岡野武志弁護士

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単純横領罪が認定された村長・助役横領事件 #裁判例解説

更新日:

村長さんは業務上横領じゃないのですか?

法廷で検察官が困惑の表情を浮かべた。弁護人は力強く反論する。

村長も助役も、直接お金を管理していたわけではありません。実際に寄付金を扱っていたのは収入役だけです。単純横領として処罰されるべきです

そんなことはない!村長として、工事委員長として、当然業務上の責任がある!」検察官の主張に対し、最高裁判所の判断は明確だった。

業務上物の占有者たる身分のない者には、単純横領罪の刑を科すべきである

同じ横領でも、その人の実際の業務内容によって適用される法律が変わる。この原則が確立された瞬間だった…。

※最高裁昭32・11・19(昭和30年(あ)3640号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 単純横領罪と業務上横領罪の境界線が明確化された
  • 職位があっても実際の業務内容で横領罪の種類が決まる

横領罪には「単純横領罪」と「業務上横領罪」の2種類があります。

業務上横領罪は、業務として他人の財物を管理する者が犯す横領で、単純横領罪より重く処罰されます。しかし、「業務上」に該当するかどうかの判断は必ずしも明確ではありません。

今回ご紹介する判例は、村長と助役という公職にある者が学校建設資金を横領した事件で、最高裁が単純横領罪を適用した重要なケースです。同じ横領行為でも、実際の業務内容によって適用される法律が変わることを明確に示しました。

この事例を通じて、単純横領罪と業務上横領罪の違い、そして横領罪における「業務上」の意味について理解を深めていきましょう。

公職者であっても、実際の業務内容が重視されるという法の平等原則も学ぶことができます。

📋 事案の概要

今回は、最高裁昭32・11・19(昭和30年(あ)3640号)を取り上げます。 この裁判は、村長と助役が収入役と共謀して学校建設資金を横領したが、単純横領罪として処罰された事案です。

  • 被告人:元村長A(工事委員長兼任)、元助役B(工事副委員長兼任)
  • 請求内容:業務上横領罪での処罰を求める
  • 結果:最高裁が業務上横領罪を否定し、単純横領罪で処罰

🔍 事件の経緯

戦後復興の真っただ中、村の子どもたちのために新制中学校を建設しようという機運が高まっていた。村民は「子どもたちの未来のために」と、決して裕福ではない家計の中から建設資金を寄付した。

村長Aは工事委員長として、助役Bは工事副委員長として、この大切な事業を推進する立場にあった。実際の資金管理は、収入役Eが担当していた。

しかし、昭和24年4月から10月にかけて、この3人による恐ろしい計画が実行されることになる。

「今月も予算が厳しいな…」村長Aは収入役Eに相談を持ちかけた。「建設資金から少しだけ借りることはできないか?

収入役Eも困っていた。「本当はいけないことですが…

こうして、村民190余名から集めた総額23万1550円の建設資金から、合計8万1647円が酒食代として消えていった。村内の酒場で「今日も村の発展のために乾杯だ」と言いながら、実は村の子どもたちの未来への投資を食い潰していたのである。

事件が発覚したとき、村民の怒りは頂点に達した。「私たちが必死に集めたお金を、酒代に使うなんて…」

※最高裁昭32・11・19(昭和30年(あ)3640号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

最高裁は、「刑法253条は横領罪の犯人が業務上物を占有する場合において、とくに重い刑を科することを規定したものであるから、業務上物の占有者たる身分のない被告人両名に対しては同法65条2項により同法252条1項の通常の横領罪(単純横領罪)の刑を科すべきものである」と判示しました。

主な判断ポイント

単純横領罪と業務上横領罪の区別

裁判所は、業務上横領罪が成立するためには「業務上物を占有する」身分が必要であると明確に判断しました。

村長と助役は職位はあるものの、実際に寄付金の受領・保管業務に従事していたのは収入役のみであり、村長と助役には業務上の占有者としての身分がないとされています。

実際の業務内容による判断

単に村長や助役という職位があるだけでは「業務上」には該当せず、実際にその業務に従事していることが必要であると判断されました。形式的な地位ではなく実質的な業務内容が重視されることが明確になりました。

単純横領罪の適用根拠

刑法65条2項により、身分のない者には軽い刑である単純横領罪の刑が科されます。これは、同じ横領行為でも、行為者の身分によって処罰の重さが変わることを示しています。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

