開示請求の基準とは?法的措置をとるべき誹謗中傷のラインはどこから?

開示請求の基準は?

誹謗中傷の被害に遭うと、精神的苦痛や社会的信用の低下など、深刻な被害を受ける可能性があります。しかし、発信者を特定できなければ、名誉回復や損害賠償請求などの法的措置をとることができず、被害を回復することは難しくなります。

不安や恐怖を感じ続けること、周囲からの視線や偏見に悩むこと、就職や転職の機会を失うことなど、誹謗中傷の被害は、被害者の生活や人生に大きな影響を及ぼすものです。

こうした深刻な被害を軽減するために「開示請求」を取りたいと考えている方に向けて、開示請求の基準や、法的措置を取るべき対象について解説します。

誹謗中傷で開示請求が認められる基準

発信者情報開示請求が認められる基準は以下の通りです。

発信者情報開示請求の基準
  1. 請求相手が開示関係役務提供者に該当すること
  2. 自己の権利を侵害されたとする者であること
  3. 特定電気通信による情報の流通であること
  4. 権利侵害が明らかであること
  5. 正当な理由が存在すること
  6. 開示を求める内容が発信者情報であること

それぞれの基準について、よりくわしく説明します。

(1)請求相手が開示関係役務提供者に該当すること

開示請求の相手は、特定電気通信による情報の流通を役務として提供している者である必要があります。具体的には、インターネットサービスプロバイダ(ISP)、SNSの運営会社、掲示板の管理者などが該当します。

(2)自己の権利を侵害されたとする者であること

開示請求をする者は、誹謗中傷によって自己の権利を侵害された本人もしくはその代理人に限られます。

代理人とは弁護士のことで、未成年に限っては親権者である親も可能です。一方でインターネットにくわしい企業であっても代行はできません。

(3)特定電気通信による情報の流通であること

開示請求の対象となる情報は、インターネット上で不特定の者によって受信されることを目的とする通信を指します。

具体的には、誰でも見られるインターネットの掲示板やSNSだと考えておきましょう。

(4)権利侵害が明らかであること

開示請求をする者は、誹謗中傷によって自己の権利が侵害されたことが明らかであることを立証する必要があります。

インターネット上の誹謗中傷で問題となりやすい権利は、名誉権、プライバシー権、肖像権、パブリシティ権などです。

権利侵害の例

  • 前科があると書かれた
  • 不倫していると書かれた
  • 風俗で働いていると書かれた
  • 顔写真が晒された
  • 運転免許証が晒された

なお、「その誹謗中傷が、現実にいる誰のことか客観的にみて明らか」であることが必須です。「これは自分のことを書かれている」と当事者がわかるだけでなく、客観的にみて同一視できたとき、権利侵害が起こっているといえます。

(5)正当な理由が存在すること

開示請求をする者は、権利侵害の救済のために開示請求を行う正当な理由があることを立証する必要があります。「ただ知りたい」というだけでは難しいでしょう。

相手に対する損害賠償請求や刑事告訴のためなど、権利侵害を救済するための具体的な方法を実行するために必要だということを示す必要があるのです。

(6)開示を求める内容が発信者情報であること

開示請求の対象となる情報は、発信者の特定につながる氏名、住所、メールアドレス、メールアドレス発信者のIPアドレス、IPアドレスと組み合わされたポート番号、携帯端末のインターネット接続サービス利用者識別番号、SIMカード識別番号、タイムスタンプです。

なお状況に応じて「特定発信者情報」についての開示請求権も認められます。特定発信者情報は、アカウント作成・削除やログイン・ログアウト時の通信情報などです。

開示請求の見通しは弁護士に相談

発信者情報開示請求が認められる基準のなかには、法律の専門家である弁護士の判断をあおぐべきものもあります。

発信者情報は一定の期間を過ぎると消えてしまうので、できるだけ迅速に判断して、適切な手続きを進めることが必要です。

発信者情報の開示を求める方法は2つの方法があり、メリットとデメリットに応じて選択可能です。関連記事『発信者情報開示請求の要件と流れ|誹謗中傷の投稿者を特定する方法を解説』でも紹介していますのであわせてお読みください。

誹謗中傷とは?法的措置の対象となるラインがある?

