岡野武志弁護士

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「辞めさせるまで追い込むぞ」強要未遂で有罪判決 #裁判例解説

更新日:

局長の名前が載っちょったら、そいつらは、俺が辞めた後も絶対潰す。絶対どんなことがあっても潰す。辞めさせるまで追い込むぞ、俺は。辞めてもな。

郵便局の地区統括局長の怒声が、局長室に響いた。相手は部下のヤマダ郵便局長。内部通報制度によって自身の二男である郵便局長が告発されたことに激怒したタナカ地区統括局長は、通報者がヤマダ局長ではないかと疑いを抱いていた。

今なら許す。今なら許す。最後ぞ。誰にも言わん。5人おろうが。5人。

約1時間20分に及ぶ詰問の末、ヤマダ局長は通報を認めることなく、その場を後にした。だが、この脅迫行為は強要未遂罪として立件されることになる…。

※福岡地判令3・6・8(令和3年(わ)382号)をもとに、構成しています。名前は仮名です

この裁判例から学べること

  • 上司の立場を利用した脅迫行為は強要罪が成立する可能性がある
  • 未遂に終わっても刑事責任は重く、実刑判決もあり得る

企業や組織において、上司と部下の間には明確な権力関係が存在します。しかし、この権力を濫用して部下に不当な要求を行うことは、単なる職権濫用にとどまらず、刑法上の強要罪という重大な犯罪に該当する可能性があります。

今回ご紹介する裁判例は、郵便局の地区統括局長が、部下局長に対し「辞めさせるまで追い込むぞ」などと脅迫し、内部通報を認めさせようとした事案です。裁判所は、この行為を強要未遂罪として認定し、懲役1年・執行猶予3年の判決を言い渡しました。

この事例を通じて、強要罪の成立要件や判断基準、職場における権力関係の濫用がいかに重大な犯罪行為であるかを理解し、健全な職場環境づくりのあり方について考えていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、福岡地判令3・6・8(令和3年(わ)382号)を取り上げます。 この裁判は、郵便局の地区統括局長が、部下局長に対し脅迫を行い「内部通報を認める」という義務のないことを強制しようとした強要未遂事案です。

  • 被告人:A株式会社のタナカ地区統括局長
  • 被害者:同会社に所属するヤマダ郵便局長(当時44歳)
  • 事件の背景:被告人の二男が社内ルール違反で内部通報される
  • 請求内容:検察官が強要未遂罪で懲役1年を求刑
  • 結果:強要未遂罪で懲役1年・執行猶予3年の有罪判決

🔍 事件の経緯

まさか息子が内部通報されるなんて…誰が告発したんだ?

被告人は、A株式会社の内部通報制度により、自身の二男である郵便局長が社内ルールに違反したとして通報されたことを知った。タナカ地区統括局長にとって、身内の不祥事は耐え難いものだった。

あいつらが怪しい…特にヤマダだ

タナカ地区統括局長は、同地区連絡会に所属するヤマダ郵便局長らが内部通報を行ったのではないかと疑いを抱いた。通報者の特定をしないよう関係者から厳重に注意されていたにもかかわらず、タナカ地区統括局長の怒りは収まらなかった。

平成31年1月24日、タナカ地区統括局長はヤマダ局長を自分の郵便局に呼び出した。そして約1時間20分にわたって執拗な詰問を行った。

今回の件が後で出てきたら、お前、お前のそこに名前絶対ないね」 「絶対ないね。お前、その時あったらどうする」「辞めるか。そのくらいの断言できるね

タナカ地区統括局長は、ヤマダ局長に対して威圧的な口調で迫った。ヤマダ局長の人事評価等について権限を有する立場を利用し、相当の時間にわたって何度も脅迫の言葉を投げかけた。

今なら許す。今なら許す。最後ぞ。誰にも言わん。5人おろうが。5人」「局長の名前が載っちょったら、そいつらは、俺が辞めた後も絶対潰す。絶対どんなことがあっても潰す。辞めさせるまで追い込むぞ、俺は。辞めてもな

しかし、ヤマダ局長は最後まで内部通報を行ったことを認めず、タナカ地区統括局長の要求に応じなかった。結果的にタナカ地区統括局長の目的は達成されなかったが、この行為は強要未遂罪として立件されることになった。

※福岡地判令3・6・8(令和3年(わ)382号)をもとに、構成しています。名前は仮名です

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、「被告人は、前記内部通報を行ったのは郵便局長であると考え、郵便局長が内部通報という方法を採ったことに強い憤りを抱き、通報者の特定をしないよう関係者から厳重に注意されていたにもかかわらず本件に及んでおり、本件は、内部通報制度を蔑ろにするものである」と判示し、被告人の行為を強要未遂罪として認定しました。

主な判断ポイント

強要未遂罪の構成要件該当性

裁判所は、被告人がヤマダ局長に対し「内部通報を行ったことを認める」という義務のないことを行わせようとして脅迫を行ったが、ヤマダ局長がこれに応じなかったため、強要未遂罪が成立すると認定しました。

