労災保険は使わない方がいい?使っておいて損はない理由やメリット・デメリット
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職場で事故の被害に遭った時、労災保険を申請すべきか悩まれる方も多いでしょう。労災保険は日常的に使う制度ではないため、受け取れる金額や申請方法などたくさんの疑問が生じるはずです。また、労災保険を申請すると、「会社は嫌な顔をしないか」と不安を抱く方もいるでしょう。
結論としては、労災保険は使っておいて損はない仕組みだといえます。労災保険は補償範囲や対象となる疾病の範囲が広く、労災の利用による不都合も大きくありません。
今回は労災保険のメリット・デメリットを解説し、労災保険を利用すべきだといえる根拠を客観的に伝えていきます。労災を利用すべきか迷っている方は、ぜひ参考にしてください。
労災保険を使用するメリット
たとえば、通勤中に車の交通事故に見舞われた場合では、労災保険のほかに、事故相手の自賠責保険や任意保険から補償を受けられます。
ここからは労災保険独自の利点について詳しく解説します。
労災保険は労働者の過失割合の影響を受けない
交通事故にあった場合、相手方の自賠責保険や任意保険からも補償を受けられます。補償額は事故ごとの過失割合に応じて決まる流れです。過失割合とは、事故における当事者同士の「事故に対する責任の割合」をさします。
自賠責保険は交通事故の被害者救済を目的として、最低限の補償をしてくれる保険です。そのため、過失割合による保険金減額には特定の条件が付いています。
その条件とは、大きな過失(7割以上)があるときにかぎって、自賠責保険の保険金が減ることです。つまり、労災にあったとしても交通事故の過失割合が大きい時には、相手方の自賠責保険から十分な保険金がもらえません。
一方で、労災保険の給付金は過失割合の影響を受けません。特に、労働者の過失割合が大きいと思慮される場合は、労災保険を利用すべきだといえます。
なお、同一の補償項目を二重で補償してもらえるわけではありません。相手方の自賠責保険や任意保険から保険金を受け取っている分と、労災保険からの受け取り分とで調整がなされます。
労災保険と損害賠償金の調整については、関連記事『労災の損害賠償算定と請求方法!労災と民事損害賠償は調整される』もあわせてお読みください。
労災保険を使用することで手厚い補償を受けられる
労災保険は補償内容が手厚いことも特徴です。治療に要した費用のほか、休業を余儀なくされた期間の給料相当額、後遺障害が発生した場合の補償なども対象になります。事故によって被害者が死亡した場合は、被害者が生計を維持していた範囲の遺族への補償金や葬式の費用なども支払われます。
治療、障害、死亡と各局面で金銭的な援助を受けられるため、非常に心強い仕組みです。
治療費の負担がゼロになる
労災保険を利用すれば、治療に生じた費用に関しては、自己負担の必要がありません。通常の受診時に利用する健康保険の場合、利用者の年齢に応じて、治療費のうち1~3割を自費で負担する必要があります。
労災保険では現物給付といって、金銭以外も療養の給付対象となるのです。この給付の範囲は、診察や薬剤の投与、手術、居宅での看護など幅広いものになっています。
ただし、療養の給付を受けるためには、労働者災害補償保険法で規定された指定病院等を受診する必要があります。指定病院等とは労災保険を取り扱う病院を指し、社会復帰促進等事業で設置された、もしくは労働局長の指定を受けた病院であることが要件です。
一定の条件に該当すれば、指定病院以外を受診しても、事後的に治療へ要した費用の補償を受けられます。
療養に関する給付の関連記事
労災保険は使用できる機会が多い
労災保険では、業務中に生じた事故である業務災害や、通勤途中に生じた事故である通勤災害によって生じる負傷や疾病、障害、死亡などが労災保険の対象となります。
たとえば、いつものルートを使って通勤中に交通事故に遭った時は、通勤災害として補償の対象となるのです。
また、労災保険は事業主に雇用されているものを対象とするため、正社員だけでなくパートやアルバイトも使用することが可能であり、怪我の程度を問いません。
さらに、直近の法改正によって複数業務要因災害も労災保険の対象となったことを知っておきましょう。この改正は複数の会社で働いている方に対して、補償範囲を広げたものです。
従来、兼業や副業などで2つ以上の会社で働いている場合、それぞれの企業で認定要件を満たさなければ労災の給付を受けることはできませんでした。今般の法改正によって、1つの企業では支給要件を満たさないケースでも、複数の事業場を総合的に考慮して要件を考えることが可能になったのです。
つまり、A事業所とB事業所のどちらも労災不認定と判断されたケースでも、両者を合算して要件に該当するのであれば、労災認定がなされます。なお、対象となる疾患は脳や心臓系の疾患および精神障害です。
複数業務要因災害は、社会全体として働き方が柔軟になりつつあるため、導入された仕組みです。法改正があったばかりなので、具体的な制度の構築はもう少し時間がかかることに注意しましょう。
労災保険が利用可能となる業務災害や通勤災害の要件について詳しく知りたい方は、以下の関連記事をご覧ください。
労災保険を使用するデメリットはあるのか?気になる点を紹介
労災保険を使用すると会社からの評価は下がらないのか?
