っても、離婚後の生活に困窮する場合に補充的に認められるものです。
扶養的財産分与が認められるケースは非常に稀
実務的には、扶養的財産分与が認められるケースは正直に言うと非常に少ないのが現状です。
現役の裁判官と弁護士の共著の中には、以下の記述があります。
「実務的には、清算的財産分与や慰謝料としてある程度の額(目安としては「7桁」円以上)の給付が認められる場合には、これをもって離婚後の必要最低限度の生活を維持するに足りるものとして、扶養的財産分与の必要性は認められないことがほとんどです。扶養的財産分与が認められることは基本的にないものと思っておいた方が間違いがないでしょう。」
武藤裕一、野口英一郎共著「離婚事件における家庭裁判所の判断基準と弁護士の留意点」202頁
扶養的財産分与は、あくまで例外的かつ補充的な措置としてのみ認められる傾向にあります。
扶養的財産分与の相場は?
扶養的財産分与の金額は、当事者双方の収入、特有財産の額、養育費の額、親族の援助、公的扶助(児童扶養手当など)などを総合的に考慮して決めます。
実務では、婚姻中の婚姻費用の金額より低く、義務者(財産分与をする側)にとって過度な負担とならない額とされることが多いです。
婚姻費用より低額な額を一か月の生活費と考えて、その額に経済的自立までに必要な期間を乗じて、扶養的財産分与の額を計算します。
扶養的財産分与の支払期間はどのくらい?
扶養的財産分与における扶養期間は、権利者(財産分与を受ける側)の年齢、専業主婦であった期間、資格の有無などを考慮して、就職して経済的に自立するまでにどれくらいかかるかという観点から判断されます。
若年者ほど短く、高齢者ほど長くなる傾向があります。
実務的には、通常1年、最大で3年程度とされることが多いです。具体的事情によっては、5年程度まで認められる場合もあります。
扶養的財産分与の具体的な方法
1. 一括金の支払い
扶養的財産分与の最も一般的な方法は、一定期間分の生活費を一括で金銭で支払う形です。
一括で受け取ることで、不払いや支払いトラブルのリスクを回避できます。
計算方法:婚姻費用相当額(離婚前に生活を維持するための金額)より低い額を基準とし、自立までに必要な期間を乗じて算出します。
具体例
- 1か月の相当額:10万円(婚姻費用より低い額)
- 自立までにかかる想定期間:1年
→ 10万円 × 12か月 = 120万円
2. 分割払い
相手方に一括で支払う能力がない場合は、分割払いが選択されることもあります。
ただし、分割期間が長くなるほど、不払のリスクが高くなるため、できるだけまとまった金額を最初に受け取るのが望ましいです。分割金は少なく抑えた方がトラブルを回避できます。
分割払いを選ぶ際は、支払内容を明確にし、公正証書など法的な裏付けを取ることが重要です。
3. 生活費以外の特別な費用の支払い
生活費を支払う方法以外にも、就職のために必要な研修費用や就学費用、転居に必要な引っ越し費用や敷金相当額などを扶養的財産分与として受け取る場合もあります。
4. 住居の利用権
その他に、住居確保の必要性が高い事案では、元配偶者が所有する自宅に、扶養的財産分与として利用権(賃借権や使用貸借権)を設定するケースもあります。
裁判例には、扶養的財産分与として、離婚後の一定期間、妻と子3人が住む自宅に使用貸借権を設定した例もあります(名古屋高決平成18年5月31日)。
扶養的財産分与が認められやすい事情とは?
