第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。
「刑事事件弁護士アトム」では、逮捕や前科を回避する方法、逮捕後すぐに釈放されるためにできることを詳しく解説しています。
被害者との示談で刑事処分を軽くしたい、前科をつけずに事件を解決したいという相談は、アトム法律事務所にお電話ください。
アトムは夜間土日も受け付けの相談窓口で刑事事件のお悩みにスピーディーに対応いたします。
強姦後の現金強奪未遂は「強盗未遂罪」か?窃盗との境界線を問う判決#裁判例解説

「被告人は、被害者宅に侵入して強姦に及び、さらに金を強取しようとしたのです」
検察官の声が法廷に響く。被告人の弁護人は即座に反論した。
「いえ、違います。被告人が現金を取ったのは、被害者が眠っている間です。その後に強姦したのであって、強姦の際の暴行脅迫を利用して金を奪ったわけではありません」
検察側の証拠には、被害者の「強姦後に現金を奪われた」という供述調書がある。一方、被告人は当初「被害者が寝ている間に現金を窃取した」と供述していた。
裁判官は証拠を精査し、ある重要な矛盾に気づいていた。被害者の後の供述調書には「目をつぶっていたので見ていない」と記されていたのだ…。
※大阪高判昭62・9・10(昭和62(う)233号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 強姦の暴行脅迫後に金を要求しても強盗未遂罪が成立する
- 窃盗後の強盗未遂は包括一罪として重い強盗未遂罪で処断される
- 被害者供述の変遷は証明力の判断で重要な要素となる
- 被告人の複数の自白の信用性は慎重に判断される
- 現金窃取の時点により罪責が大きく変わる
刑事裁判において、犯罪の成立要件を正確に認定することは極めて重要です。特に、窃盗罪と強盗罪の境界線は、暴行脅迫の有無によって明確に区別されますが、実際の事件では時系列の認定が争点となることがあります。
今回ご紹介する裁判例は、住居侵入後の現金窃取と強姦、そしてその後の現金要求という一連の行為について、原審が「強盗既遂罪」と認定したものを、控訴審が「窃盗罪と強盗未遂罪の包括一罪」と判断し直した興味深いケースです。
被告人が現金を取得した時点が「被害者の睡眠中」なのか「強姦後の畏怖状態を利用して」なのかという事実認定の違いが、刑の重さを大きく左右することになりました。この事例を通じて、刑事裁判における事実認定の重要性と、証拠の評価方法について理解を深めていきましょう。
目次
📋 事案の概要
今回は、大阪高判昭62・9・10(昭和62(う)233号)を取り上げます。 この裁判は、被告人が住居に侵入し、現金窃取と強姦を行い、さらに金銭を要求したという事案です。
- 原告(控訴人):被告人(当時、多数の窃盗・強姦事件で起訴されていた)
- 被告(被控訴人):検察官
- 被害者:20歳の女性(マンション居住者)
- 請求内容:原審判決の破棄を求め、強姦後の現金奪取の事実はなく、窃盗と強姦のみが成立すると主張
- 結果:窃盗と強盗未遂の包括一罪として懲役8年
🔍 裁判の経緯
深夜2時30分、覆面をした男が無施錠のベランダから侵入してきた。20歳のA子さんは恐怖で声も出なかった。
「目を覚ましたら、男がベッドの傍らにいて、口を押さえられて…。手には包丁を持っていました」
A子さんは事件直後、警察官にこう語った。
「強姦された後、男にお金の置いてある場所を聞かれたんです。怖くて、近くにあったハンドバックを指さしました。そしたら男はその中から3万円を取って、ズボンのポケットに入れていくのを見ました」
しかし、事件から1年以上経った検察官の取調べで、A子さんの供述は微妙に変化していた。
「男にお金の場所を聞かれて、かばんの中と答えました。でも、起きるなと止められて…目をつぶっていたので、男が実際に取るところは見ていません」
一方、被告人の供述も二転三転していた。逮捕後の当初の供述では「被害者が寝ているうちに現金を取った」と述べていたが、その後「被害者が言っているのだから仕方ない」と強姦後の奪取を認める供述に変わった。
被告人は同種の犯行を2000件近くも繰り返していたため、個々の事件の記憶が曖昧だった可能性もある。取調べでは「一件ぐらい背負って行け」と言われたという。