強要罪の保護法益である「意思決定の自由」を侵害する行為として評価されました。

脅迫行為の認定と悪質性

「局長の名前が載っちょったら、そいつらは、俺が辞めた後も絶対潰す」「辞めさせるまで追い込むぞ」などの発言について、裁判所は「脅迫の程度が強く、執拗である」と判断しました。

約1時間20分という長時間にわたる脅迫行為の継続性も重視されました。

権力関係の濫用

被告人がヤマダ局長の人事評価等について権限を有する上司の立場にあったことを重視し、この権力関係を利用した脅迫行為の悪質性を認定しました。

部下の弱い立場につけ込んだ卑劣な犯行として厳しく評価されました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

強要罪の成立要件と本件への適用

強要罪(刑法第223条)は、「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者」を処罰する犯罪です。

強要罪の刑罰は3年以下の拘禁刑です。

特に重要なのは「義務のないことを行わせる」という要件です。ヤマダ局長には、内部通報を行ったことを認める法的義務は一切ありません。

むしろ、通報者の秘匿は内部通報制度の根幹であり、これを認めることを強制する行為は制度の趣旨に真っ向から反する違法行為です。

職場における権力関係と強要罪のリスク

本件で特に注目すべきは、上司と部下という権力関係が強要罪の成立に与える影響です。一般的に、対等な関係にある者同士の場合と比べて、権力関係がある場合には脅迫の効果が格段に高まります。

本件でも、タナカ局長がヤマダ局長の人事評価権限を有していたという事実が、脅迫行為の悪質性を高める重要な要素として評価されました。

職場において、上司が部下に対して「クビにするぞ」「左遷させるぞ」などと発言することは考えられますが、これらの発言が具体的な要求と結び付いた場合、強要罪が成立する可能性があることを認識すべきです。

特に、法的義務のない行為(謝罪、自白、辞職など)を強制する場合には、強要罪のリスクが高まります。

📚 関連する法律知識

強要罪の構成要件と類型

強要罪(刑法第223条第1項)の構成要件は以下の通りです。

強要罪の構成要件

  1. 脅迫又は暴行
    生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知すること
  2. 目的
    人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害すること
  3. 手段と目的の関連性
    脅迫又は暴行により上記目的を達成すること

本件は「義務のないことを行わせる」類型に該当します。内部通報を認めることは法的義務ではないため、これを脅迫により強制する行為は強要罪に該当します。

強要未遂罪の成立要件

強要罪は結果犯であり、実際に相手方が要求に応じた場合に既遂となります。

本件ではヤマダ局長が要求に応じなかったため未遂となりましたが、刑法第223条第3項により未遂も処罰されます。

未遂の場合でも法定刑は同じ(3年以下の拘禁刑)であり、実際の量刑では既遂との間で大きな差はつかないことが多いです。

職場における強要罪の判断基準

職場における強要罪の成否は、以下の要素を総合的に考慮して判断されます。

  • 権力関係の有無と程度(上司・部下、人事権の有無等)
  • 脅迫内容の具体性と現実性
  • 要求内容の法的根拠の有無
  • 行為の継続性
  • 執拗性
  • 被害者の受けた精神的影響

本件では、人事権を有する上司が約1時間20分にわたって執拗に脅迫を継続したことが、強要罪の成立を決定づける重要な要素となりました。

🗨️ よくある質問

Q.上司が部下に「辞めろ」と言った場合、すぐに強要罪になるのでしょうか?

単に「辞めろ」と言っただけでは強要罪は成立しません。強要罪が成立するためには、(1)具体的な害悪を告知する脅迫があること、(2)義務のないことを行わせる目的があること(3)両者に関連性があることが必要です。

本件では「辞めさせるまで追い込むぞ」という具体的な害悪の告知と、「内部通報を認めろ」という義務のない要求が組み合わさったため強要罪が成立しました。

Q.強要未遂でも実刑判決になる可能性はあるのでしょうか?

強要未遂罪でも実刑判決の可能性は十分にあります。

法定刑は既遂と同じ3年以下の懲役であり、行為の悪質性、被害の程度、社会的影響などを総合考慮して量刑が決定されます。

本件では初犯で反省の態度を示していたため執行猶予が付されましたが、常習性がある場合や被害が深刻な場合には実刑もあり得ます。

Q.職場でのパワーハラスメントと強要罪の関係はどうなっているのでしょうか?

パワーハラスメントの中でも、特に脅迫を用いて義務のない行為を強制する場合には強要罪が成立する可能性があります。

たとえば、「クビにするぞ」と脅して不当な業務を押し付ける、「左遷させるぞ」と脅して謝罪を強要するなどの行為は、民事上のパワハラ責任だけでなく、刑事上の強要罪も成立する可能性があります。

職場における権力関係は脅迫の効果を高めるため、より慎重な対応が求められます。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了