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「自分の名前なら偽造じゃない」は大間違い!有印私文書偽造罪の成立要件#裁判例解説
「名前を貸してくれないか?中国人の知人がいるんだ」
被告人の元に持ちかけられた、この一言から始まった犯罪計画。報酬は破格の65万円だった。
「自分の名前なんだから、偽造にはならないでしょう?」
被告人の弁護士は法廷で主張したが、裁判官の表情は厳しいままだった。パスポート申請書は「本人の自署」が絶対条件。たとえ名義人が承諾していても、他人が代筆すれば立派な偽造罪になる。
共犯者たちが巧妙に仕組んだ書類偽造の実態が、次第に明らかになっていく…。
※東京地判平10・8・19(平成10年(わ)1368号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 本人承諾があっても「本人自署」が必要な文書の代筆は偽造罪
- 有印私文書偽造罪は「他人名義」でなくても成立し得る
- 名義人でも印章使用により有印私文書偽造の共同正犯に
パスポートの不正取得事件において、最も注目すべきは有印私文書偽造罪の成立要件です。「自分の名前を使っているのだから偽造罪にはならない」という一般的な誤解を、この判決は明確に否定しました。
今回ご紹介する東京地裁の判決は、有印私文書偽造罪の「名義」概念と「本人自署」の法的意義について、刑法学上極めて重要な判断を示した事例です。名義人の承諾があっても、法律上本人の自署が要求される文書については、他人による代筆が偽造罪に該当するという画期的な判断でした。
この事件を通じて、有印私文書偽造罪の成立要件、特に「名義の冒用」の概念や印章使用の意義、さらには文書の社会的機能と偽造罪の関係について詳しく解説していきます。
目次
📋 事案の概要
今回は、東京地判平成10年8月19日(平成10年(わ)1368号)を取り上げます。 この裁判は、中国人男性のために日本人被告人の名義で不正にパスポートを取得した事案です。
- 被告人:日本人男性(名義を貸した当事者)
- 請求内容:有印私文書偽造・同行使罪、旅券法違反で起訴
- 結果:懲役2年執行猶予3年の有罪判決
🔍 事件の経緯
平成7年10月下旬、被告人のもとに一人の男性が近づいてきました。
「実は、中国人の知人がいるんです。その人、どうしても日本人名義のパスポートが欲しいって言うんですよ。名前を貸してもらえませんか?」
男性の名前はA。破格の報酬を提示してきました。
「60万円出しますから、お願いします」
被告人は迷いました。自分の名前を使うだけで、そんな大金がもらえるなんて。しかも、自分の名前なんだから、偽造にはならないだろう。そんな安易な考えで、被告人は承諾してしまいました。
その後、Aから連絡が来ました。
「戸籍謄本、住民票、健康保険証、印鑑登録証明書を準備してください。あと、印鑑も」
被告人は言われるままに必要書類を準備し、Aに渡しました。
約1週間後、被告人の自宅に旅券交付に関する葉書が届きました。
「おかしいな、僕はパスポートなんて申請してないのに…」
被告人は葉書をAに渡し、さらに健康保険証と印鑑も渡しました。
数日後、Aが戻ってきました。
「お疲れ様でした。これが報酬の残りです」
Aは35万円を被告人に渡しました。最初の30万円と合わせて65万円。途中で被告人が5万円の上乗せを要求したため、当初の60万円より多くなっていました。
しかし、この「簡単な副業」は大きな間違いでした。実際には、中国人男性Cの写真を貼った被告人名義の偽造パスポート申請書が作成され、不正にパスポートが発行されていたのです。
※東京地判平10・8・19(平成10年(わ)1368号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人の弁護士が主張した「名義人だから偽造にはならない」という主張を明確に退けました。
「一般旅券発給申請書は、その性質上名義人たる署名者本人の自署を必要とする文書であるから、例え名義人である被告人が右申請書を自己名義で作成することを承諾していたとしても、他人である共犯者が被告人名義で文書を作成しこれを行使すれば、右申請書を偽造してこれを行使したものというべきである」
主な判断ポイント
「名義の冒用」概念の拡張解釈
従来、有印私文書偽造罪は「他人名義」の文書を偽造することを処罰するとされ、自己名義の文書作成は偽造にならないのが原則でした。
しかし本判決は、パスポート申請書が「本人の自署を必要とする文書」である以上、名義人の承諾があっても他人による代筆は「名義の冒用」に該当するとしました。これは、文書の性質に応じて偽造罪の成立要件を柔軟に解釈した画期的な判断です。
印章使用による有印文書性の認定
被告人から交付された印鑑を使用して申請書に押印したことで、単なる私文書偽造ではなく有印私文書偽造として処罰されました。
印章の使用により文書の重要性と処罰の必要性が高まるとの判断です。
文書の社会的機能重視の判断