誹謗中傷が被害者の権利を侵害しているとき、あるいは刑法に違反しており刑事処罰の対象であるときに法的措置の対象となるのです。

ネット上の誹謗中傷とは、インターネット上で他人の悪口や中傷を書き込むことです。

具体的には、以下のようなものが誹謗中傷に該当します。

  • 容姿や人格を貶める
  • プライバシーを侵害する
  • 社会的地位を貶める
  • 差別的な発言

ここからは誹謗中傷が法的措置の対象となるケースについてくわしくみていきましょう。

被害者の権利を侵害しているもの

誹謗中傷による権利侵害の例として、名誉毀損、侮辱、プライバシー侵害、肖像権侵害について説明します。

名誉毀損

名誉毀損とは、公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者を罰する犯罪です。

名誉毀損罪の要件

  • 「公然」とは、不特定または多数の者によって知られる状態
  • 「事実を摘示」とは、事実を明らかにすること、または事実を述べること
  • 「名誉を毀損」とは、人の名誉を傷つけること

掲示板やSNSなど、インターネットに接続できるものならだれでも閲覧できる場は「公然」であるといえます。

事実の摘示とは、たとえば、「前科がある」「不倫をしている」「万引きの常習犯だ」などの具体的な事柄を述べることをいいます。事柄の真偽は関係ありません。

名誉を毀損とは、周囲からの評価を下げうるものをいいます。たとえば「毎朝コーヒーを飲む」「ランニングが趣味だ」などは趣味嗜好の範囲であり、特段評価を下げうるものとはいいがたいでしょう。

侮辱罪

侮辱罪とは、公然と人を侮辱した者を罰する犯罪です。

名誉毀損罪との違いは「事実の摘示」の有無のみで、侮辱罪は事実の摘示がない場合に検討すべき刑罰です。

公然の場で「ばか」「ゴミ」「ブス」といった侮辱的な表現を用いた場合には侮辱罪に該当する可能性があります。

名誉毀損罪か侮辱罪かの判断は、誹謗中傷の書き込み内容や、一連の流れをみて慎重に判断するべきです。

弁護士との法律相談時には、当該書き込み箇所を、投稿日時とURLがわかる形式でスクリーンショットしておき、証拠として持参することをおすすめします。

名誉感情の侵害

名誉毀損や侮辱罪といった犯罪にあたるもののほか、名誉感情の侵害も権利侵害と言えるでしょう。

その人の人格を傷つけるような言葉や悪口が、一般的に受忍できる限度を超えているときには権利侵害があるものとして法的対処が取れる可能性があります。

プライバシー侵害

プライバシー権とは他人に知られたくない情報を知られないようにする権利ですあり、プライバシー侵害とは、他人のプライバシー権を侵害する行為をいいます。

例えば、他人の氏名や住所を無断で公開することや(個人情報の無断公開)、破産情報や前科情報の無断投稿(一般的に知られたくない情報の無断公開)が、プライバシー侵害に該当するでしょう。

プライバシー侵害の基準や事例についてもっと詳しく知りたい方は、関連記事『プライバシー侵害とは|プライバシー侵害の基準・事例・対処法』をお読みください。

肖像権侵害

肖像権とは、自分の容姿を写真や映像などで撮影・公表されることをコントロールする権利です。許可なく撮影したり、撮影した写真を勝手に使用・公表することは肖像権侵害といえます。

肖像権侵害は「人格権」と「財産権」にわけることができ、おおむね財産権については著名人で問題となるものです。

肖像権侵害の考え方

権利内容
人格権撮影を拒否する権利自分の顔や容姿をみだりに撮影されない権利
人格権使用・公表を拒否する権利自分の肖像を勝手に使用・公表されない権利
財産権パブリシティ権肖像とむすびつく財産的利益を保護する権利

肖像権侵害については、関連記事『肖像権とは?|肖像権侵害の基準や対処法』でもわかりやすく説明していますので参考にしてみてください。

刑事処罰の対象となるもの

誹謗中傷による権利侵害のなかには、刑事処罰の対象となるものがあります。そのため、民事責任を問うだけでなく、刑事事件として取り扱ってもらうことも検討しましょう。

たとえば、名誉毀損罪、侮辱罪、プライバシー侵害、肖像権侵害のうち、名誉毀損と侮辱については犯罪行為として訴えることが可能です。

名誉毀損罪と侮辱罪の法定刑

罪名法定刑
名誉毀損罪3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金
侮辱罪1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料