労災保険を使用する際には、会社に労災保険を使用することを告げて、申請手続きを会社に協力してもらいながら行っていくことになります。
また、会社は労災が発生した場合には労働基準監督署への報告が必要となってくるため、労災保険の使用により会社に手間を生じさせしまうことになるのです。
このようなことから、労災保険を使用したために会社からの評価が下がってしまい、査定に響くことを気にしてしまう方もいるでしょう。
しかし、労災保険を使用したことを理由として会社からの評価を下げるということは、不当な評価といえます。労災が生じた際に労災保険を使用することは労働者に認められた権利といえるためです。
ただし、労災により休業となったことが原因で出勤日数が減少し、賞与が減額になるということはあり得ます。労災による休業中の賞与を減額してはいけない、または、休業中の労働者を出勤したとして扱うといった内容の法律はありません。
そのため、賞与の計算方法が労働者の出勤日数に応じたものであるなら、休業により出勤日数が減少したことを理由に賞与を減額することが可能となるのです。
労災保険を使用することで請求できなくなるものがないのか?
労災保険を使用したために、他の保険を使用すれば得られたはずの補償や、労働者に認められる請求権により得られるものが得られなくなるなら、デメリットといえるでしょう。しかし、労災保険に関してはこのようなデメリットは存在しません。
ただし、労災保険を使用することで得られる給付と同視できる補償や請求権については調整が行われるので、注意してください。
労災保険 | 同視できる補償 |
---|---|
療養(補償)給付 | 治療関係費 |
休業(補償)給付 傷病(補償)年金 | 休業損害 |
障害(補償)給付 | 逸失利益 |
調整がなされないと補償の二重取りとなり、労働者が本来得られる範囲を超えた補償を受けることになってしまうためです。
もっとも、労災保険を使用することで、得られる補償の範囲や労働者に認められる請求権が不当に制限されるという意味ではないので安心してください。
コラム|労災保険の申請だけで慰謝料はもらえません
労災保険は、ある程度の充実した給付が受けられることが分かりました。
しかし、労災保険は、労働者に生じたあらゆる損害を補てんしているわけではないことに注意してください。労災保険が補てんしない損害の代表例が「慰謝料」です。
労災保険に対しては、慰謝料を請求することができません。慰謝料は労働災害補償保険法において給付する旨が規定されていないため、労災保険による補償は受けられないのです。
労災保険は最低限の補償が目的の制度なので、労災事故によって生じたすべての損害を補てんできるわけではありません。慰謝料を受け取りたければ、労災保険の請求とは別に、会社や加害者である第三者に対する損害賠償請求の手続きが求められます。
損害賠償を請求する場合には、示談交渉や裁判といった流れになります。弁護士へ依頼をすると対応を一任できるので、ずいぶん負担は軽減されるでしょう。
ただし、契約前には相談料・成功報酬なども確認を取り、最終的にどれくらいの金額が手元に残るのか、見通しをたずねるようにしてください。
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労災保険は使った方がいいといえる理由
労災保険を使うメリットやデメリットを紹介してきましたが、メリットはあるものの基本的にデメリットがないことはご理解いただけたでしょう。原則として、労災保険は使っておいて損はない制度だといえます。
使うか使わないかは本人の自由ですが「会社にめんどくさいと思われるから…」と労災の事実を隠すことはあってはなりません。労災保険を使うべきだといえる理由について解説します。
労災保険を使わないとかえって会社に迷惑がかかる
従業員が業務上の事故によって負傷したり死亡した場合、事業主は労働基準監督署に対して死傷病報告書を提出する必要があります。死傷病報告書の提出は労働安全衛生規則に規定された法的な義務なので、違反したら罰則を受けます。死傷病報告書を提出しない状況は、いわゆる労災隠しにあたり、50万円以下の罰金が科されるのです。
さらに、労災隠しの場合、刑事事件化して書類送検されるケースも少なくありません。罰金額は大したことがありませんが、書類送検によって会社の社会的なステータスに影響する可能性は考えられます。労災を会社に伝えないことが原因で、会社の評判が落ちる場合もあるのです。
このような会社への迷惑がかかる恐れがあるため、労災が発生した際にはその旨を会社に伝え、労災保険を利用しましょう。
特別支給金は損害賠償請求との支給調整対象外
補償が二重取りにならないよう、労災保険給付と同視できる補償に関しては調整が行われる点については先述した通りです。ただし、労災保険の「特別支給金」は、支給調整の対象外になります。
特別支給金は、保険給付の上乗せ分として支給されるものなのです。
通常の保険給付は被災前の賃金と比べて金額が低くなりがちです。さらに、この金額はボーナスを考慮せずに算定されているため、実際の賃金水準よりも低くなります。
そこで、被災者への十分な補償を確保するために、特別支給金の制度が設けられているのです。
たとえば、休業補償等給付の場合、特別給付金として給付基礎日額(簡単にいえば、3ヵ月以内の平均賃金)の20%が支払われます。通常の休業補償給付は給付基礎日額の60%です。両者を組み合わせると、トータルで被災前賃金の8割に相当する支給を受けられます。
特別支給金は、労災申請しなければもらえません。労災に当たる交通事故の場合は、労災申請を忘れてしまいがちなので注意しましょう。
労災保険の休業補償給付や特別支給金の仕組みについてもっと詳しく知りたい方は、関連記事も参考にしてください。
休業補償と特別支給金の関連記事
労災事故の損害賠償請求を検討するなら弁護士相談
どういうケースで弁護士相談を活用すべきか
会社に安全配慮義務違反が認められる労災や、第三者の故意や過失が認められる労災では、労災保険の利用とあわせて損害賠償請求を検討するようにしましょう。
以下のようなお悩みの解決に、法律相談がお役に立てる可能性があります。
- 交通事故にあい、労災保険の活用を悩んでいる
- 会社側に対する慰謝料請求も視野に入れている
労災保険と損害賠償請求をどのように組み合わせていけばいいのか迷っている場合は、弁護士に相談してみましょう。
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労災事故によって重い後遺障害が残ったり、亡くなられてしまったケースで、会社などに対して損害賠償請求を検討されている場合は、アトム法律事務所の無料相談をご活用ください。
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アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了