離婚で今までの生活費を取り戻す!未払い分を請求し回収する方法
「夫が勝手に家を出て行き、生活費を一切入れてくれなかった」
「生活費をもらえず、自分の独身時代の貯金を取り崩して生活してきた」
離婚を目前にして、これまで支払われなかった生活費に対し、「過去の分をまとめて返せ!」と憤るのは当然のことです。
しかし、いざ調べると「生活費の請求は申し立てた時からしか認められない」という情報が出てきて、諦めかけている方もいるかもしれません。
結論からお伝えすると、過去の未払い生活費を諦める必要はありません。
確かに「遡っての請求」には法的なハードルがありますが、財産分与など別の名目で実質的に回収するテクニックが存在するからです。
この記事では、未払いの生活費を離婚時の清算として捉え直し、相手からしっかり回収するための手順と交渉術を解説します。
目次
「生活費返せ」は認められる?請求できるお金の法的根拠
まず、一般的に「生活費」と呼ばれるお金が、法律上どう扱われるのかを整理します。
ここを理解することが、回収への第一歩となります。
生活費の法的名称は「婚姻費用」
法律では、夫婦の生活費のことを婚姻費用と呼びます。
夫婦には、お互いの生活レベルを同等に保つ義務(生活保持義務)があり、別居中であっても、収入の多い側は少ない側に対して、生活費を分担して支払う義務があります。
つまり、「生活費を返せ」という主張は、単なる感情論ではなく、未払いの婚姻費用の支払いを求める正当な法的権利に基づくものです。
過去にさかのぼっての婚姻費用請求は難しい
家庭裁判所の実務では、婚姻費用の分担請求は請求した時(調停を申し立てた時)から認められるのが一般的です。
これは、過去に請求していなかった期間について「その時点では生活に困っていなかった」とみなされてしまう傾向があるためです。
そのため、本来であれば別居後すぐに婚姻費用分担請求調停を申し立てるのが最善でした。
例外的な事情がない限り、未申立期間に遡って法的に請求することは難しいというのが実務上の現実です。
過去の未払い生活費を財産分与で回収する方法
過去の婚姻費用の請求が認められない場合、離婚条件の話し合いの中で財産分与の一部として清算(回収)するのが、実務における解決策です。
財産分与の「一切の事情」として考慮させる
財産分与とは、夫婦で築いた財産を半分ずつ分ける制度(2分の1ルール)ですが、法律には以下のような規定があります。
家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
民法第768条3項(抜粋)
この「その他一切の事情」という要素が重要です。
過去に支払われるべきだった婚姻費用の未払い分を、本来あるはずだった財産の持ち出し(または負債)と考え、財産分与の計算時に考慮させるのです。
例えば、夫婦の共有財産が1,000万円あり、未払い生活費が200万円あるケースで考えます。
通常の財産分与では夫500万円・妻500万円となりますが、未払い分を考慮して夫の取り分から200万円を差し引き、妻に上乗せする(夫300万円・妻700万円)という調整が実務上行われています。
このように、財産分与の名目で未払い婚姻費用の回収を実質的に完了させることが可能です。
自身の貯金を取り崩していた場合の清算
夫が生活費を入れなかったために、妻が独身時代の貯金(特有財産)を取り崩して生活していた場合、そのお金は「夫婦の共同生活のために、妻側が立て替えたお金」と言えます。
独身時代の貯金は本来、財産分与の対象外(個人の資産)です。
それが夫婦生活のために減少したのですから、離婚時に精算を求めるのは理にかなっています。
このように、未払い生活費の問題は単体で考えるのではなく、離婚時のお金のやり取り全体の中で解決を図るのが賢明な戦略です。
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いくら返してもらう?回収額の計算と証拠作り
「返せ」と主張するためには、「いくら返還を求めるのか」を数字で具体的に示す必要があります。
未払い額の算出シミュレーション
請求額は、裁判所の婚姻費用算定表を基準にするのが一般的です。
例えば、夫の年収等から算定表により月額10万円が適正額であるにもかかわらず、3万円しか渡されていなかった期間が1年あるケースで考えてみましょう。
未払い額の算出例
| 本来支払われるべき額 | 120万円 (10万円×12ヶ月) |
| 実際の支払額 | 36万円 (3万円×12ヶ月) |
| 請求額 (回収目標) | 84万円 (120万円-36万円) |
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生活費を受け取っていない事実を証明する証拠
相手方が「手渡しで十分な額を渡していた」と、事実と異なる主張をする可能性もあります。
そのような事態に備えて、以下の証拠を揃えておきましょう。
