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業務上過失致死傷罪の判例|踏切事故の予見可能性を否定#裁判例解説
「なぜ踏切が下りなかった?システムは正常に作動していたはずだ!」
被告人の弁護士が法廷で声を上げた。法廷のスクリーンには、電子連動装置の操作画面が映し出されている。
検察官が反論する。「だからこそ運輸課長として、訓練時には踏切付近に人員を配置すべきだったのです。73歳の被害者が半年間の重傷を負ったのですよ」
「しかし、4秒時素の存在は社内で全く知られていませんでした。これを予見せよというのは酷です」
電子連動装置の隠された仕組みが引き起こした踏切事故。運輸課長の刑事責任を問う重要な判断が下される瞬間だった…。
※京都地判令3・3・8(平成31年(わ)418号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 過失犯の予見可能性は結果回避措置をとれる程度の具体性が必要
- システムの隠れた仕組みによる事故の予見義務には限界がある
- 業務上過失における因果経過の基本的部分の判断基準が確立
鉄道事業における安全管理は、乗客や地域住民の生命に直結する重要な責務です。特に踏切事故は重大な結果を招く可能性が高く、鉄道事業者には高度な注意義務が求められています。
今回ご紹介する裁判例は、電子連動装置の駅扱い訓練中に発生した踏切事故について、鉄道会社の運輸課長に業務上過失傷害罪が問われたケースです。装置に組み込まれていた「4秒時素」という隠れた仕組みが原因で踏切が遮断されず、73歳の男性が重傷を負いました。
この事件の焦点は、運輸課長が踏切の無遮断状態を予見できたかという点です。システムの正常作動と安全確保の狭間で、刑事責任の境界線がどこに引かれるのか。過失犯における予見可能性の本質を考える上で極めて重要な判決となりました。
目次
📋 事案の概要
今回は、京都地判令3・3・8(平成31年(わ)418号)を取り上げます。 この裁判は、鉄道会社の電子連動装置訓練中に発生した踏切事故について、運輸課長の刑事責任が問われた事案です。
- 被告人:鉄道部運輸課長兼運転管理者
- 事故状況:駅扱い訓練中、電子連動装置の4秒時素により踏切が無遮断状態となり電車が進入
- 負傷内容:被害者(73歳男性)が第3腰椎圧迫骨折等で加療約半年間を要する重傷
- 請求内容:業務上過失傷害罪での有罪判決
- 結果:被告人無罪(予見可能性なしと判断)
🔍 事件の経緯
「新しい電子連動装置の導入で、駅扱い訓練がより効率的になるはずだった…」
被告人は運輸課長として、平成30年3月に導入された電子連動装置による駅扱い訓練を統括していた。これまで各駅で行っていた継電連動装置の操作を、事務所から遠隔操作できるようになったのだ。
「4月のI駅での初回訓練では、念のため4名の駅長を派遣して踏切の動作確認をさせました。5月のE駅訓練でも、駅長に踏切動作反応灯の確認を指示していました」
しかし、7月の2回目のE駅訓練では、過去の訓練が全て成功していたため、被告人は特別な人員配置をしなかった。運転整理担当者は、E駅独自の手順に従って操作した。まず踏切の警報機等を作動させ、次に駅の出発信号機を作動させる。
「運転整理担当者の操作に問題はありませんでした。装置も正常に作動した。でも…」
実は電子連動装置には、誰も知らない「4秒時素」という仕組みが組み込まれていた。踏切操作から4秒以内に出発信号機の操作をしなければ、警報機が停止し遮断機が下りない仕組みだった。運転整理担当者の操作間隔は約6秒。この2秒の差が悲劇を招いた。
「無遮断状態の踏切に電車が進入し、73歳の男性運転者と衝突してしまった。私に何ができたというのでしょうか」
※京都地判令3・3・8(平成31年(わ)418号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人の無罪を言い渡しました。主な理由は、4秒時素の存在が社内で全く知られておらず、被告人に本件踏切が遮断されないことの予見可能性がなかったというものです。
