岡野武志弁護士

第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。

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「何かのときに便利」では通らない!十徳ナイフ携帯で軽犯罪法違反に#裁判例解説

更新日:
十特ナイフ

何かあったときに便利だと思って持っていただけです!

パトカー内で、警察官から取り出された十徳ナイフを見つめながら、鮮魚店を営む男性は必死に弁解した。チャック付きのかばんの外ポケットから発見されたのは、刃体の長さ約6.8センチメートルの鋭利な大刃を持つ十徳ナイフ。

災害時にも使えるし、仕事でも使ったことがあります。ずっと持ち歩いていただけで、悪いことをするつもりなんて…

しかし、男性の言葉とは裏腹に、事実は彼に不利に働いていく。果たして「何かのときに便利」という理由は、法廷で正当な理由として認められるのだろうか…。

※大阪高判令5・8・1(令和5年(う)146号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 「災害時に便利」という漠然とした目的だけでは正当な理由とならない
  • 実際の使用状況や必要性が具体的に認められるかが重要
  • かばんのポケット内でも「隠して」携帯に該当する

軽犯罪法1条2号は、正当な理由なく刃物等を隠して携帯することを禁止していますが、何が「正当な理由」にあたるかは、しばしば争われる論点です。

今回ご紹介する事案は、鮮魚店を営む男性が「災害時に限らず、普段の仕事や日常生活で何か道具が必要になったときに便利だと思った」として十徳ナイフを携帯していたところ、信号無視で職務質問を受け、軽犯罪法違反で起訴された事件です。

一審で有罪となった被告人が控訴しましたが、控訴審でも棄却され、科料9900円の刑が確定しました。

この裁判例を通じて、十徳ナイフ等の携帯における「正当な理由」の判断基準や、防災目的の携帯がどこまで認められるかについて詳しく解説していきます。

📋 事案の概要

今回は、大阪高判令5・8・1(令和5年(う)146号)を取り上げます。 この裁判は、鮮魚店を営む男性が十徳ナイフを隠匿携帯したとして軽犯罪法違反に問われた事案です。

  • 被告人:鮮魚店を自営する男性
  • 発見経緯:信号無視により職務質問を受け、所持品検査で発見
  • 携帯物品:十徳ナイフ1本(刃体の長さ約6.8センチメートル)
  • 携帯方法:かばんの外ポケット(チャック付き)内に収納
  • 結果:一審で有罪(科料9900円)、控訴棄却

🔍 事件の経緯

「あの十徳ナイフですか?ずっと昔から持ち歩いているんです。母の知人からもらったもので、十数年前に家で見つけてから、何か必要なときに使えると思って、いつもかばんに入れていました

被告人は裁判で、十徳ナイフを携帯していた理由をこう説明した。確かに、過去には仕事で実際に使用していた。鮮魚店の仕入れで市場に行った際、商品の箱にかけてある結束バンドを切るのに大刃を使っていたのだ。

四、五年前まではよく使っていました。でも最近は、結束バンドを切る必要がなくなって…

それでも被告人は十徳ナイフを手放さなかった。「缶詰を開けたり、ワインのコルク栓を抜いたり、とげを抜いたり、足のたこを削ったりするのにも使ったことがあります。業者の講習会でメモ紙を切ったこともありました」

しかし、検察官は厳しく追及した。「本件前3か月間は全く使用していませんね?それなのになぜ携帯し続けたのですか?

災害時に限らず、普段の仕事や日常生活でも、何か道具が必要になったときに持っていたら便利だと思ったからです。でも、災害時に具体的にどう使うかまでは考えていませんでした…

運命の日、被告人は鮮魚店での仕事を終え、家族との食事のためホテルに向かう途中だった。自転車で赤信号を無視して横断したところを警察官に現認され、職務質問を受けることになったのである。

※大阪高判令5・8・1(令和5年(う)146号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

一審・控訴審ともに、被告人の十徳ナイフ携帯について「正当な理由がない」と判断し、軽犯罪法1条2号に該当するとして有罪を認定しました。

控訴審は「本件十徳ナイフを隠して携帯することが、職務上又は日常生活上の必要性から、社会通念上、相当と認められる場合に該当するとはいえず、正当な理由がない」と明確に述べています。

主な判断ポイント

正当な理由の判断基準

裁判所は、正当な理由があるとは「器具を隠して携帯することが、職務上又は日常生活上の必要性から、社会通念上、相当と認められる場合」をいうとし、器具の用途・形状・性能、携帯者の職業・日常生活との関係、携帯の日時・場所・態様・周囲の状況等の客観的要素と、携帯の動機・目的・認識等の主観的要素を総合的に勘案して判断すべきとしました。

