業務災害にあってしまったら|複雑な労災保険制度を弁護士が解説 | アトム法律事務所弁護士法人

業務災害にあってしまったら|複雑な労災保険制度を弁護士が解説

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弁護士が解説|業務災害の労災保険精度

業務災害とは、労働者が「業務中」に労働災害(労災事故)にあってしまうことをいいます。

業務災害にあった場合には、労災保険を利用することができるのですが、その仕組みはやや複雑で、結局のところ自分が保険給付の適用をされるのか、適用されるとしてどの給付金をいくら受け取ることができるのか等は、専門的な知識がなければ分かりづらいものとなっています。

このページでは、その労災保険の制度の概要や労災に関するトラブル、弁護士に依頼するメリット等を解説していきます。

業務災害に該当する要件を解説

そもそも業務災害とは何か

業務災害とは、「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」のことをいいます。

つまり、会社に雇われている人が、その仕事のせいで、怪我や病気をしたり、後遺症が残ったり、亡くなることをいいます。

なお、通勤中に生じた労災は「通勤災害」となり、給付金の名称や給付申請で必要となる書類などが一部異なります。
通勤災害についてはこちらの関連記事『通勤災害とは何か|寄り道で怪我しても労災?』にて詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。

どういう場合に業務災害に該当するか

業務災害といえるためには、労働者災害補償保険法7条1項1号の「労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡」に該当していることが必要です。

ここで主に問題になるのは「業務上」といえるかどうかです。業務上といえるかどうかは、業務遂行性と業務起因性が認められるかどうかで判断されます。

業務遂行性とは

業務遂行性とは、労働者が事業主の支配ないし管理下にある中で、という事を意味します。

以下の3パターンに大別されます。

  1. 事業主の支配下にあり、かつ、その管理下にあって、業務に従事している際に生じた災害(事業場内で作業に従事中の災害)
  2. 事業主の支配下にあり、かつ、その管理下にあるが、業務には従事していないときの災害(事業場内での休憩中や、始業前・就業後の事業場内での行動の際の災害)
  3. 事業主の支配下にあるが、その管理を離れて、業務に従事している際の災害(事業場外で労働しているときや出張中の災害)

これらのいずれかに該当する場合には、業務遂行性が認められます。

業務起因性とは

業務起因性とは、業務又は業務行為を含めて「労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあること」に伴う危険が現実化したものと経験則上認められることをいいます。

先述した業務遂行性の3パターンごとに、業務起因性を確認してみます。

  1. 事業主の支配下にあり、かつ、その管理下にあって、業務に従事している際に生じた災害
    この場合は、特段の事情がない限り、業務起因性が認められます。
    例外としては、自然現象(地震、落雷等)や本人の私的逸脱行為(職務中の喧嘩による負傷等)などの事情があった場合には、業務とは無関係であるため、業務起因性が否定されます。
  2. 事業主の支配下にあり、かつ、その管理下にあるが、業務には従事していないときの災害
    この場合は、休憩時間や就業前後は仕事をしていないため、原則として、業務起因性が認められません。もっとも、事業場の施設・設備が原因で事故が生じた場合など、業務起因性が認められるケースもあります。
  3. 事業主の支配下にあるが、その管理を離れて、業務に従事している際の災害
    この場合は、広く業務起因性が認められます。事業主の指示によって事業場を離れていることから被災の危険性が高まるといえるので、純然たる私的行為によるものなどといった特段の事情がない限り、業務起因性が認められるでしょう。

業務災害の具体的な事例

ここまでは、法律的な側面から業務災害を解説してきたので、イメージがつきにくいこともあったと思います。もっとイメージが湧きやすいように、業務災害の具体的な事例を紹介します。

  • 作業中に機械で指を挟んで負傷した
  • 建設作業中に足場を踏み外して転落した
  • 同僚のクレーン操作ミスで資材の下敷きになった
  • 料理店でオーブンから鉄板を取り出すときに火傷した
  • 作業中、トイレに行く途中に転んだ
  • 社用車を運転して営業先に向かっている途中に交通事故にあった
  • 強制参加の社員旅行で怪我をした
  • 炎天下の作業で熱中症になった
  • 長期にわたって粉じんを吸い込む作業をつづけて病気になった
  • 業務上のストレスや過重労働を原因としてうつ病を患った

あわせて、業務時間中に起こった事故でも認められないケースも確認しておきましょう。

  • 業務時間中に酒を飲みながら作業し、怪我を負った
  • 業務中にプライベートな内容で同僚ともめて殴り合いになった
  • 任意参加の社員旅行で怪我をした

ここで紹介した具体例はあくまで例なので、ご自身が見舞われた件では業務災害に該当するのかどうかは、法律の専門家である弁護士に確認してみることをおすすめします。

業務災害に遭ったら労災保険を利用しよう

労災保険の制度(労働者災害補償保険制度)

