岡野武志弁護士

第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。

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ユーチューバーの「偽の薬物ドッキリ」が招いた罰金40万円の代償#裁判例解説

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これで動画の再生回数が爆上がりするぞ!

男性は、グラニュー糖を詰めた小さなチャック付きポリ袋を手に、そう確信していた。交番前の歩道に立つ警察官の前で、わざと袋を落として拾い上げ、慌てたような素振りで逃げ出す。両腕の入れ墨を露出させた服装で、まさに薬物を隠し持った容疑者を演じきった。

間違いなく覚せい剤だ!犯人が逃げた!

警察官の無線が鳴り響き、次々とパトカーが現場に集結する。男性は内心ほくそ笑んでいた。これで「いたずらドッキリ」動画の完成だ。チャンネル登録者数の増加も間違いないだろう。

しかし、警察が動員した人数は想像を遥かに超えていた。なんと28名もの警察官が約3時間半にわたって捜査活動に従事することになったのである…。

※福井簡判平30・5・21(平成29年(ろ)2号・3号)もとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 警察の権力的公務でも強制力で排除できない妨害は業務妨害罪の対象
  • 計画的で巧妙な犯行は悪質性が高く評価され重い処罰の対象となる
  • 軽犯罪法ではなく刑法の業務妨害罪が適用される場合の判断基準

インターネット動画投稿による広告収入を得るため、交番前で偽の覚せい剤を落として警察官をだまし、逃走を図る「いたずらドッキリ」を敢行した男性に対し、福井簡易裁判所が偽計業務妨害罪で罰金40万円の有罪判決を言い渡しました

この事件は、現代のユーチューバー文化の影に潜む問題を浮き彫りにした興味深いケースです。一見すると単なる悪ふざけに見える行為が、なぜ重い刑事責任を問われることになったのでしょうか。

また、警察の公務に対する妨害行為が、どのような場合に業務妨害罪として処罰されるのかという重要な法的判断も示されています。

この判決を通じて、偽計業務妨害罪の成立要件や、現代社会における新たな犯罪類型について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、福井簡判平30・5・21(平成29年(ろ)2号・3号)を取り上げます。

この裁判は、ユーチューバーとして活動していた男性が、動画の再生回数を増やして広告収入を得る目的で、偽の覚せい剤を使って警察官をだまし、大規模な捜査活動を引き起こした偽計業務妨害事案です。

  • 被告人: ユーチューバーとして活動していた男性(共犯者は元妻)
  • 事件発生場所: 福井県内の交番前歩道上
  • 請求内容:偽計業務妨害罪による処罰
  • 結果:罰金40万円の有罪判決(求刑通り)

🔍 事件の経緯

最近、動画の再生回数が思うように伸びないんだよな…

被告人は、ユーチューバーとして活動していたが、期待していたほど収益が上がらずに悩んでいた。チャンネル登録者数の目標人数にはまだまだ遠い道のりだった。

もっと過激な動画を作らないと注目されない。そうだ、警察相手にいたずらドッキリをやってみよう!絶対にバズるはずだ!

被告人は元妻に協力を求めたが、当初は反対された。しかし、広告収入への期待を語り、なんとか説得に成功した。

平成29年8月、被告人は入れ墨が見えるような服装で交番前に現れた。「覚せい剤を持っているような怪しい人物」を演じるためだった。警部補の目の前で、グラニュー糖を詰めたチャック付きポリ袋をわざと落とし、慌てて拾って逃走した。

犯人が逃げた!薬物事案だ!

警部補は即座に無線で応援を要請。被告人の予想を遥かに超える28名の警察官が動員され、約3時間半にわたって捜査活動が続いた。現場への臨場、任意同行、取調べ、薬物予試験など、通常の覚せい剤事案と同様の対応が取られたのである。

まさかこんなに大事になるとは思わなかった…

被告人は後に供述している。しかし、動画は予定通り投稿され、「これからガンガン企画を出していくぞ!」とブログにも投稿していた。

※福井簡判平30・5・21(平成29年(ろ)2号・3号)もとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、被告人の行為について「巧妙かつ計画的な犯行」と評価し、偽計業務妨害罪の成立を認めました

「強制力を行使する権力的公務であっても、その強制力によって妨害を排除することが不可能である場合には、業務妨害罪の対象となる」との重要な判断を示しています。

主な判断ポイント

(1)業務妨害罪の客体について

裁判所は、警察の権力的公務であっても、「強制力による妨害排除を期待しうるかどうか」を基準に判断すべきとしました。

本件では、偽装した薬物を故意に落として逃走するという妨害行為に対し、これが違法薬物でないとただちに看破できない限り、強制力によって排除することは不可能であり、徒労の業務を余儀なくされるため、業務妨害罪の対象になると判断されました。