「確かに強姦後にお金の場所を聞きました。でも、実はもうその前にハンドバックから取っていたんです。被害者が指さしたのは、すでに抜き取った後のカバンでした」
法廷で被告人はこう主張した。弁護人も「現金窃取の時点が強姦前か後かで、強盗罪が成立するかどうかが決まる重大な問題だ」と強調した。
検察官は被害者の当初の供述調書を証拠として提出したが、裁判所は慎重に証拠を吟味し始めた。
※大阪高判昭62・9・10(昭和62(う)233号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
大阪高等裁判所は、原審の判断を破棄し、現金窃取の時点について原審とは異なる認定を行いました。
裁判所は、現金窃取と強姦の事実は明らかだが、「現金取得が強姦前(被害者の睡眠中)か強姦後か」が問題であるとし、原審が認定した「強姦後の現金強取」は証明不十分と判断しました。
その理由として、被告人が多数の同種事件を起こしており個々の記憶が曖昧である可能性があること、被害者が「目をつぶれ」と脅迫されており暗い室内で現金を取る様子を見る心理的余裕があったか疑わしいことなどを挙げました。
そのうえで、裁判所は「被告人は被害者が就寝している間に現金を窃取したものと認めるのが相当である。しかし、強姦後、被害者の畏怖状態を認識しながら『金はどこにある』と語気鋭く申し向けた行為は、強盗(未遂)罪の構成要件を充たす」と結論づけました。
主な判断ポイント
現金を窃盗した時点での状況
裁判所は、被害者の供述の変遷、被告人の当初の供述、現場の状況などを総合的に検討し、被告人が現金を窃取したのは被害者が就寝中であったと認定しました。特に、被害者が検察官の取調べで「目をつぶっていたので見ていない」と供述していることを重視しました。
強盗未遂罪の成立
裁判所は、現金窃取が強姦前であったとしても、強姦後に被害者の畏怖状態を利用して「金はどこにある」と要求した行為は、強盗未遂罪の構成要件を充たすと判断しました。被害者が既に窃取済みのハンドバックを指し示したため、それ以上の奪取を断念したという事実経過を認定しました。
窃盗罪と強盗未遂罪の関係
裁判所は、「本件は、住居侵入の後まず窃盗があり、次に強姦があり、最後に強盗未遂があった事案であり、窃盗と強盗未遂とは、財物奪取に向けた社会的に同質の行為が同一場所で同一機会に連続してなされたものと評価されるので、両罪のいわゆる包括一罪として重い強盗未遂罪の刑で処断すべきものと解するのが相当である」と判断しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
事実認定における供述の変遷の重要性
この裁判例は、刑事裁判における事実認定の難しさを示しています。被害者の供述が事件直後と1年後で変化している場合、その信用性をどう評価するかは極めて重要な問題です。
裁判所は、被害者が事件直後に「現金を取るところを見た」と供述していても、その後の検察官の取調べで「目をつぶっていたので見ていない」と供述を変更している点を重視しました。事件直後の供述が必ずしも正確とは限らず、心理的混乱や推測が混じっている可能性があることを示唆しています。
また、被告人の自白についても、多数の同種事件を起こしていた場合、個々の事件の記憶が曖昧になる可能性や、取調べにおける誘導の可能性を考慮すべきであるとしています。
強盗未遂罪の成立要件
この判決の最も重要な点は、窃盗後であっても、被害者の畏怖状態を利用して更なる金銭を要求した場合、強盗未遂罪が成立するという判断です。
強盗罪が成立するためには、暴行または脅迫によって相手方の反抗を抑圧し、その状態で財物を奪取することが必要です。本件では、被告人は強姦の際の暴行脅迫によって被害者を極度に畏怖させており、その畏怖状態が継続している中で「金はどこにある」と要求しています。
裁判所は、この要求行為自体が強盗未遂罪の実行行為に当たると判断しました。結果的に、被害者が指し示したハンドバックから既に現金を抜き取っていたため金銭を得られませんでしたが、強盗の実行に着手した以上、強盗未遂罪が成立するという論理です。
包括一罪の考え方
窃盗罪と強盗未遂罪という2つの犯罪が成立する場合、これらをどのように処断するかも重要な論点です。
