岡野武志弁護士

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労働安全衛生法の危険防止措置義務違反と刑事責任#裁判例解説

更新日:

安全帯なんて使わなくても大丈夫だろう…

高さ10メートルの屋上で、職長である被告人は作業員に声をかけながら防水工事を進めていた。しかし、雨水を拭き取る作業中、51歳の作業員が建物の端に近づいた瞬間…

危ないからやめろ!

被告人の叫び声も虚しく、作業員は屋上から転落。頭部を強打し、頸髄損傷により帰らぬ人となった。

「安全帯を着用させていれば防げた事故だった」検察官の厳しい指摘が法廷に響く…

※札幌高判平27・10・27(平成27年(う)72号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 労働安全衛生法上の危険防止措置義務と刑法上の注意義務は性質が異なる
  • 職長は労働安全衛生法上の「従業者」として危険防止措置義務を負う
  • 元請業者が事業者でも下請職長の独立した義務は消滅しない

建設現場における労働安全衛生法上の危険防止措置義務は、労働者の生命・身体を守る最重要の法的義務です。しかし、元請業者、下請業者、職長など複数の主体が関わる現場では、誰がどのような義務を負うのかについて混乱が生じがちです。

今回ご紹介する札幌高等裁判所の判決は、労働安全衛生法上の危険防止措置義務と刑法上の業務上過失致死罪における注意義務の関係を明確に整理し、職長の独立した法的責任を認定した画期的な判例です。

特に、元請業者が労働安全衛生法上の「事業者」であっても、現場の職長が同法上の「従業者」として独立した危険防止措置義務を負うことを明示しました。

この事例を通じて、労働安全衛生法の危険防止措置義務の具体的内容や適用範囲、刑事責任との関係について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、札幌高判平27・10・27(平成27年(う)72号)を取り上げます。 この裁判は、労働安全衛生法上の危険防止措置義務違反と業務上過失致死罪の関係が争点となった重要な事案です。

  • 被告人: 防水工(当時46歳)、防水工事会社の専属職員で現場責任者
  • 被害者:作業員(当時51歳)、派遣労働者として現場で作業に従事
  • 事故現場:札幌市内の4階建て共同住宅の屋上(地上約10メートル)
  • 事故状況:屋上防水工事の準備作業中、被害者が屋上端で雨水を拭いた布を絞った際に転落
  • 負傷内容:頭部打撲による頸髄損傷、その後多臓器不全により死亡
  • 請求内容:検察官が業務上過失致死罪で起訴、一審は労働安全衛生法上の義務主体を理由に無罪
  • 結果:高裁が危険防止措置義務と刑事責任は別個の義務として原判決破棄、罰金50万円

🔍 事件の経緯

この屋上、柵も何もないじゃないか…危険だな

工事開始前日の平成23年10月12日、被告人は元請業者の建築部課長、下請業者の代表取締役と共に現場を確認した。地上約10メートルの屋上には転落防止設備が一切なく、明らかに危険な状況だった。

打合せで下請業者の代表が「昇降足場を設置してほしい」と要望したが、元請の課長は明確な回答をしない。結局、「作業員同士が声を掛け合って注意する」という曖昧な方針で話が終わった。安全帯の使用については、具体的な話は一切出なかった。

10月17日朝、雨水が屋上に溜まっていたため、予定していた防水シート貼り付け作業の前に、雨水除去の準備作業が必要となった。

端の方は危険だから近づくな

被告人は、高所作業に不慣れな様子の51歳の作業員に注意を促していた。実際、3日前の初回作業時にも、被害者が屋上の端に近づこうとして注意したばかりだった。

しかし、雨水拭き取り作業中、被害者は再び屋上の端に向かった。雨水を拭いた布を絞るためだった。

危ないからやめろ!排水溝でやれ!

被告人が厳しく注意した矢先、午前8時20分頃、被害者は屋上から転落。地面に頭部を強打し、頸髄損傷による重篤な状態となった。その後、病院で治療を受けたが、同年11月2日、多臓器不全により死亡した。

安全帯さえ着用させていれば…」後悔が被告人を襲った。

※札幌高判平27・10・27(平成27年(う)72号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

高等裁判所は、一審の無罪判決を破棄し、被告人の業務上過失致死罪を認定しました。重要なのは、裁判所が労働安全衛生法上の危険防止措置義務と刑法上の注意義務を明確に区別したことです。

「業務上過失致死傷罪における注意義務と労働安全衛生法上の危険防止措置義務は、性質を異にする法的義務である」と判示し、「業務上過失致死傷罪における注意義務は、人の死傷という結果が生じたことを前提に、その結果を回避するために執るべきであった具体的措置について、個別具体的な事情を基に、その内容が決定されるものである」と明確に区別しました。

