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保護責任者遺棄罪の判例|家族の板挟みが招いた最悪の選択#裁判例解説
「救急車を呼ばないで。」
実母の哀願の声に、夫は重大な決断を迫られていた。階段下には、頭部から大量出血して倒れている妻の姿。床一面に広がる血痕。
妻は確実に死に向かっていた。しかし、まだ息をしている。救急車を呼べば助かる可能性もある。だが、それは実母の犯行が発覚することを意味していた。
「もしも救急車を呼んでしまったら、母が逮捕されてしまう…」
夫の脳裏に浮かんだのは、妻への愛情ではなく、実母への配慮だった。夫の取った選択とは…。
※札幌地判平15・11・27(平成14年(わ)712号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 保護責任者遺棄罪の成立には被害者の救命可能性の認識が必要
- 救命措置を講じれば助かった可能性があれば保護責任者に該当
- 死亡との因果関係に合理的疑いがあれば致死罪は成立しない
保護責任者遺棄罪は、助けを必要とする人を保護する責任がある者が、その責任を果たさずに放置した場合に成立する犯罪です。夫婦や親子といった家族関係においても、状況によってはこの責任が生じることがあります。
今回ご紹介する裁判例は、実母が妻に暴行を加えて重傷を負わせた現場を目撃した夫が、救急車を呼ばずに妻を放置し、結果的に妻が死亡したという痛ましい事件です。夫は懲役2年6月の実刑判決を受けました。
この事例を通じて、保護責任者遺棄罪の成立要件、特に救命可能性の判断や因果関係の認定について、詳しく見ていきましょう。
目次
📋 事案の概要
今回は、札幌地判平15・11・27(平成14年(わ)712号)を取り上げます。 この裁判は、夫が実母による妻への暴行現場を目撃したにもかかわらず、救急車を呼ばずに妻を放置し、妻が死亡した事案です。
- 被告人:歯科医師の夫(実母と妻との板挟みに悩んでいた)
- 被害者:妻(当時39歳、実母との関係が悪化していた)
- 事故状況:妻が階段から転落後、実母が妻の頭部を階段の角に多数回打ち付ける
- 負傷内容:頭部に20か所の挫裂創、大量出血による失血死
- 請求内容:検察官は保護責任者遺棄致死罪で起訴
- 結果:保護責任者遺棄罪で懲役2年6月(致死罪は否定)
🔍 事件の経緯
「もう限界だった。毎日毎日、妻と母の争いを見ているのが辛くて、家に帰るのも嫌になっていた。いっそのこと、妻を殺して自分も死のうと何度も考えた…」
被告人である夫は、長年にわたって妻と実母の不和に悩まされていました。新居転居後から関係が悪化し、状況は改善されるどころか、むしろ悪化の一途をたどっていたのです。
事件当日の夜、妻は酒に酔って実母を家から追い出すよう要求してきました。夫は妻を眠らせようと睡眠導入剤を酒に混ぜて飲ませ、就寝させました。
「ゴンゴン」という音で目を覚ました夫。隣を見ると妻がいません。階段の方から再び「ゴーン」という音が聞こえたため、2階の踊り場まで行って階下を見ると、驚愕の光景が広がっていました。
「何やってんだ、母さん!」
実母が倒れた妻の腕を持って階段の方に引きずっているのです。階段には物が散乱し、床面には大量の血が見えました。
夫は実母の両肩を押さえて妻から引き離しましたが、床にある血の量があまりにも多く、妻の生命に重大な危機が生じていることを認識しました。妻は階段に頭を乗せ、首が後ろに折れて苦しそうな体勢でした。
その時、実母が哀願したのです。
「救急車を呼ばないで」
夫の心に浮かんだのは、「救急車を呼んでしまうと実母の犯行が発覚してしまう」という思いでした。そして彼は、人生で最も取り返しのつかない決断を下したのです。
「救急車は呼ばない」
その後、夫は実母と一緒に血痕を拭き取り、証拠隠滅を図りました。妻に対する止血措置や救命措置は一切行いませんでした。妻はその後、失血により死亡しました。
※札幌地判平15・11・27(平成14年(わ)712号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人に保護責任者遺棄罪の成立を認めたものの、保護責任者遺棄致死罪については否定しました。
判決文では以下のように述べています。
「被告人が救命措置を講じた場合、被害者が救命された可能性は相当程度あったとして保護責任者遺棄罪の成立を認めたものの、適切な救急医療措置を加えても被害者が死亡した可能性を否定することはできず、被告人の不保護と被害者の死亡との間に因果関係を認めるには合理的な疑いが残る」
主な判断ポイント
保護責任者の認定
夫は妻が実母から暴行を受けて頭部から多量出血している状況を発見し、救急医療を要請すれば救命される可能性が相当程度あったため、保護責任者に該当すると認定されました。
救命可能性の存在
医学的証拠に基づき、被告人が適切な救命措置(119番通報、止血措置等)を講じていれば、妻が救命された可能性は相当程度あったと認定されました。特に、妻は39歳と若く、健康で、女性は男性より出血に対する耐性があることも考慮されました。