裁判所は、「財物奪取に向けた社会的に同質の行為が同一場所で同一機会に連続してなされた」として、包括一罪の関係にあると判断しました。つまり、法律的には2つの犯罪が成立しているものの、実質的には一連の行為として評価し、より重い強盗未遂罪の刑で処断するという考え方です。
これは、被告人にとっては有利な判断でもあります。もし併合罪として扱われれば、両方の刑を加重して科すことになりますが、包括一罪として扱うことで、一つの犯罪として処断されることになるからです。
📚 関連する法律知識
窃盗罪と強盗罪の違い
窃盗罪(刑法235条)は、他人の財物を窃取した場合に成立する犯罪です。窃取とは、占有者の意思に反して財物の占有を自己に移転させることをいいます。
強盗罪(刑法236条)は、暴行または脅迫を用いて他人の財物を強取した場合に成立する犯罪です。暴行または脅迫が「相手方の反抗を抑圧する程度」に達していることが必要とされています。
両者の最も大きな違いは、暴行・脅迫の有無です。窃盗罪の法定刑は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金ですが、強盗罪は5年以上の有期拘禁刑と、刑が大幅に重くなっています。
包括一罪とは
包括一罪とは、形式的には複数の犯罪が成立するように見えても、社会的・実質的には一つの行為と評価できる場合に、一罪として処断する考え方です。
本件のように、同一の機会に、同一の被害者に対し、同種の財産犯を連続して行った場合、これらを包括して一罪として評価することがあります。これにより、被告人は併合罪加重を受けることなく、最も重い罪の刑で処断されることになります。
強盗未遂罪
刑法243条は、強盗罪の未遂を処罰すると規定しています。強盗の実行に着手したものの、財物を得られなかった場合に成立します。
本件では、被告人が被害者の畏怖状態を利用して「金はどこにある」と要求した時点で、強盗の実行に着手したと評価されています。結果的に、指し示されたハンドバックには既に現金がなかったため、強取に至らず未遂に終わったという構成です。
🗨️ よくある質問
Q.被害者の供述が変わった場合、どちらの供述が信用されますか?
一概には言えませんが、供述の変遷の理由や状況を総合的に判断します。
本件では、事件直後の供述より、検察官の綿密な取調べを経た後の供述の方が信用性が高いと判断されました。
事件直後は心理的混乱があり、推測が混じる可能性があること、また被害者が「目をつぶれ」と脅迫されており、実際に見る心理的余裕があったかどうかなどの事情が考慮されています。
Q.窃盗の後に強盗未遂を行った場合、なぜ包括一罪として処断されるのですか?
包括一罪は、形式的には複数の犯罪が成立しても、実質的には一つの行為と評価できる場合に適用されます。
本件では、窃盗と強盗未遂が「財物奪取に向けた社会的に同質の行為」であり、「同一場所で同一機会に連続してなされた」ことから、包括一罪とされました。
これは、被告人の犯罪行為の実質を踏まえた評価です。ただし、窃盗罪単独よりは重い強盗未遂罪の刑で処断されます。
Q.複数の余罪がある場合、記憶が曖昧という主張は認められますか?
本件では、被告人が2000件近くの窃盗と60件以上の強姦・強姦未遂を行っていたという背景があり、個々の事件の記憶が曖昧である可能性が考慮されました。
ただし、これだけで被告人の主張が認められたわけではなく、被害者供述の変遷、現場の状況、当初の供述内容など、多くの事情を総合的に判断した結果です。
🔗 関連記事
📞 お問い合わせ
この記事を読んで、ご自身の状況に心当たりがある方、または法的アドバイスが必要な方は、お気軽にアトム法律事務所にご相談ください。
アトム法律事務所の弁護士相談のご予約窓口は、24時間365日つながります。警察が介入した刑事事件では、初回30分無料の弁護士相談を実施中です。
- 警察から電話で呼び出しを受けた
- 警察に呼ばれたが取り調べの対応が不安
- 警察に家族が逮捕された など
くわしくはお電話でオペレーターにおたずねください。お電話お待ちしております。
刑事事件でお困りの方へ
ご希望される方はこちら
刑事事件でお困りの方へ
ご希望される方はこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

