精神疾患の労災認定基準|うつ病や適応障害も労災?認定されないときの対処法 | アトム法律事務所弁護士法人

精神疾患の労災認定基準|うつ病や適応障害も労災?認定されないときの対処法

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精神疾患|労災認定されなかったら?

うつ病や適応障害などの精神疾患でも労災の認定は受けられるのか、精神疾患の労災認定基準はどうなっているのか知りたいのではないでしょうか?

勤務時間中の業務による直接的なケガや病気だけでなく、長時間労働やパワハラなどを原因とした精神疾患についても、労災保険の補償が受けられます。

ただし、精神疾患については他の労災とは別に認定基準が設けられており、労災の認定を受けるには認定の要件を満たしていることが必要です。

この記事では、うつ病や適応障害などの精神疾患について、労災認定基準、労災に認定されなかった場合の対処法について解説します。

精神疾患の労災認定に関する特徴

うつ病や適応障害といった精神疾患も労災の対象になります。
ただし、精神障害の労災認定基準の要件を満たしていることが必要です。2020年の労働施策総合推進法の改正に伴い、パワハラも精神障害の労災認定の対象に入っています。

他の労災とは別に認定基準が設けられている

原則として、業務中のケガや病気が労災と認められるためには、雇用された労働者であることや業務遂行性、業務起因性を満たしていることが求められます。

一方で精神疾患の場合は、原因が業務によるものなのかという業務起因性の判断が難しいとされています。

このため、うつ病や適応障害などの精神疾患については、精神障害の労災認定基準が設けられています。

2020年の法改正によりパワハラも対象に含まれる

パワハラによる精神疾患も労災の対象です。以前は精神障害の認定基準の中にパワハラに関する項目はありませんでした。
しかし、2020年の労働施策総合推進法の改正に伴い、労災認定の判定に利用される「業務による心理的負荷評価表」に、パワハラの項目が追加されています。

精神疾患などの労災認定件数

2015年から2019年における、精神障害の補償状況は以下の通りです。

精神障害の労災補償状況

2015年度2016年度2017年度2018年度2019年度
請求件数1,5151,5861,7321,8202,060
決定件数1,3061,3551,5451,4611,586
支給件数472498506465509
認定率36.1%36.8%32.8%31.8%32.1%

精神障害が労災と認定される確率は、約32%から37%と高い数値ではありません。

また、上記のうち自殺もしくは自殺未遂の場合の補償状況は以下の通りです。

精神障害のうち自殺の労災補償状況

2015年度2016年度2017年度2018年度2019年度
請求件数199198221200202
決定件数205176208199185
支給件数9384987688
認定率45.4%47.7%47.1%38.2%47.6%

精神障害全体よりは認定率が高くなっていますが、自殺もしくは自殺未遂の場合の労災認定の確率は50%を下回っています。

精神疾患の労災認定3つの基準

精神障害が労災として認定されるための基準、精神障害の概要、その後の流れについて紹介します。

精神障害が労災と認定される要件は以下の3点です。

  1. 労災認定の対象となりうる精神疾患であること
  2. 発病前の約6か月間に業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 個人的な問題で発病したと認められないこと

それぞれの要件について解説します。

(1)うつ病や適応障害など労災対象の精神疾患と診断される

労災認定の対象となる精神疾患には何がある?

業務に関連して発病する可能性が高い精神障害として、うつ病急性ストレス反応適応障害などがあげられます。

労災認定の対象としている精神障害は以下の通りです。

  • 症状性を含む器質性精神障害
  • 精神作用物質使用による精神および行動の障害
  • 統合失調症 統合失調症型障害および妄想性障害
  • 気分(感情)障害
  • 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
  •  生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
  • 成人のパーソナリティおよび行動の障害
  • 精神遅滞(知的障害)
  • 心理的発達の障害
  • 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害
  • 特定不能の精神障害

医師によってどんな診断名が出されたのかが労災認定に大きく影響します。下表にまとめたような病名の診断を受けているかどうかがポイントです。

表:精神障害の労災認定対象となる疾病

診断名
統合失調障害および妄想性障害統合失調症 など
気分・感情障害、うつ病エピソードうつ病、双極性感情障害、躁うつ病 など
神経症性障害、ストレス関連障害、身体表現性障害パニック障害、急性ストレス反応、適応障害 など

(2)発病前の約6か月間に業務による強い心理的負荷が認められる

強い心理的負荷がかかる業務をおこなっていたかどうかは、「業務による心理的負荷評価表」を用いて判断されます。
評価表を利用し、心理的負荷が「強」と評価されたのであれば要件を満たしたことになるのです。

心理的負荷の強度の判断の基準は、一般的な労働者がどのように受け止めるかです。発病した労働者の主観ではありません。
評価の方法は、以下のようになります。

  1. 評価表にいう「特別な出来事」に該当する出来事があるなら「強」と評価
  2. 「特別な出来事」に該当する出来事がない場合は、具体的に生じた出来事を評価表にもとづいて評価し、「強」と評価できるのかを判断する

評価表には出来事と内容ごとに心理的負荷の評価として「弱」、「中」、「強」の3段階の評価があります。

例えば、以下のような長時間労働は心理的負荷の「強」として評価されています。

  • 発病直前の1か月の時間外労働が160時間以上
  • 発病直前の3週間の時間外労働が120時間以上
  • 発病直前の1か月あたりの時間外労働が2か月連続して120時間以上
  • 発病直前の1か月あたりの時間外労働が3か月連続して100時間以上
  • 転勤後の時間外労働が月100時間程度