プライバシー侵害や肖像権侵害そのもののは刑事処罰の対象とはなっていません。

しかし、プライバシー侵害や肖像権侵害がなされたことで名誉感情が傷つけられたものとして、名誉毀損罪や侮辱罪に問える可能性があります。

【コラム】法的措置の対象とならないもの

誹謗中傷の事実はあっても、「違法性阻却事由」により法的措置が認められないケースがあります。

違法性阻却事由とは、本来は違法とされる行為が、特別な事情により違法とされない事由のことをいいます。有名な例としては、正当防衛であったり、医師による医療行為だったりがあげらるでしょう。

ネット上の誹謗中傷も同様に違法性阻却事由により名誉毀損とはいえないケースもあります。

具体的には、以下の要件を満たす場合には、名誉毀損罪の成立を阻却されるとされています。

  • 公共の利害に関する事実を摘示したこと
  • 公益を図る目的で行われたこと
  • 摘示された事実が真実であること

例えば、企業の不正を告発する目的で事実に基づいた発言を行った場合には、名誉毀損罪の成立を阻却される可能性があります。

誹謗中傷の開示請求に関するQ&A

誹謗中傷の開示請求の成功率を上げる方法は?

開示請求は必ず成功するわけではありません。開示請求の成功率を上げるためには、基準を満たした請求を目指すべきです。

開示請求の成功率を上げる具体的な対策としては、弁護士に権利侵害の見解を聞くことや、発信者情報が消去されないうちに手続きを開始することが必要といえます。

誹謗中傷をされたことで精神的ショックを受けたり、怒りを覚えたりするのは当たり前のことです。しかし法的措置をとるためには、誹謗中傷を「法律問題」としてとらえて対処する必要があります。

誹謗中傷の開示請求が棄却されるケースとは?

開示請求が棄却されるケースには、誹謗中傷による権利侵害が認められないケース、発信者情報開示請求に正当な理由が認められないケースの2つが考えられます。

権利侵害があること、正当な理由があることは開示請求の基準なので、これらを満たしていないと発信者情報開示請求は棄却されるのです。

たとえば次のような理由で開示請求が却下される可能性があります。

  • 誹謗中傷の内容が侮辱罪や名誉毀損罪とまでは言えない
  • 画像は無断投稿されたものの公表されているもので、投稿目的も権利侵害のためとはいえない
  • 誹謗中傷の内容が被害者を指すものとは判断できない(同定可能性がない)
  • 発信者情報開示請求によって加害者の住所を突き止めることで、加害者に危害を加える恐れもある

発信者情報開示請求が棄却されているうちに、発信者情報の保存期間を超過することも有り得ます。基準を満たすものか、まずは弁護士に被害内容を相談して見解を聞いてみましょう。

関連記事『発信者情報開示請求が通らないケースとは?請求棄却や失敗のパターンを紹介』では発信者情報開示請求が棄却されてしまうケースや棄却された判例も紹介しています。発信者情報開示請求に向けた対策記事としてお役立てください。

誹謗中傷の開示請求の費用はいくら?

発信者情報開示請求の費用相場は、裁判所の手続きに数万円弁護士費用に数十万円から100万円程度といわれています。

どういった手続きをとるのかでも変わりますし、法律事務所ごとの費用体系も様々です。

弁護士との法律相談をとおして費用体系をたしかめ、おおよその見積もりを取っておくようにしてください。

誹謗中傷の開示請求でいくらとれる?

誹謗中傷が名誉毀損罪にあたると認められた場合、慰謝料相場は個人の場合で10万円から50万円、企業の場合は50万円から100万円程度といわれています。

開示請求にかかった費用は「調査費用」として請求しうるものですが、弁護士費用についてどの程度認められるかは千差万別です。

関連記事『誹謗中傷の慰謝料相場はいくら?損害賠償請求の流れと注意点をおさえよう』では、権利侵害の内容ごとに慰謝料相場を解説しています。参考にしてみてください。

誹謗中傷の開示請求はネットにくわしい弁護士に任せよう

誹謗中傷に対する発信者情報開示請求は自分でもできます。しかし、開示請求の基準のなかには法律の知識やノウハウが必要な部分もあるので、弁護士に任せるほうがスムーズに進む可能性は高いです。

開示請求の基準を満たさずに棄却されてしまうと、最悪のケースでは発信者情報の保存期間を超過してしまい、特定できなくなってしまいます。

権利侵害が明らかであること、正当な理由が存在すること、開示を求める内容が発信者情報であることについては、個々の事案ごとに判断されます。そのため、早めに弁護士に相談し、開示請求の基準を満たすように主張するためのアドバイスを受けることが重要です。

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

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