労災保険とは、労働者災害補償保険法に基づいて運用されている保険で、(1)業務上の事由または通勤による労働者の負傷・疾病・障害・死亡等に対して迅速・公正な保護をするため必要な保険給付をおこない、(2)あわせて、それらの負傷・疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者およびその遺族の救護、労働者の安全および衛生の確保などを図る制度です。(労働者災害補償保険法1条)

保険への加入手続きや保険料の支払いは会社が行う義務があるので、労働者には一切の負担がありません。

労災保険のメリット

労災保険の主なメリットは以下の通りです。

  1. 支払いが確実かつ迅速
    労災保険は、事業主から政府に保険料が支払われていて、それを政府が管理・運用しているため、充分な資金力があり、交通事故の加害者に支払い能力がなかった場合のような、不払いのリスクがありません。
  2. 会社に請求するわけではないので気軽に申請できる
    労災保険によって支払われる給付金は、政府から支給されるものなので、勤め先の会社に金銭の支払いを求める場合のような心理的な抵抗がなく、気軽に申し込むことができます。
  3. 保険の加入は会社がやってくれている
    労災保険の加入手続きや保険料の支払いは、全て事業主が行わなければならないと法律上決められているため、労働者は何もしなくても保険に加入できています。

労災保険の対象者

労災保険制度は「労働者」、つまり職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者(労働基準法9条)であれば、だれでも利用することができます。

正社員はもちろん、パートやアルバイトといった非正規社員、派遣社員、日雇い労働者でもその対象です。

個人事業主やフリーランス、ひとり親方の場合は、労働者ではないので、通常の労災保険制度を利用することができません。もっとも、このように労働者に当てはまらない方でも、任意で加入できる特別加入制度もあります。

労災保険制度に加入できる対象者や特別加入制度についてさらに詳しくは、関連記事『労災保険の加入条件』もあわせてご覧ください。

労災保険からどんなお金がもらえるのか

業務災害の場合、被災の程度や回復の状況に応じて以下のようなものが支給され得ます。

  • 療養補償給付
    業務災害による怪我や病気の療養のために要する費用
  • 休業補償給付
    業務災害による怪我や病気の療養で仕事ができず、賃金を得られないときの給付
  • 障害補償給付
    業務災害による怪我や病気が完治せず障害が残ったときの給付で、障害の程度に応じて一時金や年金形式で支給される
  • 遺族補償給付
    業務災害による死亡で、遺族が受け取ることができる一時金や年金
  • 葬祭料
    業務災害による死亡で行った葬祭に要した費用
  • 傷病補償年金
    業務災害による怪我や病気の療養が1年6ヶ月経過しても完治せず、怪我や病気の内容が傷病等級に該当するときの給付
  • 介護補償給付
    障害年金や傷病年金の受給者で、重い障害のため現に介護を受けている人に対する給付

会社が労災保険料を支払っていなかったら?

労災保険は、事業者が加入手続きを行い、保険料の支払いをするため、労働者は通常であれば何もしなくても保険に加入しています。

しかし、いざ、業務災害にあってしまった場合に、万が一、自分の勤める会社が加入手続きを怠っていたり、保険料を支払っていなかったら、給付金は支給されないのでしょうか?
その点は心配ありません。

労災保険制度は、全ての労働者の生活を守るための制度なので、会社が保険料の支払いを怠っていたとしても、労災認定さえされれば給付金を受け取ることができるのです。

労災保険の申請手続き

それでは、いざ労災保険によって給付金を申請しようと思っても、何をどこにいつまでに持っていけばいいのかといった手続きはあまり知られていません。

そこで今回は、給付金の支給を受けるために必要な手続きを解説していきます。

必要書類

給付金の種類によって必要となる書類が異なるので、詳しくはこちらのページ(厚生労働省労災保険給付関係請求書等ダウンロードサイト)をご覧になるか、労働基準監督署にてお問い合わせください。

申請先

補償の種類に応じて必要となる添付書類とともに、管轄の労働基準監督署に提出します。

さらに詳しい業務災害における申請手続きについては、こちらの関連記事『業務災害が起きた際の手続きを紹介』をご覧ください。

トラブル・注意点

このように労災保険は、政府が運用しておりきちんとした審査や給付がされるので、多くの場合は満足いく結果になります。

しかし、支払われるべき給付金がもらえないことや、会社が労災の事実を隠すといったこともありうるので注意が必要です。

決定に不服

労災に該当するかどうか、またいくら支給されるのか、という判断は労働基準監督署長が行います。

その際、労災認定が下りなかった、労災認定されたけど本来よりも給付金が少額になってしまうといったことが起こりえます。

労災隠し

労働者が労災にあった場合には、会社が死傷病報告の届出を行わなかったり、虚偽の報告をすることがあります。

その理由は、会社が労災保険制度について知らず、被災者が会社に対して多額の請求をしてくるのではないかという勘違いをして労災隠しをするケースや、労災事故が起きてしまうと会社が負担する今後の保険料が上がってしまうから労災隠しをするケースなど様々です。