裁判所は、パスポート申請書が単なる意思表示の文書ではなく、申請者の身元確認という重要な社会的機能を持つことを重視しました。
本人の筆跡も身元確認の重要な要素であり、これを他人が代筆することは文書の真正性を根本的に害する行為として厳格に判断されました。
👩⚖️ 弁護士コメント
有印私文書偽造罪の革新的解釈について
この判決が刑法学に与えた最大の衝撃は、有印私文書偽造罪における「名義の冒用」概念を大幅に拡張したことです。従来の通説では、自己名義の文書を作成する場合は偽造罪が成立しないとされていました。
しかし本判決は、文書の性質と法的要請を重視し、「本人の自署」が法律上要求される文書については、名義人の承諾があっても他人による代筆は偽造に該当するという新たな解釈を示しました。
この判断の背景には、文書偽造罪が保護する法益についての深い考察があります。
単に「名義の真正性」を保護するのではなく、「文書の社会的信用性」全体を保護するという観点から、パスポート申請書のような重要文書については、より厳格な基準を適用したのです。
印章使用の法的意義と刑罰加重
被告人が自己の印鑑を提供し、これが申請書に押印されたことで「有印」私文書偽造となり、刑罰が加重されました。
印章は日本の法文化において極めて重要な意味を持ち、その使用により文書の重要性と信用性が格段に高まるため、より重い処罰が科されるのです。
共謀共同正犯の責任について
被告人は直接的な偽造行為や申請行為は行っていませんが、共謀共同正犯として正犯と同じ責任を負わされました。これは、被告人の関与が犯罪の実現に「不可欠」であったこと、そして65万円という多額の報酬を受け取っていることが、単なる幇助ではなく積極的な関与を示すものと評価されたためです。
特に注目すべきは、被告人が途中で報酬の上乗せを要求していることです。これは被告人が犯罪に対して消極的ではなく、むしろ積極的に関与していたことを示す重要な証拠となりました。
📚 関連する法律知識
有印私文書偽造罪の基本構造
有印私文書偽造罪(刑法159条1項)は、「行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造」することを処罰する犯罪です。
本罪の保護法益は「文書に対する公共の信用」であり、社会における文書の真正性への信頼を保護することを目的としています。
構成要件は以下の通りです。
- 行使の目的:偽造した文書を使用する意図
- 他人の印章又は署名の使用:印章又は署名による文書の作成
- 権利・義務・事実証明に関する文書:法的効果を生じる文書
- 偽造:文書の作成名義を偽ること
有印私文書偽造罪の刑罰は3か月以上5年以下の拘禁刑です。
「本人自署」の法的意義
パスポート申請書において「本人の自署」が法的に要求される理由は、身元確認の確実性にあります。筆跡は個人の重要な識別要素であり、これを他人が代筆することは、以下の重要な機能を害します。
- 身元確認機能:申請者が本人であることの確認
- 意思確認機能:申請者自身の真意による申請であることの確認
- 責任帰属機能:申請内容について申請者が責任を負うことの明確化
印章使用による処罰の加重
無印私文書偽造罪(1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金)に対し、有印私文書偽造罪は3か月以上5年以下の拘禁刑と処罰が加重されています。これは印章の持つ特別な法的意義によるものです。
印章の法的機能
- 同一性の証明:印影による作成者の特定
- 意思の確定:押印による意思表示の明確化
- 文書の完成:印章により文書が法的効力を持つ
本件では、被告人が自己の印鑑を提供し、これが偽造申請書に使用されたことで、より重い有印私文書偽造罪が成立しました。
🗨️ よくある質問
Q.自分の名前と印鑑を使っているのに、なぜ有印私文書偽造罪になるのですか?
有印私文書偽造罪の本質は「文書の真正性」の保護にあります。
パスポート申請書は法律上「本人の自署」が要求される特別な文書であり、名義人の承諾があっても他人による代筆は文書の真正性を根本的に害するため、偽造罪が成立します。印章使用により処罰も加重されます。
Q.従来の「自己名義文書は偽造にならない」という原則はどうなったのですか?
この原則は完全に否定されたわけではありません。
しかし、文書の性質と法的要請により例外が認められ、「本人自署」が法定要件となっている文書については、実質的な作成者の真正性が重視されるようになりました。これは文書偽造罪の解釈の重要な発展です。
Q.どのような文書で同様の問題が起こりうるのですか?
運転免許証の申請書、各種国家資格の申請書、重要な契約書など、法律上または慣習上「本人の自署」が要求される文書では同様の問題が生じる可能性があります。
特に身元確認が重要な公的文書では厳格に判断される傾向があります。
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