具体的必要性の欠如

被告人は過去に十徳ナイフを使用した経験があったものの、本件前3か月間は使用しておらず、「仕事や日常生活上の用途で使用する可能性が、現実的に想定されるような状況にはなかった」と認定されました。

また、災害時の備えについても「災害を近々に想定して、その対策をとっていたものとは、とてもいえない」と判断されました。

「隠して」の認定

被告人がかばんの外ポケットにチャックを閉じて十徳ナイフを入れていた行為について、「被告人の意思に基づかずに外部から見えなくなったものではない」として、明確に「隠して」携帯したと認定しました。

弁護人は「積極的な隠す意思」が必要と主張しましたが、裁判所は「自己の意思により隠された状態にして携帯していた以上」該当するとして退けました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

防災目的の携帯と法的評価

この判決で注目すべきは、単に「防災目的」を掲げただけでは正当な理由として認められないという点です。裁判所は新潟地裁の類似事件を引用しつつ、防災目的であっても「内実が一定程度の具体性を持ったもの」である必要があることを明示しました。

新潟事件では、被告人が自然災害で車が立ち往生した際のシートベルト切断という具体的な使用場面を想定し、車のコンソールボックスに保管していたことが評価されています。

本件では、被告人が「万一災害にあってこういう事態になったらこう使おう」といった具体的な使用状況すら想定していなかったことが決定的でした。漠然とした「備え」では法的保護に値しないということです。

多機能性の限界

十徳ナイフの多機能性についても、裁判所は一定の理解を示しながらも、その有用性が発揮されるのは「旅行や野外活動の際のように、自宅や職場から離れているため日用品が手元になく、だからといってあらゆる場面を想定して多数の器具を持参していくことが難しい場合など」に限定されるとしました。

つまり、日常の行動範囲内での携帯については、多機能性だけでは正当化されないということです。

社会通念と法的基準の乖離

被告人側は「防災意識を高めようという一般国民の社会通念」を根拠に主張しましたが、裁判所は軽犯罪法の趣旨である「人の生命、身体に重大な害を加える犯罪に発展することを未然に防止する」という観点を重視し、抽象的危険性のある器具の携帯制限の必要性を強調しました。

防災意識の高まりという社会的背景よりも、公共の安全確保という法益保護を優先したといえます。

📚 関連する法律知識

軽犯罪法1条2号の構成要件

軽犯罪法1条2号は「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」を処罰対象としています。

構成要件は(1)正当な理由がないこと、(2)刃物等の危険な器具であること、(3)隠して携帯したことの3つです。

「正当な理由」の判断は極めて重要で、最高裁平成21年3月26日判決が示した総合考慮の基準(客観的要素と主観的要素の総合判断)が実務の指針となっています。

単に「便利だから」「もしものため」といった漠然とした理由では足りず、具体的な必要性と相当性が求められます。

銃刀法との関係

本件の十徳ナイフは刃体の長さが約6.8センチメートルで、銃刀法22条の規制対象(刃体の長さ6センチメートル超)に該当しますが、政令で定める形状のものとして8センチメートル以下まで認められており、銃刀法違反とはなりませんでした。

しかし、銃刀法の規制対象外であっても軽犯罪法の適用は別途検討される必要があります。

製品の取扱説明書にも「銃刀法の規制対象外であっても、刃物類の携帯は軽犯罪法の規制対象になる場合がある」と明記されており、利用者の注意喚起がなされていることは重要な事実として認定されています。

🗨️ よくある質問

Q.防災グッズとして推奨されている十徳ナイフでも違法になるのですか?

地域防災マップに掲載されていても、それは避難場所での使用を想定したものです。常時携帯することを推奨しているわけではありません。防災目的であっても、具体的な使用場面の想定や必要性が認められなければ、正当な理由とはなりません。

Q.かばんのポケットに入れているだけで「隠して」になるのですか?

チャック等で閉じられたポケットに入れて外部から見えない状態にすることは、自分の意思による行為として「隠して」携帯したことになります。積極的に隠そうとする意思は不要で、自己の意思により隠された状態にしていれば該当します。

Q.過去に仕事で使用していた実績があれば正当な理由になりませんか?

過去の使用実績だけでは足りません。携帯時点において、職務上または日常生活上の具体的な必要性が現実的に想定される状況にあることが必要です。

本件では3か月間使用しておらず、今後の使用予定も具体的でなかったため、正当な理由として認められませんでした。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了