ちなみに、平成30年のデータでは、労災隠しで年間44件の事件が書類送検されたので、決して無視できる数字ではありません。

時効

労災保険給付の支払請求権には、一般の債権と同じように時効があります。

その期間は、民法で規定されている債権の消滅時効よりも短くなっており、労災保険給付の時効は、療養(補償)給付・休業(補償)給付・葬祭料(葬祭給付)・傷病(補償)給付・介護(補償)給付の場合は2年で、障害(補償)給付・遺族(補償)給付の場合は5年で時効消滅してしまいます。

「時効の存在を知らなかった」は通用しません。給付額が多額になるケースも多いので、取り返しのつかないことにならないよう時効を把握してきちんと申請するようにしましょう。

労災の決定に不満があるなら不服申し立て

労働基準監督署長による労災の決定に不服がある場合は、どのようにして争うのでしょうか。

  1. 労働者災害補償保険審査官(各都道府県労働局にいる)に対する審査請求
  2. 労働保険審査会に対する再審査請求
  3. 労働基準監督署長の決定の取消訴訟の提起

以上3つの手段があります。

審査請求

審査請求とは、行政庁が行った処分に不服がある場合に、その上級行政庁に対してその不服を申し立てることです。

労働基準監督署長の決定に不服があれば、各都道府県労働局にいる労働者災害補償保険審査官に対して不服を申し立てることになります。

再審査請求

審査請求をして出された決定にさらに不服があれば再審査請求をできます。

労働者災害補償保険審査官の決定に不服がある場合には、労働者保険審査会に対して再審査請求をすることになります。

取消訴訟

(再)審査請求とは別の手段として、労働基準監督署長を相手取って、(不)支給決定の取消訴訟、つまり裁判を提起するという手段もあります。

取消訴訟をするには、訴訟の提起に先んじて審査請求をしていることが必要となります。(かつては、審査請求及び再審査請求を前置する必要がありました。)

また、取消訴訟の出訴期間は、正当な理由がない限り、処分があったことを知った日から6ヶ月以内となっているため、高い専門性のみならず、提訴までのスピードも重要になってきます。

業務災害に遭ったら弁護士に相談しよう

弁護士を通すとどのような手段を採ることができるのか見ていきましょう。

労災給付で足りない補償は民事訴訟で請求する

労災認定が下りたとしても損害が充分にカバーされていない場合には、加害者や会社を相手取って民事訴訟を提起することもできます。

慰謝料は労災保険からは支払われない

慰謝料とは、事故にあったことで感じた精神的苦痛を慰謝するために支払われる金銭のことです。業務災害が発生した原因に加害者や会社の責任が認められる場合、加害者や会社に対して慰謝料を請求することができます。

慰謝料を請求できるのは加害者や会社に対してであって、労災保険から慰謝料が給付されることはありません。労災保険の給付内容に慰謝料は含まれていないのです。

つまり、加害者や会社に業務災害が発生した原因がある場合、労災給付の申請をしているだけでは十分な補償が得られないということになります。慰謝料は加害者や会社に損害賠償請求しなければ、手にすることができません。

慰謝料の相場観を掴みたい方は関連記事『労災事故で慰謝料を請求できる?相場額は?』をお読みください。

逸失利益の請求

逸失利益とは、障害や死亡によって、将来得られるはずだった収入が得られなくなったという損害に対して支払われる金銭のことです。

労災保険の特徴として、定率化された金額が支払われることがポイントであるといえます。これは、労災にあった人に対して平等に同じ額を支払う点では合理的といえますが、その反面で、個別の事情が考慮されていないということでもあります。

たとえば、労災事故の影響で手の小指が不自由になってしまったケースでは、会社員が被災した場合とピアニストが被災した場合では、その仕事への影響は当然異なってくるはずです。

そこで、このように労災ではまかないきれていない損害については、別途、加害者や会社に対して損害賠償請求をすることがあります。

逸失利益の詳しい計算方法を知りたい方は関連記事『労災で失った逸失利益はいくらもらえる?計算方法や相場を紹介』をお読みください。

会社への損害賠償請求は弁護士に相談を

会社への損害賠償請求となると、示談交渉や調停といった話し合いから民事訴訟にいたるまで複数の方法が存在します。

いずれの方法も証拠や法的根拠にもとづいた交渉が必要となるので、労災被害者本人やご家族だけですべて対応するのは困難でしょう。

そして交渉の場では、相手の言動に傷つけられるなど精神的な負担もつきまといます。

弁護士であれば必要な資料を集めるサポートも行い、これまでの事例や法的根拠にもとづいた損害算定が可能です。

労災認定後に損害賠償請求まで検討している方や損害額の算定をしたい方は、関連記事も参考にして弁護士相談をご検討ください。

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アトム法律事務所 岡野武志弁護士

まとめ

  • 労災には業務災害と通勤災害があり、いずれも労災保険制度に基づく補償を受けることができる
  • 労災保険の支払請求には2年または5年の時効がある
  • 会社に労災発生の落ち度があれば、労災保険制度の給付額で不足する分を損害賠償請求できる
岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了