(2)業務妨害の成立範囲について

弁護人は、薬物予試験で砂糖と判明した時点以降の業務妨害を争いましたが、裁判所は「予試験では砂糖と判明したわけではなく、被告人が逃走していることなどから、何らかの違法薬物の可能性も否定できなかった」として、その後の取調べ等も必要性があったと認定しました。

(3)違法性阻却の主張について

弁護人が主張した「覚せい剤撲滅に向けた啓発目的」については、被告人の供述や動画のタイトル、ブログでの投稿などから、主な目的が面白い動画を撮って広告料収入を得ることであったと認定し、正当行為としての違法性阻却を否定しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

現代的な犯罪類型への対応

この判決は、ユーチューバーによる「いたずらドッキリ」という現代的な行為が、従来の刑法理論にどのように当てはめられるかを示した興味深い事例です。単なる悪ふざけと思われがちな行為でも、その計画性や結果の重大性によっては重い刑事責任を問われることがあります

特に注目すべきは、広告収入という経済的利益を目的とした行為であることが、量刑においても考慮されている点です。「遊び半分」の行為ではなく、営利目的の計画的な犯行として厳しく評価されています。

権力的公務と業務妨害罪の関係

従来、警察などの権力的公務は、強制力によって妨害を排除できるため業務妨害罪の対象外とされてきました。しかし、この判決は「実際に強制力による排除が可能かどうか」を個別具体的に判断すべきとの新たな基準を示しています。

この判断基準は、今後同様の事案において重要な先例となるでしょう。警察官をだます手口が巧妙化する中で、法的対応の道筋を明確にした意義は大きいといえます。

量刑の妥当性について

罰金40万円という刑は、軽犯罪法違反(科料)ではなく刑法の業務妨害罪(3年以下の懲役または50万円以下の罰金)が適用されたことを考えると、相当重い処罰といえます。

しかし、28名もの警察官が約3時間半にわたって徒労の業務に従事させられたことや、計画的かつ巧妙な犯行であることを考慮すれば、妥当な量刑と評価できるでしょう。

📚 関連する法律知識

偽計業務妨害罪の基本構造

偽計業務妨害罪(刑法233条)は、虚偽の事実を告げるなどして人をだまし、その業務を妨害する犯罪です。

「偽計」とは人をだます行為全般を指し、必ずしも言葉による欺罔に限られません。本件のように物理的な行為によって誤信させる場合も含まれます。

成立要件は、(1)偽計を用いること、(2)人の業務を妨害することです。実際に業務が停止される必要はなく、業務の遂行を困難にさせれば足りるとされています。

権力的公務と非権力的公務の区別

行政法上、公務は権力的公務と非権力的公務に分類されます。権力的公務とは、強制力を伴って国民に義務を課したり権利を制限したりする公務で、代表例として警察権の行使、課税処分、許認可などがあります。

一方、非権力的公務は、強制力を伴わない公務で、道路管理、上下水道の維持管理、公立学校の授業などが該当します。従来の判例では、権力的公務は業務妨害罪の対象外とされてきましたが、本判決は新たな判断基準を示しています。

軽犯罪法との関係

軽犯罪法1条31号は「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」を処罰対象としています。しかし、これは刑法の業務妨害罪の補充規定であり、刑法の業務妨害罪が成立する場合には適用されません。

本件では、行為の計画性、巧妙性、結果の重大性などから、単なる「悪戯」の域を超えた悪質な行為として刑法の業務妨害罪が適用されました。

🗨️ 偽計業務妨害罪に関するよくある質問

Q.ユーチューバーの動画撮影なら表現の自由で保護されるのではないですか?

表現の自由も無制限ではありません。他人の権利を侵害したり、公共の秩序を乱したりする行為は、表現の自由の保護範囲外です。

本件では営利目的で警察業務を妨害しており、表現の自由による正当化は困難です。また、裁判所も「覚せい剤撲滅の啓発目的」という主張を退け、主目的は広告収入の獲得であったと認定しています。

Q.実際に覚せい剤ではなく砂糖だったのに、なぜこんなに重い処罰になるのですか?

偽計業務妨害罪は、実際の損害の有無ではなく、偽計によって業務の遂行を困難にしたかどうかで判断されます。

本件では、警察官が覚せい剤事案として対応せざるを得ない状況を故意に作り出し、28名の警察官を約3時間半にわたって徒労の業務に従事させました。この結果の重大性が量刑に反映されています。

Q.同じような「いたずら」をした場合、必ず刑事処罰を受けるのでしょうか?

行為の態様、結果の重大性、動機などを総合的に判断して処罰の要否が決まります。本件は計画的で巧妙な犯行であり、多数の警察官の業務を長時間にわたって妨害した悪質な事案です。

単発的で軽微な行為であれば軽犯罪法違反にとどまる可能性もありますが、営利目的や反復継続の意図がある場合は厳しく処罰される可能性が高まります。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了