裁判所は、「過失犯における予見可能性の対象となる因果経過の基本的部分は、その予見可能性があれば結果回避措置をとることを期待できる程度の内容である必要がある」と判示しました。
主な判断ポイント
(1)予見可能性の具体性要件
過失犯における予見可能性は、単に抽象的な危険を予見すれば足りるのではなく、具体的な結果回避措置をとることを期待できる程度の具体性が必要であると判断されました。
検察官が主張した「何らかの原因で遮断機が下りない」という抽象的な予見では不十分とされました。
(2) 4秒時素の不知による予見可能性の否定
電子連動装置に組み込まれていた4秒時素の仕組みがA社内で全く知られていなかったため、被告人がこのシステムにより踏切が遮断されないことを予見することは不可能であったと認定されました。
(3)因果経過の基本的部分の判断
本件では「駅扱いで手順に従って電子連動装置を操作し、装置が正常に作動しても、装置の仕組みによって踏切が遮断されないこと」が因果経過の基本的部分とされ、この予見可能性がなかったと判断されました。
👩⚖️ 弁護士コメント
過失犯における予見可能性の明確化
この判決は、過失犯における予見可能性の要件を明確化した重要な判例です。
単に「何らかの原因で事故が起こりうる」という抽象的な予見では足りず、具体的な結果回避措置をとることを期待できる程度の具体性が必要であることが示されました。これは企業の安全管理責任を考える上で重要な指針となります。
システム障害と刑事責任の境界
特に注目すべきは、システムに組み込まれた隠れた仕組みによる事故について、それを知り得なかった管理者の刑事責任を否定した点です。
技術の高度化により、管理者が全てのシステム仕様を把握することが困難な現代において、刑事責任の範囲を合理的に画定した判断といえます。
鉄道事業者の安全対策への示唆
この判決は、鉄道事業者に対し、システム導入時の十分な説明や仕様の開示を求める契機となります。
また、訓練時の安全対策についても、過去の実績により合理的な期待が形成されている場合の注意義務の程度が明確になりました。
📚 関連する法律知識
業務上過失致死傷罪の成立要件
業務上過失致死傷罪(刑法211条)が成立するためには、(1)業務性(2)注意義務違反(3)結果発生(4)因果関係が必要です。
本件では特に(2)の注意義務違反(予見可能性と結果回避義務)が争点となりました。
過失犯における予見可能性
過失犯の成立には、結果発生についての予見可能性が必要ですが、この判決により、単なる抽象的危険の予見では足りず、具体的な結果回避措置をとることを期待できる程度の予見可能性が求められることが明確になりました。
信頼の原則
本件では、システムが正常に作動することへの合理的期待(信頼の原則)も考慮されました。過去の実績により形成された信頼が、注意義務の程度を左右する要因となることが示されています。
🗨️ 業務上過失致死傷罪に関するよくある質問
Q.鉄道事業者は常に踏切に監視員を配置する必要がありますか?
この判決によれば、システムが正常に作動することを合理的に期待できる場合、常時監視員を配置する義務まではないとされています。
ただし、新システム導入初期や過去に不具合があった場合などは、より慎重な対応が求められる可能性があります。
Q.システムの隠れた仕様による事故の責任は誰が負うのですか?
この判決では、システム仕様を知り得なかった利用者の刑事責任は否定されました。民事責任については別途検討が必要ですが、システム開発者や導入業者の責任が問題となる可能性があります。
Q.駅扱い訓練時にはどのような安全対策が必要ですか?
新システム導入初期や初回訓練時には、踏切の動作確認のための人員配置や、動作状況の確認指示などの特別な安全対策が推奨されます。
ただし、システムが安定稼働している場合の継続的な特別措置までは義務付けられていません。
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