また、以下のような出来事があった場合には、心理的負荷の「強」と評価されます。

  • 会社の経営に影響するほどの重大な仕事上のミスをし、事後対応にもあたった
  • 職場で多人数が結託して人格や人間性を否定するような言動を執拗に行うといういじめを受けた
  • 身体的接触を含むセクシュアルハラスメントを受けた

原則として発症前のおおむね6ヶ月間の出来事から評価を行います。
ただし、いじめやセクシュアルハラスメントのように出来事が繰り返されるものについては、発症前6か月前から始まっており、発症前まで継続しているのであれば、始まった時点から評価を行って下さい。

心理的負荷評価表については『厚生労働省のホームページ』で確認可能です。

評価表において「強」と評価できる事実の存在を、証拠によって証明できるようにしましょう。
具体的には、労働時間がわかるタイムカードや、いじめの事実がわかる会話の録音などの証拠を確保し、労災申請手続きを行って下さい。

(3)個人的な問題で発病したと認められない

精神障害の既往症やアルコール依存などの、個人の問題による精神障害で死亡した場合は、労災と認定されません。

「業務以外の心理的負荷評価表」を用いて心理的負荷の強度を評価し、業務以外の原因で発病していないことを確認します。

精神疾患|労災認定後の補償と労災認定前の対応

うつ病や適応障害などの精神疾患が労災認定されたら、労災保険からの補償を受けられます。労災認定された場合の補償の全体像をみていきましょう。

また、治療費がかさんでしまったり、働くことができず収入を得られないと生活が不安定になってしまうものです。そこで、労災認定を受ける前の治療費の支払いや減収への対応について掘り下げて説明していきます。

労災保険による補償内容

精神疾患が労災と認定されることで、労災保険からの補償が受けられます。

労災保険による主な補償は以下の通りです。

  • 療養補償給付
    精神疾患の治療を行うために必要となる費用に対する給付
  • 休業補償給付
    精神疾患により仕事ができなくなったことで生じる損害に対する給付
  • 障害補償給付
    精神疾患により特定の後遺障害が生じたという損害に対する給付
  • 傷病補償年金
    精神疾患が長期に渡り完治せず、症状が重い場合に発生する給付
  • 遺族補償給付
    精神疾患が原因で労働者が死亡した場合に遺族に対して行われる給付
  • 葬祭給付
    精神疾患が原因で死亡した労働者の葬儀費用に対する給付

労働災害保険の仕組みや補償内容をもっと詳しく知りたい方は、関連記事をお役立てください。

療養補償給付|労災認定前の治療費も解説

労災保険からは療養補償給付を受けることができます。労災指定病院においては治療行為そのもののが提供され、窓口での費用負担がない点は大きなメリットです。

労災認定は即日判断されるようなものではなく、とくに精神疾患に関する審査は時間がかかる可能性があります。労災認定前に医療機関を受診している場合、ひとまず健康保険を利用して窓口で3割の医療費を負担していたケースも起こりうるでしょう。労災認定後は治療に健康保険は使えない点、別途申請すればこれまで負担していた3割の医療費も返還される可能性がある点は留意してください。

なお、労災指定病院以外の医療機関を受診する場合には注意が必要です。労災の治療に健康保険は使えませんので、窓口ではいったん医療費の全額を支払う必要があり、費用の返還を受けるには別途申請が必要です。

また、健康保険を利用していたけれどあとから労災に認定されたという方は、早めの切り替えをおこないましょう。労災指定病院での窓口負担はなくなり、被災者の負担は軽減できます。

休業補償給付|労災認定前の収入不安への対応も解説

労災保険からは休業補償給付を受けられますが、労災認定を受けるまでに数か月かかるような場合は収入減により生活が苦しくなってしまいます。

労災認定を受けるまでは傷病手当の申請も検討しましょう。なお、労災保険による休業補償給付と健康保険による傷病手当の二重取りはできません。労災認定後は傷病手当の返還が必要です。

精神疾患が労災と認定されたら、休業後4日目から休業補償給付が支給されます。具体的には1日あたり、給付基礎日額の6割を休業補償給付として、2割を休業特別給付金として受けとれます。

労災認定だけでなく損害賠償請求も検討しよう

労災が認定されるかどうかにかかわらず、会社に対して損害賠償の請求ができます。労災保険は国による補償なので、会社からの補償ではありません。

業務によりうつ病や適応障害などの精神疾患を発症した場合には、会社が安全配慮義務に違反しているとする損害賠償請求が可能です。損害賠償請求が認められれば、労災保険では給付されない慰謝料を会社に請求することができます。

ただし、労災の認定がない場合は、会社が損害賠償の請求に応じる可能性は低いことに注意してください。

精神疾患による労災が認められなかった場合の対処法

先ほど解説した通り、精神疾患が労災と認定される可能性は高くはありません。労災が認められなかった場合は、審査請求により審査のやり直しを請求できます。

審査請求でもう一度審査してもらえる

労働基準監督署に対する労災の申請が認められなかった場合や、認定の内容に不服がある場合は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求ができます。
ただし、労働基準監督署の決定を知った日から3ヶ月以内に審査請求を行うことが必要です。

審査請求でも労災が認められなかった場合は、労働保険審査会に対して再審査請求を行うことができます。また、国に対して、労働基準監督署の決定が違法あるいは不当とする取消訴訟の提起も可能です。

健康保険による傷病手当金の請求ができる

精神障害が労災と認められなかった場合には、健康保険から傷病手当金がもらえる可能性があります。

傷病手当金がもらえる条件は以下の通りです。

  • 業務以外の事由によるケガや病気であること
  • 4日以上勤務出来ない状態であること
  • 給与が支払われていないこと

精神障害が労災と認定されない場合は、業務が原因でないと判断されていることになります。つまり、「業務以外の事由によるケガや病気」の条件を満たしていることです。

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了