因果関係の否定
救急隊が到着する頃には妻は既に循環血液量の40%以上を失血し、救急車での搬送中に死亡した可能性も否定できないため、被告人の不保護と妻の死亡との因果関係については合理的疑いが残るとして、致死罪の成立を否定しました。
故意の認定
被告人は妻の容体を確認した時点で、妻が現に生存し救命可能性がある状態であると認識していたため、保護責任者遺棄罪の故意があると認定されました。
👩⚖️ 弁護士コメント
保護責任者遺棄罪の成立要件について
この裁判例は、保護責任者遺棄罪の成立要件を理解する上で重要な指針を示しています。同罪が成立するためには、(1)保護責任者であること、(2)生命に危険のある状況、(3)保護義務の不履行、(4)故意の存在が必要です。
本件では、夫が妻に対して救命措置を講じる責任があったか、そして妻に救命可能性があったかが争点となりました。裁判所は、医学的証拠に基づいて救命可能性を詳細に検討し、「相当程度」の可能性があったと認定した点が注目されます。
因果関係の判断の厳格性
一方で、致死罪については因果関係を否定した判断も重要です。刑事事件においては、「合理的疑いを超えた証明」が求められるため、救命措置を講じても死亡した可能性が残る場合には、因果関係の認定は困難となります。
本件では、妻の出血量や搬送時間等を詳細に検討し、救急医療を受けても死亡した可能性を完全に排除できないとして、致死罪の成立を否定しました。この判断は、刑事裁判における立証責任の厳格性を示すものです。
家族間における保護責任
本件は家族間の事件ですが、身内だからといって刑事責任が軽減されることはありません。むしろ、夫婦間には相互に保護し合う特別な関係があるため、より重い保護責任が課される場合もあります。
また、被告人が実母への配慮から救急車の要請を躊躇したという動機については、裁判所は「身勝手で短絡的」と厳しく評価しており、家族への愛情であっても、それが他の家族の生命を危険にさらす行為を正当化することはできないことを明確にしています。
📚 関連する法律知識
保護責任者遺棄罪の基本構造
保護責任者遺棄罪(刑法218条)は、老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者が、これらの者を遺棄し、またはその生存に必要な保護をしなかった場合に成立します。
「保護責任者」とは、法律上、契約上、条理上の保護義務を負う者を指し、夫婦間、親子間、雇用関係等様々な場面で認められます。本件のように、緊急事態において偶然居合わせた場合でも、保護可能性と保護期待可能性があれば保護責任が発生することがあります。
保護責任者遺棄罪の刑罰は3か月以上5年以下の拘禁刑です。
救命可能性の判断基準
救命可能性の判断には医学的専門知識が不可欠です。本件では、法医学者や救急医療専門医の証言を基に、以下の要素が検討されました。
- 被害者の年齢、性別、健康状態
- 受傷の程度と出血量
- 救急医療体制(救急隊の到着時間、病院への搬送時間)
- 医療技術水準
裁判所は、これらの要素を総合的に検討し、「相当程度」の救命可能性があったと認定しました。
因果関係の立証
刑事事件における因果関係の立証は、「合理的疑いを超えた証明」が必要です。本件では、救命措置を講じても死亡した可能性が完全に排除できないため、因果関係の立証が不十分とされました。
この判断は、推定や可能性だけでは刑事責任を問えないという刑事法の基本原則を示しており、民事事件における損害賠償責任の判断とは異なる基準が適用されることを意味します。
🗨️ よくある質問
Q.家族が倒れているのを発見した場合、法的にはどのような義務があるのでしょうか?
家族関係にある場合、一般的に相互扶助義務があり、生命に危険がある状況では救命措置を講じる法的義務が生じます。
具体的には119番通報、応急手当、医療機関への搬送等が考えられます。ただし、自分の生命に危険が及ぶような状況では、無理な救助は求められません。
Q.救命措置を講じても助からなかった可能性がある場合、刑事責任は問われないのでしょうか?
救命可能性の程度によります。
本件のように「相当程度」の救命可能性があった場合には保護責任者遺棄罪が成立しますが、致死罪については救命措置を講じても死亡した可能性が否定できない場合、因果関係の立証が困難となり、致死罪は成立しない場合があります。
しかし、基本的な遺棄罪は成立する可能性が高いです。
Q.証拠隠滅行為は量刑にどのような影響を与えるのでしょうか?
証拠隠滅行為は量刑において非常に重く評価されます。
本件でも、被告人が血痕を拭き取り、実母と口裏合わせを行い、着用していた衣服を廃棄したことが「犯行後の情状も甚だ芳しくない」として厳しく評価されました。
このような行為は、反省の気持ちの欠如や責任逃れの姿勢として判断され、刑期の加重要因となります。
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