単純横領罪と業務上横領罪の違い

この判決の最も重要な点は、単純横領罪と業務上横領罪の境界線を明確にしたことです。横領罪には2つの類型があります。

単純横領罪(刑法252条)は、委託を受けた物を横領する一般的な横領罪で、刑は「5年以下の拘禁刑」です。

一方、業務上横領罪(刑法253条)は、「業務上委託を受けた者」が犯す横領で、刑は「10年以下の拘禁刑」とより重く処罰されます。

この事件では、村長と助役という重要な公職にある者が犯した横領でしたが、実際の金銭管理業務を行っていなかったため、単純横領罪が適用されました。これは、形式的な地位ではなく、実際の業務内容が重視されることを示しています。

「業務上」の厳格な解釈

業務上横領罪における「業務上」とは、社会生活上の地位に基づいて継続・反復して行う事務をいいます。

しかし、単に職位や権限があるだけでは不十分で、実際にその業務に従事していることが必要です。

この事件で村長と助役は、確かに工事委員長・副委員長という立場にありましたが、実際の寄付金の受領・保管・管理業務は収入役が行っていました。

最高裁は、この実態を重視し、村長と助役には「業務上占有」の身分がないと判断したのです。

横領罪における刑の公平性

同じ横領行為でも、行為者の身分によって処罰の重さが変わるのは、業務上の信頼関係を重視するからです。業務として他人の財物を管理する者は、より高度な信頼を受けており、その裏切りはより重く処罰されるべきだというのが法の考え方です。

この事件では、村長と助役も確かに村民の信頼を裏切りましたが、直接的な管理業務を行っていなかったため、単純横領罪として処罰されました。これは、法が実質的な責任の重さに応じて処罰を決定することを示しています。

📚 関連する法律知識

単純横領罪(刑法252条)

単純横領罪は、「自己の占有する他人の物を横領した者」を処罰する罪です。刑罰は「5年以下の拘禁刑」で、業務上横領罪より軽く処罰されます。

成立要件は以下の通りです。

  1. 他人の物であること
  2. 委託関係に基づいて占有していること
  3. 横領行為(所有者でなければできない処分行為)があること
  4. 故意があること

この事件では、村長と助役は寄付金という「他人の物」を、共謀により「占有」し、酒食代として「処分」したため、単純横領罪が成立しました。

業務上横領罪(刑法253条)との違い

業務上横領罪は「業務上委託を受けた者が、その物を横領したとき」に成立し、刑罰は「10年以下の拘禁刑」です。単純横領罪との違いは「業務上」という要素の有無です。

「業務上」とは、社会生活上の地位に基づいて継続・反復して行う事務をいいます。重要なのは、単に職位があるだけでは不十分で、実際にその業務に従事していることが必要だという点です。

この事件では、村長と助役は確かに重要な職位にありましたが、実際の金銭管理業務は収入役が行っていたため、「業務上」の要件を満たさないとされました。

刑法65条(身分犯の共犯)

身分犯の共犯について規定した条文で、この事件の処罰根拠となりました。

  • 1項:身分のない者も身分犯の共犯となり得る
  • 2項:身分のない者には軽い刑を科す

この規定により、身分のない村長と助役も業務上横領罪の共犯として処罰されますが、身分がないため単純横領罪の刑が適用されました。

横領罪の処罰根拠

横領罪が重く処罰される理由は、委託関係における信頼の裏切りにあります。特に業務上横領罪は、業務として財物を管理する者により高度な信頼関係があることを前提としています。

単純横領罪でも委託関係の裏切りという本質は同じですが、業務上の継続的・専門的な管理関係がない分、処罰は軽くなります。

🗨️ よくある質問

Q.単純横領罪と業務上横領罪はどのように区別されるのですか?

最も重要な違いは「業務上」の要件です。単に職位や肩書きがあるだけでは不十分で、実際にその業務に継続的に従事していることが必要です。

この事件では、村長と助役は重要な職位にありましたが、実際の金銭管理は収入役が行っていたため、単純横領罪が適用されました。

Q.共犯者の中で業務上の身分がある者とない者がいる場合、どのように処罰されますか?

身分のある者は業務上横領罪として重く処罰され、身分のない者は刑法65条2項により単純横領罪として軽く処罰されます。

この事件では、収入役は業務上横領罪、村長と助役は単純横領罪で処罰されました。同じ犯行でも、各人の身分に応じて処罰が決まります。

Q.公職者が犯罪を犯した場合、一般人より重く処罰されるのですか?

法定刑は一般人と同じです。この事件でも、村長と助役という公職者でしたが、実際の業務内容に基づいて単純横領罪が適用されました。

ただし、量刑の判断では、公職者としての社会的責任が考慮される場合があります。法の適用は平等ですが、具体的な刑の重さでは責任の重大性が反映されることがあります。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了