扶養的財産分与の判断のポイント
1. 他の財産分与や慰謝料の支払い状況
扶養的財産分与が必要かどうかは、まず清算的財産分与や慰謝料の支払い状況が重要です。これらによって、離婚後の生活が維持可能であると判断される場合、扶養的財産分与は認められない可能性が高くなります。
2. 必要性と金額のバランス
扶養的財産分与が認められるかどうかは、権利者(支援を求める側)の生活維持の必要性と、義務者(支払う側)の支払い能力とのバランスによります。義務者に十分な経済力がある場合や、支援がなければ権利者の生活が維持できない場合に、分与が認められやすいとされています。
3. ケースごとの柔軟な判断
家庭裁判所は画一的な基準ではなく、当事者双方の具体的な状況をもとに扶養的財産分与を判断します。そのため、詳細な事情の説明や証拠の提示が重要です。
扶養的財産分与が認められる可能性のあるケース
扶養的財産分与が認められるのは、あくまで例外的な場合に限られますが、以下のようなケースでは認められる可能性が比較的高いとされています。
1. 高齢の専業主婦
長年専業主婦として家庭を支えてきた場合、特に高齢で再就職が難しい場合には、扶養的財産分与が必要と判断される可能性があります。離婚後に自立する手段が限られている場合は、生活を支えるための支援が必要と考えられます。
2. 病気や身体的障害で就労が困難な場合
病気や障害があることで労働力を持たず、収入を得る手段が極めて限られる場合、扶養的財産分与が認められることがあります。この場合、医療費や日常生活の維持のために支援が必要とされます。
3. 乳幼児を監護している場合
離婚後に乳幼児の監護を担うことでフルタイムの就労が難しい場合、扶養的財産分与が考慮されることがあります。特に、子育てに集中する必要があると判断される場合、生活を補助するための分与が認められることがあります。
4. 義務者が有責配偶者である場合
不貞行為やDVなどで婚姻関係破綻の原因を作った有責配偶者が義務者の場合、権利者の生活を支える責任が強調されることがあります。
扶養的財産分与が認められやすい事情
清算的財産分与や慰謝料的財産分与などの支払がなく、離婚後の生活に困窮する可能性が高い場合、以下のような事情を主張・立証することにより、扶養的財産分与が認められる可能性があります。
義務者側(支払いを行う側)の事情
- 定職に就いており安定した収入がある
- 特有財産(相続財産など)がある
- 被扶養者がいない
- 有責性が大きい(不貞行為やDVなど)
権利者側(受け取る側)の事情
- 清算的財産分与や慰謝料的財産分与などの支払がない、または、低額
- 特有財産がない
- 無収入、低収入、収入が不安定
- 高齢や病気、乳幼児の監護のため就労が困難
- 有責性が小さい
一般的には「高齢」とまでは言えない60歳前後であっても、就職の難しさや、いつまで働けるかわからないといった事情を考えると、扶養的財産分与が認められる可能性はあります。
相手方からは「年金分割によって年金受給額が増えるのだから、経済的には十分だ!」と主張される可能性がありますが、年金分割だけで十分な生活費が確保できるケースは少ないでしょう。
扶養的財産分与が認められるケースはたしかに少ないですが、具体的な事情を詳しく検討すれば、有利になる事実が浮かび上がる事例もあります。
専門家である弁護士に相談すれば、一般の方が気付かない視点から有利な事実を発見できる場合があるため、不安な方は一度弁護士に相談してみるのがおすすめです。
扶養的財産分与が認められた裁判例
①75歳無職の妻に扶養的財産分与が認められた事例(東京高判昭和63年6月7日)
妻は「現在75歳であり、離婚によって婚姻費用の分担分の支払を受けることもなくなり、相続権も失う反面、これから10年はあると推定される老後を、生活の不安に晒されながら生きることになりかね」ないとして、1,200万円の扶養的財産分与を認めました。
②妻と夫の収入格差が大きい場合に扶養的財産分与が認められた事例(東京地判平9年6月24日)
裁判所は、原告(妻)の年収は120万円程度、被告(夫)の年収は800万円以上と認定した上で、「原告の収入は被告に比較して大幅に少なく、この差は今後も解消される見込みはない。また、原告は、現在のところ二男の面倒を見ており、当面の二男の学費を負担することになる。したがって、扶養的要素についても考慮する必要がある。」として、扶養的要素も考慮して財産分与の額を判断しました。
扶養的財産分与を受け取るための手続き
夫婦間で話し合う方法
扶養的財産分与を受け取りたいと考える場合、まずは夫婦の話し合いで解決できないか検討してみましょう。
事前に夫婦の共有財産をリストアップして、その書面を見ながら話し合うとスムーズです。
扶養的財産分与は、慰謝料のように相手の法的責任を追及するためのお金ではないので、交渉次第では相手が支払に応じやすくなる可能性があります。その際は、清算的財産分与の対象である共有財産がほとんどないこと、相手方には資力がある一方、こちらには資力がないこと、そのために離婚後の生活に困窮する可能性が高いことを冷静に伝えるようにしましょう。
とはいえ、当事者同士の話し合いでは、どうしても感情的になりやすいため、少しでも不安がある場合は、早めに弁護士に相談に行くのが解決への近道です。
合意できた場合は、強制執行認諾文言付き公正証書を作成して、確実に給付を受けられるように備えておくと安心です。
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裁判所に申し立てる方法
当事者の話し合いで合意に至らなかった場合は、裁判所の手続を利用する方法があります。
財産分与に関する手続は、離婚前であれば離婚調停、離婚後であれば財産分与調停などを申し立てることになります。
①離婚調停
離婚前の場合、離婚調停の中で財産分与についても話し合いをすることができます。
調停不成立の場合は、当然には次の手続きには移行しません。引き続き、裁判所の手続によって解決を図りたい場合は、離婚訴訟を提起して、その中で財産分与に関する処分を申し立てる必要があります。
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②財産分与調停
離婚後、財産分与について当事者で合意できない場合は、離婚の時から2年以内に財産分与調停または財産分与審判を申し立てます。調停の場合は、財産分与調停を申し立てます。
調停が不成立となった場合、自動的に家事審判に移行します。家事審判では、裁判官が当事者双方の主張や証拠を基に最終的な判断を下します。
再婚時の注意点
離婚後、財産分与を請求する時点で再婚していると、扶養義務は再婚相手が負うことになるため、扶養的財産分与の必要性が否定されます。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
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