- 預金通帳
夫からの入金がない事実、貯金を引き出している事実 - 家計簿
日々の収支、夫から受け取った金額の記録 - LINE・メール
「生活費を入れて」「金がない」等のやり取り - カード明細
生活必需品を妻名義で決済していた記録
相手が「金がない」「払わない」と拒否した場合の対処法
過去の未払い分は、相手方にとっても「終わったこと」という認識であることが多く、支払いに抵抗されがちです。
ここでは有効な交渉手段を紹介します。
「払わないなら離婚しない」という駆け引き
相手が離婚を急いでいる状況では、離婚届への署名そのものが非常に強い交渉材料になります。
例えば、「過去の生活費を清算しない限り離婚には応じられない」と伝え、必要であれば調停や訴訟に進む意思を示すことで、相手にとって早期離婚が難しくなるため、強いプレッシャーとなります。
このように、離婚合意の前提として未払いの婚姻費用の支払いを求めることで、相手に状況を理解させ、実際の支払いを促す効果が期待できます。
慰謝料請求への切り替えを検討する
相手が正当な理由なく生活費を渡さない場合、その行為は民法770条1項2号の悪意の遺棄にあたり、法定離婚事由および慰謝料請求の対象になり得ます。
未払いの生活費(婚姻費用)をそのまま「過去の生活費」として請求することが難しい場合、悪意の遺棄を理由として同額相当の慰謝料請求に切り替えるのも有効です。
実務上、未払いの生活費全額がそのまま慰謝料として認められるわけではありませんが、生活費の不払いが婚姻破綻の主な原因であれば、慰謝料額の判断において考慮されることもあります。
強制執行(差し押さえ)の準備
話し合いで決着がついたとしても、口約束では不十分です。
必ず離婚協議書として書面化し、さらに公正証書にしておくことが大切です。
「支払いが滞った場合には給与や預金を差し押さえる」といった強制執行認諾文言を入れておけば、将来的な未払いリスクを大幅に低減できます。
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未払い生活費の合意内容を書面に残す記載例
生活費の支払いに関する合意内容は、必ず書面に残しておくことが重要です。
離婚協議書を作成する際は、支払う金銭の理由や、この支払いによって過去の未払い分がすべて解決するのかといった点を、夫婦間で明確に共有し、合意内容を明記しておきましょう。
「解決金」として名目を変えて記載する
相手が「生活費の未払い」や「慰謝料」といった表現を嫌がる場合、名目を「解決金」や「和解金」として記載することで、合意が成立しやすくなるケースが多いです。
第〇条(解決金)
甲(夫)は乙(妻)に対し、本件離婚に伴う解決金として、金〇〇万円を支払う義務があることを認める。
2 甲及び乙は、前項の解決金に、別居期間中の未払い婚姻費用が含まれていることを確認する。
清算条項を入れる際の注意
清算条項とは、離婚協議書で約束した金銭の支払い以外には、金銭を請求しないという条項です。
未払いの生活費が回収されていない段階で、清算条項を含む書面に署名してはいけません。
署名してしまうと、その時点で過去の未払い分に対する請求権を放棄したことになり、後から請求することができなくなるためです。
離婚時の未払い生活費に関するよくある質問
Q. 別居後数年経過しても生活費を請求できる?
話し合いや財産分与の調整次第では可能です。
調停審判などの法的手続きでは「申立時」からの分しか認められないのが原則ですが、夫婦間の話し合いで合意すれば、期間の制限なく全額支払わせることができます。
諦めずに財産分与の中で考慮してもらうよう主張すべきです。
Q. 勝手に家を出ていった夫へ生活費を請求できる?
夫が一方的に家を出て行った場合であっても、法律上の夫婦である限り、生活保持義務(婚姻費用分担義務)はなくなりません。
夫が正当な理由なく家を出て行き、生活費の支払いを怠った事実は「悪意の遺棄」として、慰謝料請求の根拠にもなり得ます。
Q. 専業主婦で貯金を切り崩して生活していた分は返してもらえる?
財産分与の中で考慮され、実質的に回収できる可能性があります。
ただし、法的には全額の返還が保証されるわけではなく、あくまで妻の貢献(事情)として財産分与額に反映される形になります。
通帳履歴等で金額を明確にし、夫の取り分から差し引くよう粘り強く主張することは有効です。
泣き寝入りせず生活費を回収するために
過去の未払い生活費は、法的な原則の壁がありますが、財産分与の実務運用を活用すれば回収は十分に可能です。
相手方が交渉に応じない場合や、金額の算出で揉める場合は、個人の力だけで解決しようとせず、弁護士への相談を検討すべきです。
専門家の介入により、適正な金額での回収と早期解決が実現する可能性が高まります。

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