主な判断ポイント

労働安全衛生法上の危険防止措置義務の主体

被害者との間に実質的な使用従属関係があったのは元請業者ではなく下請業者であり、被告人は同社の「使用人その他の従業者」として労働安全衛生法上の危険防止措置義務を負う。元請業者が形式的な事業者であっても、現場の職長の義務は独立して存在する。

危険防止措置義務と刑事責任の性質の違い

労働安全衛生法上の危険防止措置義務は「労働者の生命や身体に対する急迫した危険が発生する前に、その危険の芽を摘み取ることを目的とした一般的定型的な義務」であるが、刑法上の注意義務は「個別具体的な事情を基に決定される義務」である。

労働安全衛生規則519条の適用

地上約10メートルで足場のない現場は労働安全衛生規則519条2項の「囲い等を設けることが著しく困難なとき」に該当し、「労働者に安全帯を使用させる等、墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない」義務が発生する。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

労働安全衛生法の危険防止措置義務の独立性

この判決で最も重要なのは、労働安全衛生法上の危険防止措置義務と刑法上の注意義務を明確に区別したことです。

一審では「元請業者が労働安全衛生法上の事業者だから、下請の職長に義務はない」と判断されましたが、高裁はこの考え方を根本的に否定しました。

労働安全衛生法上の危険防止措置義務は、危険の発生前に予防的に講じるべき一般的・定型的な義務です。一方、業務上過失致死傷罪の注意義務は、結果発生を前提として個別具体的事情に基づいて決定される義務です。この性質の違いにより、労働安全衛生法上の事業者が誰であるかは、刑事責任の有無を直接左右しないとされました。

職長の「従業者」としての地位

裁判所は、被告人が労働安全衛生法122条の「使用人その他の従業者」に該当すると認定しました。

職長は単なる作業員ではなく、事業者から安全管理業務を委任された特別な地位にあり、同法上独立した危険防止措置義務を負います。

この判断により、元請・下請の契約関係や形式的な事業者の認定に関わらず、現場で実際に安全管理業務に従事する職長は、労働安全衛生法上の義務主体として位置づけられることが明確になりました。

📚 関連する法律知識

労働安全衛生法の危険防止措置義務

事業者の義務(労働安全衛生法21条)

労働安全衛生法21条は、事業者に対して労働者の生命・身体に危険を及ぼすおそれのある作業について、必要な措置を講じることを義務づけています。この「事業者」とは「事業を行う者で、労働者を使用するものをいう」と定義され(同法2条3号)、被災労働者との間に実質的な使用従属関係があることが必要です。

両罰規定による従業者の責任(同法122条)

労働安全衛生法122条は両罰規定により、事業者と共に「使用人その他の従業者」も処罰の対象としています。職長は事業者から安全管理業務を委任された従業者として、独立した危険防止措置義務を負います。

具体的な転落防止措置(労働安全衛生規則519条)

同規則519条1項は、高さ2メートル以上の作業床の端等に囲い、手すり、覆い等の設置を義務づけ、同条2項は、それが困難な場合に安全帯の使用等を義務づけています。

本件では地上約10メートルで足場がないため、同条2項の適用対象でした。

刑法と労働安全衛生法の関係

業務上過失致死傷罪の注意義務は、結果発生を前提とした個別具体的義務であり、労働安全衛生法の危険防止措置義務は予防的・一般的定型的義務です。両者は相互に独立した法的義務として機能します。

労働安全衛生法上の事業者認定と刑事責任の有無は直接連動せず、現場で実際に安全管理業務に従事する者は、契約関係に関わらず刑事責任を負う可能性があります。

🗨️ よくある質問

Q.労働安全衛生法上の事業者が元請業者の場合、下請の職長は危険防止措置義務を負わないのでしょうか?

下請の職長も危険防止措置義務を負う可能性があります。

この判決が明確にしたとおり、労働安全衛生法上の事業者が誰であるかと、職長の危険防止措置義務は別個の問題です。職長は同法122条の「従業者」として独立した義務を負い、元請・下請の関係に関わらず責任を負います。

Q.労働安全衛生法違反と業務上過失致死傷罪は同じ義務違反なのでしょうか?

判決では両者の性質が明確に区別されています。

労働安全衛生法の危険防止措置義務は予防的・一般的定型的義務で、業務上過失致死傷罪の注意義務は結果発生を前提とした個別具体的義務です。一方の義務違反が他方を直接左右することはありません。

Q.職長が労働安全衛生規則519条の転落防止措置を講じないことは必ず刑事責任に繋がるのでしょうか?

危険防止措置義務違反と刑事責任は別個の問題ですが、本件のように死亡事故が発生し、予見可能性や結果回避可能性が認められる場合は、業務上過失致死傷罪が成立する可能性が高くなります。

職長は両方の義務を意識した安全管理が必要です。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了